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本編
第十七話 夜明けの真実①
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結局その夜は、その後、エレノアに呼ばれた両親が顔を出し、ナイトを含め、これまでの経緯をルージュに説明してくれた。
それは大昔のことだと言うが、かつて、ウィーズリー家の御令嬢が狼男と恋をして子を成した。当時、ウィーズリー家には後継者となる嫡男がいたものの、子供には恵まれず、姉であるその御令嬢の子供を後継者として迎え入れたという話だった。
異種族間での婚姻は特段禁忌とされてはいないが、今でもそうよく聞く話ではない。今より大昔の当時を思えば、かなり珍しく、異種族間で生まれる子供については未知の生き物だったに違いない。
記録によれば、数代は狼男の血筋らしい特徴を持つ子供が生まれるようなこともあったらしいが、そのうちその血も薄れていき、今ではそんな先祖の話などお伽話に近いくらいの感覚で語り継がれていたという。
――そう。ライトの人格が満月の夜にだけ変貌するようになるまでは。
ナイトが表に現れたのは、ルージュが初めてライトと会う少し前のこと。
ある満月の夜、突然部屋の中の玩具を全てひっくり返したかと思うと家中を駆け回り、ライト――否、ナイトを追い駆けまわす使用人たちを相手に、邸全てを使った追いかけっこ兼隠れんぼを始めた我が子に、ライトの母親などはライトがおかしくなってしまったのかと気を失いかけたという。
だが、それはその一晩だけの出来事で。
あれはなにかの間違いだったのかと落ち着きを取り戻した頃。再び訪れた満月の夜に、またライトは豹変した。
初めはなんの奇病かとも思ったらしいが、そこに“満月の夜”だという共通点を見つけた時、代々語り継がれてきた先祖の話を思い出したという。
――満月の夜にだけ、本来の狼の姿となる“狼男”。
ウィーズリー家には、確かにその血が脈々と受け継がれてきたのだ。
何代も時間をおいてから表に現れた先祖の血。
異種族間で生まれる子供については様々で謎が多い。すっかり狼男の血など薄れてしまったウィーズリー家だ。ライトが狼に変化するのではなく、別の形の変化をしたとしても不思議はない。
それが、ライトの中に生まれた、ライトとは正反対の性格をしたもう一つの人格。
家族は満月の夜にだけ現れるライトのもう一つの人格のことを“ナイト”と呼び、問題児としか思えない行動をするライトの中のその存在を隠し続けてきたのだ。
そしてそれは、ライト自身の強い希望でもあった。
自分の中に、欲にまみれたそんな人格がいることを誰よりも嫌悪していた。
清廉潔白なライトの性格を思えば、自分の中のナイトの存在を認められないのも当然のことだろう。
ずっと、罪悪感に駆られながらも隠してきた。
きっと、誰よりも、大切で愛するルージュに気づかれたくないと怯えながら……。
『ねぇ、ルージュは大きくなったらなにになりたいの?』
幼い頃によく交わされる、子供同士のそんな会話。
『……おひめさま』
それに、そんな幼すぎる答えを返したことを思い出す。
『お姫様?』
『……ライトのね。おひめさまになりたい』
初めて会った時からライトのことを好きだったルージュは、ほんのりと頬を染め、恥ずかしそうにそう口にした。
『お母様が言ってたの。真っ白なウェディングドレスを着た女の子は、みんな“おひめさま”なんだって』
ルージュの両親は、ルージュの目から見ても互いのことを想い合う、とても素敵な夫婦だった。
だから、自分もそんなふうになりたいと思っていた。
そして、夫のことを想い、想われるルージュの母親は、幸せそうに自分たちの結婚式の一幕をルージュに語って聞かせてくれたのだ。
『ライトのおひめさまになって、かみさまの前でアイをちかうの』
まだ幼いルージュには、その意味はよくわからなかったけれど。
きっと、ライトにはわかっていたのではないかと思う。
『愛を、誓う?』
『うん……。大好きな人とね。キスをするんだって』
意味はよくわからないまま、大好きなライトにドキドキとそれを告げていた。
ヴァージンロードを、真っ白なウェディングドレスを着て歩き、大好きな人の元へ。
神様の前で永遠の愛を誓ってキスをする。
そんな、幼い頃に語ったルージュの夢を、ライトはずっと叶えようとしてくれていた。
ライトは、そんなふうにとても優しい人だから。
だから。
(……ライトのことが、好きなの)
それは、間違いないルージュの想い。
けれど。
――『オレもライトなのに?』
ナイトも、ライトだ。
赤裸々で情熱的な想いを向けられて、嬉しくなかったといえば嘘になる。
ナイトはライトとは別人格だけれど、ライトの一部であることは間違いない。
ルージュがナイトのことを拒否できなかったのは当然だ。ナイトも、確かにライトなのだから。
ライトであれば絶対にありえないだろう行動で求められ、心の一部は歓喜していた。
誠実すぎるライトの態度は、ほんの時折、自分に魅力がないのだろうかとルージュを不安にさせていたことも確かだったから。
それが、ルージュのことを大切に想ってくれているからだとはわかっていても、恋する乙女心は複雑で欲張りだ。
(……ライト……)
ライトの両親の気遣いで、その日はそのままウィーズリー家の客室に宿泊させてもらえることになったルージュは、煌々と輝く満月を見つめ、“二人のライト”へと想いを馳せていた。
◈◈✼◈◈┈┈┈┈◈◈✼◈◈
次の日。一緒に朝食を取ろうと、それよりもかなり早い時間にルージュを呼びに来たライトの顔はとても重いものだった。
「……ごめん」
「? ライト? どうして謝るの?」
開口一番謝られ、ルージュの方が動揺してしまう。
静かに頭を下げたライトは、間違いなくライトだ。
「……ナイトの、こと」
ルージュからの問いかけに、ライトは言いずらそうに口にする。
「……ずっと、隠してた」
「っ、……それを言うなら……、私だって」
ライトは、この十数年、自分の中にいるナイトの存在を。
ルージュは、ここ数か月のナイトとの逢瀬を。
互いに隠していたことを、おずおずと懺悔する。
「……うん」
神妙に頷くライトに、
「……ね?」
困ったように眉を下げてその顔をみつめた。
「……お互い様、かな、って」
互いにナイトのことを隠していた。
だから、“おあいこ”。
「っでも……!」
けれど、そう苦笑いを零すルージュに、ライトは悲痛の面持ちで顔を上げる。
「ナイトは……っ、オレは、ルージュに酷いことを……っ」
「“酷いこと”?」
綺麗な顔を罪の意識で歪めたライトに、ルージュはきょとん、と瞳を瞬かせる。
自分はなにか、ライトに……、ナイトに、なにか酷いことをされただろうか。
「……っ、その……っ、ルージュの、意に沿わないことを……っ」
「……“意に、沿わない”……」
その意味を察してぶわりと全身が熱くなる。
ナイトには、キスをされてそれ以上のことを……。身体を繋げる一歩手前までと言えるような、かなり恥ずかしいことをされてしまった。
確かにそれらの行為は、ルージュの意に沿わないものであったと言えばそうかもしれないけれど……。
「……でも、本気で嫌だったわけじゃない」
「え……?」
あまりの恥ずかしさから俯きがちに零した小さな声に、ライトの目が驚いたように丸くなる。
「……好きな人に触れられて、嫌だなんてことがあるわけないじゃない?」
それを口にするのはとても恥ずかしくて。
だからといって誤解されたままでいるわけにもいかず、顔を朱色に染めたルージュはちらりとライトの顔を窺った。
「ライトに触られて、嫌だなんて思うはずがない」
それは大昔のことだと言うが、かつて、ウィーズリー家の御令嬢が狼男と恋をして子を成した。当時、ウィーズリー家には後継者となる嫡男がいたものの、子供には恵まれず、姉であるその御令嬢の子供を後継者として迎え入れたという話だった。
異種族間での婚姻は特段禁忌とされてはいないが、今でもそうよく聞く話ではない。今より大昔の当時を思えば、かなり珍しく、異種族間で生まれる子供については未知の生き物だったに違いない。
記録によれば、数代は狼男の血筋らしい特徴を持つ子供が生まれるようなこともあったらしいが、そのうちその血も薄れていき、今ではそんな先祖の話などお伽話に近いくらいの感覚で語り継がれていたという。
――そう。ライトの人格が満月の夜にだけ変貌するようになるまでは。
ナイトが表に現れたのは、ルージュが初めてライトと会う少し前のこと。
ある満月の夜、突然部屋の中の玩具を全てひっくり返したかと思うと家中を駆け回り、ライト――否、ナイトを追い駆けまわす使用人たちを相手に、邸全てを使った追いかけっこ兼隠れんぼを始めた我が子に、ライトの母親などはライトがおかしくなってしまったのかと気を失いかけたという。
だが、それはその一晩だけの出来事で。
あれはなにかの間違いだったのかと落ち着きを取り戻した頃。再び訪れた満月の夜に、またライトは豹変した。
初めはなんの奇病かとも思ったらしいが、そこに“満月の夜”だという共通点を見つけた時、代々語り継がれてきた先祖の話を思い出したという。
――満月の夜にだけ、本来の狼の姿となる“狼男”。
ウィーズリー家には、確かにその血が脈々と受け継がれてきたのだ。
何代も時間をおいてから表に現れた先祖の血。
異種族間で生まれる子供については様々で謎が多い。すっかり狼男の血など薄れてしまったウィーズリー家だ。ライトが狼に変化するのではなく、別の形の変化をしたとしても不思議はない。
それが、ライトの中に生まれた、ライトとは正反対の性格をしたもう一つの人格。
家族は満月の夜にだけ現れるライトのもう一つの人格のことを“ナイト”と呼び、問題児としか思えない行動をするライトの中のその存在を隠し続けてきたのだ。
そしてそれは、ライト自身の強い希望でもあった。
自分の中に、欲にまみれたそんな人格がいることを誰よりも嫌悪していた。
清廉潔白なライトの性格を思えば、自分の中のナイトの存在を認められないのも当然のことだろう。
ずっと、罪悪感に駆られながらも隠してきた。
きっと、誰よりも、大切で愛するルージュに気づかれたくないと怯えながら……。
『ねぇ、ルージュは大きくなったらなにになりたいの?』
幼い頃によく交わされる、子供同士のそんな会話。
『……おひめさま』
それに、そんな幼すぎる答えを返したことを思い出す。
『お姫様?』
『……ライトのね。おひめさまになりたい』
初めて会った時からライトのことを好きだったルージュは、ほんのりと頬を染め、恥ずかしそうにそう口にした。
『お母様が言ってたの。真っ白なウェディングドレスを着た女の子は、みんな“おひめさま”なんだって』
ルージュの両親は、ルージュの目から見ても互いのことを想い合う、とても素敵な夫婦だった。
だから、自分もそんなふうになりたいと思っていた。
そして、夫のことを想い、想われるルージュの母親は、幸せそうに自分たちの結婚式の一幕をルージュに語って聞かせてくれたのだ。
『ライトのおひめさまになって、かみさまの前でアイをちかうの』
まだ幼いルージュには、その意味はよくわからなかったけれど。
きっと、ライトにはわかっていたのではないかと思う。
『愛を、誓う?』
『うん……。大好きな人とね。キスをするんだって』
意味はよくわからないまま、大好きなライトにドキドキとそれを告げていた。
ヴァージンロードを、真っ白なウェディングドレスを着て歩き、大好きな人の元へ。
神様の前で永遠の愛を誓ってキスをする。
そんな、幼い頃に語ったルージュの夢を、ライトはずっと叶えようとしてくれていた。
ライトは、そんなふうにとても優しい人だから。
だから。
(……ライトのことが、好きなの)
それは、間違いないルージュの想い。
けれど。
――『オレもライトなのに?』
ナイトも、ライトだ。
赤裸々で情熱的な想いを向けられて、嬉しくなかったといえば嘘になる。
ナイトはライトとは別人格だけれど、ライトの一部であることは間違いない。
ルージュがナイトのことを拒否できなかったのは当然だ。ナイトも、確かにライトなのだから。
ライトであれば絶対にありえないだろう行動で求められ、心の一部は歓喜していた。
誠実すぎるライトの態度は、ほんの時折、自分に魅力がないのだろうかとルージュを不安にさせていたことも確かだったから。
それが、ルージュのことを大切に想ってくれているからだとはわかっていても、恋する乙女心は複雑で欲張りだ。
(……ライト……)
ライトの両親の気遣いで、その日はそのままウィーズリー家の客室に宿泊させてもらえることになったルージュは、煌々と輝く満月を見つめ、“二人のライト”へと想いを馳せていた。
◈◈✼◈◈┈┈┈┈◈◈✼◈◈
次の日。一緒に朝食を取ろうと、それよりもかなり早い時間にルージュを呼びに来たライトの顔はとても重いものだった。
「……ごめん」
「? ライト? どうして謝るの?」
開口一番謝られ、ルージュの方が動揺してしまう。
静かに頭を下げたライトは、間違いなくライトだ。
「……ナイトの、こと」
ルージュからの問いかけに、ライトは言いずらそうに口にする。
「……ずっと、隠してた」
「っ、……それを言うなら……、私だって」
ライトは、この十数年、自分の中にいるナイトの存在を。
ルージュは、ここ数か月のナイトとの逢瀬を。
互いに隠していたことを、おずおずと懺悔する。
「……うん」
神妙に頷くライトに、
「……ね?」
困ったように眉を下げてその顔をみつめた。
「……お互い様、かな、って」
互いにナイトのことを隠していた。
だから、“おあいこ”。
「っでも……!」
けれど、そう苦笑いを零すルージュに、ライトは悲痛の面持ちで顔を上げる。
「ナイトは……っ、オレは、ルージュに酷いことを……っ」
「“酷いこと”?」
綺麗な顔を罪の意識で歪めたライトに、ルージュはきょとん、と瞳を瞬かせる。
自分はなにか、ライトに……、ナイトに、なにか酷いことをされただろうか。
「……っ、その……っ、ルージュの、意に沿わないことを……っ」
「……“意に、沿わない”……」
その意味を察してぶわりと全身が熱くなる。
ナイトには、キスをされてそれ以上のことを……。身体を繋げる一歩手前までと言えるような、かなり恥ずかしいことをされてしまった。
確かにそれらの行為は、ルージュの意に沿わないものであったと言えばそうかもしれないけれど……。
「……でも、本気で嫌だったわけじゃない」
「え……?」
あまりの恥ずかしさから俯きがちに零した小さな声に、ライトの目が驚いたように丸くなる。
「……好きな人に触れられて、嫌だなんてことがあるわけないじゃない?」
それを口にするのはとても恥ずかしくて。
だからといって誤解されたままでいるわけにもいかず、顔を朱色に染めたルージュはちらりとライトの顔を窺った。
「ライトに触られて、嫌だなんて思うはずがない」
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