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 映画館へ足を運んだことがある者なら、必ず目にする大きな白い幕。カメラで撮った記録を映し出して見せる為の、なくてはならない要の機材。それがどうして、壁面に沿って下ろされているんだ?

「スグル」

 突如として現れた、帝国にはない機材へ釘付けになっていると、ほんの少しだけ懐かしいと感じる声が俺を呼んだ。

「セル……?」

 そこには、鑑賞スペースにいたはずのセルと、人型バージョンのバイロンの姿があった。

「二人ともいったい、どうして……ううん。どうやって、この中に?」

 確かプレイヤーと生贄以外は、「ゲームステージ」内へ立ち入れないようになっていたはずだ。プレイヤーの交代についてもいまだ壁面に案内はないし、そんな状況でどうやってここに入ってこれたのか。

 その答えはバイロンの口から明かされた。

「あちら側のガラスが、突然消えるように無くなったんだ。まるで俺達にここへ入るよう、誘っているかのようにな。これで『ゲーム』はすべてクリアしたということになるのか?」

「そうだとしたら、何らかの指示があるはずだろう」

「わわっ?」

 バイロンよりも先にこちらへ近づくセルが、ルイスに跨ったままの俺を見兼ねたのか、言いながら俺の背後に回り、攫うように抱いてルイスから引き離した。てっきりそのまま立たされるものだと思っていたんだけれど、なぜかセルは俺を抱いたまま離さない。

 ぶらりと浮くつま先。しかし、しっかりがっちりと抱きかかえられているせいか、腰や腹は痛くも苦しくもない。ないけれど……なぜにこの状態?

「つれないな」

「『インターバル』は終わりだろう」

「セル?」

 やれやれといった様子のルイスが、消えつつあるソファから立ち上がり言うと、セルは手厳しい様子でぴしゃりと言い放った。怒っている? 眉間にやや皺が寄っているせいか、セルの顔が普段よりも怖い……気がする。

「嫉妬深い男は嫌われるぞ」

「フン」

「やれやれ……ところで、スグルはあれが何なのか、わかっているようだね?」

 近づくルイスが挑発的な笑みを浮かべながら、小声で何かをセルに囁いた後、俺に向かって壁面の映写幕を指差した。

「何だ、あの垂れ幕のようなものは……?」

「スクリーン……映写幕だよ」

「えいしゃまく?」

 怪訝そうな顔で映写幕を見つめるバイロンは、初めて耳にしただろう俺が言った単語を復唱する。それは何だ? と言わんばかりの表情を浮かべるセルやルイスにもわかるよう、俺は映写幕について彼らに簡単な説明をした。

「俺がいた世界にある映画を観る為の機材だよ。あの白い幕に、何らかの記録がそのまま映像として映るんだ。例えばこれまでの……」

 と、ここで頭の中に今回行ったゲームの数々が走馬灯のように蘇り、腹の底がカッと熱くなった。

 そして連動するように赤くなる頬を慌てて手の甲で隠しながら、俺はたどたどしく説明を続けた。

「えっと、これまでの……ゲームの、内容。セル達はあの奥のスペースでずっと観ていただろう。その様子をまるっとそのままカメラという機材に記録して、観たもの、聞いたものを他者へ伝えるという技術が、俺の世界にはあるんだ。あの映写幕には、その記録されたものが映し出されるんだよ」

 そこまで言うと、背後のセルが一つ頷き、

「つまり、あそこにはこれから、何らかの記録が映し出されるということか」

「たぶん。もしくは、現在進行形で行われている何かを、こちらへ伝えたいか……」

「というと?」

「映し出せるのは何も過去のものだけじゃない。カメラがあれば、今どこかで起こっている出来事をリアルタイムで映すこともできるんだ」

「ほう。異界の技術は進んでいるんだな」

 感心した口ぶりで納得したように言った。

 確かにイヴミリアは元の世界と比べると技術が遅れている。しかし文明が遅れているわけではない。それは魔法があるからだ。この異世界では魔法が使えるから、技術の方を発展させることに重きを置く必要がなかったのだろう。人間はいつ、どの時代、どの世界でも人々が生きやすいよう常に利便性を追究する。それがこの世界では魔法で、元の世界じゃ技術だっていう話だ。

 俺からすると、魔法が使えるこの世界はとても魅力的に映るけれど、セル達からすると俺と雅がいた世界の方が魅力的に映るのかもしれない。

 そういえば、常々「魔法が使える異世界に行きたい」と言っていた男がいたな。俺も魔法が使える異世界に憧れはあったけれど、彼は俺みたく好奇心から行きたいと思っていたのではなく、元の世界の方に幻滅してそこからいなくなりたいという意味でボヤいていたと思う。もう顔すら朧げなほど、しばらく会っていないけれど……彼は今、どうしているだろう。俺が異世界にいると知ったら、羨むだろうか?

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