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チュートリアル 7
しおりを挟むハラハラしながら雅を見ると、当の本人は顎に手を添えながら悠長に宙を見上げていた。
「円周率……ん~なんだっけ?」
「雅っ」
「るっせえな。静かにしてろよ。適当に答えんぞ」
「う……」
水槽の中にいる俺の声はちゃんと届いているようで、雅は俺を睨んだ。他人事な上に人質相手がどうでもいい俺だから、命懸けのゲームに対して危機感がまるでない。
これが逆の立場だったら、きっと怒鳴り散らして早急な回答を求めたことだろう。それともその前に、聖なる力とやらで自力で脱出しているだろうか?
壁面に表示される問題の隣では、「60」という数字から刻一刻とカウントダウンが始まっている。それが今、「30」を切った。もどかしい気持ちのまま雅の様子を見守っていると、雅は「うっし」と一言置いてから、
「答え。πだろ?」
壁面に向かって、どうだと言わんばかりの顔で答えた。
それを回答と受け取ったらしい沈黙のゲームマスターは、カウントダウンを止めて壁面から問題を消すと、
『正解』
と、テレビのクイズ番組のごとく、文字の縁を点滅させながら結果を表示した。
そうか。πか。それなら小数点以下の桁に迷うことはない。知っていたはずなのに、雅の口から出るまでぜんっぜん頭に出てこなかった。この緊迫した状況が、思考をままならなくするのだろう。そういう点では、このゲームの回答者が雅でよかったのかもしれない。
まず一問、正解したことにほっとする俺は、汗で湿る額を拭った。痛い系は嫌だが、苦しい系はもっと嫌だ。特に、最も苦しいとされる溺死は、避けたい死の一つなのだから。
「あと二問だな。次はもっと手応えのあるやつを頼むぜ」
「雅……」
兄の心、弟知らず。口元から笑みを絶やさない雅に、ゲームマスターは「わかった」とばかりに次の問題を出題する。
『問題→朝は四本足、昼は二本足、夕は三本足。この生き物は何か? 答えなさい』
「ん?」
片眉を上げる雅に対し、ぽかんと口が開いた。これは……なぞなぞ? きっと誰しもが一度は目にしたことのある、昔ながらの有名なものだ。
答えは人間。赤ちゃんから大人、そして老人という人間の成長過程を表したものだ。
これなら雅にとっても楽勝だろう。俺はほっと胸を撫で下ろした。
だが。
「えーと……なんだっけ? 聞いたことはあんだけど……ん~、猿?」
『不正解』
俺が知っているからといって、なぜ雅が正解を知っていると思ったのか。
ペナルティは容赦なく始まった。
「ひっ……!?」
ゴポゴポと音を立てながら、足元から勢いよく水が溢れ出した。水位はあっという間に膝を越し、俺は逃げるように水槽の端に身体を寄せた。
もしかしてこれ、止まらないのか? 一問間違えるごとに一定の水位が上がるのではなく、一度間違えると水が溢れ続けるのか? これでは、雅があと二問正答する前に俺が逝ってしまう!
顔を引き攣らせる俺に、雅が声を上げて笑った。
「おー。本当に水責めかよ。ははっ! ずぶ濡れだな! しかも水が止まらねえときた! 兄貴、ピンチじゃん!」
同じ状況だったら絶対に笑わないくせに! 腹立つな!
水位は腰を上がり、身体の半分が水に飲み込まれる。気づけば俺は叫んでいた。
「早くっ……早く、次の問題をっ……!」
『問題→人間の味覚にないものは何か? 以下の選択肢から答えなさい。1.辛さを感じる味覚 2.苦さを感じる味覚 3.酸っぱさを感じる味覚』
沈黙のゲームマスターは俺に応えるように、壁面の「不正解」から次の問題を表示させた。今度の問題は俺の知らないものだった。
回答者の雅が知っているなら問題はない。それにたとえ彼が知らないのだとしても、三択だから正解は三分の一。適当に答えたとしても、当たる確率は決して低くない。とにかく時間をかけることじゃない。わからないなら適当に答えて、次の問題に進めばいい。
しかしそう上手く事を進めないのが俺の弟だ。
「ああ、これは知ってるぜ。わかる、わかる」
「雅っ……早く、答えて……」
「制限時間は一分だろ? 焦んなよ」
「雅っ……!」
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