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紹介をしましょう。
黒と白 *
しおりを挟む『……、タ、…スケ、…テ』
お茶会の会場でもある中庭に向かって走っている私の頭に響く声、小さくて、今にも消えてしまいそうな助ける求める声に、急かされる足を止めて周りを見渡した。普段はこんなに走ったりしないので、息が切れて苦しい。でも、頭に響く声は今でも私を呼び寄せる。
(何?声?)
「誰?何処にいるの?」
言葉を返してみても、響く声はそれ以外聞こえてこない。確かに『助けて』と聞こえてきた気がしたのに、回りには何も見えない。それに、段々と周りが暗くなってきて足元が見難くなっている。
(日没にはまだまだなのにおかしい、雨でも降るの?)
走っていた所為か、心臓の音がドクドクと煩く聞こえて来る。ぎゅっとドレスの胸元を握り締めて、私は又走り出した。周りは真っ暗で、追い駆けて来ているはずのアイクお兄様の姿も見えない。
近道にと辛うじて見えた垣根の隙間を潜り、顔を出した先に居たのは、真っ黒の毛皮で覆われた足。
それに威嚇する白い子猫と、其の背後では黒い子猫が横たわっている。
『何処から現れた、人の子』
ピンと立った三角の耳、凍えそうな鋭利な銀の瞳、鋭い牙を隠しているであろう大きな口。太い足には肉球だけじゃ無く、身体を難なく引き裂くであろう爪もある。そして、其の全てを包み込む、大きな体には黒く怪しく輝くダークシルバーの毛並み。
(私は、この狼を知っている)
「ギベオン…」
口から零れ出た言葉に、大きな獣の気配が変わっていく。警戒をしていたのが、ゆっくりと驚きに変わって、愉しそうなものへと変わる。何故か目の前の狼が薄っすらと笑っているように見える。
『我の声を聞く者が、二人もいるとはな。娘、名は?』
狼の低い声は、直接脳内へと響いてくる。それだけでも震えてしまいそうな程だけど、私はドレスについた葉を払い、膝を少し折り淑女の礼を取った。そして顔を真っ直ぐに向け口を開く。
「アトランティ侯爵家長女、アメーリア=アトランティですわ。聖獣とも呼ぶべき貴方が、このような場で何をなさってるのですか?」
狼の足元には、ふわりと柔らかそうなピンク色のドレスが見える。へたり込んで動けなくなってしまったのか、怯え泣きそうな顔をした可愛らしい少女が、助けを求めるように私を見つめてくる。薄桃色の揺るやかなウェーブした髪に、空色の瞳。怯えているので、白い肌は青白くなっているけれど、花弁の様なピンクの唇はもう一人のヒロインの特徴。
「ルチルレイ…」
(もう一人のヒロインは男爵家の令嬢なのに、どうしてこのお茶会に参加出来たの?)
こんな状況じゃなかったら、可愛いルチルレイの姿にテンションでも上がっただろうけど、そんな場合じゃない。本来のゲームなら、ギベオンは私の聖獣としてゲームで登場している。そのふわふわな毛並みも低く柔らかく響く声も、アメーリアだけに向けられていた。
なのに、ギベオンが意識を向けているのは、怯えて逃げようにも逃げられないで居るルチルレイだった。
『今は大差無いが、故に楽しみな娘達だ。しかし、契約に従い、我が守護するのは此方の娘だ』
「そんなっ」
『この場は騒がしい、この娘は我が連れて帰ろう。また逢おうアメーリア』
「待って!ギベオン!」
子猫でも銜える様に、ルチルレイのドレスの腰のリボンを銜えると、ギベオンはそのまま霧へと消えてしまった。すると遮断されていた周りの音が一気に動き出し、令嬢達の怯える声が聞こえてきて、私は我に返る。一番に目に入ったのは、倒れたままの黒い子猫と、傷を舐める紅く染まった白い子猫の姿。
ドクンッと心臓が嫌な音を立てる。流れていく赤い色に、目の前がそれだけしか映らなくなって、私はフラフラとした足取りで子猫達へと近付いた。
(…だめ、助けなきゃ)
「アリア、近付いてはいけない」
「助けなきゃ、離して…私はっ、私が助けるの!」
アイクお兄様が私に残酷なものを見せないようにと壁になってくれているけど、私はアイクお兄様を押しのけて子猫へと近付いた。着ていたドレスを捲り上げ、柔らかい布で作られたペティコートを破き、血が流れ出ないようにと押さえる。周りがきゃあきゃあ煩いけど、怪我や血が怖くて子育てなんか出来るか!
「誰か!回復魔法を使える方を呼んでください!早く!」
「ぼ、僕が行く!足なら僕のが早いから!」
「もしかして、こっちの黒猫にか?酷い傷だぞ、これはもう…」
「煩い!助かるに決まってるでしょ!?最初から諦めんな!」
令嬢の言葉遣いなんて、気にしてられない。その時の私は、アトランティ家や他の貴族の事は勿論。目の前の子を助けないとって、其ればかりで、目を丸くして私を見つめるアイクお兄様やジャスパー様の事なんて頭になかった。
兄弟なのか赤く染まった白い子猫がウロウロと私の周りを歩き、何度も私を見上げている。傷を押さえる手はそのままに、もう片方の手を子猫へと伸ばした。
「お前もこっちにおいで、一緒に助けよう」
『ハウライト』
「え?」
『私ノ名ハ、ハウライト』
「ハウライト…?何で、喋れるの?」
私が子猫の名前を呼ぶと、途端にハウライトの姿が眩く光だし、真っ白な空間へと包まれた。周りの音が一切消えその空間に居たのは、私と倒れたままの黒猫。そして、白銀の髪と左を金に右目を青に色付けた可愛らしい少年が立っていた。少年の髪には同じ色の耳、そして背後に見えるのは尻尾。
『盟約に従い、我ハウライトはアメーリアの守護となる』
「はぁ!?」
『アメーリア、言いました。私と一緒に助けようと』
にっこりと可愛い笑顔を浮かべた少年ハウライトが、黒猫の傷を押さえる私の手に、小さな白い手を重ねた。ほわっと柔らかな光が燈り、周りがだんだん暖かくなっていく。傷を押さえている場所から滲んでいた赤が、ゆっくりと引いていく。
「これは、回復魔法…なの?」
『アメーリアと一緒に、私は兄弟を助けます』
段々塞がっていく傷と、自分から抜けていく魔力。基礎訓練してて良かったと、暢気な事を考えている位には混乱してたんだと思う。人って自分の容量を超えると、逆に冷静になるのね。温かくなる小さな身体と、手に伝わってくる命の音を感じ、私の強張っていた身体は、あっという間に力を保つのを放棄した。
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