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初恋の人が自罰的だったので溺愛することにした
懐かしい顔(1)
しおりを挟む「リック! 久しぶりね!」
「おー、ミルア、オリーブ、スフレ、久しぶりだな。元気だったか?」
「あったり前でしょ! ようやく自由の身よ!」
と、大声で背伸びをする黒髪をポニーテールにした女性とその隣で頰に手を当てて深い溜息を吐く金髪碧眼の美女。
二人は相棒同士。
黒髪がミルア・コルク。
元々は貴族出身だが、家契召喚の属性と違う体質のため、一族に冷たく当たられたことで家出した。
その相棒召喚魔が金髪碧眼の美女オリーブ。
【神林国ハルフレム】のエルフで、魔法を得意とする。
彼女としてはミルアが家族のもとへ帰って和解できればと思っていたようたが、自由騎士団所属の召喚魔法師になってしまっては貴族籍は捨てなければならないだろう。
そうでなければ、その権威に縋られて混乱を齎す。
しかしきちんと賢者の問答を超えてきたのだから、ミルアも騎士としては十分にやっていけるはず。
そしてその隣にいるのは同じく元同僚兼後輩のスフレ・エーコル。
彼の腰には、【獣人国パルテ】のシュナイダ族……犬の獣人スエアロが隠れていた。
そのことに目を丸くして「その子は……」と指差す。
スエアロはリグのことを「ダンナさん」と呼び、懐いてついて回っていた。
そのスエアロがどうしてここに?
「スフレ、その子は……」
「あー、ここに来る途中に会ったんっすよ。ダンナさんを探してたそうで」
「ダ、ダンナさんは無事なのかよ?」
「リグなら無事だよ。元気だし……今連れてくる」
「ウキ! ウキっウキキ!」
フィリックスの肩で飛び跳ねるキィルー。
昨夜は無理をさせたかもしれないので、朝起きてから声をかけてキスをしてから朝食を作って部屋に残してきた。
こんな甘ったるい朝を自分が経験できるなんて。
しかも、初恋の彼と。
その幸せを思い出して顔が盛大に緩みそうになる。
表情筋を総動員して耐え、ひとまず彼らに食堂で待っているように頼む。
リグの部屋は上階。
許可がなければ、階級が高い人間しか入れないようにもなっている。
入団したての彼らは結界に阻まれて上れない。
「はあー? なによそれ、リックが階級高いみたいな言い方じゃない」
「みたいじゃなくて、自由騎士団の新しい部署立ち上げメンバーってことで自由召喚騎士、三等級の扱いなんだ。リグは一等級の扱いの部屋、だな。本人が結界も張っているし」
「ズ、ズルくない!? あたしたちは!?」
「その辺はこれから話し合うけれど、多分現場に出てもらうことになると思う。おれはしばらくリグとリョウちゃんの護衛として、本部から離れないつもりだから」
「あー、あの二人は守らないとね。っていうか、他国からの接触とかないの? 大丈夫?」
と、心配そうなミルア。
それに対して頷いて、各国の様子を改めて聞いてみる。
本山の外は新たに現れた[異界の愛し子]の情報を集めているらしい。
一人はハロルド・エルセイドの息子の一人。
あのシド・エルセイドの双子の弟。
最初は「ハロルド・エルセイドの息子なら捕えなければ」と動き出そうとしたようだが、ハロルド・エルセイドにはもう一人息子がいる。
しかも双子の弟ともなれば、世界最強と敵対せねばならないとすぐに思い至るだろう。
それでなくともその存在が表立って知れ渡った直後、双子の兄の方は「弟に対して手を出そうものなら俺を敵に回すと思え」と宣言していた。
どうやらダロアログがリグとウォレスティー王国の第三王子を誘拐し、ユオグレイブの町の貴族街に身を潜めていた時に集まってきた裏組織の面々にそう言って牽制していたらしい。
さすが、機を読むのが上手い男である。
その情報は当然、ウォレスティー王国以外――エレスラ帝国とレンブランズ連合国も把握。
せっかく新たに現れた[異界の愛し子]だというのに、それを手に入れるために世界最強と自由騎士団を、両方相手にしなければならない。
さすがに、それは国として厳しい。
なにより抜け駆けしようとしても、少数精鋭でなんとかなる相手ではないのだ。
本気で世界最強のシドと自由騎士団を倒そうとするのなら、全軍で侵攻しなければ。
しかしそんなことをすれば、他国も動く。
奪われてなるものか、と。
たとえそれでも奪えるかどうかわからない。
「今はリグ自身に“人間としての意思”をちゃんと持ってもらえるように、手を尽くしている時期だ。リョウちゃんはちゃんと自分で選べる人だけれど、リグは――」
ダロアログに踏み躙られてきた彼の尊厳は、未だに自分の意思でなにかを選ぶ、ということを上手くできない。
きっと今も、何者かに誘拐でもされればその相手に抵抗もなく従うだろう。
“道具は使う人間による”から、そこに善悪もない。
「まだ時間かかりそうなの?」
「そうだなぁ」
そう言って、食堂に四人を置いて「今、リグを呼んでくるから」と言ってリグの部屋に向かう。
リグの部屋をノックすると、応答の声。
「リグ、俺の元同僚とスエアロが会いにきてくれたよ。食堂で待っているから、会いに行かない?」
「スエアロが?」
すでに黒いズボンと黒いタートルネックの長袖シャツを着て、テーブルでフィリックスの作った朝食を食べていたリグの姿にほわ、と胸が温かくなる。
椅子に座っていたリグに近づき、髪を一房手に取った。
「体は? 大丈夫?」
「え、あ……だ、大丈夫……」
リグも思い出したように目許を赤らめた。
なんて可愛いのだろう。
視線が泳いで、少しだけ居心地が悪そうになる。
「き、君は……」
「ん? おれはまったくいつも通り!」
「あ、いや、あの、その……」
「ん?」
なにか言おうとしている。
首を傾げつつ、言葉を持つ。
食事の手を止めて顎に手を当てがい、赤い顔のまま唇を開けたり閉めたり。
とりあえずリグが言葉を紡げるようになるまで、待ってみる。
「……い、一回で、ま、満足……し、したの……」
「え?」
「ダ――ダロアログと比べるのは失礼だとわかって、いる。というより、ダロアログと君は、本当に違うから……。でも、その、回数は……ダロアログは、スライムも使ってはいたけれど……一晩中、ということもあった、から……その……一度だけで満足したのか、心配……というか……その……」
あーーー。
と、一瞬遠くを見た。
ダロアログ・エゼド。いったい何回殺してやりたいと思えばいいのだろうか。
本当に、すでに死んでいるのが惜しいと思う。
フィリックスも一発くらい殴りたかった。心底。
しかし、今は目の前で不安そうなリグに対応すべきだろう。
こほん、と咳き込み、しっかりとリグの目を見て口を開く。
「本当のことを言うと、めちゃくちゃ二回目とか三回目とか、したかった」
「え」
「でもさすがにおれ自身が初めてで、きみに無理をさせたくなかったし……我慢したんだけど」
そこまで言ってチラリとリグを見ると、期待が滲んでいる瞳とかちあった。
そんな目で見られたら――。
「い……いいのかな、今日も、その……抱いても」
「か、構わない。今日は、その……君が満足するまで、抱いてほしい」
「っ……い、嫌だったらちゃんと言ってくれる、か?」
「ああ」
席を立って、リグの椅子に手を置き顔を近づける。
なにかを察したキィルーがテーブルに飛び乗って背を向けた。
フィリックスは気にせずに、リグに唇を寄せる。
「じゃあ、今夜も抱かせて」
「……ん……うん……」
頰に手を添えて、唇を重ねた。
目を閉じて、角度を変えてあまり深くなりすぎないように気をつけながら、軽い音を立てて。
(ああ、このままもっと触れたい)
昨夜の熱が彷彿としてくる。
あの滑らかな肌。
切ない声と表情。
彼に許されたという特別感。
ただ、もっと許されるのなら一度ではなくて二度でも三度でも続けて貫いて愛したかった。
けれど、それと同じくらい大事にしたいとも思う。
「……!」
「ん……はっ、あ」
これ以上はまずいと思って顔を離すと、寂しそうな表情と潤んだ瞳で見上げられる。
キスで濡れた唇が物欲しそうにしているように見えて、慌てて姿勢を正す。
「あ……そ、その……それで……! 今日からユオグレイブの町にいた頃の同僚と後輩が自由騎士団に入団してきたんだ。それで、きみの護衛は引き続きおれがする、って感じでいいかな? 用事がある時はあいつらにも頼むと思うから、改めて同僚たちを紹介したいんだけど」
「あ……う、うん」
「スエアロが待ってるし」
「そ、そう……だな。今……片付けていく」
「手伝うよ」
「あ……ありがとう……」
隣に立って食器を洗い、部屋を出る前にもう一度キスしてからキィルーが肩に乗ってくる。
二人で階段まで手を繋いで、少しだけ今夜への期待。
どのくらい許してくれるのだろう。
いや、彼はなんでも許してくれる。
けれどその“許し”は意味合いが違う。
彼自身が「どこからが嫌」「これ以上はつらい」などを、自認していない。
だからやはり、ちゃんと確認していかないとダメだと思う。
(まあ、でも今回は……リグ自身も一回じゃ足りない、って感じだったし……いいんだよな?)
ダロアログの名前を引き合いにして、フィリックスを案じるような言い方だったけれど表情や言葉の節々に感じた。
シドほどではないけれど、リグのそういう小さな主張は大切に拾っていきたい。
応援ありがとうございます!
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