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梛桜

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最終決戦

温かな光

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 ハッキリと告げたその言葉を理解したのか、途端にオブシディアンから『魔』の気配が、まるで解き放たれた様に一気に噴き上がる。空気がピリピリと肌を刺激して痛いけど、怯むわけにはいかない。
 俯いているオブシディアンがどういう顔をしているのかは見えないけれど、此処で引き下がるわけには行かない。そもそも、私はオブシディアンを諦めたくない。

『……を、捨てるの…?』
「オブシディアン…?」
『ママは、僕の前から、居なくなるの?』

 顔を上げたオブシディアンの真っ黒な瞳には、零れそうに溢れた涙。締め付けられる胸の痛みと、何があっても守らなければと、庇護欲を掻きたてる。
 

 ドクン――!


 心臓が嫌な音を立てて、胸を打ちつける。

 呼吸が早くなって、息をしているはずなのに、苦しくて胸が詰まる。

 黒髪で黒い瞳のオブシディアンは、遠い過去に置いてきてしまった私の宝物を思い起こさせる。ギベオンの術の中で抱き締められなかった、大切な、大切な私の……。

「アリア?」
「……っ」

 ふらりと、全く無意識に足が進み出ていた。オブシディアンへと伸ばす腕が震えていて、足取りも覚束ない。何度も名前を紡ぐのに、言葉は音にはならない。

「アリア、幻術に惑わされたら駄目だ!」
「違う!幻術なんかじゃない!あの子は…、私の!」
「向こうに居るのはオブシディアン様だけだ!アリア!」
「違う!私は、あの子の傍にいかなきゃ!」

『それでいい。さぁ、僕の元へ』

 潤んだ瞳、伸ばされる小さな手、私を呼ぶ泣き声が…―。

『半端な子猫の術に掛かるな、アリアよ』
「アリア!」

 ふわりと包み込まれたのは、花の香りと落ち着く夜の気配。
 私に全力で抱き付いているのは、ルチルレイ。背中を見せてオブシディアンを威嚇しているのは、ギベオン。腰に回る腕と、私を引き止めていてくれたのは、アズライト。

(…いない、私の、私の――)

「夢に惑わされないで、君は、此処にいるんだアリア」
「いかなきゃ、泣いてるの」
「誰も泣いていないよ、泣いているのはアリアだ。何処にも誰も置いていってなんかいない、アリアは僕の手をいつでも笑って引っ張ってくれたよ。そんなアリアが大好きだ」
「……わたし、が?」
「私もです!怖い上級貴族の令嬢達からアリアが、私を助けてくれました!アリアがいなかったら、私とんでもないことしてました」
「アズラ、ルチル…」

 しっかりと告げられるアズラの声と腕が、真っ直ぐに私を見つめるルチルの綺麗な空色の瞳が、私を現実へと引き戻してくれる。腕の中で泣いていたあの子はもう『前世』の事で、手を伸ばしても届くことの出来ない『過去』で、私が生きているのは、この世界。

(この世界で生きる覚悟をしていたはずなのに、そんなの全然だった)

「オブシディアン、此方へ来るのはあなたよ」

 にっこりと微笑みを浮かべ手を差し出すと、ギベオン越しに見えるオブシディアンの肩が揺れた。深い深い闇の色をしていた瞳に、光が見えた。
 哀しげに笑っていたオブシディアンの瞳が、一瞬だけ丸くなってふわりと微笑みを浮かべる。それは、いつも見ていた私の側にいる時のオブシディアンの安心した表情。幾らオブシディアンが『魔』の器だからといって、完全に融合していない。

「オブシディアンと私には、一緒に生きるという盟約があるわ。私とハウライトと共に生きると約束したじゃない。手を取るのは貴方よオブシディアン」
『ア、リア…』
「ハウライトと一緒にオブシディアンを助けたのも、今まで一緒に暮らしてきたのも、全部ハウライトとオブシディアンと一緒にいたいっていう私の願いよ。オブシディアンはオブシディアンでしょう?貴方は私の大事な守護聖獣で、私の守るべき子よ」
『だけど、僕は…』
「私の魔力がいるなら幾らでも上げるわ、『魔』を引寄せる人がいるなら、ハウライトと一緒になって幾らでも祓ってみせましょう。属性の鍛錬にもなって一石二鳥以上じゃない」

 背筋を伸ばしはっきりと告げるその口調は、侯爵家の令嬢として培ってきたもの。にっこりと微笑みを浮かべていても、オブシディアンの耳はしゅんと悪いことしてましたごめんなさいって耳になってる。私を抱き締めているアズラの腕が緩み、側にいたルチルの口元に微笑みが浮かぶ。

「オブシディアン、おいで」

 両腕を広げてオブシディアンに向けると、一歩一歩ゆくりと近付いてきたオブシディアンが飛び込んできた。肩に感じる濡れた感触に、そっと髪を撫でて強く抱き締めた。

「アリア、大好きです」
「私も大好きよ、オブシディアン」

 体の内に残っていた魔力が光魔法を展開し、私とオブシディアンを包み込む。オブシディアンを消すのでもなく祓うのでもない、優しい光が辺り一面へと広がり弾けた。




 柔らかな光が静まった頃、私が抱き締めていたオブシディアンは、子猫の姿へと変化していた。



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