愛玩人形 ~その人形は、戀(コイ)を知って少女(ひと)になる~

姫 沙羅(き さら)

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ⅩⅩⅩⅥ.The Emperor

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 それから約1ヶ月後。
 ラファエルに呼び出されたのは、古びた教会のような場所だった。
 吸血鬼ヴァンパイア儀式・・を行う場所が教会だなどとどんな皮肉かとも思ったが、ラファエル曰く十字架が弱点というのは真っ赤な嘘だということだから、むしろあの男らしい選択肢だとも思ってしまう。
 そんな男は、誰もいない礼拝堂で、淡い光を浴びながら、遅れてやってきたセスクとシェリルを出迎えていた。

「お待たせ致しました」

 1ヶ月ぶりの再会の挨拶をすることもなく、相変わらず胡散臭い微笑みを浮かべた男は、プラチナブロンドの髪を輝かせ、吸血鬼ヴァンパイアというよりもむしろそこだけ見れば神か天使のようだった。
 吸血鬼ヴァンパイアの使える"術"というものにどんなものがあるのかは知らないが、人払いの魔術でもかけられているかのように、辺りに人の気配は窺えない。

「では、さっそく始めましょうか」

 世間話をするでもなく、すぐに本題に入る男の性格は相変わらずだと思ってしまう。
 少女を手招き、くすりと笑うラファエルに、シェリルがこくりと小さく緊張の息を飲んだ気配が伝わってくる。

「そんなに構えることはないですよ? 術式は複雑ですが、痛くも痒くもないはずですから。……ただ」

 緊張に身体を強張らせるシェリルの髪をさらりと撫でる男の仕草は酷く優しい。

「ただ?」
「血を吸わせて頂くのと、」

 そうして眉を潜めたセスクに再びクスッと笑みを洩らし、ラファエルはシェリルではなくセスクへと意味ありげな瞳を向けていた。

「口腔接触は必要なので、それだけは許して下さいね?」

 シェリルの中の吸血鬼ヴァンパイアとしての能力ちからを吸い上げる為に、血を吸い出し、"気"を奪う必要があるのだと薄く笑うラファエルへ、セスクは口の中で小さくその言葉の意味を反芻する。

「……口腔接触……」

 つまり、それは。

「今さらこれくらいで妬かないで下さいよ?」
「……」

 目の前で二人がキスをすることを許さなくてはならないという現実に、セスクは思わず黙り込む。
 それがどうしても必要なことだというならば仕方がないが、それでも複雑な気持ちになってしまうことは拭えない。

「貴女も、これが最後・・ですから。これくらい受け入れて下さいよ?」
「ラファエル……」

 一方、目の前の少女の頬へと触れながら許可を求めたラファエルへ、シェリルは困ったように眉根を引き下げた。
 自分たちの過去からの関係・・を思えば今さらな行為だけれど、それでも男の口からこれが「最後」だと告げられれば、どう表現したらいいのかわからない気持ちが胸に湧いてしまっていた。

「そうそう。わかっているかと思いますが、これで貴方方とはお別れです」

 本当にこれが最後だと、ラファエルは相変わらずの笑みを刻む。

「この後、私は遠い場所に行くつもりですから」

 男は前から、海の向こうに行くと行っていた。
 だから、この儀式・・が終わったら、本当にこの地から遠い場所へと消えるつもりなのだろう。
 吸血鬼ヴァンパイアだというその存在を誰にも知られないように。これを最後に、男の行方を掴めることは、きっと二度とないのだろう。

「もう、二度とお会いすることはないでしょう」

 案の定、あっさりとそう口にしたラファエルへ、シェリルの瞳がゆらりと揺らめいた。
 もう、300年も一緒にいた、家族でも恋人でもない他人・・
 離別を疑ったことのないこれまでを思えば、さすがに動揺もするだろう。
 それでもシェリルは、セスクと共に生きることを選んだから。

「……ラファエル……」
「そんな表情かおをしたらダメですよ? 私の気が変わったらどうするつもりです」

 わざとらしくうそぶく男に、シェリルの肩が、びくりと怯えとも取れない反応を示して震えた。それにラファエルはくすりと笑い、

「……冗談ですよ」

 子供を甘やかすかのような仕草でぽんぽんとその頭を叩いていた。
 そうして真正面に少女を立たせ、ラファエルはそれに向き合うようにしてその顔を上げさせると、最後の確認に口を開く。

「それではシェリル。覚悟はいいですか?」

 不老不死を捨て、人間に。
 重いその問いかけに、シェリルはきゅっと唇を噛み締めた。
 純血種にたった一度だけ許されたその権利を、ラファエルはシェリルに譲ってくれた。
 その意味がわからないわけではない。だから、その重みを受け止める覚悟さえ胸に決めて。

「……はい」

 しっかりと頷いたシェリルへと、ラファエルは口の端を引き上げて、それからその華奢な肩へと両手を添えると、白い首筋へと唇を近づけていた。

「……シェリル……」
「……ぁ……」

 首筋に歯を立てられ、ぷつりと血管になにかが潜り込んでくるような僅かな痛みが走る。それと同時に肌に強く吸い付かれ、血を貪られるような感覚がした。
 なぜか、快楽にも似たぞくぞくとした感触が身体中を伝わって。

「ラファ、エル……」

 大きな瞳は潤み、どことなく誘うような色香が浮かび上がる。
 それに男はくすりと微笑わらい。

「私の可愛らしいお人形……」

 頬へ触れ、その顔を上向かせると、静かに唇を重ねていた。

「ん……」

 時間にすれば数秒の出来事だっただろう。
 けれど、さびれているとはいえ、教会という厳かな場所でなされる男女二人の口づけは、どこか神への愛の誓いのようで。
 柔らかな光が差し込む中で重なった二つの影は、セスクが嫉妬を感じるよりも、思わず「綺麗だ」と思ってしまうほどのものだった。

 と。

「シェリル!?」

 ふら……っ、と傾いた華奢な身体へ、ハッと現実へと引き戻されて声を上げる。

「大丈夫ですよ」

 意識を失くした少女の身体を抱き止めて、男は静かに微笑わらっていた。

「これで、目が覚めた時にはただの人間になっています」
「……そっ、か……」

 眠る少女をそっと手渡され、腕の中に確かなその重みを感じながら、セスクはほっと吐息を洩らす。

「もうこの子は貴方のものです。大切にしてあげて下さい」

 シェリルをセスクに託した男は、そう言ってそっと身を引いた。

「……それは、もちろん……」
「では、お元気で」

 名残惜しさの欠片も見せず、すぐにセスクへと背を向けた男は、少女が目覚めるまで待つつもりはないらしい。
 それがなんともこの男らしくて、苦笑が洩れると同時に少しだけ。本当にほんの少しだけ「寂しい」と思ってしまうことに動揺する。

「……ラファエル!」

 呼び掛けに、一瞬だけ足を止めた男は、それでも振り向くようなことはしない。

「……ありがとう」

 男に対し、いろいろな負の感情を覚えたことは数知れない。
 それでも。
 腕の中のこの少女と自分が出会えたことも、これから先、共に生きていくことができるのも、全てはこの男のおかげだから。
 精一杯の感謝を込めて言葉を紡げば、開かれた扉の向こうからの風に乗り、低く小さな男の声が運ばれた。

「……さようなら」
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