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第六章:

独白⑦

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 いたい。くるしい。だが何よりも、それ以上におそろしい。

 (とても恐ろしいことが、起ろうとしている)

 目で見るよりも、耳で聞くよりも。はっきりと肌で感じるのだ。

 うんと先のようでいて、ほんの目と鼻の先に迫っている。この世の深淵から這い出てこようとしている存在の、底知れぬ暗い瘴気が。

 どうにかして報せたい。迫りつつある危機を、その先にある絶望を告げて、可能な限りの手を打たせるのが己の役目だ。生者の死を読み取るという特殊な体質ゆえに、只人には死の使いと忌避され恐れられることもあるが。

 余人がどう思おうが構わない。ただのひとりが解ってくれるのならば、それ以上は何も望まない。ずっとそう在り続けてきたし、そうやって重ねてきた歳月を誇りに思っていた。……だというのに、

 (この大切な時に囚われてしまうなんて……)

 悔しさと憤りで地を殴りつけたくなる。だがどれほど感情が波立っても、施された封印はよほど強固なものらしく、指先一つ動かせなかった。

 唯一意のままになる瞳を巡らせた先に、一抱えほどもあろうかという巨大な水晶が据えられている。薄暗い中でぼんやりと光るその表面に、縛り付けられた己の姿が映り込んでいた。

 衣に、手足に、顔に髪に。身体の随所で、嫌になるほど鮮明に浮かび上がっている紋様がある。激しく渦巻く波濤のような、あるいは盛んに生い茂る草木の蔓のような、生命力と無機質を同時に感じさせるおかしな意匠だ。

 赤黒いそれは殊更に喉元へ絡みついており、全く声が出せない。囚われてすぐ、振り払おうと必死で力を込めたが、逆に己を痛めつけただけだった。

 ほんのひとことでいい、ことばを発することが出来れば。声に出して、言霊を繰ることが自分の身上であり、唯一無二にして絶対の能力だ。

 (……相手もそれが分かっていたからこそ、真っ先に狙ったのだろうけれど)

 ほんの数週間前のことが脳裏をよぎる。任された場に見知らぬ人間が踏み込んできたと思ったら、眷属共々あっという間に囚われていた。しかもそれだけでは飽き足らず、近隣の魔法に長けたものたちを片端から略取しては閉じこめている。日に日に増える嘆きの声は、聴いているだけで心が痛んだ。

 自分を虜囚としているこの紋様は、人の子の領分を超えた能力だ。おそらくは何者か――まつろわぬ神か、忘れられた悪魔か、とにかく性質の良くないものを味方につけている。

 放っておけば遠からず、予見した以上の惨劇が起こるに違いない。それを誰より分かっていながら、何一つ打つ手がない。

 暗闇の隅でかさり、と音がした。はっとそちらに目を向けると、岩の陰からひょこんと顔を出しているものがある。まぁ、というか細い鳴き声に、自分に訴えかける意図を感じて、思わず涙が零れそうになる。

 (――ああ、まだ命運は尽きていない。自分も、子孫も、この街も)

 おいで、と目顔で示すと、小さな救い手はちょこちょこと近づいてきた。あまりにも幼くか弱く、しかし今は間違いなく唯一の味方だ。この子を護り、なおかつ外への報せを運んでもらわねばならない。

 (まだ日が高い、夜を待って動かねば。……いまから私が伝えることを、よく覚えておおき。きっと其方の助けとなる)

 『まあ!』

 視線で紡がれる決死の言伝に、あどけない鳴き声が元気よく応えた。
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