攻略なんてしませんから!

梛桜

文字の大きさ
13 / 71
OPは賑やかに。

出会いイベントとギベオン *

しおりを挟む
― 一人たどり着いたカフェテリアでは、異様な雰囲気としか言いようが無い空気が流れていた。

 貴族科と魔法特進科の生徒が主に使用するこのカフェテリアは、貴族のサロンと思ってもいいくらいの優雅な雰囲気がいつもなのに、今日は何処か怯えを感じる。周りを見渡してみると、混雑はしていないけど、その場を避けているのが見て解る。ポツンと一人テーブルでお茶を飲む薄紅色の緩やかな三つ網の髪。その足元には、可愛らしい外見の少女には不釣合いの大きな獣。

(あのダークシルバーの毛並みは、ギベオン)

 飲み物の入ったカップを手に、憂いを含んだ顔で外を眺めているルチルレイの姿。その足元には、大人しく座ったままのギベオン。それだけなら多少の違和感で済むのですが、私には先程から既視感に悩まされている。
 貴族科や魔法特進科の生徒のみのこの場所。一人でカップを傾けている少女とその隣に優雅に寝そべるダークシルバーの毛並みをした大きな狼。その符号にハッとした。

(そうだった、この場所で一人優雅にティータイムをする少女。本当ならアメーリアのOPムービーが流れるイベントだ!)

 気付けば思い出せるその映像。
 アイクお兄様が微笑みを浮かべて手を差し出し、その手に掴まって案内されるのはラズーラ王子殿下とリモナイト王子殿下の待つテーブル。その背後にはジャスパー様が従い、少し送れて無表情のマウシット様と最後の攻略者、マーカサイト=ホーランダイト様が癒しの笑みを浮かべてやってくる。

(アメーリアは貴族の令嬢だから、皆纏めて出会って挨拶っていうのが最初のイベントだった。ルチルレイは面識の無い上級貴族だったから、別々に出会うんだよね。でも、アメーリアのイベントの時にルチルレイは居無かったよ?)

 思い出した記憶をどんなに再生させても、アメーリアを中心で動いていたのだから周りが見えるはずが無い。ルチルレイイベントで出逢うのは、王道のメイン攻略者であるラズーラ王子殿下。こんな場所でお茶してる場合じゃないはずなんです。
 だって、個別で出会って、皆はルチルレイの無垢で純粋な笑顔に一目惚れをするんだから。

(ギベオンのオーラの強さで、遠巻きになっている状態に、憂い顔をして落ち込んでるルチルレイってイベント開始できるの!?)

 私にはアイクお兄様というキーキャラが居ますので、出会いイベントとかは全然問題ないでしょう。ルチルレイの出逢いイベントは、アメーリアのように一纏めではなく、光り輝く中庭や教室で、守護聖獣と共に居るところを攻略対象が宝物を見つけた感覚になるらしいんだけど。ギベオンがそういう場所に喜んで行くとは思えないし…。

「アリア、お待たせ。テーブルが空いていないの?」
「アイクお兄様」
「ラズ殿下とリィ殿下もご一緒なんだ、こっちにおいで。席もまだあるよ」
「は、はい」

 アイクお兄様から差し出される手に自分の手を乗せ、ゆっくりとラズーラ王子殿下とリモナイト王子殿下が待つテーブルへと歩き出す。やっぱりこれは、アメーリアのイベントOP。此処から攻略対象者が集まっていってゲームがスタートする。

『久しいな、娘よ』

「え?」

 耳に届くのではなく、直接頭に伝わる声。低くて引き込まれるような魅惑的な響き、その声が聞こえた途端目の前に広がった一面の闇。いきなり変わった目の前の景色に、慌てるなというほうが無理だろう。いつも一緒のハウライトもオブシディアンも居ないなんて、有り得ない!!

「え、ど、どこ?アイクお兄様達は?ハウライト、オブシディアン!?」
『落ち着くが良い、我の世界にお前を引き込んだに過ぎん』
「ギベオンの、世界……?」

 声の方へと視線を向けると、其処に立っていたのはジャスパー様と同じくらいの大柄の男性。髪長めで色は夜空のような濃い青かな?藍色と言った方がいいかもしれない。頭の上には三角の耳が生えていて、私を見つめてくる瞳は銀色。服装は軍服のような黒のジャケットで、アクセサリーとして銀の鎖が付いている。背後にはふわふわとした大きな尻尾が揺れていた。

(これが、ギベオンの人型なの…?)

「突然連れてきたからな、驚くのも無理は無い」
「……」
「どうした?」
「ギベオンも、そんな砕けた話し方出来ましたのね」

 私の呆然とした顔とその物言いに、一瞬目を瞠ったギベオンは、次の瞬間楽しそうに笑い出した。その笑顔はまるで子供の様に無邪気で、見かけは大人なのに何でだろう、この撫で撫でしたい衝動は。

「ルチルレイの願いを叶える為にお前を引き込ませて貰ったのはすまない、直ぐにとは言わないが元には戻れるから安心するといい。私には光の守護獣の様な引き合わせる力は無いからな」
「ハウライトは、魅了の力など持ち合わせてはいませんわよ?回復や補助や浄化とかですし」
「ああ、魅了は闇の領分だ。私やお前の闇の守護聖獣の力だが、光の人を惹き付ける力はまた別だ」
「ハウライトは使えますの?ですけど、使った事ありませんわ」
「意識して使う力では無いからな、お前も頼んでまで惹き付けたいと考えないのだろう?」

 確かに、私は誰を魅了してまで手に入れたいとか、欲しいとか思った事は無い。何よりも私の一番はモフモフと可愛い子を、好きなだけモフモフ撫で撫ですることです。ええ、此処大事。私の一番の幸福と言っても過言ではありません!

「……ぶふっ」

(ギベオン貴方、今吹き出しましたわね?)

 私の考えていた事を覗いたのか、ギベオンが吹きだしただけでは飽き足らず、今度は声を上げて笑い出しました。大きな身体をくの字に曲げて、お腹を抱えてという笑いっぷり。

 今までのクールビューティ様は何処いった!!

「知りませんでしたわ、ギベオンって笑い上戸でしたのね。ジャスパー様みたいでしてよ?オブシディアンも表情の変化は少ないですが笑いますので、可笑しくはありませんが…」
「何を言う、私も普段は此処まで笑う事など無い。お前が愉快なだけだ」

(何!?失礼な!)

「まぁ、私だって普通ですわ。それよりも、いい加減『お前』や『娘』ではなく、名前で呼んで頂けません事?アメーリア、アリアでも宜しいですわ」
「なら、アリアと呼ぼう」

 私の言い分をあっさりと了承すると、ギベオンはジッと私を見つめてくる。銀色に輝く不思議な瞳を見つめ返していると、口元が弧を描いて笑みを浮かべる。私に向けられる視線も、殺気などは無い優しいものだった。
 なんとなく、逸らしたら負けのような気がしてしまって、ジッと二人で見つめ合い続けるのかと思っていたら、ゆっくりと近付いてくるギベオンの顔と大きな手が顎を救い、柔らかな唇が重ねられ塞がれていた。

「…ん!?」
「目を閉じないのか?」
「な、…っ、んん」

 面白がっている瞳のギベオンに反論しようとしたら、その隙を突いて舌先がするりと入り込んでくる。子猫達のザラリとした舌先とは違う、熱く絡め取られて吸い上げられていく。身体に力が入らなくて、自分の身体を支えることが出来ない。

「アリアは珍しい、こんなに高純度の魔力は味わったことが無い。全て食いつくしたいくらいに美味い」
「…っ、わ、私は、餌では有りませんわ…っ」

 逞しい腕が私の身体を支え、銀色の瞳がとても優しい色を燈して私を見つめる。まるで心臓を鷲掴みにされているような息苦しさを感じてしまう。ギベオンしか見えなくて、このまま全てを捧げたくなってしまう。

(って、駄目!流されちゃ駄目ー!!)

「は、離して!」
「アリアは、聖獣姿の私を恐れない。今の私にも怯えないし、魅了も効かないとは優秀だ」
「はぁ!?今は兎も角、聖獣姿をどんなにモフりたくて堪えているか!実際その姿じゃなくて、狼の姿だったら、まず毛皮に飛び込んでるわ!人型論外!キスだって現実じゃないからノーカンですわ!」

 おっといけない。令嬢にあるまじき言葉遣いでしたわ。目を丸くしているギベオンが新鮮ですわね。ルチルレイがギベオンをモフっているかと思うと、羨ましくて……っ!ハウライトとオブシディアンとアズラが私には居ますもの!猫科だってモフモフですもの!!

「本当に、お前は…」
「何ですの?笑いすぎでしてよ、あと、早く離してくださらない?」

 肩を震わせるギベオンの瞳が、驚きや楽しいというより、哀しそうに見えたのは気の所為ではありませんでした。こんなにも感情豊かで、哀しい顔をするギベオンを、アメーリアは見たことがありませんでしたわ。

「ルチルレイは、狼の私には触れようとも、目を合わせようともしない。夢の中で、この姿で話しかければ喜んで話をするが、起きてしまえばその瞳には拒否しか映らない」

(な・ん・だ・と!?あの魅惑のモフモフを触らないだと!?)

 お前が驚く所は其処なのかと、呆れているギベオンは放置だ。だって驚くなら其処しかないでしょう!?モフモフをがっつりモフらないとかありえないでしょう!?大きなモフモフを持った狼ですよ!枕とか抱き枕とか、やらないと損だよルチルレイ!
 あ、うちの可愛い二匹は、枕だと潰れてしまいますのでね。猫マフラーとか添い寝や、起きているときのみの癒しモフモフをしっかりと堪能しております。ブラッシングもしっかりしている艶々な毛並みに肉球が気持ちいいんだぁ~。アズラも獣化したら捕獲してモフモフ堪能しています。

「今度ルチルレイを問い詰めたいですわ、勿体無い」
「やめておけ、素直に聞き入れる娘ではない」
「どうして、そんなに歪んでますの?男爵令嬢とはいえ、とても可愛い方なのに」
「確かに両親からは愛されているが、ルチルレイは当初の願いを忘れているのかも知れないな。最近は私に人型で側に付けと言っている」

 もしかしたら、ギベオンの哀しい瞳はルチルレイに向けられているのかもしれない。
 そんな事を考えていたら、取り囲む闇が段々と光を帯びて眩しくなってくる。夢の時間の終わりを告げるかのように、ギベオンの姿が遠ざかっていった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~

紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。 毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

【完結】転生白豚令嬢☆前世を思い出したので、ブラコンではいられません!

白雨 音
恋愛
エリザ=デュランド伯爵令嬢は、学院入学時に転倒し、頭を打った事で前世を思い出し、 《ここ》が嘗て好きだった小説の世界と似ている事に気付いた。 しかも自分は、義兄への恋を拗らせ、ヒロインを貶める為に悪役令嬢に加担した挙句、 義兄と無理心中バッドエンドを迎えるモブ令嬢だった! バッドエンドを回避する為、義兄への恋心は捨て去る事にし、 前世の推しである悪役令嬢の弟エミリアンに狙いを定めるも、義兄は気に入らない様で…??  異世界転生:恋愛 ※魔法無し  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆

巻き込まれて婚約破棄になった私は静かに舞台を去ったはずが、隣国の王太子に溺愛されてしまった!

ユウ
恋愛
伯爵令嬢ジゼルはある騒動に巻き込まれとばっちりに合いそうな下級生を庇って大怪我を負ってしまう。 学園内での大事件となり、体に傷を負った事で婚約者にも捨てられ、学園にも居場所がなくなった事で悲しみに暮れる…。 「好都合だわ。これでお役御免だわ」 ――…はずもなかった。          婚約者は他の女性にお熱で、死にかけた婚約者に一切の関心もなく、学園では派閥争いをしており正直どうでも良かった。 大切なのは兄と伯爵家だった。 何かも失ったジゼルだったが隣国の王太子殿下に何故か好意をもたれてしまい波紋を呼んでしまうのだった。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

処理中です...