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4章

絶望の声1

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「レッドテイルをなんとかしたいのなら、【獣人国パルテ】からフェニックスを召喚するといい」
「「「フェニックス?」」」
 
 声が重なるフィリックスとノインとジン
 それに対して助言したリグが若干「え?」という表情をした。
 どことなく「そんなことも知らないのか?」というニュアンス。
 
「レッドテイルは火炎属性のドラゴン種。同じ火炎属性の中でも、フェニックスは炎を喰らって無限に回復する。しかも小型化しているから、火炎を喰らうフェニックスにとってレッドテイルはいい餌だ。空からならばいかに早く逃げても丸見えだしな」
「なるほど……! って、でもフェニックスって上位存在じゃないか! そんなのどうやって召喚しろと!?」
「普通に召喚すればいいのでは? 君は【獣人国パルテ】の適性なのだろう?」
「無理だよ!? 召喚コストが100以上あるよ!?」
「…………?」
「え? ……リグ、君はまさか召喚ができる……?」
「できないのか? なぜ?」
「「なぜ!?」」
 
 首を傾げたリグにさらに聞き返したのはフィリックスとジン
 そのあたりのことは、召喚魔法が使えないリョウやノインもわからない。
 
「じ、ジンくん、召喚コストってなに……?」
「あ、そうか。リョウちゃんは教わってないんだっけ。召喚魔法って召喚する召喚魔によって、召喚コストがかかるんだ。上位存在になるほどコストが高くなる。伝説存在だと、召喚コストは1000以上。伝承存在はどれくらいかかるかわからない。ちなみに召喚魔法師の平均は40」
「ええ……?」
 
 この時点ですでに平均を超えているのだが。
 
「コストって簡単にいうと個人の魔力量と技術力のことで、適性と契約形態、召喚魔との相性でコストが減る場合もあるんだ。同じ召喚魔を召喚するのでも、個々でコストが違うからなんとも言えないんだけど……少なくともフェニックスは最低召喚コストが100って言われている上位存在の召喚魔だね」
「「へぇー」」
 
 ジンは本当にちゃんと勉強しているのだな、と感心する。
 ノインと一緒になって「そうなんだー」と納得した。
 
「オレも多分、できない。一番相性がよくて召喚できたエアドラゴンでも、召喚コスト40だし」
「貴族が使う召喚魔法は安全面を考慮し命令形だから、どうしてもコストが高くなるんだ。フェニックス、手を借りたいのだがどうだろうか?」
 
 緑色の魔石を取り出して、リグが聞くと魔石が緑色に光始めた。
 その光が手元に魔法陣を広げていく。
 魔法陣の中から現れたのは真紅の炎に包まれた、巨大な鳥だ。
 
「嘘だろ……」
「正式な契約を交わしたわけではないから、長時間は無理だが……ありがとう、会いに来てくれて」
『ピィ』
 
 縮んだフェニックスが、おあげと反対のリグの肩に留まる。
 さらにリグは手のひらをかざして、魔力を食べさせているように見えた。
 
「どうしたらそんなことができるんだ!?」
「[原初の召喚魔法]と、[異界の愛し子]か……」
「え? それは――」
 
 レイオンの呟きに、驚いて叫んだフィリックスが振り返る。
 その表情は非常に苦々しい。
 
「アスカとだ。そうか……ハロルドの野郎が最期に言い残していた“切り札”は、お前さんのことか……。ノインが負けたと聞いた時は、シド・エルセイドのことだと思っていたが……」
「いや、おそらくがそれだと思う。僕はシドのように“人”を導くカリスマは持っていない」
「カリスマ、か。なるほどな。ノインの剣を折ってなお、『ダロアログがいる間は外へ出るな』なんて言うようなやつだからなぁ」
「っ?」
 
 ノインの頭を撫でながら、レイオンが微笑む。
 なぜそこで笑うのだろう。
 ノインには意味がわかっていないようだが、リョウには少しわかる。
 あれは敵対していてもノインをちゃんと“子ども”として扱っていたからだ。
 騎士として戦うノインに剣士として応じて、大人として子どものノインを気遣った。
 シドが姿を見せると、胸から体中に広がる安堵感。
 “この人がいれば大丈夫”と思えるそれは、それこそがカリスマというものだろう。
 
「[原初の召喚魔法]とは?」
「わしも詳しくはわからん。ただ、アスカが使っていた召喚魔法は、コストをほとんど無視して使われていたんだ。でなきゃ異界の伝説存在を三つも四つも同時召喚できないだろう?」
「それは……確かに……。『英雄だから』とあまり気にしたことはありませんでしたけど……コストをほとんど無視……!? どういうことなんですか、それ」
「だからわしもようわからんて。ミセラが言うには、太古の昔、召喚魔法の最初はこんなふうに異界の存在を異界の民に愛された者だけが召喚できたとかなんとか、で、その異界に愛されて、異界から頼むだけで異界の民の力を借りられた者を[異界の愛し子]と呼ぶんだとか」
「それは確かに最初に習う召喚魔法の起源と言われていますけど……!」
「わしもわからんてば!」
 
 わし、騎士! とフィリックスのそれ以上の質問を拒むレイオン。
 そんなやりとりをしている間に、リグがその場にしゃがみ込んだ。
 
「ダンナさん!?」
「リグ、大丈夫!?」
「大丈夫……少し……立ち眩みがした……」
「ああっ、本当にごめん! 火の側で休もう!」
 
 リョウと獣人の子どもたちが支えながら、焚き火の側の横たわる丸太に座らせる。
 顔色がまた青い。
 会う度に体調が悪くてなんだか申し訳ない気持ちになる。
 
「そ、そうだ! この焚き火の火を借りてもいい? お粥を作ろうと思うの!」
「おかゆ……?」
「食べたことないかな? 今作るね」
 
 呪いの話を聞いてから、ずっと考えていたことがある。
 焚き火の側に置かれた鍋を持ち上げて、井戸の方に向かう。
 ウサギの獣人の女の子が「あたしも手伝う」と言ってくれたので、米を研ぐのをお願いした。
 時短のために、米は軽く砕く。
 水は大目に入れて、火にかけた。
 
「だいたい四十分くらいでできると思う。我慢できそう?」
「一週間くらい食べないのは慣れているから大丈夫だ……」
 
 なんでそんな反応に困ることを言うのだろうか。
 フィリックスとレイオンの表情が引き攣っているではないか。
 
「一週間くらい食べてないってなんだ? そういえばマカルンがお前さんが飯を食ってないとか言っていたが」
「ああ、僕を逃さないために、ダロアログが僕に『自分が持ってきたもの以外は口にできない』呪いをかけているから……」
「「は?」」
 
 レイオンとフィリックスの表情が大変治安の悪いことになった。
 無理もない。
 リョウも同じ顔になったと思う。
 ノインとジンは一瞬意味が理解できない、という表情のあと、やっぱり「は?」と眉を寄せて聞き返した。
 
「のののの呪い!? ダンナさんは呪いにかけられていたのですかっ!?」
「ああ、いつも差し入れをもらうのだがガウバスとスエアロが食べていた。すまない、黙っていて」
「いえ、いえ! それはいいのですが……なんという……いったいいつから食べられてないのですか!?」
「いつからだろう……? でも今回はまだ三日くらい……」
「三日!」
 
 マカルンが頭を抱えて叫ぶ。
 人間一週間食べずとも、水があれば死ぬことはないとは言われているが、それでも三日断食と思うとゾッとしてしまう。
 シドに比べてリグが細身で背もやや低いのは、摂取してきた栄養量の問題なのだろうな、と思う。
 挙句「三日前に来た時、なんだか怒って『仕置き』がどうのと言っていたから、多分あと五日くらい来ないだろうな」と抱えた膝に頭を乗せて言うのだからレイオンとフィリックスの大人二人の顔たるや。
 
「リグ、君自身で呪いを解くことはできないのか?」
「できると思うが、別に困っていないし……」
「困ってないとは!?」
「ウキキ!?」
 
 それはフィリックスでなくとも聞き返したい。
 お腹が空いて、つらいのは困っていることではないのだろうか。
 だがそれに対して少し頭を上げたリグが不思議そうに――それはそれは、本当に不思議そうに聞き返す。
 
「この世界の人間も、八異世界の流入異界民も、みんなハロルド・エルセイドを憎み恨んでいるのだから、僕が苦しむのを見るのは気分がいいのではないのか?」
 
 ――と。
 この世界の人間ではないリョウジンも、ほんの一ヶ月弱過ごしただけで今の『エーデルラーム』に散見する問題は見てきた。
 ほとんど二十年前の『消失戦争』があり、それを引き起こした『聖者の粛清』の関係者は今も全員高額賞金が懸けられている。
 死亡しているとはいえ、『聖者の粛清』リーダー、ハロルド・エルセイドの名は歴史に名を残す大罪人。
 その、子ども。
 誰もなにも言えない。
 正確には言葉が出てこない。
 リョウジンでさえ。
 
「本当に。別に困っていることはない。僕は表の世界に出るべきではない。シドも言っている。僕が世界にとって異物なのは知っている。異物は異物として扱われて然るべきだろう。生きていられるのなら生かされ方にはこだわらない」
 
 
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