25 / 39
ⅩⅩⅣ.Eight of Cups
しおりを挟む
「なんだよ。改まって話って」
二人だけで話したいことがあると言われたセスクは、わざわざ仕事の合間を縫って、ラファエルの元へと訪れていた。
「そろそろお暇させて頂こうかと思いまして」
「……え?」
「次は海の向こうですかねぇ……。しばらくは船旅です」
相変わらずの胡散臭さでにっこりと微笑んで。それからしみじみと呟いた男の言葉にセスクは時を止めていた。
「なにをそんなに驚いているんです。むしろちょっと長居をしすぎました」
元々は一所に腰を据えたりしない放浪の身だ。王妃の治療が長引いたとはいえ、今回は同じ場所に留まり過ぎたと肩を落とし、男はすでに遠い世界を眺めていた。
王妃の病を治した優秀な医者がこの国を離れることを、国王は残念がるだろうが、もはや男をこの地に留めておく理由はない。
「……シェリルはどうするんだ」
「置いていきますよ、もちろん。前々から言っていたじゃないですか」
少女を独り立ちさせたいのだと、確かに随分前にそうは言っていたけれど。
すでに少女は男の所有物ではなく、セスクの恋人だというのに、つい尋ねてしまったことに動揺する。
「お任せしていいんですよね?」
「……特殊な持病があるって……」
男が離れることに不安を覚えるのは、シェリルの身体が心配だからに違いない。
それ以外に、理由はない。
「ここ最近全く発症していないでしょう?貴方がいれば大丈夫だと判断しました」
「子供は……っ」
「私はオールマイティーになんでもできる医者ではありますけど、産科の専門医ではありませんから」
後はお任せします。という男は、本当にこの地から独りで離れることを決めたようだった。
「私は貴方に嫌われていると思っていたんですが……。そんなに行って欲しくないですか?」
「そんなわけないだろ……っ!」
「でしたら、あの子をお願いしますね?」
売り言葉に買い言葉のように声を荒らげるセスクへと、ラファエルは相変わらず意味ありげにくすりと微笑う。
「死ぬまで愛し続けてください。そうすれば二度とあの子の病が再発することはありませんから。あれだけ私に啖呵を切ったのですからできますよね?」
では、自分が死んだ後は――?と、ついそんな不安を感じてしまうのはなぜだろうか。
「……せめて、後二週間はいてくれ」
「はい?」
「シェリルの誕生日だ。それまでは」
「……ああ」
ちょうど今月はシェリルの誕生日があった。
出会って三年。今年21になるはずのシェリルは、18で出会ったあの時からなに一つ変わらない。
――そう、なに一つ、変わらなくて。
シェリルは、相変わらず綺麗で美しい。
そして、今年はある意味節目の年にもなるから。
「……プロポーズ、しようと思ってる。もう何度と断られてるけど」
決意新たに拳を握れば、ラファエルの瞳が僅かに見張られた。
「今度こそ頷いて貰う。……子供もできたんだから」
すでに周りの人間も社交界でも、シェリルがセスクの隣にいることは当たり前のことになっている。
恐らくは、誰も二人が結婚していない事実を忘れてしまっているほどに。
子供ができたのだ。もう、他に相応しい人がいるなどとは言わせない。
一生を共にすると、そう誓ったのだから。
「……そうですね。それはいいと思います」
そう小さく笑みを洩らした男へと、セスクは身内だけとはいえ、今年はこの男も招いて盛大な誕生日パーティーをしようと、その日を楽しみに想像するのだった。
そして、明日はシェリルの誕生日だというその日。
絶対にプロポーズに頷いて貰おうと意気込んでいたセスクは、何処にも見えない愛しい少女の姿を必死で探していた。
部屋には、たった一言。
――「今まで、ありがとう」と。
そう書かれた紙が一枚、残されていた。
息吹いたばかりのお腹の子を抱えたまま。少女は男と共に、忽然と姿を消していた。
二人だけで話したいことがあると言われたセスクは、わざわざ仕事の合間を縫って、ラファエルの元へと訪れていた。
「そろそろお暇させて頂こうかと思いまして」
「……え?」
「次は海の向こうですかねぇ……。しばらくは船旅です」
相変わらずの胡散臭さでにっこりと微笑んで。それからしみじみと呟いた男の言葉にセスクは時を止めていた。
「なにをそんなに驚いているんです。むしろちょっと長居をしすぎました」
元々は一所に腰を据えたりしない放浪の身だ。王妃の治療が長引いたとはいえ、今回は同じ場所に留まり過ぎたと肩を落とし、男はすでに遠い世界を眺めていた。
王妃の病を治した優秀な医者がこの国を離れることを、国王は残念がるだろうが、もはや男をこの地に留めておく理由はない。
「……シェリルはどうするんだ」
「置いていきますよ、もちろん。前々から言っていたじゃないですか」
少女を独り立ちさせたいのだと、確かに随分前にそうは言っていたけれど。
すでに少女は男の所有物ではなく、セスクの恋人だというのに、つい尋ねてしまったことに動揺する。
「お任せしていいんですよね?」
「……特殊な持病があるって……」
男が離れることに不安を覚えるのは、シェリルの身体が心配だからに違いない。
それ以外に、理由はない。
「ここ最近全く発症していないでしょう?貴方がいれば大丈夫だと判断しました」
「子供は……っ」
「私はオールマイティーになんでもできる医者ではありますけど、産科の専門医ではありませんから」
後はお任せします。という男は、本当にこの地から独りで離れることを決めたようだった。
「私は貴方に嫌われていると思っていたんですが……。そんなに行って欲しくないですか?」
「そんなわけないだろ……っ!」
「でしたら、あの子をお願いしますね?」
売り言葉に買い言葉のように声を荒らげるセスクへと、ラファエルは相変わらず意味ありげにくすりと微笑う。
「死ぬまで愛し続けてください。そうすれば二度とあの子の病が再発することはありませんから。あれだけ私に啖呵を切ったのですからできますよね?」
では、自分が死んだ後は――?と、ついそんな不安を感じてしまうのはなぜだろうか。
「……せめて、後二週間はいてくれ」
「はい?」
「シェリルの誕生日だ。それまでは」
「……ああ」
ちょうど今月はシェリルの誕生日があった。
出会って三年。今年21になるはずのシェリルは、18で出会ったあの時からなに一つ変わらない。
――そう、なに一つ、変わらなくて。
シェリルは、相変わらず綺麗で美しい。
そして、今年はある意味節目の年にもなるから。
「……プロポーズ、しようと思ってる。もう何度と断られてるけど」
決意新たに拳を握れば、ラファエルの瞳が僅かに見張られた。
「今度こそ頷いて貰う。……子供もできたんだから」
すでに周りの人間も社交界でも、シェリルがセスクの隣にいることは当たり前のことになっている。
恐らくは、誰も二人が結婚していない事実を忘れてしまっているほどに。
子供ができたのだ。もう、他に相応しい人がいるなどとは言わせない。
一生を共にすると、そう誓ったのだから。
「……そうですね。それはいいと思います」
そう小さく笑みを洩らした男へと、セスクは身内だけとはいえ、今年はこの男も招いて盛大な誕生日パーティーをしようと、その日を楽しみに想像するのだった。
そして、明日はシェリルの誕生日だというその日。
絶対にプロポーズに頷いて貰おうと意気込んでいたセスクは、何処にも見えない愛しい少女の姿を必死で探していた。
部屋には、たった一言。
――「今まで、ありがとう」と。
そう書かれた紙が一枚、残されていた。
息吹いたばかりのお腹の子を抱えたまま。少女は男と共に、忽然と姿を消していた。
0
あなたにおすすめの小説
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
行き遅れ王女、重すぎる軍団長に肉で釣られる
春月もも
恋愛
25歳、独身、第四王女システィーナ。
夜会でも放置されがちな行き遅れ王女の前に、ある夜突然現れたのは、ローストビーフを差し出す重すぎる第三軍団長だった。
形のない愛は信じない。
でも、出来立ての肉は信じてしまう。
肉に釣られ、距離を詰められ、気づけば下賜され、そして初夜へ。
これは、行き遅れ王女が重たい愛で満たされるまでの、ちょっとおかしなお話。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる