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Ⅶ.The Fool
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そして二週間を過ぎた頃。
少女は、再び体調を崩し始めていた。
動くことが少しだけ辛そうに吐息を吐き、虚脱感を覚えているかのように一つ一つの動作が億劫そうに緩くなる。
「……もしかして、病弱だったりする……?」
「……ちょっと、持病があって……」
「! 持病!?」
横になった少女の額に手を当てながら、遠慮がちに問いかければ、小さな声で言いにくそうに告白され、セスクは思わず目を見開いた。
一体なんの病気かと慌てれば、少女はふるふると首を横に振る。
「……すごく特殊な病だから……。ラファエルが戻れば治るから気にしないで」
心の底から気にくわない相手だが、その言葉から腕が良いという話だけは本当なのだと、認めたくはないが納得せざるを得なくなる。
けれど、あの男しか治せない病だというのなら、これから先も男から離れられないということにもなってしまう。
だから少女は、男と一緒にいるのだろうか。
「薬は?」
「……日持ちしないものだから」
飲めばすぐに良くなるらしいという薬は、保存が利かないタイプのものらしい。
――『どうなっても知りませんよ?』
男の、嘲るような意味深な笑みを思い出す。
あれは、少女がこの状態に陥ることを予測しての言葉だったのか。
だとしたならば、こうなることをわかっていて、わざと少女を置いて出ていったことになる。
わかっていたというのなら、最悪の事態にまで陥ることはないのかもしれない。
けれど、苦しむ少女の姿は見たくない。
結局は、少女が男から離れられない現実を、まざまざとセスクへ見せつける為の策略なのだろうか。
「……セスク、様……」
「ん?」
弱々しくかけられる声に、できる限り優しい目を向ける。
己のあまりの不甲斐なさと悔しさにのたうち回りそうになるのを必死で堪え、少女の髪をそっと梳く。
「……キスして?」
そうして縋るように向けられた瞳に、セスクは唇を噛み締めると思わず視線を逸らしてしまう。
「……ダメだ」
「どうして?」
そんな風に潤んだ瞳で見上げられると、ぐらりと理性が傾くのを感じてしまう。
だから顔を背けたままでいれば、少女はそれを拒絶と判断したらしく、今にも泣きそうな表情を浮かべていた。
「私のことが嫌い?」
「そんなはずない」
そんなこと、あるはずがない。
ただ、大切に大切にしたいだけ。
性的に彼女が欲しいわけではないのだと、そんな主張は一体いつまで続ければいいのだろうかともふと思う。
結局は、意固地になっているだけなのかもしれない。
少女を自分の所有物だと嗤う男に、自分はお前とは違うのだということを見せつけたくて。
少女に欲しいと言われて応えないことが、本当に正しいことなのか。
それは、少女を不安にさせてまで守るべきことなのか。
「……じゃあ、穢れてるから?」
だからそういうことをしたくないの?とポツリと呟かれた言葉に思い切り顔を上げた。
「そんなわけないだろ……っ」
こんなことを、こんな時に言わせてしまうなんて、自分はなんて馬鹿なのだろうと自分で自分を殴りたくなってくる。
セスクが知っていることを、少女は知っている。
震える唇が全てを物語る。
やっぱり自分はセスクに相応しくないのだと、少女がそんな負い目を感じていることを。
「……大切にしたいんだ」
「充分して貰ってる」
「好きなんだ」
「……うん……」
ちゃんとわかってはいるのだと微笑み、それでも少女は不安そうにセスクの顔を覗き込む。
「……私も、好き」
そうして小さいながらもはっきりと告げられたその言葉に、セスクは思った以上の衝撃を覚えて言葉を失った。
そんなセスクの反応をどう取ったのか、とうとう少女の瞳から大粒の涙が溢れ出す。
「……信じて貰えないかもしれないけど、初めて貴方を見た時から好きなの」
こんな気持ちは初めてだと、セスクが感じていたものと同じ気持ちを口にする。
その告白は哀しくなるほど切実で、なにか言わなければと、それ以上言わなくていいと思うのに。
「……好きに、なっちゃったの……」
ごくりと息を飲んだセスクの前で、少女は今にも消え入りそうに泣き微笑う。
「……ごめんなさい……。私は、穢れてる、のに……。貴方にはもっと相応しい女性が……っ、!?」
相手が病人だということも忘れ、思い切り掻き抱いた。
こんなに不安にさせるなんて、自分はなんて馬鹿なのだろうと呪いたくなってくる。
「好きだ……っ」
壊してしまうのではないかと思うくらいに強く抱き締めて、セスクは思いの丈を口にする。
「君は、穢れてなんかない……っ」
他の男に身体を許してきたくらいのことで、少女は穢されたりしない。
滲み出る清廉さは、少女の中身が誰よりも綺麗であることを物語るから。
それを引け目に感じているというのなら、それを拭ってやらなければと思う。
「シェリルは、誰よりも綺麗だよ?こんなに心が綺麗な人を見たことがない。オレはそこに惹かれたんだ。だから、もうそんなことは言わないでくれ。シェリルは綺麗だから」
「うん……、嬉しい……。ありがとう」
顔を上向かせれば、泣きながら綺麗に笑う少女の唇がすぐ傍にあって、セスクはゆっくりと己のそれを近づけていく。
本当は、ずっとずっとこうしたくて堪らなかった。
口づけを交わして、気持ちを伝えたかった。
「ん……」
そっと触れるだけだったはずの初めての口づけは、けれどすぐに少女の腕がセスクの首の後ろへと回されて、自ら口を開けた少女の舌が絡んでくる。
「んっ、ん……っ」
まるでそれ以上を誘うかのような深い口づけに、セスクもまたその甘やかな唇を味わいながら、何度も何度も角度を変えて、少女への欲を貪った。
――『淫乱なんですよ』
嗤う男の声が響く。
きっと、少女をこんな風にしたのは。
教え込んだのはあの男なのだと思うと、煮え滾るような嫉妬に燃える。
それでも、あの男に1日でも早く戻って欲しいと思うのは、少女の病を治せるのが、あの忌々しい医者しかいないからだ。
「ん、ん……っ、ぁ……っ、んん……っ」
洩れ聞こえる甘やかな声に酔いそうになる。
このまま抱いてしまいたくなる衝動を抑え込むのに必死になる。
深いキスを長くしすぎたせいか、頭がくらりと酸欠を起こしたように意識が少しだけ遠退く心地がした。
「……セスク、さま……」
そうして溢れ出た二人分の唾液を飲み込んだ少女は頬を上気させ、その為か、青白かったその顔色がほんの少しだけ良くなっている気持ちがした。
「……もう、寝ようか?」
「はい」
うっとりとした瞳で見上げてくる少女は可愛くて愛おしくて。
髪や額にキスを贈れば、少女はくすぐったそうに目を細めながらも嬉しそうに受け入れてくれた。
――そうして"人形"は、"少女"になっていく。
少女は、再び体調を崩し始めていた。
動くことが少しだけ辛そうに吐息を吐き、虚脱感を覚えているかのように一つ一つの動作が億劫そうに緩くなる。
「……もしかして、病弱だったりする……?」
「……ちょっと、持病があって……」
「! 持病!?」
横になった少女の額に手を当てながら、遠慮がちに問いかければ、小さな声で言いにくそうに告白され、セスクは思わず目を見開いた。
一体なんの病気かと慌てれば、少女はふるふると首を横に振る。
「……すごく特殊な病だから……。ラファエルが戻れば治るから気にしないで」
心の底から気にくわない相手だが、その言葉から腕が良いという話だけは本当なのだと、認めたくはないが納得せざるを得なくなる。
けれど、あの男しか治せない病だというのなら、これから先も男から離れられないということにもなってしまう。
だから少女は、男と一緒にいるのだろうか。
「薬は?」
「……日持ちしないものだから」
飲めばすぐに良くなるらしいという薬は、保存が利かないタイプのものらしい。
――『どうなっても知りませんよ?』
男の、嘲るような意味深な笑みを思い出す。
あれは、少女がこの状態に陥ることを予測しての言葉だったのか。
だとしたならば、こうなることをわかっていて、わざと少女を置いて出ていったことになる。
わかっていたというのなら、最悪の事態にまで陥ることはないのかもしれない。
けれど、苦しむ少女の姿は見たくない。
結局は、少女が男から離れられない現実を、まざまざとセスクへ見せつける為の策略なのだろうか。
「……セスク、様……」
「ん?」
弱々しくかけられる声に、できる限り優しい目を向ける。
己のあまりの不甲斐なさと悔しさにのたうち回りそうになるのを必死で堪え、少女の髪をそっと梳く。
「……キスして?」
そうして縋るように向けられた瞳に、セスクは唇を噛み締めると思わず視線を逸らしてしまう。
「……ダメだ」
「どうして?」
そんな風に潤んだ瞳で見上げられると、ぐらりと理性が傾くのを感じてしまう。
だから顔を背けたままでいれば、少女はそれを拒絶と判断したらしく、今にも泣きそうな表情を浮かべていた。
「私のことが嫌い?」
「そんなはずない」
そんなこと、あるはずがない。
ただ、大切に大切にしたいだけ。
性的に彼女が欲しいわけではないのだと、そんな主張は一体いつまで続ければいいのだろうかともふと思う。
結局は、意固地になっているだけなのかもしれない。
少女を自分の所有物だと嗤う男に、自分はお前とは違うのだということを見せつけたくて。
少女に欲しいと言われて応えないことが、本当に正しいことなのか。
それは、少女を不安にさせてまで守るべきことなのか。
「……じゃあ、穢れてるから?」
だからそういうことをしたくないの?とポツリと呟かれた言葉に思い切り顔を上げた。
「そんなわけないだろ……っ」
こんなことを、こんな時に言わせてしまうなんて、自分はなんて馬鹿なのだろうと自分で自分を殴りたくなってくる。
セスクが知っていることを、少女は知っている。
震える唇が全てを物語る。
やっぱり自分はセスクに相応しくないのだと、少女がそんな負い目を感じていることを。
「……大切にしたいんだ」
「充分して貰ってる」
「好きなんだ」
「……うん……」
ちゃんとわかってはいるのだと微笑み、それでも少女は不安そうにセスクの顔を覗き込む。
「……私も、好き」
そうして小さいながらもはっきりと告げられたその言葉に、セスクは思った以上の衝撃を覚えて言葉を失った。
そんなセスクの反応をどう取ったのか、とうとう少女の瞳から大粒の涙が溢れ出す。
「……信じて貰えないかもしれないけど、初めて貴方を見た時から好きなの」
こんな気持ちは初めてだと、セスクが感じていたものと同じ気持ちを口にする。
その告白は哀しくなるほど切実で、なにか言わなければと、それ以上言わなくていいと思うのに。
「……好きに、なっちゃったの……」
ごくりと息を飲んだセスクの前で、少女は今にも消え入りそうに泣き微笑う。
「……ごめんなさい……。私は、穢れてる、のに……。貴方にはもっと相応しい女性が……っ、!?」
相手が病人だということも忘れ、思い切り掻き抱いた。
こんなに不安にさせるなんて、自分はなんて馬鹿なのだろうと呪いたくなってくる。
「好きだ……っ」
壊してしまうのではないかと思うくらいに強く抱き締めて、セスクは思いの丈を口にする。
「君は、穢れてなんかない……っ」
他の男に身体を許してきたくらいのことで、少女は穢されたりしない。
滲み出る清廉さは、少女の中身が誰よりも綺麗であることを物語るから。
それを引け目に感じているというのなら、それを拭ってやらなければと思う。
「シェリルは、誰よりも綺麗だよ?こんなに心が綺麗な人を見たことがない。オレはそこに惹かれたんだ。だから、もうそんなことは言わないでくれ。シェリルは綺麗だから」
「うん……、嬉しい……。ありがとう」
顔を上向かせれば、泣きながら綺麗に笑う少女の唇がすぐ傍にあって、セスクはゆっくりと己のそれを近づけていく。
本当は、ずっとずっとこうしたくて堪らなかった。
口づけを交わして、気持ちを伝えたかった。
「ん……」
そっと触れるだけだったはずの初めての口づけは、けれどすぐに少女の腕がセスクの首の後ろへと回されて、自ら口を開けた少女の舌が絡んでくる。
「んっ、ん……っ」
まるでそれ以上を誘うかのような深い口づけに、セスクもまたその甘やかな唇を味わいながら、何度も何度も角度を変えて、少女への欲を貪った。
――『淫乱なんですよ』
嗤う男の声が響く。
きっと、少女をこんな風にしたのは。
教え込んだのはあの男なのだと思うと、煮え滾るような嫉妬に燃える。
それでも、あの男に1日でも早く戻って欲しいと思うのは、少女の病を治せるのが、あの忌々しい医者しかいないからだ。
「ん、ん……っ、ぁ……っ、んん……っ」
洩れ聞こえる甘やかな声に酔いそうになる。
このまま抱いてしまいたくなる衝動を抑え込むのに必死になる。
深いキスを長くしすぎたせいか、頭がくらりと酸欠を起こしたように意識が少しだけ遠退く心地がした。
「……セスク、さま……」
そうして溢れ出た二人分の唾液を飲み込んだ少女は頬を上気させ、その為か、青白かったその顔色がほんの少しだけ良くなっている気持ちがした。
「……もう、寝ようか?」
「はい」
うっとりとした瞳で見上げてくる少女は可愛くて愛おしくて。
髪や額にキスを贈れば、少女はくすぐったそうに目を細めながらも嬉しそうに受け入れてくれた。
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