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ⅩⅩⅢ.Ace of Cups
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「絶対にしないわけではないですよ? ただ、可能性が限りなく低いだけで」
セスクの家へとシェリルの往診に訪れた男が口元に刻む微笑みは、相変わらず胡散臭かった。
「特にまぁ、貴女の場合は」
意味ありげな笑いに、シェリルの瞳が動揺で揺らめいたのがわかる。
それは、未だセスクには明かされていない、シェリルの"持病"となにか関係があるのだろうか。
「……それにしても」
と。ラファエルは不意にセスクの方へと振り向いて、なぜか呆れたような瞳を向けてくる。
「よっぽど抱いてるんですね。あれほど渋っていたのに」
「な……っ?」
身体目当てではないと言いながら、結局一度手を出せば求め続けているセスクへと、「ほらみたことか」とでも言いたげなラファエルの視線が、さすがに少しだけ痛かった。
それからシェリルの顔色や全体的な様子を観察し、ラファエルはくすりと意味深な微笑みをシェリルへ向ける。
「色艶もいいですし。この三年変わらずに、随分と可愛がって貰ってるんですね」
「っ!」
「いいパートナーに巡り合えてよかったですね」
そうして診察するから席を外すよう促され、セスクは男がなにか不埒なことをしないかと、扉のすぐ近くで耳を傍立て、そわそわしながら呼ばれるのを待っていた。
「……妊娠……、してますね」
「え……っ、ほんと?」
やっと呼ばれて部屋に入れば、二人があまりにも神妙な顔つきをしていた為、思わず身構えてしまったけれど。
期待半分でいたセスクは、その言葉に驚きと共に笑みが零れてしまうのが止められない。
それはそうだろう。妊娠しない身体だと言われ、始めからシェリルとの子供を持つことなど考えていなかったのだから。
「シェリル……!」
「きゃぁ……っ?」
嬉しさの余り勢い余って抱き締めれば、セスクの身体を受け止めきれずにシェリルの身体が傾いた。けれどそれは、しっかりセスクが支えきる。
「どうしよう……! 男の子かな? 女の子かな? シェリルの子ならどっちでも可愛いけど、やっぱりシェリルによく似た女の子がいいかな! でも、跡継ぎのことを考えたら男の子かなぁ? だけど、それだとシェリルを取られそうだし……。やっぱり女の子かな?」
どちらにしてもこの件は、すぐに両親に報告しなければと浮き足立つ。ずっと孫の顔を見たがっていた両親は、すごく喜ぶに違いない。
だが、一人喜ぶセスクの横で、シェリルは口を閉ざしたまま、ラファエルはラファエルでなんとも言えない表情を浮かばせていた。
「なんだよ、その反応」
「いえ、すみません。絶対にありえないと思っていたもので、つい」
驚いているだけです。と告げる男の言葉に嘘はないように思う。
シェリルが子供の成せない身体だと言ったのは、他でもない目の前のこの医者だ。
それが三年かかったとはいえ、子供ができたとなれば驚くのも無理はない。
「毎日してるんですよね? 毎晩二、三回してたりします?」
体力ありますね。と、呆れたように向けられるその呟きには思わず赤くなってしまう。
セスクの仕事は体力勝負だ。日々の鍛練は欠かせない。だからもちろん、体力には自信があるけれど。
「っ! なんでお前にそんなこと言わなくちゃならないんだよ……っ」
「それくらいしなければ妊娠しないからですよ。それに……」
今だ呆然としている少女へ視線を投げ、男は珍しくも少しだけ真面目な表情を浮かばせた。
「これからのこともあるでしょう?」
「これからのこと?」
「別に性生活を控える必要はありません。むしろこの子の心身的安定の為には目一杯励んで頂いて結構です」
確かに、今まで毎日抱いていたのに、それを止めろと言われるとかなり辛い。
だから医者からのその許可はとても有難い話ではあるけれど、自分たちの閨事情が知られているというのはなんとも複雑な気持ちにもなる。
「ただ、あまり激しいのはお腹の子に触りますから、優しくして下さいね?」
それはもちろん当然のことだけれど、男の言葉に素直に頷くことは気恥ずかしい。
そうしてラファエルは再度黙り込んでいるシェリルへ視線を落とすと、その頭をぽんぼんと叩いていた。
「男の貴方と違って、女性は妊娠して単純には喜べないんです。自分の中に新たな命があるという不安と責任。しっかり支えてあげて下さいよ?」
「……そう、だよね……」
男の言葉にハッとする。
思いもかけない妊娠の事実に、シェリルがなにを思っているのかまでは考えが及んでいなかった。
決して嬉しくないわけじゃない、と思う。
けれど、今のシェリルから読み取れる感情は、不安と戸惑いの方が大きかった。
「ごめんね? シェリル。オレばっかり喜んじゃって」
「……ううん」
「不安……、だよね? ……怖い?」
「そんなこと、ない……」
抱き締めた腕の力を緩めてその顔を覗き込めば、シェリルはふるふると首を振った。
「不安に思うことがなんでも言って? 全力で支えるから」
「……セスク……」
「大好きだよ、シェリル。シェリルにオレの子を生んで貰えるなんて嬉しすぎてどうにかなりそう」
「……私も、嬉しい……」
とても不安そうではあるけれど、それでもお腹へと手を置いて仄かに微笑(わら)ったシェリルの言葉に嘘はなさそうだった。
「一生離さない。生まれてくる子と、幸せな家庭を作ろうね?」
「……セスク……」
大きな瞳がセスクを見上げ、幸せなそうに泣き微笑う。
「ありがとう。貴方に会えて本当に良かった」
それは、本当に、シェリルの心からの想いで。
「……貴女は、後で母体に関する注意事項などありますから、時間を見て私のところへ来てください」
そう言った男が少女の"主治医"であり"所有主"であることなど、もうすっかり忘れ去っていた。
セスクの家へとシェリルの往診に訪れた男が口元に刻む微笑みは、相変わらず胡散臭かった。
「特にまぁ、貴女の場合は」
意味ありげな笑いに、シェリルの瞳が動揺で揺らめいたのがわかる。
それは、未だセスクには明かされていない、シェリルの"持病"となにか関係があるのだろうか。
「……それにしても」
と。ラファエルは不意にセスクの方へと振り向いて、なぜか呆れたような瞳を向けてくる。
「よっぽど抱いてるんですね。あれほど渋っていたのに」
「な……っ?」
身体目当てではないと言いながら、結局一度手を出せば求め続けているセスクへと、「ほらみたことか」とでも言いたげなラファエルの視線が、さすがに少しだけ痛かった。
それからシェリルの顔色や全体的な様子を観察し、ラファエルはくすりと意味深な微笑みをシェリルへ向ける。
「色艶もいいですし。この三年変わらずに、随分と可愛がって貰ってるんですね」
「っ!」
「いいパートナーに巡り合えてよかったですね」
そうして診察するから席を外すよう促され、セスクは男がなにか不埒なことをしないかと、扉のすぐ近くで耳を傍立て、そわそわしながら呼ばれるのを待っていた。
「……妊娠……、してますね」
「え……っ、ほんと?」
やっと呼ばれて部屋に入れば、二人があまりにも神妙な顔つきをしていた為、思わず身構えてしまったけれど。
期待半分でいたセスクは、その言葉に驚きと共に笑みが零れてしまうのが止められない。
それはそうだろう。妊娠しない身体だと言われ、始めからシェリルとの子供を持つことなど考えていなかったのだから。
「シェリル……!」
「きゃぁ……っ?」
嬉しさの余り勢い余って抱き締めれば、セスクの身体を受け止めきれずにシェリルの身体が傾いた。けれどそれは、しっかりセスクが支えきる。
「どうしよう……! 男の子かな? 女の子かな? シェリルの子ならどっちでも可愛いけど、やっぱりシェリルによく似た女の子がいいかな! でも、跡継ぎのことを考えたら男の子かなぁ? だけど、それだとシェリルを取られそうだし……。やっぱり女の子かな?」
どちらにしてもこの件は、すぐに両親に報告しなければと浮き足立つ。ずっと孫の顔を見たがっていた両親は、すごく喜ぶに違いない。
だが、一人喜ぶセスクの横で、シェリルは口を閉ざしたまま、ラファエルはラファエルでなんとも言えない表情を浮かばせていた。
「なんだよ、その反応」
「いえ、すみません。絶対にありえないと思っていたもので、つい」
驚いているだけです。と告げる男の言葉に嘘はないように思う。
シェリルが子供の成せない身体だと言ったのは、他でもない目の前のこの医者だ。
それが三年かかったとはいえ、子供ができたとなれば驚くのも無理はない。
「毎日してるんですよね? 毎晩二、三回してたりします?」
体力ありますね。と、呆れたように向けられるその呟きには思わず赤くなってしまう。
セスクの仕事は体力勝負だ。日々の鍛練は欠かせない。だからもちろん、体力には自信があるけれど。
「っ! なんでお前にそんなこと言わなくちゃならないんだよ……っ」
「それくらいしなければ妊娠しないからですよ。それに……」
今だ呆然としている少女へ視線を投げ、男は珍しくも少しだけ真面目な表情を浮かばせた。
「これからのこともあるでしょう?」
「これからのこと?」
「別に性生活を控える必要はありません。むしろこの子の心身的安定の為には目一杯励んで頂いて結構です」
確かに、今まで毎日抱いていたのに、それを止めろと言われるとかなり辛い。
だから医者からのその許可はとても有難い話ではあるけれど、自分たちの閨事情が知られているというのはなんとも複雑な気持ちにもなる。
「ただ、あまり激しいのはお腹の子に触りますから、優しくして下さいね?」
それはもちろん当然のことだけれど、男の言葉に素直に頷くことは気恥ずかしい。
そうしてラファエルは再度黙り込んでいるシェリルへ視線を落とすと、その頭をぽんぼんと叩いていた。
「男の貴方と違って、女性は妊娠して単純には喜べないんです。自分の中に新たな命があるという不安と責任。しっかり支えてあげて下さいよ?」
「……そう、だよね……」
男の言葉にハッとする。
思いもかけない妊娠の事実に、シェリルがなにを思っているのかまでは考えが及んでいなかった。
決して嬉しくないわけじゃない、と思う。
けれど、今のシェリルから読み取れる感情は、不安と戸惑いの方が大きかった。
「ごめんね? シェリル。オレばっかり喜んじゃって」
「……ううん」
「不安……、だよね? ……怖い?」
「そんなこと、ない……」
抱き締めた腕の力を緩めてその顔を覗き込めば、シェリルはふるふると首を振った。
「不安に思うことがなんでも言って? 全力で支えるから」
「……セスク……」
「大好きだよ、シェリル。シェリルにオレの子を生んで貰えるなんて嬉しすぎてどうにかなりそう」
「……私も、嬉しい……」
とても不安そうではあるけれど、それでもお腹へと手を置いて仄かに微笑(わら)ったシェリルの言葉に嘘はなさそうだった。
「一生離さない。生まれてくる子と、幸せな家庭を作ろうね?」
「……セスク……」
大きな瞳がセスクを見上げ、幸せなそうに泣き微笑う。
「ありがとう。貴方に会えて本当に良かった」
それは、本当に、シェリルの心からの想いで。
「……貴女は、後で母体に関する注意事項などありますから、時間を見て私のところへ来てください」
そう言った男が少女の"主治医"であり"所有主"であることなど、もうすっかり忘れ去っていた。
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