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絶望の中の希望
【3】
しおりを挟む「……耳?」
「うっ! し、しまっ……」
ぴょん、と頭に飛び出た獣の耳。
しまった、また気が緩んだ。
こんな状況で人の姿に化けることに集中なんぞできない。
諦めて打開策を考えようと頭を切り替える。
「は……?」
「…………」
人の気配……いや、人が?
後ろだ。
風も驚いた顔をしている。
液体の滴る音。
恐る恐る、振り向いた伽藍が見たのは半分程、腹の穴が塞がった月が二本足で立ち上がった姿。
いやいやいやいや、まだ無理だ。
トリシェの治癒の能力は素晴らしいが、それでもまだ穴からは内臓がはみ出て見えている。
あんな状態では憑依しているトリシェだって表面化してこれないはず。
足元に広がる出血量を考えても、人間が起き上がれるようなものではない。
風が「は?」と言うのも頷ける異常さだ。
「……だ、まって、……はっ……聞いておれば……彗を、おれの、彗を……家族に、迎える……だと……? ふざ、けるな」
「……は……ははは……生きている? 馬鹿な! 確実に腹に風穴開けてやったんだぞ!? ……お前も人間じゃなかったってことかい?」
「…………俺のことなど、どうでも、良い……! 彗を離せ……」
「…………そうか、お前もこの神の輝きに魅入られた者か……あははは! 残念だったな、もうこの人は僕のものだ! 永遠に、僕のものだ! あはははははははははははは! 足を砕いてやれ! 死ぬ間際までこの人が僕のものになったところを見せつけてやる!」
「あ、月!」
伽藍を捕らえている木偶とは別な木偶が飛び出す。
すでに瀕死状態の月が足を砕かれたら……死ぬ。
また、目の前で……この世界で知り合った人間が殺される?
(いやだ!)
なんて無力なんだろう。
戦闘種族として最強と言われる幻獣ケルベロス族がここまで何もできないなんて――。
「…………エンシャイン・アヴァイメス……」
「!?」
「!?」
月が胸ポケットから取り出したのは万年筆。
それが真白の光に包まれた途端、短剣の姿に変わって木偶を一刀両断にした。
あの強度の木偶を。
開いた口が、塞がらなくなる。
「……は……ど、どういうことだ……!? エンシャイン・アヴァイメスはトリシェ殿の神器だぞ……!? トリシェ殿以外にそれを使えるものなど……!?」
「……この身に、宿りし……神の、お力を……はぉ……お借りしたまでよ…………っ」
「………………」
聞いたことがある。
神を宿し、その力を使う“体質”の者……。
他所の世界ではあまりお目にかかれない、非凡なその霊力。
神の依代……神代の神子……!
(この男、神代の神子の才ある者だったのか……! 通りでトリシェ殿や俺にも動じないわけだ……!)
というか……
(え、えええ~!? ちょっと待て! それじゃあ“妖刀を引き剥がせるほどトリシェ殿が万全の状態で力を使える『器』”になれたって事じゃあないか!? なぜ今まで黙っていたんだ!? 一晴の命がかかっていたのに!)
腹や口から血を垂れ流す月は片手で腹を押さえながら、エンシャイン・アヴァイメスの短剣を持ち直す。
トリシェの司る奇跡『絶望の中の希望』は圧倒的不利な状況でこそ力を最大限に発揮できる。
それは今まさに、この状況のような……。
けれどいくら神代の力を持つ者でも、腹に穴の空いた状況で戦闘は無謀過ぎる。
だがそれでも戦おうとするのか。
風が忌々しいを通り越して憎々しいとばかりに月を睨み付ける。
「生意気な……! ……殺せ!」
「…………!」
「!」
風が懐から青白いビー玉のようなものを床に投げると、そこからむくむくと樹木が生えていく。
それが人の形に形成される……木偶はこうやって生み出されていたのか。
追加で八体の巨大な木偶。
しかも色が黒い。
明らかに風の連れてきた五体とは、また違うタイプの木偶だ。
「…………いけない、冷静さを欠いてしまうところでしたよ……フフフ、私としたことが……」
「………………」
「そうそう、計画はまだ終わっていなかったね。……せっかく妖刀も花ノ宮明人も手に入れたんだから、帰って続きをしなくっちゃあ……!」
「……?」
「………………。ヒヒ、イヒヒ……アハ、アヒィ……」
「……な、なんだ?」
伽藍が初見で出会った時のような紳士的な話し方。
その後の、つい先程までの続きのような話し方。
そして突然、無表情になり、これまででは見ないような笑い声を出す。
「…………彗の神器の影響か……」
「……! そうか……本来の持ち主ではない者が、しかも神代の力も持たぬ、資格も無き者が長年神の神器に触れていて精神汚染されているのか……! だとしたら……」
「……彗を返せ!」
彗が何をされるか分からない!
腹にずっと手を当てていた月がその手で机の上のボールペンを掴む。
万年筆と同じように、ボールペンが純白の短剣に変わる。
ふた振り目の短剣。
ここまで『エンシャイン・アヴァイメス』を使いこなすとは。
しかも風が一人芸をしている間に、腹の穴をトリシェの治癒能力で治して塞いでいる。
(マジかよ……!? なんつー奴だ!)
襲いかかる黒い木偶の核を的確に短剣が突き刺す。
大怪我人が戦っているのに戦闘種族は相変わらず護衛木偶に腕を絡め捕らえられて動けない。
さすがに情けなさ過ぎる。
「!?」
『ブァアア!』
「月!」
仕留めたと思った黒木偶が、腕の枝を振りかぶって月を壁へと吹き飛ばす。
見れば突き立てられた短剣の跡は再生していく。
これは、恐らく……届いていない!
黒木偶の核までの厚みが護衛木偶よりも分厚いのだ。
ボールペンや万年筆を媒介にした『エンシャイン・アヴァイメス』では長さが足りない。
トリシェの神器『エンシャイン・アヴァイメス』は本来の核を失い、トリシェ自身同様、媒体となる器の大きさに左右される。
大きければ大きいほど本来の力を扱えるが、小さい物では使える力は制限されてしまう。
(とはいえ、この事務所にこれ以上長い物は丸めたポスターや机に入っている三十センチ定規くらい……強度が足りんし、あまり大きな物では俺の霊力が追い付かん。まだ内臓治ってないしなぁ)
『ついでに言うと『エンシャイン・アヴァイメス』は核を失っているから媒体の『形』に大きく影響される。細長い物なら剣だけど、机や椅子は盾の姿になるだろうね』
(なんで『核』を持っとらんのだ? 貴方の神器だろう?)
『あげちゃった☆』
「い、意味が分からん……神としての力を更に失う事になるだろうに……!」
頭の中でそんな会話を交わす。
一晴と紅静子のような魂を通したものではない。
神の依代は本来、体を神に明け渡すもの。
トリシェが弱っていた上、トリシェ自身が進んで力を貸してくれている。
だからこそ成立している共闘関係。
『まぁまぁ、それなら少し変わった物を試して見ればいい。俺の『エンシャイン・アヴァイメス』は7つの姿を持つ神器……』
「変わったもの?」
『掃除用具入れの中のホウキとかね』
「!」
事務所の隅にある掃除用具入れの中には、広く履ける用の自在箒が入っている。
黒木偶のパンチを掃除用具入れのに向かうよう転がって避けて、別の黒木偶の攻撃で掃除用具入れの扉が破壊されたのを利用し、飛んできた自在箒をキャッチした。
ボールペンと万年筆を手放し、神気を込める。
箒は真白の大鎌へと姿を変えた。
「……はは、神様の武器とは思えん物騒な姿になったなぁ。これでは死神ではないか……」
『気に入らないなら使わなくていいよ』
「……いや、使う!」
「大鎌……!」
短刀では届かない厚みを造作もなく真っ二つにする大鎌。
重みは箒のまま。
なんとも扱い易い。
だが、慣れない武器である事に変わりはない。
「…………生意気だ……生意気だ……生意気だ…………ずっと明人様の側に居て……まだぼくの邪魔をしようとするなんて……」
「…………くっ」
「来い、ぼくの可愛い木偶たち! あの男をなんとしてでも殺せ!」
更に懐から十数個の木偶の核。
それもまた黒い木偶だ。
成長し、人の形になる。
一体いくつ、木偶の核を隠し持っているのだ、この男は。
「伽藍! トリシェ殿より言伝だ! 黒い炎を燃やせ!」
「黒炎を……? け、けど、俺はまだ黒炎を出す事もできな……」
「何しにこの世界に来た!? それを思い出せ!」
「!」
伽藍は、この世界に――強くなるために
「…………上等だやってやる! 俺だって、俺だって……幻獣ケルベロス族の末席に座る者として……!」
いつまでもこんな情けない姿を晒しているわけにはいかない。
まして……
(……俺が弱いばかりに……一晴……まだ死ななくても良かったはずのお前を……俺は…………助けられなくて…………!)
一晴の弟たち。
あの子たちは、これからどうなってしまう?
ケルベロスは己の力に責任を負うのが掟だ。
自らの未熟さ故に出た不始末もまた、自らが負うべきものとなる。
一晴の弟たちはこの先、彼らが死ぬまで伽藍が面倒を見るべきだ。
それが――ケルベロス族としての義務!
伽藍の腕を黒い炎が覆う。
途端、伽藍を拘束していた護衛木偶が黒炎に焼かれて灰に変わった。
「で、出た……」
「おお」
『やれやれ、ようやくか。……それにしても弱いな……まるでマッチの火みたい』
「……あれで弱いのか?」
『ケルベロス族の黒炎は彼らが『理と秩序の番犬』と呼ばれる所以! 『地獄の業火』から転じたものだと言われ、無機物だろうが物質だろうが消し炭と化す。上位の者なら概念的なものさえ燃やすだろう。更にあの一族の者はあの黒い炎に一人一つの“能力”を宿し、自在に操るんだ。伽藍は黒炎をようやく出せた、だけ! 能力までは目覚めていない!』
それに何よりトリシェが見て来たどんな黒炎よりもか弱い。
腕にチロチロと燃えカスのようなものが纏わり付いているだけだ。
(とはいえ、あんな弱々しい炎でも易々木偶を灰にするとは……やはりケルベロス族の黒炎は最強の武器だね)
幾ら強力な木偶が何体も襲って来ようとも、黒炎を纏った伽藍と神器の大鎌を振り回す月には有象無造に過ぎない。
一歩下がった風は、表情を消す。
木偶は目眩し。
せっかくここまで来て、計画を水の泡にはできない。
だから、亜空間への門を開く。
彗の神器で歪め、作った亜空間だ。
「彗!」
「……ふふふふふふ……」
「待て! 貴様!」
水溜りのような門が床に広がり、そこへ飛び込む風。
彗を捕らえた木偶が飛び込むと門はあっという間に閉じてしまう。
追いかけようにも木偶が壁になって突っ切れない。
「彗!」
『追うよ! 月、キミの体なら俺の力を最大限に使える!』
「……!? 追えるのか!? 床に穴が開いて消えてしまったが……」
『俺を誰だと思ってるの。一発逆転の奇跡を与える神様だよ! 伽藍を呼んで、近くに来させて!』
「伽藍! こちらへ来れるか!?」
「!? 今、行く!」
耳と尾は出たままだが、黒炎のお陰で触れただけで木偶を消し炭に変える伽藍。
瞬く間に木偶はいなくなる。
『……そうそう、先に言っておくよ月。キミの体、まだ治りきってない。腹に穴が開いて、貫通してるんだ、当たり前だけど俺が憑依して治していたとしても本来なら絶対安静! 俺が憑依している以上キミは“死ぬことはできない”けれど、薄っぺらな皮で覆っただけの腹のその激痛は活動する分だけ長引く。覚悟してよね』
「……うん、彗が助けられるならいくらでも耐えるぞ」
『…………キミも大概だねぇ』
「月、トリシェ殿は表面化しているのか!?」
「うーん、表面化とは言いがたいが……話はできるな、俺の頭の中でだが。……っ……で、どうやって奴を追う?」
『そこの紙コップ一個取って』
「はて、紙コップ?」
来客が自由に水やお茶を飲めるようにとウォーターサーバーの横に設置してあるものだ。
それを一つ、手に取る。
すると紙コップが、手のひらサイズの小さなベルに変わった。
純白のリボン付き。
可愛い。
「こ、これは?」
「…………トリシェ殿曰く、『エンシャイン・アヴァイメス』の姿の一つ『自制の鈴』……空間を渡る能力を持っているそうだ」
「……俺たちの一族の『転移術』の精密版か……」
「まあそんなところ(本当は異世界を移動できる転移術より凄いんだけど、言うと面倒なことになるから内緒にしとこう)……鳴らしてごらん、一番最近開いた空間の門を開ける』
「鳴らせば良いのか」
「そ、それならなんでさっき一晴が落ちてすぐに使わなかったんだ……」
『結界の中で亜空間に移動なんて危なくてできねーよ!』
「よくわからんが結界の中では危ないらしいぞ」
「う……まあ、確かに……」
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