気弱令息が婚約破棄されていたから結婚してみた。

古森きり

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プロポーズしてみた

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「アンタ、情けないし頼りなさすぎなのよ! アンタみたいな男と結婚するなんて絶対に嫌! 婚約破棄よ!」
「そ、そんな……」
 
 ――その日、私フォリシア・グラティスは会場警備に配置されていた。
 目の前でこの国の王女マリーリリー様が婚約者の男性を突き飛ばし、ヒステリックに叫んでいる。
 目を丸くして周りの警備仲間を見るが、思わぬ事態に目を白黒させていて判断を悩んでいるようだ。
 無理もない。
 相手は王族。
 しかも兄王子お二人に比べて唯一の女の子であるマリーリリー様は、甘やかされて好き放題の我儘姫だと噂だ。
 不興を買えば仕事をクビにされることもあるらしい。
 とはいえ、婚約者をそんな理由で突き飛ばして婚約破棄だなんて……さすがに無理なのでは?
 王家の婚約ともなれば国の政も関わるだろうし――なにより、あの怯えた小動物のような男性、非常に可愛らしいではないか。
 どこが気に入らないというのだろう?
 本気でわからなくて首を傾げていると、ピンクのリボンを大量につけたドレスを揺らしながら、突き飛ばされて座り込んだ男性に近づいて片足を持ち上げる。
 え? まさか――!
 
「口答えしないで! アタシはアタシを守ってくれるような強い男に嫁ぎたいのよ!」
「っ!」
 
 ドガっ!
 ヒールを引っ掛けるように左腕で王女の足から、男性を庇う。
 白い軽装の騎士服が汚れるけれど、王女の婚約者ということはこの男性も高位貴族のはず。
 私が彼を庇うようにしゃがんでいたことで、王女も苦虫を噛み潰したような表情に変わる。
 その隙に仲間の警備騎士が王女の前に割って入り、距離を稼いでくれた。
 
「王女殿下、はしたのうございます!」
「足をお下げください」
「転ばれたらどうされるのですか」
「ドレスがほつれてしまいますから」
 
 と、王女を宥めて控え室へと誘導してくれる。
 その隙に私は振り返って、座り込んだ彼に手を差し伸べた。
 
「お怪我は?」
 
 その時、真正面から彼を見た私は電撃にでも貫かれたような感覚を覚えた。
 潤んだ瑠璃紺色の瞳。
 雲のような柔らかそうな飴色の髪。
 滑らかそうな白い肌は、目許が薄紅色に紅潮している。
 おいくつかは存じ上げないが、童顔なんだろう丸みの強い輪郭と鍛えられていない小柄な体。
 可愛い。
 可愛すぎる。
 可憐だ。
 いや、なんかもう、好きだ!
 
「あ、ありがとうございます……怪我はないです」
「好きです。一目惚れしました。あなたを永遠にお守りしたい。私と結婚していただけませんか?」
「え? はい?」
 
 片膝をついたまま、載せられた手を握って本能に赴くまま告白すると周囲はざわ……とした。
 あ、しまった。
 名前も存じ上げないのにこの方があまりにも守ってあげたい容姿をしておられてつい……。
 
「申し遅れました。私はフォリシア・グラティス。先代と現在の騎士団長の孫で娘です」
「え、あ、ええ、え?」
「正式に婚約を申し込ませていただきます。婚約破棄を本当になされましたら、ぜひご一考を」
 
 と、名乗ってからその手を引っ張って立ち上がらせる。
 どのような身分の方かはわからないけれど、祖父と父の立場を使えば王族とも婚姻は不可能ではない我が家。
 きっとなんとかなる気がする。
 それに、我が家は一途なのだ。
 一目惚れしたら絶対に相手を逃さない――ではなく、想いが伝わるまで訴え続ける。
 というか、あんなことを言って乱暴を振るう王女殿下よりも私の方が絶対にこの人を幸せにできる! 守れる!
 
「はっ! 失礼いたしました。先にお名前を伺っても?」
「あ、ええと、ジェラール・マティアス、と申します」
「マティアス? もしや、マティアス公爵家の……」
「はい。そこの長男です」
 
 なんと!
 驚きながらも彼を別室に誘導していると、彼の従者らしき男が駆け寄ってきた。
 お怪我はないとのことだが服は汚れてしまっているので、と説明すると、ひとまず安堵した表情になる。
 
「それでは。後日お手紙を送らせていただきます」
「え、あ……は、はい。あの、わ、わかりました」
 
 従者に引き渡して頭を下げ、会場に戻る。
 パーティー会場は案の定、まだ僅かに混乱が残っていた。
 戻った私に同期が報告してくる。
 このままパーティーは続行するらしい。
 まあ、怪我人が出たわけでもないものね。
 
「王女殿下について三人も抜けてしまったし、配置を変えましょう」
「「了解」」
 
 仕事の話をしながら、私の頭は彼に送る手紙の内容をどうするかばかり考えていた。
 そもそも、婚約破棄が無事になされるのかもわからないうちからプロポーズしてしまって。
 早まったわよね。
 まあ、やっぱり諦めるつもりはないんだけれど――。
 
 
 
  ◆◇◆
 
 
 
 翌日、実家にいた私はあの方へのお手紙を書いては丸めて部屋にポイと投げる。
 戦うことには慣れているけれど、こういう手紙は苦手なのだ。
 後ろに控える侍女をチラリと見て助けを求めるけれど、鋭い目線で「意中の殿方へ想いをお伝えするのは他人に任せるべきではありませんよね?」と言われてしまう。
 それはそう。
 その通り。
 しかし、何枚書いてもしっくりこない。
 季節の変わり目がどうとか、昨日の出来事は彼にとっては不幸なことなのだからちゃんとお見舞いを入れなければならないとか……ああもう、頭がパンクしそうだ。


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