46 / 50
二 通小町
紅葉狩り
しおりを挟む
「戻るか.....」
アイスを食べ終わり、在原さんや山部達にすっかり当てられた俺たちは、宿に向かってプラプラ歩き出した。
「紅葉、まだだね.....」
「うん。地球温暖化のせいで、遅いらしいよ」
どっちにしても、十月半ばではまだか~と笑いながら、受ける川風はもうすっかり秋の深さを感じさせる冷たさだ。
と、傍らのカフェで手を振る見慣れない人がいた。
「あ、あの時の.....」
地下鉄で俺たちに名刺を渡した紳士だった。今日は和服姿でゆっくりとコーヒーを楽しんでいる。
「なんかセレブな雰囲気だな......」
こっそり内緒話をしていると、紳士はにっこり笑って近づいてきた。
「君たちも紅葉が待ち遠しいかね」
はい、と頷くと、ますます上機嫌で椅子を進めてきた。
「うちの生徒に何か?」
唐突に背後から神経質っぽい聞き慣れた声。
そーっと振り向くと.....。
「菅原先生」
なんかいつもより不機嫌というか、警戒心バリバリな様子だ。
いや、俺たち女子じゃないから。ナンパとかされてないから。
紳士は不機嫌もろ出しの菅原先生に、実に優雅に笑いかけた。
「君を探していたんだよ。少し頼みたいことがあってね」
え?先生とお知り合いなんですか?
「頼みたいこと?」
ますます菅原先生の眉間のシワが深くなる。
「さよう。余の女御が紅葉狩りがしたいと言い出してな。唐紅を見たいのだ」
紳士の言葉に、はぁ?と言いたげに唇を歪める先生。
「まだ時期ではありますまいに」
俺たちがビビり倒す大魔人・菅原先生の様子にも一向に構わずに、紳士が続ける。
「だから君に頼みにきたのだよ、道真。竜田姫に頼んではもらえまいか?」
「そのような事でお出まし遊ばされたのですか?崇徳の院」
「そのようなこと?大事なことだよ。女御の笑みは何物にも代えがたい」
相変わらず優雅な紳士。
え?でも崇徳の院て......。
「崇徳上皇さまだ。本当に君は怨霊に好かれるな」
いつの間にか現れた小野崎先生が声をひそめて俺に囁く。
怨霊って......。
硬直する俺の傍らで、やはり水本が硬直したまま、補足してくれた。
「日本三大怨霊のひとりだよ......崇徳上皇、菅原道真、早良親王。これに平将門を含めて四大怨霊ともいう」
ひえぇぇぇーーー!!
あ、でも早良親王は見てない。
「早良親王は桓武天皇の弟。高野新笠の子だ。井上皇后さまに祟られる側だからな。皇后さまのお気に入りの君には近寄れない」
え?そういう関係なんですか。俺、初めて知りました。
「でも、皇后さまのお気に入りって.....」
言うと同時にメールの着信メロディが鳴った。
「開いてごらん」
何を苦笑しているんですか、先生。
たぶん清原達ですよ。
でも......開いてみたら、知らない名前。
ー京都の八つ橋食べたいな。お土産よろしく。 五條 他戸ー
「だ、誰?」
「他戸親王さまだ。五條の御陵神社に送って差し上げなさい」
もしかしてあの男の子......ですね。
ニコニコする紳士に菅原先生は大きなため息をついた。
「今回だけですよ」
「彼らも一緒に、な。おや良き女御達もおるではないか」
紳士の手のひらを辿ると......いつの間にか、小野崎先生の脇から、清原と式部が覗き込んでいた。
「分かりました」
はあっと今一度、菅原先生は大きく息を吐き、袖を振るように手を振った。
そして俺たちは......
清冽な川の水辺にいた。しかも、昔の人の格好で。
「あ、あれ滝がある」
余裕だな、水本。
けど、まだ紅葉してないぞ。
「これからじゃ。よう見ておれ」
さっきの紳士は、ひとりだけ黄土色というか、黄色のくすんだような衣をつけ、傍らに天女みたいな綺麗な人をおいて、すいっ.....と杓で黒い正装の菅原先生もとい菅原道真公を指した。
道真公は、川中の大岩に座していた。
滝に向かって深々と礼をし、朗々と詠ったその瞬間、あたりの紅葉が一斉に紅く染まった。
「凄い.....」
唖然とする俺たちに紳士、崇徳上皇が満足気に微笑んでのたまわった。
「これが、道真の歌の力よ。歌は言祝ぎ、言霊の力をもって神を動かす。よう覚えておきなさい」
分かりました。崇徳の帝さま(そう呼べって小野崎先生に言われた)。
でも......
でも.....
なんで俺、十二単着てるんですかー?
先生達や水本は、黒の衣冠束帯なのに......。
しくしくしく......。
ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは
(在原業平 百人一首 第17番)
このたびは ぬさもとりあへず 手向山 もみぢの錦 神のまにまに
(菅原道真 百人一首第24番)
アイスを食べ終わり、在原さんや山部達にすっかり当てられた俺たちは、宿に向かってプラプラ歩き出した。
「紅葉、まだだね.....」
「うん。地球温暖化のせいで、遅いらしいよ」
どっちにしても、十月半ばではまだか~と笑いながら、受ける川風はもうすっかり秋の深さを感じさせる冷たさだ。
と、傍らのカフェで手を振る見慣れない人がいた。
「あ、あの時の.....」
地下鉄で俺たちに名刺を渡した紳士だった。今日は和服姿でゆっくりとコーヒーを楽しんでいる。
「なんかセレブな雰囲気だな......」
こっそり内緒話をしていると、紳士はにっこり笑って近づいてきた。
「君たちも紅葉が待ち遠しいかね」
はい、と頷くと、ますます上機嫌で椅子を進めてきた。
「うちの生徒に何か?」
唐突に背後から神経質っぽい聞き慣れた声。
そーっと振り向くと.....。
「菅原先生」
なんかいつもより不機嫌というか、警戒心バリバリな様子だ。
いや、俺たち女子じゃないから。ナンパとかされてないから。
紳士は不機嫌もろ出しの菅原先生に、実に優雅に笑いかけた。
「君を探していたんだよ。少し頼みたいことがあってね」
え?先生とお知り合いなんですか?
「頼みたいこと?」
ますます菅原先生の眉間のシワが深くなる。
「さよう。余の女御が紅葉狩りがしたいと言い出してな。唐紅を見たいのだ」
紳士の言葉に、はぁ?と言いたげに唇を歪める先生。
「まだ時期ではありますまいに」
俺たちがビビり倒す大魔人・菅原先生の様子にも一向に構わずに、紳士が続ける。
「だから君に頼みにきたのだよ、道真。竜田姫に頼んではもらえまいか?」
「そのような事でお出まし遊ばされたのですか?崇徳の院」
「そのようなこと?大事なことだよ。女御の笑みは何物にも代えがたい」
相変わらず優雅な紳士。
え?でも崇徳の院て......。
「崇徳上皇さまだ。本当に君は怨霊に好かれるな」
いつの間にか現れた小野崎先生が声をひそめて俺に囁く。
怨霊って......。
硬直する俺の傍らで、やはり水本が硬直したまま、補足してくれた。
「日本三大怨霊のひとりだよ......崇徳上皇、菅原道真、早良親王。これに平将門を含めて四大怨霊ともいう」
ひえぇぇぇーーー!!
あ、でも早良親王は見てない。
「早良親王は桓武天皇の弟。高野新笠の子だ。井上皇后さまに祟られる側だからな。皇后さまのお気に入りの君には近寄れない」
え?そういう関係なんですか。俺、初めて知りました。
「でも、皇后さまのお気に入りって.....」
言うと同時にメールの着信メロディが鳴った。
「開いてごらん」
何を苦笑しているんですか、先生。
たぶん清原達ですよ。
でも......開いてみたら、知らない名前。
ー京都の八つ橋食べたいな。お土産よろしく。 五條 他戸ー
「だ、誰?」
「他戸親王さまだ。五條の御陵神社に送って差し上げなさい」
もしかしてあの男の子......ですね。
ニコニコする紳士に菅原先生は大きなため息をついた。
「今回だけですよ」
「彼らも一緒に、な。おや良き女御達もおるではないか」
紳士の手のひらを辿ると......いつの間にか、小野崎先生の脇から、清原と式部が覗き込んでいた。
「分かりました」
はあっと今一度、菅原先生は大きく息を吐き、袖を振るように手を振った。
そして俺たちは......
清冽な川の水辺にいた。しかも、昔の人の格好で。
「あ、あれ滝がある」
余裕だな、水本。
けど、まだ紅葉してないぞ。
「これからじゃ。よう見ておれ」
さっきの紳士は、ひとりだけ黄土色というか、黄色のくすんだような衣をつけ、傍らに天女みたいな綺麗な人をおいて、すいっ.....と杓で黒い正装の菅原先生もとい菅原道真公を指した。
道真公は、川中の大岩に座していた。
滝に向かって深々と礼をし、朗々と詠ったその瞬間、あたりの紅葉が一斉に紅く染まった。
「凄い.....」
唖然とする俺たちに紳士、崇徳上皇が満足気に微笑んでのたまわった。
「これが、道真の歌の力よ。歌は言祝ぎ、言霊の力をもって神を動かす。よう覚えておきなさい」
分かりました。崇徳の帝さま(そう呼べって小野崎先生に言われた)。
でも......
でも.....
なんで俺、十二単着てるんですかー?
先生達や水本は、黒の衣冠束帯なのに......。
しくしくしく......。
ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは
(在原業平 百人一首 第17番)
このたびは ぬさもとりあへず 手向山 もみぢの錦 神のまにまに
(菅原道真 百人一首第24番)
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。
四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……?
どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、
「私と同棲してください!」
「要求が増えてますよ!」
意味のわからない同棲宣言をされてしまう。
とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。
中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。
無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる