攻略なんてしませんから!

梛桜

文字の大きさ
67 / 71
最終決戦

温かな光

しおりを挟む

 ハッキリと告げたその言葉を理解したのか、途端にオブシディアンから『魔』の気配が、まるで解き放たれた様に一気に噴き上がる。空気がピリピリと肌を刺激して痛いけど、怯むわけにはいかない。
 俯いているオブシディアンがどういう顔をしているのかは見えないけれど、此処で引き下がるわけには行かない。そもそも、私はオブシディアンを諦めたくない。

『……を、捨てるの…?』
「オブシディアン…?」
『ママは、僕の前から、居なくなるの?』

 顔を上げたオブシディアンの真っ黒な瞳には、零れそうに溢れた涙。締め付けられる胸の痛みと、何があっても守らなければと、庇護欲を掻きたてる。
 

 ドクン――!


 心臓が嫌な音を立てて、胸を打ちつける。

 呼吸が早くなって、息をしているはずなのに、苦しくて胸が詰まる。

 黒髪で黒い瞳のオブシディアンは、遠い過去に置いてきてしまった私の宝物を思い起こさせる。ギベオンの術の中で抱き締められなかった、大切な、大切な私の……。

「アリア?」
「……っ」

 ふらりと、全く無意識に足が進み出ていた。オブシディアンへと伸ばす腕が震えていて、足取りも覚束ない。何度も名前を紡ぐのに、言葉は音にはならない。

「アリア、幻術に惑わされたら駄目だ!」
「違う!幻術なんかじゃない!あの子は…、私の!」
「向こうに居るのはオブシディアン様だけだ!アリア!」
「違う!私は、あの子の傍にいかなきゃ!」

『それでいい。さぁ、僕の元へ』

 潤んだ瞳、伸ばされる小さな手、私を呼ぶ泣き声が…―。

『半端な子猫の術に掛かるな、アリアよ』
「アリア!」

 ふわりと包み込まれたのは、花の香りと落ち着く夜の気配。
 私に全力で抱き付いているのは、ルチルレイ。背中を見せてオブシディアンを威嚇しているのは、ギベオン。腰に回る腕と、私を引き止めていてくれたのは、アズライト。

(…いない、私の、私の――)

「夢に惑わされないで、君は、此処にいるんだアリア」
「いかなきゃ、泣いてるの」
「誰も泣いていないよ、泣いているのはアリアだ。何処にも誰も置いていってなんかいない、アリアは僕の手をいつでも笑って引っ張ってくれたよ。そんなアリアが大好きだ」
「……わたし、が?」
「私もです!怖い上級貴族の令嬢達からアリアが、私を助けてくれました!アリアがいなかったら、私とんでもないことしてました」
「アズラ、ルチル…」

 しっかりと告げられるアズラの声と腕が、真っ直ぐに私を見つめるルチルの綺麗な空色の瞳が、私を現実へと引き戻してくれる。腕の中で泣いていたあの子はもう『前世』の事で、手を伸ばしても届くことの出来ない『過去』で、私が生きているのは、この世界。

(この世界で生きる覚悟をしていたはずなのに、そんなの全然だった)

「オブシディアン、此方へ来るのはあなたよ」

 にっこりと微笑みを浮かべ手を差し出すと、ギベオン越しに見えるオブシディアンの肩が揺れた。深い深い闇の色をしていた瞳に、光が見えた。
 哀しげに笑っていたオブシディアンの瞳が、一瞬だけ丸くなってふわりと微笑みを浮かべる。それは、いつも見ていた私の側にいる時のオブシディアンの安心した表情。幾らオブシディアンが『魔』の器だからといって、完全に融合していない。

「オブシディアンと私には、一緒に生きるという盟約があるわ。私とハウライトと共に生きると約束したじゃない。手を取るのは貴方よオブシディアン」
『ア、リア…』
「ハウライトと一緒にオブシディアンを助けたのも、今まで一緒に暮らしてきたのも、全部ハウライトとオブシディアンと一緒にいたいっていう私の願いよ。オブシディアンはオブシディアンでしょう?貴方は私の大事な守護聖獣で、私の守るべき子よ」
『だけど、僕は…』
「私の魔力がいるなら幾らでも上げるわ、『魔』を引寄せる人がいるなら、ハウライトと一緒になって幾らでも祓ってみせましょう。属性の鍛錬にもなって一石二鳥以上じゃない」

 背筋を伸ばしはっきりと告げるその口調は、侯爵家の令嬢として培ってきたもの。にっこりと微笑みを浮かべていても、オブシディアンの耳はしゅんと悪いことしてましたごめんなさいって耳になってる。私を抱き締めているアズラの腕が緩み、側にいたルチルの口元に微笑みが浮かぶ。

「オブシディアン、おいで」

 両腕を広げてオブシディアンに向けると、一歩一歩ゆくりと近付いてきたオブシディアンが飛び込んできた。肩に感じる濡れた感触に、そっと髪を撫でて強く抱き締めた。

「アリア、大好きです」
「私も大好きよ、オブシディアン」

 体の内に残っていた魔力が光魔法を展開し、私とオブシディアンを包み込む。オブシディアンを消すのでもなく祓うのでもない、優しい光が辺り一面へと広がり弾けた。




 柔らかな光が静まった頃、私が抱き締めていたオブシディアンは、子猫の姿へと変化していた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~

紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。 毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

【完結】転生白豚令嬢☆前世を思い出したので、ブラコンではいられません!

白雨 音
恋愛
エリザ=デュランド伯爵令嬢は、学院入学時に転倒し、頭を打った事で前世を思い出し、 《ここ》が嘗て好きだった小説の世界と似ている事に気付いた。 しかも自分は、義兄への恋を拗らせ、ヒロインを貶める為に悪役令嬢に加担した挙句、 義兄と無理心中バッドエンドを迎えるモブ令嬢だった! バッドエンドを回避する為、義兄への恋心は捨て去る事にし、 前世の推しである悪役令嬢の弟エミリアンに狙いを定めるも、義兄は気に入らない様で…??  異世界転生:恋愛 ※魔法無し  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆

巻き込まれて婚約破棄になった私は静かに舞台を去ったはずが、隣国の王太子に溺愛されてしまった!

ユウ
恋愛
伯爵令嬢ジゼルはある騒動に巻き込まれとばっちりに合いそうな下級生を庇って大怪我を負ってしまう。 学園内での大事件となり、体に傷を負った事で婚約者にも捨てられ、学園にも居場所がなくなった事で悲しみに暮れる…。 「好都合だわ。これでお役御免だわ」 ――…はずもなかった。          婚約者は他の女性にお熱で、死にかけた婚約者に一切の関心もなく、学園では派閥争いをしており正直どうでも良かった。 大切なのは兄と伯爵家だった。 何かも失ったジゼルだったが隣国の王太子殿下に何故か好意をもたれてしまい波紋を呼んでしまうのだった。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

処理中です...