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Ⅵ.Two of Cups
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その日、帰宅したセスクを出迎えた少女の顔色はかなり良くなっていた。
良くなっていた、というよりも、色艶綺麗なその肌は、むしろ完全に治っていると判断していいのだろう。
ただ、別の意味では少女の面持ちは重かった。
あの瞬間、確かに少女は自分の姿を見留めていたのだから。
「……あ、あの……」
「明後日、休みが取れたんだ」
「……え?」
なにかを言いかけた少女の言葉を遮って、セスクはにっこりと笑みを向けた。
「どこか行きたいところはある?」
デートしようか?と甘く誘えば、少女は少しだけ戸惑うように瞳を揺らめかせた後、嬉しそうにはにかんだ。
昼間の出来事について触れたくないと思うセスクの気持ちを察したらしい少女は、その後、表面上は何事もなかったかのようにいつも通りの綺麗な微笑みを浮かべていた。
本音を言えば、嫉妬で狂いそうになっていた。その白い肌をあの男に許したのかと思えば、おかしくなってしまいそうだ。けれど、だからこそ、そこに触れるわけにはいかなかった。触れてしまえばなにをしでかすかわからない自分がいる。それほどまでに、心は少女に囚われている。
――本気で、少女のことを想っている。
だからこそ、自分だけは違うということを示したい。
本気で愛しているからこそ、大切に大切にしたいのだと。
その夜は、明後日の"デート"の計画を楽しそうに立てながら、いつもよりも強い力で抱き込んで眠りについた。
*****
初めての"デート"は、多様な種類の花々が咲き誇る、郊外の公的な花屋敷だった。
手を繋いでゆっくりと散歩をして、趣深い小さな洋館の料亭でお昼にした。午後は帰宅の路に着きながら、雑貨屋さんと本屋さんに寄りたいと言った少女の希望を叶えてあげるつもりでいる。
「ここ、気に入った?」
「うん。とても」
「じゃあ、また来よう」
いつだって連れて来てあげる。と笑えば、少女は嬉そうに微笑んだ。
四季折々で咲く花の種類は違うから、一年通していつ来ても楽しめる。
「記念に、花束でも買って帰ろうか?」
「え?」
「プレゼント、させて貰ってもいい?」
好きな子に贈る初めてのプレゼントが花束だなんて、少し気障(きざ)だろうかとも思いながら、セスクは「どれがいい?」と四方で咲き誇る色取り取りの花を見回した。
花が購入できる場所は庭園の出口付近だから、帰りにどれがいいか話しながら向かえばいいだろう。
「オレ的には、やっぱり百合とか薔薇なんかがいいかなぁ、なんて思うけど」
百合は少女のイメージにぴったりで、薔薇はやはり愛の象徴だろう。
ちょうど通りかかった場所に咲いていた薔薇の匂いを楽しもうと手を伸ばしかけたセスクは、直後、指先に走った鋭い痛みに思わず顔を歪めていた。
「痛……っ!」
「だ、大丈夫?」
「切っちゃった」
薔薇に棘があることはもちろん知ってはいたけれど、想像以上の切れの良さに、セスクは「あはは」と照れ笑いをしながら血の滲んだ指先を掲げて見せる。
「血が……」
ぷくり、と膨らんだ赤い結晶。
「たいしたことな……」
心配をかけまいと笑いかけたセスクは、じ……っ、とその指先をみつめる少女の様子に視線を奪われた。
少女の手に、そっと引き寄せられた指先。
ピンク色の艶やかな唇から舌先が覗き、ちゅ……っ、と吸い付くように口付けられた。
ペロリ、と血を舐め取られたその様は妙に妖艶で。
何処か光悦とした表情を浮かばせる少女から目が離せなくなる。
「……美味しい?」
ついつい面白くなってしまい、冗談めかしてそう問えば、少女はハッと驚いたように唇を離していた。
「ご……っ、ごめんなさい……っ。つい、癖で……っ」
「癖?」
「……あっ、と……」
「あぁ、たまにいるよね。傷口を舐めちゃう人」
過剰なほどの動揺に、セスクは少女を落ち着かせるように笑いかける。
すると少女は、一生懸命弁明に口元を震わせていた。
「そ、そうなの……っ。本当にごめんなさい……っ。いつもラファエルにしてるからつい……っ」
「……ラファエルに?」
「あ……」
だが、その名前を耳にした途端、つい反射的にぴくりと眉をしかめてしまう。
そうそう怪我をする場面などないだろうに、いつ、どんな状況でそんなことをしているのかと思えば、おかしな邪推をしてしまう自分が嫌になる。
「いいよ。気にしないで」
「……ごめんなさい……」
慌てて嫉妬心を押し殺し、取り繕うように笑いかければ、少女は心底申し訳なさそうにしゅんとなる。
「だから、気にしなくていいって。シェリルになら、身体中の血を吸われても構わないくらいだから」
シェリル、と。その愛しい名前を口にするだけで幸せな気分が戻ってくる。
変な空気を払拭するように冗談めかしてそう言えば、けれど少女は驚いたように顔を上げていた。
「っ! そんなことしたら死んじゃうかもしれないじゃない……っ」
なにをそんなに神経質になっているのか、今にも泣きそうな表情(かお)で訴えられ、セスクは困ったように眉を寄せる。
「ごめんごめん。冗談だってば」
そうしてその華奢な肩を引き寄せて抱き締めれば、少女の方からも抱き返され、セスクは益々強い力で少女を胸の中へと閉じ込めていた。
良くなっていた、というよりも、色艶綺麗なその肌は、むしろ完全に治っていると判断していいのだろう。
ただ、別の意味では少女の面持ちは重かった。
あの瞬間、確かに少女は自分の姿を見留めていたのだから。
「……あ、あの……」
「明後日、休みが取れたんだ」
「……え?」
なにかを言いかけた少女の言葉を遮って、セスクはにっこりと笑みを向けた。
「どこか行きたいところはある?」
デートしようか?と甘く誘えば、少女は少しだけ戸惑うように瞳を揺らめかせた後、嬉しそうにはにかんだ。
昼間の出来事について触れたくないと思うセスクの気持ちを察したらしい少女は、その後、表面上は何事もなかったかのようにいつも通りの綺麗な微笑みを浮かべていた。
本音を言えば、嫉妬で狂いそうになっていた。その白い肌をあの男に許したのかと思えば、おかしくなってしまいそうだ。けれど、だからこそ、そこに触れるわけにはいかなかった。触れてしまえばなにをしでかすかわからない自分がいる。それほどまでに、心は少女に囚われている。
――本気で、少女のことを想っている。
だからこそ、自分だけは違うということを示したい。
本気で愛しているからこそ、大切に大切にしたいのだと。
その夜は、明後日の"デート"の計画を楽しそうに立てながら、いつもよりも強い力で抱き込んで眠りについた。
*****
初めての"デート"は、多様な種類の花々が咲き誇る、郊外の公的な花屋敷だった。
手を繋いでゆっくりと散歩をして、趣深い小さな洋館の料亭でお昼にした。午後は帰宅の路に着きながら、雑貨屋さんと本屋さんに寄りたいと言った少女の希望を叶えてあげるつもりでいる。
「ここ、気に入った?」
「うん。とても」
「じゃあ、また来よう」
いつだって連れて来てあげる。と笑えば、少女は嬉そうに微笑んだ。
四季折々で咲く花の種類は違うから、一年通していつ来ても楽しめる。
「記念に、花束でも買って帰ろうか?」
「え?」
「プレゼント、させて貰ってもいい?」
好きな子に贈る初めてのプレゼントが花束だなんて、少し気障(きざ)だろうかとも思いながら、セスクは「どれがいい?」と四方で咲き誇る色取り取りの花を見回した。
花が購入できる場所は庭園の出口付近だから、帰りにどれがいいか話しながら向かえばいいだろう。
「オレ的には、やっぱり百合とか薔薇なんかがいいかなぁ、なんて思うけど」
百合は少女のイメージにぴったりで、薔薇はやはり愛の象徴だろう。
ちょうど通りかかった場所に咲いていた薔薇の匂いを楽しもうと手を伸ばしかけたセスクは、直後、指先に走った鋭い痛みに思わず顔を歪めていた。
「痛……っ!」
「だ、大丈夫?」
「切っちゃった」
薔薇に棘があることはもちろん知ってはいたけれど、想像以上の切れの良さに、セスクは「あはは」と照れ笑いをしながら血の滲んだ指先を掲げて見せる。
「血が……」
ぷくり、と膨らんだ赤い結晶。
「たいしたことな……」
心配をかけまいと笑いかけたセスクは、じ……っ、とその指先をみつめる少女の様子に視線を奪われた。
少女の手に、そっと引き寄せられた指先。
ピンク色の艶やかな唇から舌先が覗き、ちゅ……っ、と吸い付くように口付けられた。
ペロリ、と血を舐め取られたその様は妙に妖艶で。
何処か光悦とした表情を浮かばせる少女から目が離せなくなる。
「……美味しい?」
ついつい面白くなってしまい、冗談めかしてそう問えば、少女はハッと驚いたように唇を離していた。
「ご……っ、ごめんなさい……っ。つい、癖で……っ」
「癖?」
「……あっ、と……」
「あぁ、たまにいるよね。傷口を舐めちゃう人」
過剰なほどの動揺に、セスクは少女を落ち着かせるように笑いかける。
すると少女は、一生懸命弁明に口元を震わせていた。
「そ、そうなの……っ。本当にごめんなさい……っ。いつもラファエルにしてるからつい……っ」
「……ラファエルに?」
「あ……」
だが、その名前を耳にした途端、つい反射的にぴくりと眉をしかめてしまう。
そうそう怪我をする場面などないだろうに、いつ、どんな状況でそんなことをしているのかと思えば、おかしな邪推をしてしまう自分が嫌になる。
「いいよ。気にしないで」
「……ごめんなさい……」
慌てて嫉妬心を押し殺し、取り繕うように笑いかければ、少女は心底申し訳なさそうにしゅんとなる。
「だから、気にしなくていいって。シェリルになら、身体中の血を吸われても構わないくらいだから」
シェリル、と。その愛しい名前を口にするだけで幸せな気分が戻ってくる。
変な空気を払拭するように冗談めかしてそう言えば、けれど少女は驚いたように顔を上げていた。
「っ! そんなことしたら死んじゃうかもしれないじゃない……っ」
なにをそんなに神経質になっているのか、今にも泣きそうな表情(かお)で訴えられ、セスクは困ったように眉を寄せる。
「ごめんごめん。冗談だってば」
そうしてその華奢な肩を引き寄せて抱き締めれば、少女の方からも抱き返され、セスクは益々強い力で少女を胸の中へと閉じ込めていた。
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