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梛桜

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上位試験開始

決勝戦です(ルチル視点)

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 火魔法を展開しようと集中していると、いきなり私の周りを黒い靄が包みました。視界がやっと晴れたと思ったら、何故か木の上に真っ黒の豹や大きな狼の群れに取囲まれています。どうしていきなりこんな森の中に放り込まれたのか分からない。呼べば来るといってたギベオンは、何度呼んでもこないし返事も聞こえてこない。

「いや、こな…で…っ」

『グルルル…ッ』

「ギベ、オン…っ、たす、助けて!」

 いつも呼べば本当に来てくれたのに、もしかしてアズライト様との戦いに気が向いてるから、私の事なんて忘れてるの?他に誰を呼べばいいの?分からない、こんな猛獣に囲まれてたら怖くて動けない…っ

(誰か、誰…?誰が来てくれるというの?皆優しくしてくれるけど、私、一人だと何をしていいのか分からない)

 グルグルと心の中が戸惑いでいっぱいになって、視界が滲んでいく。ギベオンの闇属性の魔力と同じ気配がするのに、私はギベオンと一緒に戦ってこなかったから、どういう魔法なのかも分からなくて、余計に混乱してしまう。

『ルチルレイ!目を覚ましなさい!』
「……だ、れ?」
「貴女はしっかりと自分を持っています、幻術に惑わされる事はありません!」
「マウシット…様」

 キラリと光るのは、いつも掛けている眼鏡だと知っているけど、そうじゃないのも知っている。貴族科の優等生で、魔力は何もないとぼやいていたけど、マウシット様はいつも私に沢山の知らない事を教えてくれていた。
 アメーリア様は何でも出来て凄いと言った時も『あいつ等は規格外なんだ』って、苦虫を噛み潰したみたいな顔をして、そっと頭を撫でてくれた。皆は厳しいとか鬼とか言うけど優しくて温かい人。

「私、頑張ります!」
「あら、ルチルレイが復活したみたいね。残念」
『アリア、ごめん。僕のせい』
「アイクお兄様を大笑いさせたのは私ですもの、オブシディアンは悪くありませんわ」

 アメーリア様の腕の中には、黒い毛並みの子猫が納まっている。アメーリア様の守護聖獣のオブシディアン様は、闇の属性を操る黒猫。アメーリア様は闇魔法だって、光魔法だって上達が早い。でも、それはアメーリア様が守護聖獣達を大好きで、自分から仲良くなろうと頑張ったから。
 それなら、闇の狼のギベオンだって同じ。

「もしかして、オブシディアン様の幻術?」
「ルチル、大丈夫?ごめんね、助けられなくて…。アイクってあんなに大笑いするんだね、初めて見たよ」
「リモナイト王子様」
「ルチルレイは自分で抜け出しました、ラズーラ殿下やジャスパーはどうですか?」
「大丈夫だよマウシット、ラズ兄様とジャスパーだもん。ちょっと疲れてる感じはするけど、僕の光魔法で回復するから」

 にっこりと天使の笑みを浮かべマウシット様とやり取りをすると、少しぼんやりとしていた私の手をそっと握り締めてくれた。温かいリモナイト王子様の手。微かに光が零れているのは、怪我をしていないか光魔法を掛けてくれているから?

「大丈夫か?ルチルレイ。アリアめ、光魔法に我と子猫を閉じ込めるなどと…」
「光魔法、ハウライトの。ギベオン、私も闇魔法の『夢幻術レヴリースト』使える?」
「勿論だ、我を誰だと思っている?アリアよりも強力なものを使えるぞ」

 心外だと眉間に皺を寄せたギベオンだけど、直ぐにいつもの意地悪な笑顔を浮かべて、真っ直ぐに私に手を差し伸べてくれる。

「力を貸してギベオン。『夢幻術レヴリースト』展開、アメーリア様に私と同じ動物は逆効果だから、違う夢を見せて!」

 人型になったギベオンがぎゅっと強く手を握り締めて、私から魔力を吸い取っていく。『嵐火フレムテンペスト』が不発で良かった、魔力がまだ沢山残っているもの。コレだけあれば、闇属性に耐性のあるアメーリア様にだって効果ある。
 黒い靄のようなものがアメーリア様目掛けて飛び、眼を丸くして戸惑うアメーリア様の姿。私が使われた大きな猛獣だらけも十分怖いと思うけど、何かアメーリア様に効くか本当に分からない。

(何を見せればアメーリア様を無力化できるかしら?動物でもないし、魔は光魔法を使いそうだし…)

 どうしたらいいのか迷っている間に、ギベオンが何か考えてくれたのかアメーリア様に向けた闇魔法に何かをしている気がする。まだまだ私の鍛錬が少ないからか、ギベオンが本気で闇魔法を使うと私には分からない。

「ギベオン、何をしているの?」
「アリアの気をそらせるものがないか、試している」
「…やり過ぎないでね?アメーリア様は大変だけど、これは試験で…」
「アリア!?」

 闇魔法に包まれるアメーリア様を見つめていたリモナイト王子様が、急に大きな声を出して敵の陣営へと走りだした。何事かと追い駆けたら、何の夢を見ているのかアメーリア様が大粒の涙を流して泣いていた…。

「ど、どうなっているの!?何をしたのギベオン!」
「…ハウライト、何か知っているのか?」
「……今、それは話せません。アリア、アリア目を覚ましてください」
「うにゃあ!(ハウライト、駄目!)」
「今は。『夢幻術レヴリースト』が掛かっている、オブシディアンの弱い闇魔法とは違うからな。直ぐには呼び戻せまい」
「アリア、何があった?しっかりしてアリア!アメーリア!」

 床に座り込んでしまったアメーリア様、その肩をリモナイト王子様がそっと包み込み、アイドクレーズ様も試合をそのままにアメーリア様に呼びかけています。マウシット様と一緒に観戦席にいたマーカサイト様を、アズライト様が慌てて連れてきたのか、抱え込んで運んできました。

「アメーリア姉様、待っていてください。状態異常回復ステイトヒール!」

 回復魔法でマーカサイト様の上をいくのは、今のこの学園にはいないとマウシット様に聞いています。きっと回復して元に戻ると思っていたのに、アメーリア様の様子をじっと見つめているマーカサイト様が難しい顔をしている?

(どうしたのかしら…)

「ギベオン様、アメーリア姉様にどんな魔法をかけたのですか?これは只の夢ではありません」
「我の闇魔法を全力で使った、ルチルレイが苦手とするものを送ってきたので、アリアが深く求めているものを夢に視るようにしてみたが」
「それなのに、涙を流しているというの?」

 誰もが困惑するその状況で、動ける人は誰もいない。アズライト様が獣化して、アメーリア様に擦り寄ったりハウライト様とオブシディアン様も一緒になって、アメーリア様が喜ぶモフモフ天国(アイドクレーズ様の提案)をしてみたけど、虚ろな瞳のアメーリア様は正気に戻らない。

「これは、棄権します。アリアを救護室へ連れて行かせてください」
「がう」
「ああ、アズラがそのまま乗せてくれるかい?その方がアリアも癒されるだろう」
「僕も行く!アリアについていたい!」
「リィ殿下は試験の閉会式があります。優勝なのですから、先生方から証を貰ってください」

 ハウライト様だけでは光魔法は使えないと、昨日アメーリア様に聞いていました。マーカサイト様の回復魔法が駄目なら、リモナイト王子様の光魔法ではどうかしら?

「あ、あの!リモナイト王子様の光魔法はどうですか?闇魔法の効果を祓ってみるとか…」
「残念だけど、僕じゃ守護聖獣の力には及ばない。アリアと一緒になら出来たかもしれないけど、それか、可能性は…」

 しゅんと困った顔をしたリモナイト王子様が、観戦席にある特別席へと視線をむける。いつの間にやってきたのか、其処には神殿の法衣を着たとても綺麗な人が試合を見ていた。
 あれがきっと、アメーリア様が言っていた、ルミエール様なのかしら?

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