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一 奥の細道

夢よりも......(二)

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 夏祭りの日、俺は菅原先生の言うとおり、水本を誘って祭り見物に出掛けた。

 本当は水本の親父さんも誘ったんだけど、近所の寄り合いがあるからって断られた。

「親父は、祭りが好きじゃないんだ」

 水本がポソリと言った。
 亡くなった奥さん......水本の母親にプロポーズしたのが夏祭りの日だったから、思い出して辛くなるらしい......ってお袋が以前に言ってた。

『まだ美那江ちゃんのこと、忘れられないのよね......』

 再婚の話も幾つかあったけど、全部断ったらしい。水本の親父さん、奥さんにベタ惚れだったんだって。



「やっぱり賑やかだよな.....」

水本とプラプラ夜店を冷やかしながら神社の参道を歩く。俺の住んでる町はそんなに大きくないし、そんなに人出は無いんだけど、でもそれなりに賑わってる。
 俺たちは、焼きイカを食い、射的をやって小さな縫いぐるみをゲット。金魚すくいは後の世話を考えてパス。チョコバナナを片手にアニメの話とかしながら歩いた。
 学校の女子とかすれ違ったりしたけど、みんな浴衣を着てお洒落して三割増しくらいに可愛く見えた。けど、声掛けると面倒なんで今日はスルー。目的があるからね。水本もなんかモテる割には素っ気ないんだよね、女子に。

「一休みしようぜ」

 俺は菅原先生に言われたとおり、神社の境内に水本を連れてきて、拝殿の階段にふたりで座った。

「花火まで、まだ時間あるな」

と水本。ふっと見ると拝殿の奥がチカッと光った。
 そして、約束どおり、ほわんって辺りが少し明るくなって、浴衣姿の女性が水本の後ろに立っていた。振り向く、水本。

「母さ....ん?」

 女性がほんの少し、にっこり笑う。俺はそろ~っと腰を上げて、水本の傍を離れた。

「リンゴ飴、買ってくるわ」

 久しぶりの親子水入らずにお邪魔だもんな。
 菅原先生との約束で水本がお袋さんと話をしている間は邪魔が入らないようにしてくれてるハズだから、俺も退散。高校男子が母親にすがり付いて泣いてる姿なんて見られたくないだろうし。

 俺は近くの夜店でリンゴ飴を買って、石段の一番下に腰掛けた。
 屋台の裸電球や着飾ったお姉さん達が眩しい。
 やっぱり親子連れは楽しそうだ。そう言えば、親父やお袋、加菜恵と一緒に祭りに来たのは幾つくらいだったろう。
 中学入る頃には親と歩くのがなんか恥ずかしくて、水本や同級生を誘って遊びに来てたっけ。



『花火、はじまった~!』

 遠くで誰かの歓声が上がった。頭の上で、赤や青の光が弾ける。

ー牛頭さん達も誘えば良かったかな......ー

 地獄には花火大会なんて無いだろうな、きっと。
 
ー来年は一緒に来ようかな......ー

 来年までいるのかどうか、わからないけど。

 
「なんだよ、コマチ。こんなところにいたのか」

 ぼぅっと花火を見てる俺の脇に影がひとつ座った。

「透、お前......」

 上手く言葉の出ない俺に、水本がニカッと笑った。

「母さんに会った」

水本は俺の手からリンゴ飴をふんだくって、カリッと噛った。

「コマチが先生達にお願いしてくれたんだろ、ありがとうな」

 そんなに真っ直ぐ見るなよ、照れ臭いだろ。

「俺は何もしてないよ。.......この前の一件のご褒美だろ?」

嘘は言ってないぞ。嘘は。

それにしても......。

「もういいのか?話したいこととかあったんじゃないか?」

 せっかく会ったんだから、もっとゆっくり話をすればいいのに。

「親父に会いに行ってくれ、って言ったんだ。きっと今頃飲んだくれてるから、説教してやってくれ......って。俺は大丈夫だから、って」

「透......」

相変わらず、上手い言葉の出ない俺の顔を水本がじっと見つめた。

「俺にはコマチがいる。......伊津子さんも加菜恵ちゃんも、道雄じいちゃんや初ばぁちゃんもいる」

 ふうっ......と息をついて水本は続けた。

「でも......親父は、あの人は独りだから。母さんが必要なのはあの人だから。だから、傍にいてやってくれ......って」

「透、お前......」

「母さん、嬉しそうだった。寂しそうだけど、嬉しそうだった」

 一際、大きな花火が夜空に華を咲かせて、水本の横顔を照らした。

「お前は、本当に優しいな」

 優しくて眩しいよ。

「惚れたか?嫁に来てもいいぞ」

「キモいこと言ってんじゃねぇ!」

 俺は軽く水本を小突いて夜空を見上げた。

「花火、キレイだな......」

 幾重にも咲いた夜空の華を見上げた水本の目が少し潤んでる。

ーやせ我慢しやがって......ー

 水本とお袋さんの再会はほんの一瞬だったけど、この花火のようにはかないけど、それでもずっと水本の心の中に残る。
 俺はそう願った。




 翌日『墓参りに行こう』と誘った親父さんの目が真っ赤だったと、水本が苦笑っていた。

 そう言えば俺の先祖は......

ー何時でも傍にいるー

 そうだったね、小野崎先生たかむらさん
 









ー夢よりも はかなきものは夏の夜の 暁がたの別れなりけりー

(壬生忠岑  後撰和歌集)


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