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第1章 かなしい蝶と煌炎の獅子

円卓会議

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 赤の王がグランデル王国へ帰国してきっかり一日後。赤の国王の生誕祭が開かれる三日前に、円卓会議は開催された。
 リアンジュナイル大陸に属する十二の国の王が一堂に会すこの会議は、円環状に広がる大陸内海の中央にある小島で開かれる。いや、正確には、小島に建っている塔の内部と言うべきだろう。
 小島はひとつの山で構成されており、その中央が大きく抉れ、底の見えない奈落になっている。そしてその巨大な穴の中心に、神の塔と呼ばれる塔は建っていた。
 神の塔とは、始まりの四大国が創られる前よりこの世界に存在する、地上と天界を繋ぐ扉であるとされている。洞を穿つ根は闇に包まれ終わりが見えず、頂きは雲に覆われ果てがない。まさに、地の底より建ち天高く聳える塔。円卓会議は、この荘厳な神域にて行われるのだ。
 各国の王は、会議が開かれるのに合わせて神の塔に集う。決まった時期に定期開催されている会議では、数日をかけて随従の一人と共に塔まで向かうこととなるのだが、この度赤の王が開いたのは緊急の会議である。このような場合、悠長に島を目指して旅をする猶予はない。こういった事態に対応するために存在するのが、“門”と呼ばれる装置だ。この装置は十二国の王宮すべてに存在しており、その原理や法則は全くの不明だが、王を神の塔へと転送するなにかであった。
 王のみが使用することができる、王専用の転送装置。王は自国の“門”をくぐり抜けることで、即座に塔の内部に移動することができるのだ。ただし、この“門”が開かれるのは緊急時のみである。一体誰か何を以て緊急時だと判断しているのかは判らないが、平常時に“門”が活性化することはなかった。
 だがどうやら今回は緊急であると認められたようで、会議の場にある円卓には、“門”を介してやってきた各国の王が並んでいた。銀から始め時計回りに、緑、萌木、黒、薄紅、赤、金、橙、黄、白、紫、青の色の椅子が円卓に配置されている様は、まさにリアンジュナイル大陸そのものである。
 各王が己の国の椅子に座するのを見回し、緊急会議を開いた当人である赤の王が口を開いた。
「急な招集にも関らずお集まり頂き、感謝する」
 そう礼を述べた赤の王は、それからいくつかの空席に目を留めた。
「黒と萌木と紫の席が空いているようだが」
「黒は常の通り無断欠席。萌木と紫からは、年越しと年迎えの儀に忙しく欠席すると言伝を預かっている」
 赤の王の問いに答えたのは、鋭い目つきをした老王、銀の国エルキディタータリエンデの国王だ。切って捨てるような響きを持った言葉に、赤の王が言葉を返す。
「なるほど。しかし、此度の議会の開催主である私は何も聞いていない。開催主に何の一報もないというのはいかがなものだろうか」
「庶子とは口が利きたくないのであろう」
「エルキディタータリエンデ王!」
 嘲笑した銀の王に怒気を孕んだ声を上げたのは、金の王だった。がたりと音を立てて立ち上がった幼王が、銀の老王を睨みつける。
「その言葉、即刻お取り消しください!」
「これはこれは、幼い王が何を申すかと思えば、私に事実を抹消しろと? さすがに私もそのような改ざんはできかねるな。年若い故に夢物語や妄想を楽しむのも仕方がないのかもしれぬが、もう少し現実を見るよう勧告しておこう。よろしいかな、スレイシス殿」
 銀の王が口にしたスレイシスという呼称に、金の王は頬を紅潮させた。その名は、彼が王位に就く前に名乗っていた幼名である。それをこの場で呼ぶということはすなわち、金の王を国王として認めていないという意思表明に等しかった。
「おいおい、さすがにその呼び方は失礼じゃないのか、エルエンデ王。ギルガルド王も落ち着け。今のお前さんじゃ、あのじーさんには口でも腕っぷしでも敵わないぞ」
 金の王を庇うように口を出したのは、金の王の隣に座す男だった。ひときわ大柄で筋肉質な彼は、橙の国テニタグナータの国王である。
「しかし、出自で人を嘲るなど、王としてすべき行いではありません!」
 怒り冷めやらぬ様子で声を荒げる金の王に、別に構わないでしょうと右側から声がかかった。声のした方を向いて、金の王は眉間のしわを深くする。
「貴方までそのようなことを仰るのですか、シェンジェアン王……!」
 咎める金の王に、薄紅色をした長髪の美女、薄紅の王は、麗しい笑みで応えた。
「だって、庶子というのは紛れもない事実でしょう?」
「事実であれば、出自で人を貶めて良いと言うのですか!」
 その言葉に、薄紅の王は手にする扇で口元を隠し、あらぁ、と首を傾げた。
「妾、貶めるつもりなんてないわ。だって興味がないもの」
 いっそあっけらかんとした風に言われ、金の王は一度開いた口を、何も発さずに閉じた。彼女には何を言っても通じないと判っていたし、実際に薄紅の王に侮辱の意図はないと知っていたからだ。
 金の王が大人しく椅子に座り直したのを見て、赤の王が再び口を開く。
「とにかく、開催国に何の連絡もなしに欠席するのはやはり問題だ。庶子の王が相手とは言え、それを理由に公務を疎かにするのはいかがなものだろうか。エルキディタータリエンデ王のお手を煩わせるのは申し訳ないが、その旨、お伝え頂ければ有難い」
「ほう、日頃より公務を放ってあちらこちらに出奔している王の言葉は、いやはや重みが違うな。感服した。しかしながら、そこまで崇高な考えでおるのならば、それこそ自分で進言すれば良いのではないかね?」
 銀の王の言葉に、赤の王はにっこりと微笑んで見せた。
「何を仰る。彼らは私のような下賤の王とは口を利きたくないのだろうと、そう仰ったのは貴殿ではないか」
 返ってきた言葉に、銀の王は目つきをますます鋭くして赤の王を睨み据えた。しかし、その目に睨まれても赤の王が表情を変えることはない。
 一瞬にして空気が張り詰めた中、その緊迫感を壊すようにおっとりした声が一同の耳を撫でた。
「まあまあ、そんなに喧嘩なさらないで。同じ円卓の王同士、仲良くしましょう?」
 慈愛の微笑みを浮かべてそう言ったのは、白の国フローラインの女王である。白い布で頭を覆った修道女のような服装の彼女の言葉に、褐色の肌に濃い金髪をした垂れ目の美男が同意する。
「彼女の言う通りですよ。さっさと本題済ませて帰りましょーや。お互い忙しい身でしょ」
 軽薄そうな見た目の彼は、黄のリィンスタット王国の王だった。
「リィンスタット王の意見に同意するのは些か不快ですが、私もそう思います。そして、浅慮にもこのような時期に招集をかけたグランデル王においては、円滑かつ迅速に議会を進行させる義務があると考えますが、いかがでしょうか?」
 冷たい目で赤の王を見た青髪の美形、青の国ミゼルティアの国王は、大の赤の国嫌いで有名な王である。もともと、創世の頃より北勢力である寒色の国と南勢力である暖色の国は不仲であったが、当代は特にそれが顕著だ。その理由の一つに、赤の王が庶子であることが挙げられる。伝統を重んじる寒色の国にとって、王家の血は殊更重視すべきものであるため、赤の王の出自には眉を顰める思いなのだ。
 そのため、赤の王が即位して以降の円卓会議では、青の王が銀の王と共に赤の王をこき下ろす場面がよく見られるのだが、それに反応を示すのは金の王だけで、赤の王本人はどこ吹く風といった様子である。
 今回もその例に漏れず、青の王の言葉に反論することもなく素直に頷いた赤の王は、話を進めるべく口を開いた。
「ミゼルティア王の仰る通りだ。それでは、僭越ながらご歓談を遮らせて頂き、本題に入ろう」
 そう言った赤の王が、円卓に集った王たちを再び見回す。
「皆ご存知かと思うが、先日ギルディスティアフォンガルド王国が帝国の者による強襲にあった。本日はそれについて急ぎ話しておくべきことがあり、こうして緊急会議を開いたのだ」
「存じ上げておりますとも。しかしグランデル王の言葉は正確ではありませんね。帝国の介入があったのはギルディスティアフォンガルド王国だけでなく、貴国グランデルと我が国ミゼルティアもでしょう」
 責めるような青の王の言葉に、赤の王は少しだけ驚いた表情を浮かべてみせた。
「これは、既にそこまでご存知だったか。いや、まさにその通り。貴国の使者を操り我が国からとある物を盗んだ帝国は、あろうことかそれをギルディスティアフォンガルド王国で売りさばこうとしたのだ」
「ええ、それを貴方とギルディスティアフォンガルド王でご解決なされたとか。さすがは仲の良いことで有名な赤と金。関係者である我が国を蚊帳の外に、手を取り合って対処なさったということですね。素晴らしい友情に感動を禁じ得ません」
 とてもではないが感動している人間が出すようなものではない冷たい声で言った青の王に、赤の王は浅く頭を下げた。
「それについては大変申し訳ないことをした。しかしながら、始めからギルディスティアフォンガルド王と共に行動した訳ではないのだ。よって、此度の判断に彼の王は一切関与していない」
「それはつまり、貴方が独断で動いたということでしょうか」
「その通りだ。私一人で対応できる案件だと判断し、貴殿とギルディスティアフォンガルド王の手を煩わせることもないだろうと、単身で対処に当たった」
 赤の王がそこまで言ったところで、次の発言を遮るように、銀の王の拳が机を叩いた。決して強いものではなかったが、やけに室内に響いたその音に、王たちが銀の王へと視線を移す。
「グランデル王よ。それは浅慮の極みというものだ。今回は偶然うまく事が運んだのかもしれぬが、次にそうなる保証はない。聞けば貴様、ギルディスティアフォンガルド王国にて極限魔法を使ったそうだな。それがどれほどまでに愚かな行いかは判っておるのか? それとも、ギルディスティアフォンガルド王国に侵略し、蹂躙する心づもりだったのか?」
「エルキディタータリエンデ王! グランデル王はそのような、」
「黙れ小童!」
 ビリビリと鼓膜を震わせる怒声が部屋に響いた。銀の王の余りの気迫に、赤の王を弁護しようとした金の王が口を閉じる。
 鋭い目に睨まれた赤の王は、その目をまっすぐ見返した後、深々と頭を下げた。
「大変申し訳ないことをした。私自身、此度の一件は丸く収められたとは思っていない。浅慮が過ぎたこと、改めて謝罪申し上げる」
「……ふん。今後はより一層謙虚に生きることだな。所詮貴様はくすんだ赤。一国を担える器ではない」
 銀の王が放ったひとことに、金の王がその美しい顔を怒り一色に染めて立ち上がろうとした。赤の王を慕う彼は、もうこれ以上は我慢ならなかったのだ。くすんだ赤とは、グランデル国王に対する最も卑劣な蔑称である。歴代の王の鮮やかな赤髪とは違う赤銅の髪を嘲笑い、下賤の血が混じった出来損ないだとあげつらう、最低最悪の言葉だ。
 しかし、椅子を蹴る勢いで立ち上がろうとした金の王の肩を、橙の王が押さえて止める。金の王が紅潮しきった顔を隣へ向ければ、彼を押さえている橙の王は、肩を竦めてみせた。つまり、我慢して大人しくしていろということらしい。
 隣国の王に諫められたからと言ってその怒りが収まる訳ではなかったが、それでも少しだけ冷静さを取り戻した金の王は、深く息を吐き出して呼吸を整えた。次いで頭を下げている赤の王を見れば、赤の王は金の瞳をちらりと彼に向け、僅かに目を細めて笑って寄越した。
 赤の王のその行動に、金の王はまた感嘆してしまう。彼の王は、このような侮辱を受けても毅然とし、怒る様子すら見せはしない。それどころか、まだ幼いが故に感情が表に出てしまいがちな自分のことを気遣い、安心させるように微笑んでくれさえするなど。
「……やはり、ロステアール王は素晴らしいお方だ」
 そっと紡がれた吐息のような呟きに、橙の王は小さな肩を掴んでいた手を離して、残念なものを見る目で少年王を見たのだったが、金の王がそれに気づくことはなかった。
 一方の赤の王は、頭を上げて再び銀の王と視線を合わせていた。
「ご忠告、痛み入る。しかとこの胸に刻み込もう。しかし、この会議を開いた本題はそこではないのだ」
 赤の王の言葉に銀の王と青の王は眉根を寄せたが、それ以上発言を妨げるような真似はしなかった。
「ミゼルティア王が言った通り、此度の件、そもそもの発端はミゼルティア王国の使者が帝国の者に操られたことにある。詳細は不明だが、恐らくは何らかの魔導によって使者を操り、それを赤の国に寄越したのだろう。ここで問題にすべきは、その手腕である。ミゼルティア王城の厳重な警備をかいくぐり、かつ使者の精神を侵すほどの強力な魔導を用いた。まずはこの時点で、帝国の魔導に対する認識を改めるべきだと私は進言する」
 そこで一度言葉を切った赤の王が円卓の王たちを見たが、表立って異論を唱える者はいなかった。それを確認してから、赤の王が言葉を続ける。
「更に、この一件が緻密に計画立てられていたことも問題だ。私の調べた限り、帝国側がアジト代わりに使っていた酒場は、半年以上前からギルディスティアフォンガルド王国にあったものらしい。つまり、彼らは半年以上も王や軍の目を欺き潜伏していたということになる」
 その言葉に、銀の王が呆れと侮蔑を存分に含んだ目で金の王を見た。
「それに関しては、そこな幼王の目が節穴だったのであろう。帝国の侵入に気づかぬとは、他国や他大陸の人間を囲い込むのが好きな貿易大国家らしいではないか。しかし、このような失態が続くのであれば、自慢の交易活動を規制することも考えねばならぬな」
「いや、それは早計だ、エルキディタータリエンデ王」
 銀の国の王の言葉に口を開きかけた金の王よりも早く反論したのは、赤の王だった。
「なんだと?」
「早計だ、と申し上げた。ギルディスティアフォンガルド王は良くやっている。今回は帝国側が一枚上手だったと考えた方が正しいだろう。仮に帝国が潜伏したのが他の国だったとして、果たしてそれに気づけたかどうかは怪しい」
 赤の王の発言に、ここまで黙っていた緑の髪の女性が口を開く。
「わたくしもグランデル王の意見に賛成しますわ」
 赤の王に賛同の意を示したのは、緑の国カスィーミレウの国王だった。
「カスィーミレウ王よ、庶子の意見に迎合しろと申すか」
「いいえ、そうではありません。わたくしだって、ギルディスティアフォンガルド王が役目をきちんと果たせているかどうかについては疑問ですわ。けれど、帝国側の動きがわたくしたちの予想を越えて優れていたのも、また事実だと思いますの」
 緑の王の意見に片眉を上げた銀の王だったが、同じ北勢力の国王の言葉だったからか、それ以上反論をすることはなかった。
「ご納得頂けたようで何よりだ。カスィーミレウ王の口添えにも感謝する」
「貴方のためにしたことではありませんから、感謝の言葉はいりませんわ。わたくしはわたくしの思ったことを述べたまでです。まるでわたくしを味方につけたかのような言い方をするのはやめてくださる?」
「これは失礼した。そのようなつもりは微塵もなかったが、不快な思いをさせたのならば謝罪しよう」
 軽く頭を下げてみせてから、赤の王は言葉を続けた。
「とにかく、ギルディスティアフォンガルド王国に半年もの間潜伏できていた、という時点で、帝国は五年前とは比べ物にならないほどに力をつけていることが窺える。それに加え、彼らはとうとう次元魔導をも完成させたようだ」
 次元魔導、という言葉に、円卓が僅かにざわめく。
「次元魔導ってぇと、随分昔から帝国がご執心だったアレかい? アレを完成させたって?」
 橙の王の問いに、赤の王は頷いた。
「ああ。その証拠に、先日ギルディスティアフォンガルド王国を襲った生物は、この次元には存在しない何かだった。私が調べた範囲での憶測だが、恐らくは、次元魔導で帝国領土に召喚した生物を、空間魔導でこの大陸に転送したのだろう」
「その憶測の根拠は?」
 青の王の指摘に、赤の王がそちらを見る。
「いくら帝国が力をつけたとは言え、私が目にした魔導陣程度で次元を繋げることはまず無理だ。次元を越えて他世界に干渉するとなると、それこそ街ひとつ覆う規模の魔導陣が必要だろう。少なくとも今回異次元の魔物が現れた魔導陣は、もっと小規模なものだった。となれば、あの魔導陣は空間転送魔導の一種であると考えるのが妥当だ」
「なるほどねぇ。でも、それはそれで脅威だわ」
「シェンジェアン王の仰る通りだ」
 薄紅の王の言葉に頷いた赤の王が言葉を続ける。
「少なくとも、此度の主犯であるデイガー・エインツ・リーヒェンの空間魔導は非常に優れている。帝国とリアンジュナイルとの距離を繋ぐとなると、魔法でもそう簡単な話ではないだろう。勿論魔導であっても、相当の準備期間と複雑な術式の構築が必要となるだろうが、五年前の帝国ではそれすらもできなかったはず。つまり、それだけデイガーの契約相手の力が強いということになる」
「そんでもって、そんだけすげぇ相手と契約が交わせるくらい、あちらさんの魔導の使役力が上がってる、ってことだろ? 昔は魔導つっても、しょーもない雑魚の魔物を使役できる程度だったもんな。……これまではリアンジュナイルにちょっかい出されたところで適当にあしらっときゃ良かったけど、こりゃ、おイタはダメよって本気で叱り飛ばすべきじゃないですかね」
 黄の王の発言に、薄紅の王が柳眉を寄せる。
「野蛮ねぇ。妾、戦ごとはあまり好きではなくてよ」
「いやだなランファ殿、俺だって野蛮なのは好きじゃないですよ。ただほら、そういう手段も辞さないって姿勢を見せた方が良いんじゃないかなって話ですって。俺たち割と弱小国を憐れむ体で帝国と接してるとこあったじゃないですか。そういうのちょっと改めて、そろそろ向こうさんを認めてあげた方が良いんじゃないかなって」
 へらっとした軽薄な笑みを浮かべながら言った黄の王だったが、自分の発言に銀の王の目が鋭さを増したのを目端に捉え、そちらに視線をやる。そして、二人の視線がぶつかると同時に銀の王が口を開いた。
「若造が知った風な口を利く。弱小国を憐れむ体ではない。実際に憐れんでおるのだ」
「だーかーら、そういうのを改めた方が良いって言ってるんでしょうが。少なくとも今は昔とは違うんだ。帝国だって日々成長しているし、もしかすると奴らがリアンジュナイルを越える日だって来、」
 黄の王が言い切る前に、その眼前で凄まじい水蒸気が発生した。
 しかし、突然のことに驚いて目を丸くしたのは金の王のみで、他の王は表情の変化こそあったものの驚いた様子はない。それを認識してから、遅れて金の王は理解した。
 銀の王が黄の王に向けて放った水霊魔法を、赤の王の火霊魔法が相殺したのだ。それを証拠に、赤の王の左手には炎の精霊の気配が纏わりついている。
「エルキディタータリエンデ王。同じ円卓の王に手を上げるとは、何事か」
 赤の王の落ち着いた声が、緊迫に満ちた空気を震わせる。
「そこの痴れ者が、神に選ばれしこの聖域を穢すような発言をしようとしたのでな。年長者として頭を冷やす手助けをしてやろうと思っただけだが?」
「エルキディタータリエンデ王ともあろうお方が、歴史書の記録をお忘れか。円卓の国王同士の争いは、神が認めるほどの大義名分がない限りご法度だ。そして我らに神の基準が理解できぬ以上、このような行動は控えるべきではないかと進言する」
 玉座についてまだ日が浅い金の王でも、赤の王が言う記録のことは十二分なほどに知っていた。確かあれは、四千年近く前の記録だっただろうか。橙の王と緑の王がいがみ合った結果、国家間戦争になりかけたことがあったらしいのだ。しかし、寸でのところで両国の王獣がそれぞれの国王の喉笛を噛み切って殺したことにより、戦争は起こらずに済んだとか。以降、王が道を誤ったときには、神に代わり、王獣がその牙を以て粛清する、という伝承が残っているのだ。
 しかし、この神の代わりという一文が厄介なのである。赤の王が言った通り、神の意向は人間には判らない。神が王として不適であると判断した瞬間に王獣による制裁が起こるのだとしたら、その基準を知ることは不可能だった。実際、数千年の歴史を辿れば、円卓の国同士で戦争を起こしても王獣の粛清が起きなかったケースも存在するらしい。だが、そもそも円卓の国同士で戦が起こること自体が稀であるため、何が正しい情報なのかも定かではなかった。だからこそ、国王たちは互いに互いを不可侵であるとし、どんなに仲が悪くとも舌戦に留めるのが常だった。
 もっとも、当代の赤の王と青の王のように致命的に不仲であった場合、この程度の軽い魔法の応酬ならばあるにはある。よって赤の王の発言は、銀の王への非難が込められた少々大げさなものであった。そしてそれを心得ている銀の王は、赤の王の忠告に鼻で笑って見せたのだった。
「これはこれは。庶子が私に進言を寄越すとは、偉くなったものよ。しかしどうにも頭の弱さが露呈しておるのが残念な限りだ。私は飽くまでもリィンスタット王の茹だった頭を冷やしてやろうとしただけ。それで国家間戦争の話にまで発展させるのは、なかなかどうして論理の飛躍だとは思わんかね?」
「これは失礼した。しかしながら、私にはリィンスタット王が頭を冷やす必要はどこにもないように思える。貴殿らがどう思うかは判らぬが、帝国は魔導を以てリアンジュナイルの魔法を越える気だ。彼らがそれを成し遂げる可能性を考慮に入れるべきだというリィンスタット王の発言は、実に的を射た意見だと思うが」
「それが愚の骨頂だと言っておる。魔導が魔法を越えることが有り得ぬように、帝国がリアンジュナイルを越えることは有り得ぬ。並ぶことすら叶うまいよ。リアンジュナイルは神が選定した聖なる地。数多の次元の中で、最も原初にして神の息吹がかかりし大地がひとつ。故に、我らが負けることはない。これは創世の神が決定した絶対的な事実である。人の手で変えられるものではない」
 確固たる自信、というよりは、いっそ確信めいた強さで銀の王は言い切った。そして、連合国の王がそれに異を唱えることはできない。発端である黄の王ですら、これ以上反論することはできなかった。何故ならば、銀の王が言ったことは全て事実なのだ。
 リアンジュナイルは神が神界へと通ずる門を置く場として選んだ地である。そして、円卓の国々は全て、門である神の塔を守るための防衛装置なのだ。ならば、円卓の国が他大陸からの侵略に耐えられない訳がない。容易に瓦解する防衛装置など、置く意味がないではないか。神が必要であると判断し、設置したのならば、それは決して間違うことはない。これは最早、ひとつの真理であった。
 銀の王とて、驕っている訳でもなければ、帝国を侮っている訳でもなかった。彼は誰よりも過去の歴史を知る王であるからこそ、ただ事実として、帝国が円卓の国に勝てる可能性が存在しないと知っているだけなのだ。
 しかし、
「エルキディタータリエンデ王のご意見は、確かに正しい。だが、それは飽くまでもこの次元に限った話だ。帝国が他次元から何がしかを召喚することができるようになった以上、もう少し柔軟に考える必要がある」
 この場において、赤の王だけが、真理が綻ぶ可能性を知っていた。
「他次元がどうしたというのだ。それすらも神の手にあるのだぞ。次元魔導すらをも考慮した上での采配だと私は思うがね」
 小馬鹿にした物言いの銀の王を、赤の王が真っ直ぐに見つめ返す。
「それでは皆にご理解頂けるよう、単刀直入に言おう。現在私が最も危惧しているのは、帝国がエインストラを使ってドラゴンを召喚する可能性だ」
 赤の王の言葉に、円卓の国王たちの顔つきが一瞬にして変わる。
「……エインストラに、ドラゴンだと?」
 呟いたのは、誰だっただろうか。何にせよ、その呟きは円卓に集った王たちの総意であった。
「まあ、確かに、エインストラの力と魔導を組み合わせりゃあ、ドラゴンの召喚も可能かもしれんが……」
 唸るような橙の王の声に、緑の王も頷く。
「喚び出すだけであれば、そうですわね。けれど、ドラゴンは人がどうこうできる生き物ではない、と仰ったのは、グランデル王、かつての貴方ではなくて? それを帝国が使役できるとは到底思えませんわ」
「そもそも、エインストラは希少種な上に、それと特定することがほぼ不可能な生き物です。神々の恩寵が厚い我々にも見つけられないものを帝国が見つけられるとは、とてもではないですが思えません」
 青の王の言ったことは事実だったが、赤の王はゆっくりと首を横に振ってから、金の王へと視線を投げた。
 いきなり視線を向けられた金の王は一瞬驚いてしまったが、赤の王の言わんとしていることを察して、こくりと頷きを返す。
 これから話すことは金の国の民のことだ。それならば、他国にあたる赤の王の口からではなく金の国の王の口から話した方が良いと、そう判断してくれたのだろう。そしてそれは、金の王にとって大変有難い配慮だった。
 表情を引き締めた金の王が、円卓を見渡した。
「帝国側がエインストラであるとしている人物が、我が国にいるのです」
 金の王の言葉に、またもや円卓が僅かにざわつく。
「皆様仰りたいこともございましょう。しかし、帝国がエインストラだと思っているだけで、まだ何の確証もありませんし、私自身確認を取れておりません。ただ、実際にその人物と何度か交流しているグランデル王曰く、その右目がエインストラの特徴と一致するとのお話でした」
「ならばその右目をさっさと見て確かめれば良かろう」
 険のある声で言った銀の王に、金の王も表情を険しくした。
「右目を見せることには抵抗がある様子だったので、本人の意向を無視してまで無理に見る必要はないと判断しました。それに、グランデル王が確認されているのです。十分でしょう」
「幼少の王では自国の民の管理もできぬか」
「自国の民だからこそ、ひとりひとりを大切にしたいのです。彼は既に、今回の事件に巻き込まれて帝国に捕まり、拷問を受けていました。そんな彼に、これ以上心労をかけるような真似はできません。それに、伝承にある特徴とは少々異なる点も確認されておりますし、肝心の彼はエインストラという単語すら知らない様子でした。こういった状況下では、彼に問いただしたところで事態の進展は見込めないでしょう。私たちは、彼をエインストラであると断定できるほどエインストラについて詳しくはないのですから」
「なるほど、一理あるな。では、そのエインストラ候補の身柄は我が国で預かることにしよう。早急に我が国に連れてくるよう手配せよ」
 その言葉に、金の王がその表情を更に険しくし、睨むようにして銀の王を見た。
「お言葉ですが、丁重にお断り申し上げます」
 銀の国にあの少年を連れて行ったが最後、軟禁状態で一歩も外には出して貰えないだろう。王として、そんなことは容認できない。
「お主にその権利があると?」
「若輩ながら、私も一国の王です。同じ王として、自国の民を他国に引き渡せという要請をお断りする権利があるかと存じます」
 一歩も引かぬといった態度の金の王に、銀の王は片眉を上げた。
「それでは、お主がお主の国ごと守ってみせると申すか、ギルディスティアフォンガルド王よ」
「無論です。私はギルディスティアフォンガルド王国の王だ。私が民である彼を守らず、誰が守ると言うのでしょう」
 きっぱりと言い切った金の王の頭に、橙の王の大きな手が伸びた。そして、少々乱暴な手つきで淡い金髪をがしがしと撫でる。
「良く言ったぞ、ギルヴィス王! なに、心配はいらんさ。隣には儂もグランデル王も控えているからな。なあ、グランデル王?」
「勿論だ。微力ながら、お力添えしよう」
「わはははは! グランデルの軍事力が微力なら、他の国はどこも微力未満ではないか!」
 豪快な大声の主を青の王が割とすごい形相で睨んだが、橙の王は気にするどころか気づいた様子もなく、相変わらず金の王の頭をぐしゃぐしゃと撫でている。力加減というものがあまり得意ではないらしい手に揺すられ、幼い王の頭がぐらぐらと揺れた。見かねた薄紅の女王が咎めてくれたのですぐに手は離れていったが、そうでなかったら金の王は気分が悪くなっていたかもしれない。
「……致し方ない。それでは、ひとまずは幼王に任せることとしよう。だが、お主には無理だと判断した時点で、エインストラ候補の身柄はこちらに引き渡して貰う。よいな?」
 否の回答を許さぬ銀の王の声に、金の王は姿勢を正して頷いた。
「承知致しました」
 銀の王相手にこれだけ譲歩させたのだ。十分だろう。少しだけほっとした気持ちで赤の王を見れば、彼は目だけで微笑み返してくれた。どうやら、彼の王の期待には応えられたようである。
「それで、わたくしの質問に関してのご回答はいかがですの? ドラゴンなど、召喚したところで使役できないのでしょう? でしたら、その件で帝国が脅威になることはありませんわ」
「その通りだ。だが、だからこそ問題であると言える。仰る通り、万が一帝国がドラゴンを召喚したとして、それを使役することは絶対に不可能。ではどうなるかと言うと、」
「ドラゴンは野放しになり、人間では到底太刀打ちできないそれに、下手をすれば世界ごと滅ぼされてしまう。……はた迷惑な話ですね」
 発言を遮って続けた青の王に、赤の王が頷く。
「帝国だけならば、いかようにもしようがある。エインストラだけであってもそうだ。だが、不運なことに、今回はその二つが同時に舞い込んできてしまった。帝国とエインストラの力が合わされば、ドラゴンの召喚が成し遂げられてしまう可能性がないとは言い切れなくなってしまう。そして仮にドラゴンが召喚された場合、この世界の存亡が関わる事態にまで発展してしまう」
「つまるところ、世界が滅亡する可能性がゼロじゃなくなっちまった以上、俺たちはその可能性をゼロに戻すために動かなきゃいけないってことですかね。世界が滅亡した場合、この神の塔もどうなるか怪しい。それは、塔の守護を任されている身としては避けたいところだ」
 黄の王の言葉に、赤の王は苦笑した。
「世界の滅亡を回避すると言ってしまうと随分話が大きくなるが、結果的にはそういうことになる。我々が守らねばならんのは、己が国と民、そしてこの塔だが、それを守ることが世界そのものを守ることに繋がってしまうのだからな。……さて、議題が明確になったところで、円卓の統括者たるエルキディタータリエンデ王のご意見を窺いたい。お願いできるだろうか」
 言われ、銀の王は一度目を閉じて深く息を吐き出した。
「概ねお主らのまとめた通りだろう。世界の滅亡は一向に構わぬが、それで民と塔が損なわれるとあれば、看過できることではない。よって、円卓の連合国全てでこの件に対処すべきであると私は判断する。金と赤と橙は互いに協力し、エインストラの可能性があるという人間の守護にあたるのが良いだろう。特に赤は、円卓でも最高戦力を誇る国である。敵の攻撃を受ける可能性が最も高い金の守護を任せるのが得策だ。無論中心となるべきは金であるが、現状の金の軍事力は高いとは言えぬ。エインストラを手に入れるために金が狙われるだろう点を考慮し、特例として赤と橙の戦力の一部を金に常駐させることも一考すべきだろう。薄紅と紫には、自国の政に支障が出ない程度に各国を回り、魔導の痕跡がないかどうかを探って貰いたい。此度の一件のように、空間魔導による強襲を受けては、どうしても後手に回らざるを得なくなる。それを未然に防ぐためにも、薄紅と紫は隠された魔導陣がないかどうかを調べるのだ。幻惑魔法に優れた薄紅と結界魔法に優れた紫が協力すれば、帝国の魔導が想定の範囲を越えぬ限り、成し遂げられよう。青にはその守護と補助を任せよう。魔導陣を見つけた場合すぐさまそれを破壊する役と、その過程で有事が生じた際の対処を頼みたい。薄紅と紫は攻撃魔法が不得手故、青の水魔法が役立つだろう。白には、戦場となった地に人員を派遣して貰い、そこで医療活動に従事して貰いたい。治癒の多くを貴国に一任することになるのは心苦しいが、白以外の国で回復魔法を使える者が稀である以上、そうせざるを得ない点、理解を得られると有難い。緑と萌木には、白の守護に回って貰う。白は回復魔法に長けている反面、それ以外に関しては不安が残る国だ。そしてそれは帝国も熟知しておろう。そのため、帝国が我らの回復手段を潰すために白を狙って来る可能性がある。そうなったとき、緑と萌木で対応するのだ。しかし、この二国から白へ赴くには少々距離がある故、白の緊急時にはまず黄が駆けつけるのが最適だろう。よって、黄には緑と萌木の補助を任せたい。それに加え、有事の際の伝令役にも黄が相応しいであろう。こと情報戦において貴公の右に出る者はいない上、黄の王獣はリアンジュナイル最速の獣。場合によっては、王獣を伝令役に使わざるを得ぬ事態も生じよう。その旨、しかと王獣に伝え、了承を得ておくように。そして黒だが、彼らには帝国へ潜入し情報を引き出すよう依頼をしておこう。円卓会議を欠席しがちな問題国家ではあるが、その隠密能力と偵察能力は本物だ。現地での偵察は黒に一任して問題ないと考える。……概ねの策としてはこんなところか。さて、いかがかね」
 圧巻である。各国の特色を十二分に理解した上での迅速な判断は、これ以上ないほどに的確なものであった。さすがは統括国である銀の国の王と言ったところだろうか。
「ギルガルドとグランデルとテニタグナータが仲良し国家で集まっているのに、妾は北方国に囲まれることになるのねぇ。そこは些か不満だけれど、的確かつ隙のないご判断だと思うわ。ミゼルティア王は美しいから目の保養にもなるし、良しとしましょう」
「シェンジェアン王はまだ良いじゃないですか。俺なんて自宅待機みてぇなもんですよ? しかもリァンのご機嫌取りまでせにゃならんなんて……」
 リァンというのは、リィンスタットの王獣、リァン・リィンスタットのことである。王獣と王は対等であるため、王が伝令役をこなせと言ったからといって、その通りにするとは限らないのだ。だからこそ、王獣を説得する必要があるのである。
 盛大に溜息を吐いた黄の王だったが、だからと言って銀の王の決定に不満がある訳ではなかった。それは今ここにいる王全員にも言えることで、それを証拠に、銀の王の采配に異を唱える者は誰ひとりとしていない。
「エインストラ候補が真にエインストラである確証はなく、仮にそうだったとして、エインストラの力と帝国の魔導を合わせることでドラゴンの召喚が本当に可能かも判らぬ。しかし、万が一にもそれらの可能性がある以上、その可能性の芽を摘むのが我らの仕事であろう。たとえそれが徒労に終わるとしても、結構なことではないか。万に一つの可能性を見落とし、何もかもが手遅れになるよりはずっと良い」
 銀の王の言葉に、円卓の王たちが頷く。元より、王たちは皆そのつもりだ。
「場合によっては私の過去視も必要になろう。ギルディスティアフォンガルド王の未来視もな。尤も、そこな幼王の未来視は安定しておらぬようだが」
 若干の皮肉を含んだ声に、金の王は素直に浅く頭を下げた。
「申し訳ありません。私の未来視がもっと意識的に引き出せるものであれば、皆様のお役に立てたというのに」
「いいや。ギルディスティアフォンガルド王の未来視は、元より制御不可能なもの。あれは必要なときのみに発動する能力だ。貴殿が気に病むことはあるまい」
 赤の王が言い添えたが、銀の王はやはり冷たい目で幼い王を見た。
「それを考慮したとしても、当代の先視が発動する頻度は低いようだがな」
 その言葉は、紛れもない事実である。唇を噛み締めた金の王は、しかし顔を上げて銀の王を真っ直ぐに見た。
「仰る通りでございます。それも、全て私が未熟であるからこそ。より一層の研鑽に励み、必ずや我が国とリアンジュナイル大陸のお役に立ってみせます」
「……ふん。未来視は研鑽でどうなるものでもない。しかし、お主が成長すれば少しはまともになろう。寧ろお主は、より王としての己を磨くことに専念すべきであろうな。国王とは民を守護すべき存在だ。ひとりひとりの民を尊重し、その未来のために尽くすのが王だ。故に、先のように、ひとりの民を尊ぶ崇高な精神は評価に値する。……だが、発揮する場所を誤ってはならぬぞ。必要であれば、百を救うために十を、千を救うために百を斬り捨てる。その判断を一切の迷いなく下すのも、また王なのだ。お主も王であるというのならば、そのこと、ゆめゆめ忘れてはならぬ」
 そう言った銀の王の目は、相変わらず鋭さがあるものの、そこに常のような嘲りの色はない。そのことに困惑しつつも、金の王は深く頷いた。銀の王の言わんとしていることは、よく判っている。きっとそれは正しく、そして必要なことなのだ。そして、幼い自分ではまだその重荷を背負いきれないことも、金の王はよく判っていた。
 金の王が頷きを返すのを見てから、銀の王は赤の王へと視線を移した。
「お主にはまだ問いたださねばならぬことがあるが、この時期だ。皆早く帰国するに越したことはない。……極限魔法を使ったにも関わらずギルディスティアフォンガルド国を損ねずに済んだ方法については、次の機会に詳しく尋ねることにしよう」
 赤の王としては、極限魔法の件についてはうやむやになってはくれないかと僅かに期待していたのだが、やはりそうはいかないらしい。ちらりと他に目をやれば、どうやらどの王も、この件について興味があるようである。まあそれも当然のことだろう。極限魔法は特に調整が困難な大魔法だ。比較的器用な方である青の王や緑の王を以てしても、精々威力を九割程度に押しとどめるのが限度だろう。つまり、街ひとつ丸ごと吹き飛ぶか、一割だけ残すか程度の調整しかできないのである。だが今回赤の王が発動した極限魔法の最終的な威力は、本来のものの一割程度であると言って良いだろう。円卓の王の中でも最も調整下手な赤の王がそれをやってのけたとあれば、興味も湧こうというものだ。実際は王自身の調整によるものではなく無理矢理に相殺して貰った故の結果なのだが、どうやら炎の極限魔法を抑え込んだ水魔法についてはまだ各国の耳に届いていないらしい。
 それを言うと更に会議が延びそうだと思った赤の王は、銀の王の提案に有難く乗ることにした。どのみち次の会議で追及されるだろうが、それはそのときである。
「ご配慮、感謝する。では、エルキディターリエンデ王のご判断に反対がないようであれば、今後の詳細については各々関連する国とご相談頂くことにして、ここで一度議会を締めることにしよう」
 その言葉に誰も異を唱えないことを確認してから、赤の王はひとつ頷いた。
「この度はご多忙の時期にも関わらずお集まり頂いたこと、改めて感謝申し上げる。それでは、これを以て此度の円卓会議は終結とする」
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