デッドエンド済み負け犬令嬢、隣国で冒険者にジョブチェンジします

古森真朝

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第六章:

嵐を呼ぶナイト⑥

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 全員がそろって厳しい表情で、部屋の空気が限界寸前まで重くなっている。そこに水を差したのは、どこからともなく聞こえてきた泣き声だった。

 『……ふええええええ~~~~』

 「あ、これって」

 「イオンのだなぁ。ほら、あそこ」

 『ふぃ~~~~』

 ディアスさんが指さした先で、ドアがちょっとだけ開いた。すき間から顔を出したのは、さっきからわたしの部屋に行っていたリーシュだ。心なしかぐったりした雰囲気で飛んでくる背中には、案の定ぐすぐすいっているとかげさんの姿があった。

 「あらら、どしたのイオンちゃん」

 『ふぃーふぃっ』

 『うん、なんか怖い夢みたって。抱っこしてたら泣きやむと思うよー』

 『わああああん、ねーね~~~~』

 「はいはい、大丈夫だよー。ほーらこわくない、こわくない」

 短い前脚をぱたぱたさせているイオン、すでに顔がべしょべしょだ。夜泣きってほどでもないが、ときどき夢見が悪くてこんなふうに起きてしまうときがある。普段はお利口さんにしているけど、やっぱりお母さんと離れ離れになったのが心細いんだろうな。

 直接触ると熱すぎるかもしれないので、ポケットからハンカチを取り出して軽く包む。簡単なおくるみみたいな感じにしてとんとん、と背中を指先で優しくさすってあげると、ふえふえいってた泣き声がちょっとずつ小さくなった。単に疲れたのかもしれないけど、あやしたおかげで少しでも安心したなら嬉しい。

 赤ちゃんというのは無条件に人を和ませるものなのか、張り詰めた雰囲気がふっとやわらいだのが分かった。内心ほっとしつつ視線を向けた先では、エリート騎士さんが目を丸くしてこちらを見ている。

 「……あのさ、それってまさか海竜の子ども?」

 「うん、そのまさか。ちょっと前にお母さんとはぐれて、ここの街に探しに来たらしいの。……ヤな感じがしない?」

 「するね、ものすごく。タイミングが良すぎる」

 「でしょ? それとリュシーの話だけど、何か考えがあるからりっくんが来てるんだよね? 他の人じゃなくて」

 あえてきっぱりと言い切ったところ、相手はひとつ瞬きをした。その直後、それはもう楽しそうな笑みが口元から顔全体に広がっていく。ああ、やっぱりそうだったんだ。

 「――さすがはうちのお姫様だ! 君なら気付くと思ってたよ、大魔導師グランメイジ殿」

 「お褒めにあずかり光栄です。殿下がわざわざりっくんを寄こしたんなら、そういうことだと思ったの」

 さっき自分で言ったことだが、いくらお忍びとはいえ仮にも王太子が国を出るのだ。出国前に現地でコーディネーターとしてあれこれ準備するのは、元からこちらに出向している外交官とかのはず。どれだけ信頼されていても、近衛騎士が単独でそのすべてを任されるというのはあり得ない。

 つまり失踪事件にプラスして、そういった表向きの仕事ではない役目を担ってやって来ているってことだ。幼馴染にして元仲間、なおかつ王太子妃候補でもあるリュシーが寝付いているというのなら、その解決の糸口になるものがあるのかもしれないとアタリが付けられる。

 「じゃあその子、治してあげられそうなのね?」

 「まだ上手くいくかはわからないけど。今まで病気ひとつしたことがなかった彼女が、ひと月以上気の病で寝込むっていうのも考えにくい。今のところ感知できていないけど呪詛のセンも考えて、殿下に同行してこっちへ移そうってことになった。もちろん極秘でね」

 『そんじゃご主人、そのひとたちともあえるね! よかったねぇ』

 「うん、ほんと。ありがとねりっくん」

 「どういたしまして。相変わらずビックリするほど素直だなぁ、君」

 「え、なんかマズいかな?」

 確かにアンリエット、ゲームでは相手が誰であってもちゃんとお礼を言ったり、丁寧にお願いしたりが出来る子だった。身分の高い人というのは、本当なら平民相手にほいほい頭を下げたりしないもんらしいけど。

 でも貴族社会にいた頃ならいざ知らず、いまや自由すぎるほど自由な一般市民の身だ。思ったことを正直に言ってもいいんじゃなかろうか、と思いつつ首を傾げたら、りっくんは軽く首を振って目を細めた。

 「マズくなんかないよ、立派な美点だ。――君のそういうとこが好きだな、僕は」
 
 げふぅっ!!!
 
 さらっと褒めてくれた一言に、何故か一部メンバーがお茶にむせた。というか、飲んでなかったはずのアルバスさんまでゲホゲホ言っている。

 うんうん、わかる。よーくわかるぞ、なんせシナリオ中じゃ考えられないセリフだから。特にりっくんルートでは難儀な性格のせいで、好感度が高まってきた辺りからツンデレが加速してものすごくひねくれた言動しだすからね、この人! いやー見違えたな青少年!!

 「あはは、ありがとりっくん! ほんっと成長したねぇ、リュシーも早いとこ見れたらいいのに」

 「はいはい、そのうちにね。……う~ん、鈍いとこも相変わらずだなぁ」

 「うん? なんか言った?」

 「いや何でも。ほら、海竜さんが寝入ったよ」

 『すぴ~~~』

 「あっ、ホント。よかった~」

 いろいろと問題は山積みだけど、仲間も増えたし。もうすぐあと二人とも会えるし、きっと大丈夫だ。

 そんなことを思いつつ、やっと泣きやんだとかげさんの寝顔に癒されるわたしなのだった。

 


 
 一方こちら、反対側のソファーその他では。

 「……なんか、ここに来て強烈な対抗馬が出たなぁ。リーダー」

 「対っ……、滅多なことを言うな!」

 『若だんなー、ふぁいと~~~』『ふぃふぃ~~~』

 「あれ爽やかに言えるってそーとーレベル高いよ!? ヤバいよフィア、どうする!?」

 「ええい落ち着け! だいじょーぶよ、うちだって今まで積み重ねてきた信頼と実績があるんだから!! ほらスコールも何か言って!!」

 「はいっ!? え、ええっとその……!!」

 「牽制が露骨すぎるだろあいつ……つーか人格変わりすぎだろ、本気で」

 「なにも伝えずじまいで別れたこと、相当後悔されてましたからね。その反動なのでは」

 「うむうむ。良いのぅ、青春」

 『ほ?』

 焦る『紫陽花』メンバー、および頭を抱えたりしみじみしたりする保護者たちによるやり取りは、幸か不幸か当事者に届くことはなかったのであった。
 
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