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二 通小町
百夜通い(四)
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それから......
前世の小野小町が死んだところで、俺は閻魔さまのところに戻った。
閻魔さまが親指立てて、グッジョブってしてたから、俺の力技は成功したんだろう、きっと。
それから、閻魔さまに現世直通エレベーターで、この世まで送ってもらったんだけど、着いたら何故か、六道珍皇寺の閻魔堂ではなく、太秦の木嶋神社というところの三つ鳥居の側だった。
首を捻りながら、神社の入り口まで戻ってきたら、何故か清明さんがいて、車で映画村まで送ってもらった。
スマホの時刻を確認したら、お寺の閻魔堂に入ってから神社に戻るまで、五分くらいしか経って無かった。もの凄い疲れたけど。
深草くんは......俺たちが閻魔さまのところに行ったあたりの時間に急に倒れて、でも救急車呼ぼうとしたら意識が戻ったんだって。
念のため検査を受けたけど、どこもなんともない、と言われて、俺たちが映画村に着いた頃には普通にクラスメイトと盛り上がっていた。
前よりもスッキリした明るい表情で、俺たちに手を振って走り寄ってきて、なぜかーありがとうーって言ってた。
ー終わったんだなー
深草少将の魂は深草陸海から離れた。
冥府にちゃんと辿り着いて、輪廻の輪に戻ったって、閻魔さまが言ってたから、きっともう大丈夫だ。
太秦見学が終わって京都の街中に戻った。俺のクラスは午後からは自由行動。
俺たちは土産物とか買いながら、街中を散歩することにした。
水本は、あれやこれや悩みながら、親父さんに酒とツマミを買って......それから、うちのお袋や加菜恵のぶんも買っていいか?と俺に訊いた。
『伊津子さんや加菜恵ちゃんは、俺の家族みたいなもんだから.....』
って遠慮がちに言う水本。
だから俺は笑って答えた。
『今さら何言ってんだよ、水くさい』
水本にとって俺の家族が自分の家族に思えるなら、それは嬉しい。水本は俺にとって家族と同じだから。
買い物が終わったあと、俺たちは、鴨川の川辺に並んで八つ橋アイスを舐めていた。
俺は水本に、閻魔堂で見た『夢』の話をした。
「結局、小野小町は自分が本当に求めていたものに気づけなくて、やっと気づいた時には自分の手でそれを失ってしまった。彼女の心に残った深い後悔は、何よりその事だったんだ」
ー本気の恋をするのが怖いー
それが小野小町から俺が引き継いだ課題ーやり残しなのかもしれない。
「ふうん...」
水本は、不思議そうに頷いて、それからポソリと言った。
「俺も......閻魔堂にいた時、不思議な夢を見た。......なんか昔の人になって......色んな人にモテて付き合うんだけど、そのたんびに『母上と違う』って失望するんだ」
「それって......」
水本、たぶんそれは前世のお前だよ。
「その夢の中でも、俺はお袋を早く亡くしてさ。......なんか、『同じ間違いをするなよ』って言われたようでさ.....」
ふうっ......と水本は大きくため息をついた。
「今の俺はそんなこと無いのにな......」
何じっと俺の顔を見るんだよ。俺は答えは知らないよ。でも、それがわかったら、それでいいんじゃないのか?
「それにしても、あいつらはいいよな......」
少し離れたところに山部と大江が二人で肩を寄せ合って座っていた。
手を繋いで、笑い合って......。
俺も彼女欲しいぜ、チクショウ。
「あ、あれ?」
何気なく川のあちら側に目をやると、見たことのあるような人物が川縁に立っていた。
「あれ、平さんじゃないか?」
俺の言葉に、水本も、ん?とそちらを見た。
「そうだな。N高も来てたのか」
「声かけたら、聞こえるかな?」
立ち上がった俺の制服の裾を引っ張って、水本が首を振った。
「なんで?」
水本が首を傾げる俺に顎で示した先には、在原さんの方に駆けてくる女子高生の姿があった。
「N高の制服じゃないね」
「あれ......たぶん、平さんの本命だよ」
「本命?」
「写真、見たことある。......東京にいた時の幼なじみだって言ってた」
水本の言葉どおり......なのか、在原さんは彼女が近づくと大胆にもギュッと抱きしめて、たぶんキスしてた。
「マジか......」
同じ年なのに、人前であんな大胆に......ウラヤマシイ。
「平さんさ......中学校ん時になんかあったらしくて、転校してきたんだ。お祖父さんとお祖母さんと住んでるって聞いてる」
水本は、目を細めて、対岸でしんみり話し込むふたりを見つめていた。イケメンで遊び人の在原さんの周りにはあんまりいない、真面目そうな清楚な人だ。
「平さん、バスケ頑張って推薦もらって、どうしても東京の大学行くんだって言ってたな......」
普段の在原さんは仮の姿で、本当は凄く真面目で切ない恋をしている.......のかもしれない。
「遠恋は辛いよな.....いや、恋なんて、みんな辛いもんかもしれないけど」
水本の投げた石が、ポチャンと小さな音を立てた。川面にできた波紋は瞬く間に消えたけど、なんだか水本の心の中を見た気がした。
ー水本も誰かに恋をしてるんだ......ー
ふいに胸の奥がチクリと痛んだ。
名にし負はば いざ言問はむ都鳥 わが思ふ人はありやなしやと
(在原業平 古今和歌集巻九 羇旅歌411 『伊勢物語』第九段 東下り)
前世の小野小町が死んだところで、俺は閻魔さまのところに戻った。
閻魔さまが親指立てて、グッジョブってしてたから、俺の力技は成功したんだろう、きっと。
それから、閻魔さまに現世直通エレベーターで、この世まで送ってもらったんだけど、着いたら何故か、六道珍皇寺の閻魔堂ではなく、太秦の木嶋神社というところの三つ鳥居の側だった。
首を捻りながら、神社の入り口まで戻ってきたら、何故か清明さんがいて、車で映画村まで送ってもらった。
スマホの時刻を確認したら、お寺の閻魔堂に入ってから神社に戻るまで、五分くらいしか経って無かった。もの凄い疲れたけど。
深草くんは......俺たちが閻魔さまのところに行ったあたりの時間に急に倒れて、でも救急車呼ぼうとしたら意識が戻ったんだって。
念のため検査を受けたけど、どこもなんともない、と言われて、俺たちが映画村に着いた頃には普通にクラスメイトと盛り上がっていた。
前よりもスッキリした明るい表情で、俺たちに手を振って走り寄ってきて、なぜかーありがとうーって言ってた。
ー終わったんだなー
深草少将の魂は深草陸海から離れた。
冥府にちゃんと辿り着いて、輪廻の輪に戻ったって、閻魔さまが言ってたから、きっともう大丈夫だ。
太秦見学が終わって京都の街中に戻った。俺のクラスは午後からは自由行動。
俺たちは土産物とか買いながら、街中を散歩することにした。
水本は、あれやこれや悩みながら、親父さんに酒とツマミを買って......それから、うちのお袋や加菜恵のぶんも買っていいか?と俺に訊いた。
『伊津子さんや加菜恵ちゃんは、俺の家族みたいなもんだから.....』
って遠慮がちに言う水本。
だから俺は笑って答えた。
『今さら何言ってんだよ、水くさい』
水本にとって俺の家族が自分の家族に思えるなら、それは嬉しい。水本は俺にとって家族と同じだから。
買い物が終わったあと、俺たちは、鴨川の川辺に並んで八つ橋アイスを舐めていた。
俺は水本に、閻魔堂で見た『夢』の話をした。
「結局、小野小町は自分が本当に求めていたものに気づけなくて、やっと気づいた時には自分の手でそれを失ってしまった。彼女の心に残った深い後悔は、何よりその事だったんだ」
ー本気の恋をするのが怖いー
それが小野小町から俺が引き継いだ課題ーやり残しなのかもしれない。
「ふうん...」
水本は、不思議そうに頷いて、それからポソリと言った。
「俺も......閻魔堂にいた時、不思議な夢を見た。......なんか昔の人になって......色んな人にモテて付き合うんだけど、そのたんびに『母上と違う』って失望するんだ」
「それって......」
水本、たぶんそれは前世のお前だよ。
「その夢の中でも、俺はお袋を早く亡くしてさ。......なんか、『同じ間違いをするなよ』って言われたようでさ.....」
ふうっ......と水本は大きくため息をついた。
「今の俺はそんなこと無いのにな......」
何じっと俺の顔を見るんだよ。俺は答えは知らないよ。でも、それがわかったら、それでいいんじゃないのか?
「それにしても、あいつらはいいよな......」
少し離れたところに山部と大江が二人で肩を寄せ合って座っていた。
手を繋いで、笑い合って......。
俺も彼女欲しいぜ、チクショウ。
「あ、あれ?」
何気なく川のあちら側に目をやると、見たことのあるような人物が川縁に立っていた。
「あれ、平さんじゃないか?」
俺の言葉に、水本も、ん?とそちらを見た。
「そうだな。N高も来てたのか」
「声かけたら、聞こえるかな?」
立ち上がった俺の制服の裾を引っ張って、水本が首を振った。
「なんで?」
水本が首を傾げる俺に顎で示した先には、在原さんの方に駆けてくる女子高生の姿があった。
「N高の制服じゃないね」
「あれ......たぶん、平さんの本命だよ」
「本命?」
「写真、見たことある。......東京にいた時の幼なじみだって言ってた」
水本の言葉どおり......なのか、在原さんは彼女が近づくと大胆にもギュッと抱きしめて、たぶんキスしてた。
「マジか......」
同じ年なのに、人前であんな大胆に......ウラヤマシイ。
「平さんさ......中学校ん時になんかあったらしくて、転校してきたんだ。お祖父さんとお祖母さんと住んでるって聞いてる」
水本は、目を細めて、対岸でしんみり話し込むふたりを見つめていた。イケメンで遊び人の在原さんの周りにはあんまりいない、真面目そうな清楚な人だ。
「平さん、バスケ頑張って推薦もらって、どうしても東京の大学行くんだって言ってたな......」
普段の在原さんは仮の姿で、本当は凄く真面目で切ない恋をしている.......のかもしれない。
「遠恋は辛いよな.....いや、恋なんて、みんな辛いもんかもしれないけど」
水本の投げた石が、ポチャンと小さな音を立てた。川面にできた波紋は瞬く間に消えたけど、なんだか水本の心の中を見た気がした。
ー水本も誰かに恋をしてるんだ......ー
ふいに胸の奥がチクリと痛んだ。
名にし負はば いざ言問はむ都鳥 わが思ふ人はありやなしやと
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