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4章

思い出の人

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 かたん、と音がする。
 フィリックスを見ていたリョウたちが、扉を動かす人影をみつけた。
 
「ガウバスが扉を壊したのか。……どうして伸びているんだ?」
「ダンナさん!? 出てきちゃダメだよ!」
「?」
 
 前回のように、全身覆うような黒いブランケットを羽織って出てきた“ダンナさん”ことリグ。
 ぐちゃりと畳まれるように砕けた扉を外へと放り投げて、村の方から来たリョウたちに今気がついたらしい。
 リョウを見て「おや」と目を少しだけ見開いてから、リョウと一緒に来た者たちの顔ぶれを眺めて半目になった。
 いかにも「ああ、断りきれなかったんだな」と納得したような顔である。
 
「召喚警騎士が来たら襲いかかるなと言っておいただろうに……」
「で、でも! オイラ嫌だよ! ダンナさんまであいつらに連れて行かれるの、嫌だ!」
「そうは言われてもな……。お前はパルテオの村に行けばいいだろう。僕にこだわる必要はないのだし」
「ヤダヤダヤダ!」
 
 ブンブンと顔を振って、抱き着く。
 三十キロ以上はゆうにあるだろう犬の子を、ひょいと抱き上げるリグ。
 あの大きさなのに完全に赤ちゃんである。
 
「……っ」
 
 そして、リョウの周りの人間たちから緊張が伝わってきたことにハッとした。
 見回せばやはり、特にノインがすでに剣の柄に手をかけている。
 しかし、リョウが初めてリグに会った時のように“シドと似ているが、決定的に違う”ものを感じているのだろう。
 手は誰も出そうとしていない。
 
「あれは……まさか……だが髪の色も目の色も、雰囲気も別人……なん、だが……」
 
 レイオンが驚いて呟く。
 それはリョウも思った。
 困っていると、犬の子を下ろしたリグが歩み寄ってくる。
 
「用件を聞く前に先にガウバスを治療してもいいだろうか?」
「え!? あ、え?」
「あ! おかき、お願いしてもいい?」
「ぽんぽこぽーん!」
 
 一定以上は近づいてこない。
 声が届くギリギリの距離。
 リョウがガウバスに駆け寄って、おかきに頼む。
 
「近づくな! ガウバスになにする気だ!」
「え、あ、あの、治療を……」
「嘘だ!」
「スエアロ、その娘の肩に乗っているのは【鬼仙国シルクアース】の妖だ。治癒の力を持っている。嘘ではないから任せなさい」
「ウグっ」
 
 リグが犬の子、スエアロを引き離してくれる。
 本当に警戒心が強い。
 他の獣人の子どもたちがリグの周りにやってきて「スエアロのお子様」「すぐ怒鳴る」と嗜める。
 宥めてもらっている間に、おかきが一生懸命にガウバスをポコポコ叩くが、治癒の力が弱い。
 完全に治すことはできなさそうだ。
 
治化狸ちばけたぬき
「え?」
「――と、稲荷狐、の、契約魔石は?」
「……? わ、私は持ってない……です」
「じゃあ直渡しするしかないな。おいで」
「ぽーこぽん」
 
 リョウの頭の上に一度飛び乗ったおかきが、リグの手のひらに乗る。
 魔法陣がおかきの足下、リグの手のひらの上に展開して、赤い光が上昇しておかきの中に吸収されていく。
 
「ぽんぽこー!」
「そこの子猿と騎士も右腕を痛めているな。診てやるから来い」
「えっ」
「ウキッ!?」
 
 再びリョウの頭の上を経由して、ガウバスのところに戻るおかき。
 ポコポコと叩き始めると、淡い緑色の光がおかきの叩くところから放たれる。
 初めて会った時のような、溢れる光。
 流れていた血が止まり、呼吸が寝息に変わった。
 
「す、すごい。おかきがパワーアップした」
「一時的に魔力を与えただけで、しばらくすると元に戻る。契約魔石があれば石に魔力を注ぐだけでいいのだが……」
「ウキィ」
「うん……捻挫だな。手当はきちんとされているが、この程度ならば【機雷国シドレス】の技術で一日あれば治りそうなものだが……」
「「…………」」
 
 スッ、とフィリックスとキィルーが顔を背ける。
 
「手当だけ受けて治療はしてないな?」
「いや、その……忙しくて……?」
「ウ、ウキウキィ」
 
 じとりとジンとノインがフィリックスたちを睨む。
 ワーカホリックすぎる。
 
「……あの、ところで君、前に会ったことないか?」
「?」
「五歳か、六歳くらいの時に!」
「ウキッ?」
 
 話をごまかすようにフィリックスがリグの肩を掴む。
 それをそっと外して、距離を取るリグ。
 おあげがリョウの肩からリグの肩に飛び乗って「シャー!」と威嚇するのでキィルーも驚いた。
 仲良く頬擦りし合う仲の友達にいきなり威嚇されたら驚くだろう。
 
「五歳か、六歳の時……ジュエルドラゴンに襲われていた十歳くらいの男児」
「そう! それ! おれ! 覚えててくれてのか!」
「物覚えはいい方だから……」
 
 嬉しそうに一歩近づいたフィリックスから一歩下がるリグ。
 え、と驚く。
 まさかの知り合い。
 それにしてはグイグイ近づいていく。
 フィリックスが驚いた表情をしていたのは、リグがシドにそっくりだからではなかったのか。
 
「あの時は助けてくれてありがとう! 君があの時、召喚魔は話せばわかる生き物だと教えてくれたから、おれは召喚魔法師に……召喚警騎士になったんだ! ずっとお礼が言いたくて……! まさかこんなところで会えるなんて!」
「あ、いや、別に。……っ」
「フィ、フィリックスさん、ちょっと落ち着いてください! リグはご飯を食べてなくて体調があまりよくないって……」
「そうですぞ、フィリックス殿! ダンナさんは体調を崩しておいでです!」
「やっぱりダンナさんにひどいことしようとしてるのか! ガルルルル!」
「あ! そ、そうか、すまない。ごめん本当に違う!」
 
 リョウと獣人たちのガードが強い。
 間に入った獣人たちに押し返されて、シュン、と落ち込むフィリックス。
 
「フィリックスさん、この……えーと、シド・エルセイドに似てる人と知り合いだったの?」
「九歳の時に流入召喚魔のドラゴンに襲われたことがあるんだ。その時、おれよりも小さな子が助けてくれて……。黒い髪に紫水晶の瞳……ぶっちゃけ可愛い女の子だと思っていた」
「お、初恋かな?」
「言うな言うな」
 
 によ、とノインがフィリックスをからかう。
 しかしどことなく眼許が色づいているので多分そうなのだろう。
 確かに幼い頃なら美少女と見間違うだろうな、とリョウも頷く。
 
「でもあの時の一度きりで、結構探したんだけど……どこかに引っ越したのかなって、思ってたんだ。いやぁ、まさかまた会えるなんて。あの時は名前も聞けなかったんだけど、改めて名前を教えてもらえるだろうか?」
「引っ越したというか、ダロアログが僕の軟禁場所を移動したんだ。それを引っ越しというのならそうだと思う」
「「「……………………」」」
「え?」
 
 聞き返したのはジン
 ノインとレイオン、フィリックスは口を開けたまま硬直。
 それはそう。
 リョウもぶわりと謎の冷や汗が出た。
 
「名前は……そうだな、君ならいいだろう。僕の名前は、リグ・エルセイド」
「エ……」
「ああ。シド・エルセイドは双子の兄だし、僕はハロルド・エルセイドの息子だ。あの頃は名前を名乗ると石を投げられるから、名乗らなかった。ふう……」
 
 たくさん話したからだろうか、リグが俯いて溜息を吐く。
 頭を抱えて焚き火をしている場所を指差して「座っていいだろうか」と聞いてくる。
 思わず頷くリョウジン
 
「え? な、軟禁って言ってなかった?」
「言ってたね……」
 
 ジンも聞き間違いだと思ったのか、リョウに確認を取ってくる。
 チラリとフィリックスたちを見ると、それはもう宇宙猫みたいになっている。
 すぐに我に返ったレイオンが、リグに近づく。
 
「ちょっと待ってくれるか? 軟禁って――」
「っ……」
「シャーーーっ!」
「うおっ」
 
 リョウの肩ではなく、リグの肩に乗っているおあげがレイオンに威嚇する。
 それを見てスエアロや豹の獣人の子どもたちも、守るように間に入った。
 
「あ……あなたが悪いのではない。申し訳ないが、あなたの体格と年齢がダロアログに似ていて、僕が緊張してしまうからこの子たちが反応してしまったのだと思う。気を悪くしないでほしい」
「――あ……お、おう、そういうことなら……って……待て、それは……!」
「……? あなた方はそのことで僕に会いに来たのではないのか?」
 
 どうも話が噛み合わない、とリグが訝しむ。
 そう言われて、ようやくノインがハッと戻ってきた。
 
「あ、ち、違うよ。ボクら、最近この辺りで起きている行方不明事件を調べに来たんだ。小さくて言葉の拙い召喚魔が消えているっていう話。もしかしたら『赤い靴跡』が関わっているかもしれなくて……」
「ああ、妖精や小天使が言っていた件か。黒いスーツや黒いマントを纏った者たちが、二十人くらいで北の丘にある『廃の街』に集めているらしいな。広範囲の家の地下に、それぞれ連れて行かれているとかなんとか……」
「『廃の街』!? クッ、よりにもよって……!」
 
 フィリックスが我に返った。
 そして忌々しいとばかりに言われた地名に表情を歪める。
 思わずジンに「なにかまずいの?」と聞くと、「五十年前にユオグレイブの町が元々あった場所って習ったよ」と教えてくれた。
 ユオグレイブの町は五十年前にこちらに移設されたらしい。
 理由はあのあたりに、レッドテイルという魔獣が住み着いて人を襲うようになったため。
 当時は町を覆うものはなく、現在の高く頑丈な外壁の中に町が造られたのは万が一レッドテイルが追ってきても大丈夫なように。
 それほどまでに厄介な魔獣らしい。
 
「しかも、廃町の家屋は微妙に残っているんだ。家屋の地下に連れ込まれているのを捜索するとなると、やはり手が足りない……! しかもレッドテイルの対策も必要だ。冒険者協会に協力要請しなければならない」
「想像以上に大掛かりなことになりそうだね」
「え、ええと、レッドテイルってどんな魔獣なの?」
 
 フィリックスが頭を抱えている横で、リョウはノインに聞いてみた。
 赤い尻尾、という名前だけではなかなかに想像が難しい。
 
「レッドテイルはドラゴン種なんだよね」
「ドラゴン……え?」
「魔獣って大昔から国同士の戦争で使われた、兵器用の召喚魔が繁殖して野生化したものなのは知ってるよね? レッドテイルはその中でも上位種の、【竜公国ドラゴニクセル】から呼び出されたレッドドラゴンが繁殖・野生化して縮んだやつらなの。小型化してはいるけど頭がよくて素速いし、ドラゴン種特有の火炎ブレスになまくらじゃあ簡単に防がれる鱗、群れで行動して群れで狩りをする狡猾さ。危なくなったら即撤退するとか、もーーーっ最悪」
「ひぇ……」
 
 それが五十年前は町を平然と闊歩し、人を襲っていたというのだからそりゃあ町ごと移動もする。
 しかも現在は定期的に討伐が行われるも天敵はおらず、野生のボアなどを喰らってそこを安住の地のように我が物顔で占拠しているという。
 
「でもそれじゃあ、拠点にしている誘拐犯も危ないんじゃないの?」
「うーん、それが……」
「レッドテイルは夜目が効かない。盗みを生業にしている者ならば、明かりのない町をレッドテイルの目を逃れて歩き回ることは造作もないだろう」
「っ……」
 
 ノインの代わりにリグが答えてくれた内容は、ゾッとするものだ。
 つまり、盗人どもにはなんとも都合のいい場所になっているということ。
 最悪ではないか。
 
 
 
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