悪女ですので、あしからず。 処刑された令嬢は二度目の人生で愛を知る

双葉愛

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時の女神の悪戯〜婚約破棄テンプレ破壊〜1

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見知らぬ男が指を突きつけ、そして吐き出した。

「婚約を破棄する!」

「わたくしに指を向けないでくださる?」


アイリス=ウェルバートンは反射的に、男を睨み返した。脊髄に染み込んだ反射だった。



何、この無礼な男。そしてその隣で涙を浮かべている女。辺りを見回す。周りには貴族や騎士がいて、どうやらどこかの城の中ようだ。パーティー中なのか、皆着飾っている。

となると、この場で一番偉そうな男は王族?顔は整っているが品も余裕もない。

リュートの足元にも及ばないわ、と鼻で笑う。

そしてアイリスは自分の手をシャンデリアの明かりにかざす。記憶にあるアイリスのものよりも小さい。身にまとっているドレスも見覚えがない。きっと、アイリスではない知らない女の姿をしているのだろう。

嗚呼、時の女神の悪戯かと、息を吐いた。
まただ。時の女神は気まぐれに、アイリスを他所の世界に飛ばして、暇を潰す。アイリス自身が行くこともあれば、こうして誰かの中に入ることもあった。





どうやら男の言葉から察するに、この女は婚約破棄をされるらしい。つまり男がこの女の婚約者。ならその男の横にいる蜂蜜色の髪をした女は?


「っ、シャロンさま、わたしは大丈夫だと殿下に伝えたんです」

蜂蜜女は上等なドレスを身にまとっているが、コルセットをしていないのか、姿勢が悪かった。汚いわねとアイリスは目を細める。
一方アイリスの体の持ち主は慣れ親しんだ締め付けがあり、そしてアイリスが背筋を伸ばしても体に負担がかからない。普段から綺麗な姿勢を取っている証拠だ。

殿下と呼ばれるなら、目の前の男は王子。王子の婚約者となれば高貴な身分だろう。だがその蜂蜜の女はどう見てもハリボテで高貴には見えない。

なるほど。
つまりは、この蜂蜜女は泥棒猫らしい。そして涙を流しながら、アイリスの体を庇ってみせる演技までしている。

最悪の部類じゃない。

だいたいのことを悟ったアイリスは、頬笑みを浮かべる。この顔がどんな顔かは知らないが、ゆっくりと、美しく、そして冷酷に。

それだけで場を支配するのはアイリスだった。王者の風格。女神の美貌ではなくとも、アイリスの魂に染み付いている。

空気が揺れた。しんと静まり返る。


この場で一番偉いのはアイリス。この身体の身分?相手は王族?そんなもの、知らないわ。関係ないもの。


そして、王者がはっきりと、相手を蔑む。


「それで?殿下。もう一度仰ってくださる?いまわたくしに、なんと仰いましたか?」


この迫力に目の前の二人は息を止めて、目を見開いた。


「わたくしには婚約破棄、と聞こえたのだけれど。まさか、家同士の、王家と臣下の決まり事を破棄するおつもりで?」

アイリスの威圧に驚いているが、相手も一応王族らしい。

「き、みが、ミレンをいじめたのだろう。そんな人間と結婚、ましてや王妃にすることはできない」


王妃?

三男あたりならまだ理解できるが、どうやら皇太子だとは。一代で滅びの道を進むことになった王家なんて珍しくもないというのに。

あまりにも陳腐な言い訳に、笑い出してしまいそうだった。実際、抑えきれなかった笑みが、くすくすと漏れる。


「何を笑っている!自分の立場が分かっているのか!」
「あら。殿下こそ分かっていらして?」


ミレンと呼ばれた蜂蜜女は、どうやらシャロンとかいうこの体が予想とは違う言動をしたのだろう。泣き真似も忘れて、呆然とアイリスを見ている。

「あなたさまがそんな甘い人間だと、貴族にも騎士にも知らしめていらっしゃること」
「……は?」

なぜこんなに貴族がいる前で糾弾しようとしたのか知らないが。ちらりと後ろを向くと、見せ物として楽しんでいる貴族と、顔を強ばらせている貴族がいる。どうやら全員が王子の手のものではないと知り、安心した。

強引に破棄を言い渡せばなんとかなると思ったのだろう。

それなら話は簡単だ。


「そんなに甘くて王になれるのかしら。わたくし、不安だわ」
「っ、!」
「いじめもできない人間に王妃が務まるだなんて、本気でお思いで?そのお年まで何を学んでらしたのか、ぜひ教えて頂きたいわ。恋に現を抜かしていたのかしら?国政よりも、学びよりも」

「っ、サラエルさまに酷いこと言わないでください!」

蜂蜜女が一歩前に飛び出した。アイリスは目を細めてその女を見つめる。


「ところでおまえ。誰かしら。先ほどから殿下の隣にいるようだけれど。こんな公の場で堂々と殿下の隣に立ち、そして殿下の婚約者であるわたくしとの会話に割り込むなんてとんだ無礼者ね。それとも無礼者に庇われないといけないほど、殿下は未熟物なの?」

「なっ、……!」


蜂蜜女は言葉を詰まらせた。


「それに。わたくしがあなたをいじめたそうだけれど、あなた元気そうね。ピンピンしてるじゃない。被害はどこ?」

「証人は大勢いる!」


いじめの話題を出すと、ようやく分があると信じているらしい王子が言葉を取り戻した。先程のアイリスの言葉は全部なかったことにしようとしている。己に受けた屈辱もまともに交わせないなんて。

これが皇太子、とまじまじとその顔を見てしまう。好き勝手生きてきた貴族の三男みたいな男だ。

まあ好きに足掻けばいい。

静観していると、後ろから王子と同じ年代の子息や令嬢がぞろぞろと現れるものだから、心の底から呆れた。なにかしら、これ。お遊戯会?

「発言よろしいですか、殿下」

先程のアイリスの言葉を聞いていたのか、きちんと許可をとった先頭の男に、王子はぎこちなく頷いた。眉間にシワも寄っている。ようやく蜂蜜女の行動が無礼だったことに思い当たったらしい。

馬鹿?どこの国かは知らないけれど、こんな男が王子だなんてどうなってるの?
王族とは格式高い貴族の更に上に立つ存在なのだ。でなければ、王族が王族たりえることはできない。


簡単に首をすげ替えてぽい、でいい。その血に価値なんてないもの。なぜ王族の血は尊いのか。この男は考えたこともないのだろう。
常に自分にそのことを戒めていたリュートとは雲泥の差だ。心底、軽蔑する。


「シャロン嬢は夜会で何度もワインをミレン嬢にかけたり、中庭で突き飛ばしたり、いじめを繰り返していました。この目で見ています」


アイリスはいったい何度呆れればいいのだろうか?


「それで?」


堂々と開き直ることしかできない。


「っ、ミレン嬢は苦しんでいたのですよ!」
「それが、何かと言っているのです。その見知らぬ女をわたくしがいじめたとして。なぜ、婚約破棄なんて話に繋がりますの?」
「それは殿下が未来の王妃にふさわしくないと!」


たかが貴族の男が、王家のあるべき姿を指図するなんて!


「では、お聞きしましょう。王妃にふさわしいものとは、優しい心でしょうか?」

にこり、微笑む。

「その通りだ!」


大馬鹿者共め。全てが愚か。恨むなら、生まれてきたことを恨むしかあるまい。

「違いますわ。王家への忠誠心と、王家を支える力です。まさか、優しい心で国が回ると思ってますの?」

嘲笑ったアイリスに、愕然と目を見開いている。

どうやら本気でそう信じていたらしい。もしかしてこの国はとてもとても優しい人間しかいないのか、と疑ったが、背後の貴族のねっとりとした嫌な視線は、アイリスの知るものと変わらない。

アイリスひとり相手にできないようでは、狡猾な貴族のいい傀儡になって国が滅びるだけだ。

貴族たちにも、王家の力が弱まれば喜ぶ派閥もあるので、全員が全員忠実な臣下だなんてことはない。むしろ、このまま王子を好き勝手させたほうが都合がいいと、アイリスの口封じに動く輩も出てくるかもしれない。

さっさと片付けてまともな我が国に帰りましょう。

それに時の女神の暇つぶしに付き合わされているだけで、本来アイリスには何の関係もない事だ。

なんの責任も負わず、好きなストーリーを作り上げてしまえばいい。

「婚約者に近づいてくる無礼な女を排除できない人間が、どうやって王家に仇なす存在を排除するのでしょう。国内の貴族の上に立つ存在となり、他国とも関わる、陛下の次に重要な席。その席を微笑みだけが得意な優しい人間に明け渡せと仰るなんて!」


怯えたように口元を覆う。その裏に、引き上げた唇を隠して。


そして、吠えた。


「国賊だわ!」


アイリスの芝居がかったセリフに、ざわりと場が揺れた。

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