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犬
しおりを挟む「ねぇ、リュートさま。いまわたくしの家に犬がおりますの」
「……犬?」
ええ、と嬉しそうに頷くアイリスに、珍しいな、とリュートは思った。
「新しく飼ったのか?」
「いいえ。迷っていたところを保護しましたの。大きな黒い犬で、毛並みもいいので。どこかのお屋敷から逃げてきたんだわ」
確かに貴族街では犬を飼っている屋敷も多い。街の警備兵あたりに声をかければ、どこの犬かすぐ分かるだろう。
「黒以外に特徴は?」
「首輪に名前が書いてました。アベル、といいます」
へぇ、とリュートは頷き、犬かと呟く。アイリスが望むなら、城で暮らすことになれば犬を飼ってもいい。なんて、リュートは新婚生活に思いを馳せていく。
「賢そうな名前だな」
「本当に。人間の言葉をよく理解して誰にも吠えません。よく躾がされたいい犬だわ」
アイリスもリュートも犬を飼ったことがないが、最初は小型犬から飼うべきだろうか。それとも世話係をつければ大型犬でもいけるか?
躾はアイリスに任せれば、よくやってくれる。
「なあ、あいり……」
「ではリュートさま。今日はアベルが気になるので、帰りますわ。早く飼い主も見つけませんと」
ぱちり、とリュートが瞬きをしている間に、アイリスは綺麗に頭を下げてそそくさと出ていってしまった。
手に持っていた紅茶を口に運ぶ。
「……犬か」
リュートは猫派だが、アイリスは犬派のようだ。猫の気まぐれなところがいいと思う自分は、アイリスに随分毒されているのだろう。
アイリスと猫と犬がいる幸せな未来を思い描きながら、ちいさく微笑む。
「でも色は白がいいな」
・
「ただいま帰りましてよ、アベル」
使用人と共にアイリスを出迎えた大きな犬。硬派な毛並みが艶やかで、値が張りそうな黒い皮の首輪もついており、いかにも上等な犬種だ。
しっぽをゆっくりと振ってアイリスに近づいてくるアベルを、アイリスは可愛がっていた。
前世も今世も犬を飼ったことはなかった。特に理由はないが、人間と違って素直で可愛いので、一匹いてもいいかもしれない。
このまま飼い主が見つからなければ、ウェルバートン家で保護しようかとアイリスは考えていた。
アイリスと侍女について、アベルはアイリスの部屋に向かう。寝室までは入れてないが、その手前の部屋なら許していた。
「ねぇ、飼い主はみつかったの?」
「いえ、それがまだ……」
そう、とアイリスは眉を下げる。下働きのものが近所を探したり、警備団に声をかけても迷子の犬の話は来ていないようだった。
貴族が飼い犬を逃がしたとなると、それはそれは騒ぎ立てているはずなのに。
もしかしてアイリスを殺すために放たれた犬、とか?
いつもの様に物騒な可能性に思い至るが、しかしアベルは大人しい犬である。それにアイリスのいうことをよく聞く。
まさか、ねぇ。
じ、とアベルを見つめる。赤い瞳は静かで、凶暴な犬にはとても見えない。ウェルバートン家の領地で飼っているような番犬は、もっと見知らぬ人に吠え立てるものだ。番犬なので。
「捨てられたのかしら?」
それが一番可能性がある。果たして家から放り出されてここまでたどり着いたのか、それともここに捨てたのか。まさか後者のような命知らずを、たかが犬一匹のために犯すとは思えない。
「おまえ、わたくしのことを殺そうとすれば、女神が怒りますからね」
一応犬に言い聞かせて、アイリスは着替えるために立ち上がった。
にぃ、と赤い瞳が笑ったのを知らぬまま。
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