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二 通小町
紅葉狩り
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「戻るか.....」
アイスを食べ終わり、在原さんや山部達にすっかり当てられた俺たちは、宿に向かってプラプラ歩き出した。
「紅葉、まだだね.....」
「うん。地球温暖化のせいで、遅いらしいよ」
どっちにしても、十月半ばではまだか~と笑いながら、受ける川風はもうすっかり秋の深さを感じさせる冷たさだ。
と、傍らのカフェで手を振る見慣れない人がいた。
「あ、あの時の.....」
地下鉄で俺たちに名刺を渡した紳士だった。今日は和服姿でゆっくりとコーヒーを楽しんでいる。
「なんかセレブな雰囲気だな......」
こっそり内緒話をしていると、紳士はにっこり笑って近づいてきた。
「君たちも紅葉が待ち遠しいかね」
はい、と頷くと、ますます上機嫌で椅子を進めてきた。
「うちの生徒に何か?」
唐突に背後から神経質っぽい聞き慣れた声。
そーっと振り向くと.....。
「菅原先生」
なんかいつもより不機嫌というか、警戒心バリバリな様子だ。
いや、俺たち女子じゃないから。ナンパとかされてないから。
紳士は不機嫌もろ出しの菅原先生に、実に優雅に笑いかけた。
「君を探していたんだよ。少し頼みたいことがあってね」
え?先生とお知り合いなんですか?
「頼みたいこと?」
ますます菅原先生の眉間のシワが深くなる。
「さよう。余の女御が紅葉狩りがしたいと言い出してな。唐紅を見たいのだ」
紳士の言葉に、はぁ?と言いたげに唇を歪める先生。
「まだ時期ではありますまいに」
俺たちがビビり倒す大魔人・菅原先生の様子にも一向に構わずに、紳士が続ける。
「だから君に頼みにきたのだよ、道真。竜田姫に頼んではもらえまいか?」
「そのような事でお出まし遊ばされたのですか?崇徳の院」
「そのようなこと?大事なことだよ。女御の笑みは何物にも代えがたい」
相変わらず優雅な紳士。
え?でも崇徳の院て......。
「崇徳上皇さまだ。本当に君は怨霊に好かれるな」
いつの間にか現れた小野崎先生が声をひそめて俺に囁く。
怨霊って......。
硬直する俺の傍らで、やはり水本が硬直したまま、補足してくれた。
「日本三大怨霊のひとりだよ......崇徳上皇、菅原道真、早良親王。これに平将門を含めて四大怨霊ともいう」
ひえぇぇぇーーー!!
あ、でも早良親王は見てない。
「早良親王は桓武天皇の弟。高野新笠の子だ。井上皇后さまに祟られる側だからな。皇后さまのお気に入りの君には近寄れない」
え?そういう関係なんですか。俺、初めて知りました。
「でも、皇后さまのお気に入りって.....」
言うと同時にメールの着信メロディが鳴った。
「開いてごらん」
何を苦笑しているんですか、先生。
たぶん清原達ですよ。
でも......開いてみたら、知らない名前。
ー京都の八つ橋食べたいな。お土産よろしく。 五條 他戸ー
「だ、誰?」
「他戸親王さまだ。五條の御陵神社に送って差し上げなさい」
もしかしてあの男の子......ですね。
ニコニコする紳士に菅原先生は大きなため息をついた。
「今回だけですよ」
「彼らも一緒に、な。おや良き女御達もおるではないか」
紳士の手のひらを辿ると......いつの間にか、小野崎先生の脇から、清原と式部が覗き込んでいた。
「分かりました」
はあっと今一度、菅原先生は大きく息を吐き、袖を振るように手を振った。
そして俺たちは......
清冽な川の水辺にいた。しかも、昔の人の格好で。
「あ、あれ滝がある」
余裕だな、水本。
けど、まだ紅葉してないぞ。
「これからじゃ。よう見ておれ」
さっきの紳士は、ひとりだけ黄土色というか、黄色のくすんだような衣をつけ、傍らに天女みたいな綺麗な人をおいて、すいっ.....と杓で黒い正装の菅原先生もとい菅原道真公を指した。
道真公は、川中の大岩に座していた。
滝に向かって深々と礼をし、朗々と詠ったその瞬間、あたりの紅葉が一斉に紅く染まった。
「凄い.....」
唖然とする俺たちに紳士、崇徳上皇が満足気に微笑んでのたまわった。
「これが、道真の歌の力よ。歌は言祝ぎ、言霊の力をもって神を動かす。よう覚えておきなさい」
分かりました。崇徳の帝さま(そう呼べって小野崎先生に言われた)。
でも......
でも.....
なんで俺、十二単着てるんですかー?
先生達や水本は、黒の衣冠束帯なのに......。
しくしくしく......。
ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは
(在原業平 百人一首 第17番)
このたびは ぬさもとりあへず 手向山 もみぢの錦 神のまにまに
(菅原道真 百人一首第24番)
アイスを食べ終わり、在原さんや山部達にすっかり当てられた俺たちは、宿に向かってプラプラ歩き出した。
「紅葉、まだだね.....」
「うん。地球温暖化のせいで、遅いらしいよ」
どっちにしても、十月半ばではまだか~と笑いながら、受ける川風はもうすっかり秋の深さを感じさせる冷たさだ。
と、傍らのカフェで手を振る見慣れない人がいた。
「あ、あの時の.....」
地下鉄で俺たちに名刺を渡した紳士だった。今日は和服姿でゆっくりとコーヒーを楽しんでいる。
「なんかセレブな雰囲気だな......」
こっそり内緒話をしていると、紳士はにっこり笑って近づいてきた。
「君たちも紅葉が待ち遠しいかね」
はい、と頷くと、ますます上機嫌で椅子を進めてきた。
「うちの生徒に何か?」
唐突に背後から神経質っぽい聞き慣れた声。
そーっと振り向くと.....。
「菅原先生」
なんかいつもより不機嫌というか、警戒心バリバリな様子だ。
いや、俺たち女子じゃないから。ナンパとかされてないから。
紳士は不機嫌もろ出しの菅原先生に、実に優雅に笑いかけた。
「君を探していたんだよ。少し頼みたいことがあってね」
え?先生とお知り合いなんですか?
「頼みたいこと?」
ますます菅原先生の眉間のシワが深くなる。
「さよう。余の女御が紅葉狩りがしたいと言い出してな。唐紅を見たいのだ」
紳士の言葉に、はぁ?と言いたげに唇を歪める先生。
「まだ時期ではありますまいに」
俺たちがビビり倒す大魔人・菅原先生の様子にも一向に構わずに、紳士が続ける。
「だから君に頼みにきたのだよ、道真。竜田姫に頼んではもらえまいか?」
「そのような事でお出まし遊ばされたのですか?崇徳の院」
「そのようなこと?大事なことだよ。女御の笑みは何物にも代えがたい」
相変わらず優雅な紳士。
え?でも崇徳の院て......。
「崇徳上皇さまだ。本当に君は怨霊に好かれるな」
いつの間にか現れた小野崎先生が声をひそめて俺に囁く。
怨霊って......。
硬直する俺の傍らで、やはり水本が硬直したまま、補足してくれた。
「日本三大怨霊のひとりだよ......崇徳上皇、菅原道真、早良親王。これに平将門を含めて四大怨霊ともいう」
ひえぇぇぇーーー!!
あ、でも早良親王は見てない。
「早良親王は桓武天皇の弟。高野新笠の子だ。井上皇后さまに祟られる側だからな。皇后さまのお気に入りの君には近寄れない」
え?そういう関係なんですか。俺、初めて知りました。
「でも、皇后さまのお気に入りって.....」
言うと同時にメールの着信メロディが鳴った。
「開いてごらん」
何を苦笑しているんですか、先生。
たぶん清原達ですよ。
でも......開いてみたら、知らない名前。
ー京都の八つ橋食べたいな。お土産よろしく。 五條 他戸ー
「だ、誰?」
「他戸親王さまだ。五條の御陵神社に送って差し上げなさい」
もしかしてあの男の子......ですね。
ニコニコする紳士に菅原先生は大きなため息をついた。
「今回だけですよ」
「彼らも一緒に、な。おや良き女御達もおるではないか」
紳士の手のひらを辿ると......いつの間にか、小野崎先生の脇から、清原と式部が覗き込んでいた。
「分かりました」
はあっと今一度、菅原先生は大きく息を吐き、袖を振るように手を振った。
そして俺たちは......
清冽な川の水辺にいた。しかも、昔の人の格好で。
「あ、あれ滝がある」
余裕だな、水本。
けど、まだ紅葉してないぞ。
「これからじゃ。よう見ておれ」
さっきの紳士は、ひとりだけ黄土色というか、黄色のくすんだような衣をつけ、傍らに天女みたいな綺麗な人をおいて、すいっ.....と杓で黒い正装の菅原先生もとい菅原道真公を指した。
道真公は、川中の大岩に座していた。
滝に向かって深々と礼をし、朗々と詠ったその瞬間、あたりの紅葉が一斉に紅く染まった。
「凄い.....」
唖然とする俺たちに紳士、崇徳上皇が満足気に微笑んでのたまわった。
「これが、道真の歌の力よ。歌は言祝ぎ、言霊の力をもって神を動かす。よう覚えておきなさい」
分かりました。崇徳の帝さま(そう呼べって小野崎先生に言われた)。
でも......
でも.....
なんで俺、十二単着てるんですかー?
先生達や水本は、黒の衣冠束帯なのに......。
しくしくしく......。
ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは
(在原業平 百人一首 第17番)
このたびは ぬさもとりあへず 手向山 もみぢの錦 神のまにまに
(菅原道真 百人一首第24番)
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