レベル596の鍛冶見習い

寺尾友希(田崎幻望)

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番外編

鍛冶見習い番外編 バルパ・タイレリアという梟雄2

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前回のあらすじ・バルパは妹を亡くし、隠密の里を抜け、同じような境遇のセブと出会った。




 セブに紹介された赤羽屋の兄妹は、生き馬の目を抜く王都で本当に商売がやれているのかと疑いたくなるほどの、お人好しだった。
 両親を早くに失い、年の離れた妹の成長を楽しみに生きてきた、という親代わりの兄、マイルズ。
悪漢から助けたセブの押しかけ女房となり、全てを理解した上で子を産んだ妹、シエラ。
セブの息子、ヨダはシエラの腕の中で黒い目を不安そうに揺らしている。

 バルパとセブの話を聞いたマイルズは、二つ返事で同意した。
 なんでも、前々からセブには、担ぎ屋台を畳んで、妹の入り婿となり店を継いで欲しいと打診していたのだそうだ。マイルズ自身は、若い頃に幼なじみだった妻を子どもごとお産の床で亡くしており、後添えをもらうつもりも子をもうけるつもりもない。
何度説得しても、「自分が店に入ると迷惑をかける」と頑なに断っていたセブに、最早この店は自分の代で潰えると思っていた。それが、妹夫婦の、ひいては甥の役に立つならば是非もない。と。
 自分とは別の視点から、よくセブを説得してくれたと感謝までされた。

 バルパにとって、今回のことは千載一遇の好機だった。
 もし、赤羽屋店主が頑なに拒むようなら、密かに始末しようとさえ思い詰めていた。バルパにとって身内といえるのはセブだけで、セブとその息子ためならば見ず知らずの他人を踏みにじるくらいわけもない。こちらには、正統な後継たるセブの息子がいる。赤羽屋兄が不慮の死を遂げたところで、何の問題もない……

 だというのに、マイルズのお人好し過ぎる反応に、バルパはすっかり毒気を抜かれた。
 妹馬鹿のマイルズに、共感するところもあったかもしれない。
 毒気ついでに骨まで抜かれた。
 マイルズは女性ではなかったが、バルパの心情としてはまさしくそんな感じだった。
 思えばバルパは、己が人生を通して、誰かに無条件に温かく迎えられた経験というものが皆無だった。自分の意見を聞き入れてもらった経験もほとんどなかった。赤羽屋兄妹の情は、乾いたことすら自覚していなかったバルパの心に、少しずつ染みこんでいった。
――元隠密が受け入れられるなんて、そんな上手い話があるわけがない、結局はこいつらも俺たちを利用し裏切るに違いない。そう警戒し身構えるバルパに対して、赤羽屋の兄妹はあまりにお人好しだった。神経を張り巡らせ、言葉の裏の裏さえ読もうとするバルパがアホらしくなってくるくらい、赤羽屋の兄妹には裏表がなかった。

 セブとバルパは赤羽屋の手代となった。
 赤羽屋マイルズは、素人同然のバルパたちに付きっきりでおたなの商売というものを教え込んだ。
 マイルズはお人好しが災いしてかさほど商売上手というわけではなかったが、穏やかな性格で、顔が広く、あちこちの旦那衆の集まりにセブやバルパを連れて行って、商取引に重要な、顔をつないでくれた。
 長い年月を過ごす内に、赤羽屋の兄妹は、バルパにとって身内と呼べる存在になっていった。バルパの内で治りきらないケロイドのようになったロッタの思い出すら、語れる相手になっていった。

 後に――デントコーン王国屈指の商会と呼ばれるまでに赤羽屋を押し上げたバルパは語る。
 自分の人生には、例え殺されたところで、黙って「貴方なら仕方ない」と容認できるほどの恩人が三人いる。その一人は、間違いなくこの、赤羽屋マイルズであったと――……
 マイルズこそは、商人としてのバルパを育て上げた立役者だった。


 そして。
 赤羽屋が無事に商会となり、順調に商売の幅を広げ、文句なしに大店と胸を張って言えるようになった頃。
 赤羽屋マイルズは他界した。
 旦那衆の寄り合いで倒れ、店に戻ったときにはまだ息があったが、目の前で細くなっていく息を、バルパは、手をこまねいて見ているしか出来なかった。医者は間に合わなかった。
 セブの妻より十五も年かさではあったが、あまりに早すぎる離別に、バルパは年甲斐もなく涙した。家族の愛情というものを知らずに育ったバルパにとって、血のつながりはなくとも、赤羽屋マイルズは師であり父であった。何度か養子にならないかと誘われていたが、全て断ったのは、セブの息子ヨダの立場を慮ったからだ。セブとバルパが心血を注いで大きくした赤羽屋は、マイルズの血縁に継いで欲しいという思いもあった。
 バルパは、己の無力さを噛みしめた。
 いくら商才があると褒められようと、金を稼ぐ能力があろうと、恩人を救えもしない金に何の意味があるのか。
 赤羽屋は、マイルズの妹でセブの妻、シエラが継いだ。
 バルパは、義弟であるセブが継げば良いと思ったが、隠れ里の外には存在しないはずのフクロウが店主となるのを、セブ自身が良しとしなかったためだ。シエラとセブの息子ヨダはまだ十で、シエラは中継ぎの女主人となることを承知した。

 それから、僅か三年。
 セブもまた、病に倒れた。
 時折狂ったように腹を痛がり、発作の度に弱っていった。
 それなのに、セブは落ちくぼんだ目を楽しそうに細めて、枕元のバルパに笑うのだ。

「なぁ、バルパ。おめぇの言うとおりだ。酒を飲むたぁ、おめぇは言ってたな。隠密に向かずに里を抜けた俺たちだ、隠れ潜むなんざ性に合わねぇ。国一番の商会になろう、国で一番目立つ商人になるんだ。いったい誰が、飛ぶ鳥も落とす勢いの商人が、元死人の元隠密だと思うのか?ってな。
 ああ、おめぇの言うとおりだった。おめぇのおかげで、倅も十三まで育った。あん時おめぇが引き留めてくれてなかったら、カカァも倅も生きちゃぁいなかっただろう。いい人生だった。俺にゃあもったいねぇくれぇの、いい人生だった。畳の上で死ねるなんざ、思いもしなかった。なんと豪勢なこった」

 そうして、セブもまた旅立っていった。
 バルバの理解者であり、同じ境遇をかこつ無二の親友。
 妹の死に共に憤り、泣いてくれた、バルパの第二の家族。
 バルパは、残された空しさを埋めるようにさらに商売にのめり込んでいった。
 人格者であった赤羽屋マイルズというストッパーを失い、違法とまではいかずとも、グレーゾーンの商売に積極的に手を出し始めたのもこの頃だ。
 商会の会頭はシエラだったが、商会を動かしているのは、実質バルパだった。
 セブとシエラの血を引き、マイルズの甥でもあるヨダに、より大きくした赤羽屋を継がせる。バルパの思いはそこに尽きた。
 バルパの、半ば博打ともいえるほどの無茶で強引な商売や、マイルズやセブの頃からの地味な投資が実を結び、赤羽屋は王都でも五指に数えられるほどの大商会へと成り上がっていった。
 ところが。

「小父さん、話があるんだ」

 セブの一年忌。
 久しぶりに顔を合わせたヨダに声をかけられた。商談で国中を飛び回っていたバルパがセブとまともに会話をしたのは、セブの四十九日以来、実に十ヶ月ぶりのことだった。
 赤ん坊の頃から可愛がり、抱っこにおんぶどころかおしめまで変えていたヨダに、バルパは相好を崩した。
 ここ数年、ヨダは益々セブに似てきた。成長したヨダの姿に、王都で再会したばかりのセブを重ね、バルパは目頭が熱くなるのを感じた。

「小父さん。俺は、赤羽屋を出て行こうと思ってる」

 思いもしなかったその言葉に、バルパは唖然とした。
 言われたことが理解出来なかった。いや、理解したくなかった。
 じわじわと脳が語彙を咀嚼し――カアーーッッと頭に血が昇った。
 それは、赤羽屋を継がないということか?
 過去のマイルズの言葉が蘇る。彼は、甥のためにとどこの馬の骨とも知れぬバルパの提案を受け入れた。セブもまた、倅に安住の地を、と王都で生きていく腹をくくったのだ。
 何のために……何のために、自分がここまで無理をして、寝食を惜しみ、身を粉にして赤羽屋を発展させたのか。全ては、ヨダに、揺るぎなくなった大店を渡したいがためだ。
 顔を赤くするバルパを落ち着けようと、ヨダは懸命に冷静な声を心がけているようだった。

「小父さん、聞いておくれよ。これは、母さんも、父さんも承知のことなんだ。マイルズ伯父さんにも一度話したことがある。
 俺は、父さんに似てきただろう? 死ぬ前に父さんも言ってたよ。お前は、隠れ里にいた頃の自分に、そっくりになったって。お前は、父さんと同じフクロウだ。父さんもバルパ小父さんも、昔と比べれば随分人相が変わったから、昔の知り合いに会っても、気付かれないかもしれない。でも、お前は駄目だ。商会の会頭なんて目立つもんになっちまったら、一発でバレる。父さんを知ってる人に見られたら、一目で分かっちまうって。
 それに、小父さん。俺はやりたいことがあるんだ――……」

 裏切られた。
 裏切られた。裏切られた。裏切られた。
 ヨダにも、セブにも、シエラにも、マイルズにさえ。
 グルグルと回る激情のままに、バルパはヨダを殴り飛ばした。受け身も取れずに吹っ飛んだヨダは、肩から障子に突っ込み、外れた障子を下敷きに隣の部屋の畳の上へと転がった。
 ヨダに手を上げたのは、初めてのことだった。
 マイルズを看取った奥の間。体調を崩す前に、ヨダが張った障子紙。その障子紙は破れ、ひしゃげ折れた障子の桟は、シエラが花を生けた床の間にまで飛んでいた。口の中が切れたのだろう、口の端から血を垂らしてヨダが身を起こす。
 全て、バルパが命がけで大切にしてきたものだった。自分自身より、大切にしてきたものだった。
 それが、ぐちゃぐちゃになって、ボロボロになって、目の前にあった。

「聞いて、聞いておくれよ。
 マイルズ伯父さんも、父さんも、母さんだって言ってた。この店は、バルパ小父さんに継いで欲しいって。あいつは誰より商売上手で、何より商売が好きなんだって。今は俺らのために、より稼げる商売、より商会を発展させる商売ばっかりに気を向けて、自由な商売をさせてやれない。だからいつか、ヨダが大きくなって独り立ちしたら、自分の好きなように商売をさせてやりたいんだ、って。
 あいつは本当は、金儲けが好きなんじゃない。金を動かし、人を動かし、それで、自分の携わった品物が、自分の全く知らない場所で全く知らない人に使われている。それを見て、本当に嬉しそうに笑うんだって……」

 全てを壊したのは誰だ?
 袖で口元の血を拭うヨダ?
 違う。自分だ。バルパが、全てを目茶苦茶にした。
 商人になりたかった。努力に努力を重ねて、商人になったつもりだった。
 では、これはなんだ?
 自分の根っこは、結局、暴力の中にどっぷりと漬かった、父親と何も変わらなかった。
 これ以上この場にいたら、ヨダを、さらにはシエラさえ傷つけるかもしれない。
 ヨダは何やら言葉を重ねて追いすがって来たが、聞く耳を持たず、バルパは早足にその場を後にした。
 何事が、と慌てて纏わり付く手代や番頭を追いやり、バルパは独り、敷地の片隅にある小さな古い蔵へとやって来た。
 大商会への道を駆け上がるにつれ、赤羽屋の店も大きくなった。
 もっと繁華な通りへ移ることも検討したが、マイルズの意向を汲み、元の赤羽屋の周囲の店を買収し吸収し改装していった。次第に店表も広くなり、蔵も増えた。改築を重ねた使い勝手の悪い複雑な作りは、普段効率を重視するバルパからすると建て替えないのが不思議なくらいだったが、バルパにとっても、マイルズたち兄妹が先祖から受け継いだこの店は大切な場所になっていた。
 バルパが訪れた蔵は、赤羽屋に元々あった――バルパを里の隠密だと早合点したセブが、一時期隠れ棲んでいた蔵だった。
 今、その蔵の中にあるのは、価値もない様々なガラクタと――……かつて、セブが毎日のように迎えてくれた、二八蕎麦の担ぎ屋台。
 古い蔵の中に、食材はない。
 ただ、担ぎ屋台の七輪の中に、僅かな炭が残っていた。
 重ねた年月にギシギシと軋む抽出ひきだしを開けて、火口ほぐち用の木っ端と小刀を取り出した。
 小樽に腰掛けて、炭をどけた七輪の中へ、木っ端を削った。

 何のために。
 今まで、俺がやって来たことは、何だったのか。
 なぁ、セブ。

 今は亡いセブに、恨み言のひとつも言いたくなる。
 セブと出会った日のこと。
 再開した日のこと。
 王都を出るというセブを引き留めたこと。
 ふくふくとした赤ん坊のほっぺ。
 亡き妹と、赤ん坊の小さな手に誓った夢。

「ああ、そんなとこがあったらいいなぁ。ホントによぉ」

 セブの言葉が蘇る。
 赤羽屋で手代になる前、この担ぎ屋台を挟んで、毎夜のように語り合った。
 商人になってからも、時々セブは、「昔みてぇに呑もうや」とこの屋台を引っ張り出してバルパに濁酒どぶろくいでくれた。
 酒も入っていたし、全てを覚えているわけではない。
 忙しさにかまけて、今までじっくりと思い返してみることもなかった。
 その記憶が、適当に包装紙を何枚も重ねて包み、物置に押し込めていたような思い出が、一枚一枚解けるように湧き上がってくる。

「魔力も、スキルも、種族特性も、種族すら関係のない国か。そんなとこがあったらいいなぁ」

「妹は気の毒だったが、妹の夢、叶えてぇなぁ」

「隠れ里に産まれ育ちながら、隠密に向かなかった俺やおめぇにだって、俺の子にだって――生きる場所があったって良いはずだよな。この先、里を抜けてくるかもしれねぇ同胞にも、魔法もスキルも関係なく、身を寄せられて働ける居場所があったらいい」

「隠密に向かずに里を抜けた俺たちだ、隠れ潜むなんざ性に合わねぇ。国一番の商会になろう、国で一番目立つ商人になってやろう。俺も、倅も、誰はばからず暮らせるようになってやるけぇよ」

「倅も、もう十三になった。絵が好きなんだとよ。今は商人になる道しか選ばせてやれねぇが、倅の倅、その孫の代にゃ、好きな稼業が出来るようになったらいいなぁ」

 ふと、バルパは顔を上げた。
 縞木綿の単衣ひとえ、屋台の頃のように尻っ端折りをして。いぶ臭い焼き味噌を塗った田楽を差し出しながら、セブは何と言ったか。

「フクロウが、当たり前にフクロウとして生きられて、好きな稼業に就ける。そんな世が、俺の夢なんだよ、バルパ」

 そうだ。
 『何のために。』
 バルパの夢は叶った。
 赤羽屋という一商会の中だけではあるが、ここで働く者は、魔力、スキル、種族特性によって左右されることはない。評価されるのは、ただ商売の腕だけ。数百人を越える規模になった商会の中には、里を抜けた元隠密も数人いる。セブのように、結婚して子を持つ親もいる。元隠密もその子どもも、商会の内で守り、外よりよほど安心して暮らしていけるようになった。
 セブの子、ヨダも十四。来年には成人だ。
 セブに『商会』の話を持ちかけたとき、最初に掲げた目標。そのほとんどは、現在、達成されている。
 唐突に気付いた。
 ヨダを――セブの息子、マイルズの甥を赤羽屋の後継に……それは、バルパだけの心づもりだった。マイルズも、セブも、シエラさえ、そんなことは一言も言っていなかった。
 マイルズは、何度も、バルパを養子にと言ってくれていた。
 ヨダがいるからと一顧だにしなかったのは、バルパ自身。
 全ては、バルパの自分勝手な独り相撲だったのだ――……

 喉の奥からこみ上げるのは、嗤いか、嗚咽か。

 バルパは削った火口の上に炭を置き、火打ち石を打った。
 少し湿気った炭には中々火が付かず、火口の煙がやけに目に染みた。
 


牛小話・海外から乾草が来ないなら、自分で作ればいいじゃない? ところがどっこい、牧草の種も輸入に頼っている。牧草の種の一大産地で干ばつが続き、牧草地帯が枯れ、牧草の種自体もピンチに。それなら日本で今生えている牧草から種を穫ればいいんじゃない? これまたどっこい、今の作物というのは、F1で最も美味しく収量が穫れるようにデザインされている。ので、F2になると収量も味も落ちる。(メンデルの遺伝の法則参照)
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