レベル596の鍛冶見習い

寺尾友希(田崎幻望)

文字の大きさ
71 / 133
番外編

鍛冶見習い番外編 ヌールの恋2

しおりを挟む
前回のあらすじ・14歳のヌールはお使いの途中、昼日中の王都でアンデッドに追われることとなった。




 ――誰もいないはずの、味噌樽の中。
 背後は、味噌樽の底板しかないはずだった。
 恐る恐る振り返った視線の先。
 黒く腐食した底板から生えた、骨だけの腕。
 触れられた場所から、着物がチリチリと腐食していく。視界に遅れて、数万ものウジ虫に這い回られ、肉を食まれているかのおぞましい痛みが広がっていく。

「……っっっっ!」

 悲鳴も上げられずに転がり出たその先、見上げた先にはボロをまとった黄ばんだ骨、骨、骨――何百、いや、千よりも。風に揺れるように、下顎骨がカタタ、カタタ、と一斉に揺れた。
既に周りは骸の群れに囲まれて。
 じくじくと背中に広がる痛み。
 見えなくても分かる。おそらく、あの建物や心張り棒を蝕んだ黒い腐食が自分の背中に広がっていっているのだろう。
 なるほどこれは、もう助からない。
年貢の納め時というのはこういうことか。
 妙に冷静に、そう思った。
 私の前に立つ黒い魔法帽の骸骨が、すり切れたローブから、まるで『ちょうだい』でもするように骨だけの手のひらを差し出して来た。

――骸に望まれるようなものを、何か持っていただろうか?

 そう逡巡した一瞬の間に……ごうっ、という音と共に何かが飛来し、土煙を巻き上げながら、何体かの骸骨が吹っ飛んだ。
 えっ?と思う間もなく、固く太い腕に胴体を抱えられ、その持ち主ごと体が飛んだ。
 いや、多分『跳んだ』だとは思うのだが、それほど圧倒的な跳躍だった。
 あれよあれよという間に、私は柔らかで嫋やかな腕に引き渡され、固く太い腕の持ち主は再び骸骨の群れの中へと戻っていった。そして縦横無尽に骸骨達を切り飛ばす。

「無駄だ、ジェル! 不死の王に物理攻撃は効かない!」

 私を抱えた柔らかな腕の持ち主が叫び、私はギョッとその顔を見上げた。

「ヨーネ姉さま……」

「まったく、使いから帰ってこないと思えば、こんなところで腐ってるとは」

 心配をかけたのだろうが、文字通り背中から腐っていっているヌールに向ける言葉としてはダークに過ぎる。

「頼むよ、オムラ。これじゃ私の手には余る」

 瑠璃色に繊細な銀の装飾が施された全身鎧を着込んだ細身の騎士が、身を屈めて私の背に手を当てた。
 蝕むような痛みが、じわりと熱を持ち、むず痒くなる。
 治癒魔法? 神聖魔法?
 聖職者にも魔法使いにも見えないが、徐々に癒えていっているような感覚がする。

「姉さま、私より、あの人を助けないと」

 あの骸骨たちには、触れただけで腐ってしまう。
 見つめる先で、大きな牛の角を頂いた大きな人が、舌打ちと共に腐食した大剣を放り棄てた。
 わらわらと寄りつく骸骨を体裁きだけで避け、壁に立てかけてあった棒手振の棒を大きな人が手に持ったところで、再び姉が声を張り上げる。

「不死の王相手に、そんなのじゃ近づく前に腐り落ちるぞ! 耐久度がある分、腐食するとはいってもノマドの剣のが大分マシだ!」

「つったってよ、これ一振りいくらすると思ってんだよ!?」

「ケチくさいこと言うな、勇者が!」

 勇者。
 茶色がかった金髪、空色の瞳。無精髭を生やして、金色の尾をたなびかせたこの人が?

「ジェル!」

 私の背に片手を当てたまま、細身の騎士が腰の剣を放った。
 それを空中で、はしっと掴んだ大きな人は、身をよじって再び骸骨たちの中心へと着地した。
 背中の傷が、熱くなる。
 治癒魔法は、相手の体力を消耗させる。
 ――もっと見ていたいのに。
 そう思いながらも、私の視界は徐々に白く塗りつぶされていった。

 気がついたとき、私は誰かのマントにくるまれ、姉の膝に抱えられていて、骸骨達はもうどこにも見えなかった。
 私の意識があったときにはいなかった、双子のリスのおばあちゃんに、大きなサイの獣人が増えていて、壊れた街の後片付けをする街の人たちもチラホラと戻ってきているようだった。

「どうすんだい、ジェル坊。借り物の神剣を壊しちまって。頼み込んでなんとか借しちゃあもらったが、神職に作った借りってなぁデカいよ」

 どうやら、自分の半分ほどもないリスのおばあちゃんに懇々と説教をされているらしい大きな牛の人の耳はペタンと下がり、あれほど雄々しく戦っていた背中はへにょりと丸まっている。
 情けないけれど、なんだか可愛い。
 見守っていると、大きな牛の人が、何かを思いついたようにパアッと顔を輝かせて両手を広げた。

「そうだ、ノマドに作ってもらやぁいい! アイツなら何とかなんだろ!」

 その頭を、スパァァンッとリスのおばあちゃんがハリセンでどつく。

「その全部他に丸投げするクセ、いい加減におしってんだよ!」

 ぷしゅぅっ、と撃沈しかけた牛の人が、私が目を覚ましたのに気付いたらしく、急いで体を起こして走り寄って来てくれた。

「おう、どうだ具合は?」

 有難うございます、もう何でもないです、と言いかけたところで、私を抱えた姉が先に口を開いた。

「オムラに浄化してもらって、腐食は止まったし、傷は塞がったけど、ケロイド状に傷は残りそうだってさ。全く、ジェルが遅いから」

 せっかく助けてくれたのに、そんなこと言っちゃあ、と焦りながらも言葉が上手く出てこず、ただおろおろとするばかりの私に、ジェルと呼ばれた牛の人は肩を落としへにょりと眉尻を下げた。

「そうか、女の子なのに悪かったな。やはり俺は、スピードが課題だな」

「いえっ、き、気にしないでください。助けてくれて、有難うございます」

 何とかそれだけを絞り出すと、それでもジェルさんは安心したように表情を和らげた。
 それから、私が気を失ってもしっかりと抱え続けていた風呂敷包みに目を止めた。

「そういや、それには何が入ってたんだ? 奴ら、やけに君を追いかけていたようだが」

 思い当たるものは特にない。
 私は風呂敷を開いて、中身を見せた。

「これは……絵の具か?」

「高価な瑠璃の顔料とは聞いてますが、そこまで特殊なものではないと……」

 首を傾げる私たちに、姉がもう一つの包みを指差した。

「むしろ、そっちじゃないのか?」

 それは、父が恩人宅の仏壇に、と言付けた抹香の包みだった。
 主に葬儀の焼香に使われるもので、お盆やお彼岸に使うこともある。もうすぐお盆だからと包みに加えたのだろう。

「これは……そうか」

 ジェルさんは少しだけ悲しそうに眉を寄せると、私の手を取った。

「これを、俺に売ってくれないか?」

「えっと、でもそれは、父から預かったもので」

 あの父の顔が浮かび、咄嗟に断ろうとした私の口の前に、姉の白い手が差し出される。

「私が許可するから。父さんに何か言われたらそう言えばいいよ」

 黙って頷く私の頭をくしゃくしゃと撫でると、ジェルさんは自分の肩当てを外し、その中に抹香をバサリと空けた。
 そこに、懐から取り出した火打ち石で火の粉を飛ばすと、抹香から、細く白い煙が立ち上った。
 足下に置いた肩当ての前、パンッと柏手のように手を合わせると、ジェルさんは微かに頭を下げ、目を瞑ったようだった。

「あんたらが、ただ、弔って欲しかっただけだったなら――悪かった」

 不死者の王アンデッドとはいえ、死人は死人――……元は、人だ。
 ただ逃げ回っていた私は、考えもしなかった。
 私の持っていた、抹香の匂いを追いかけていたの?
 これが……これが、王都を救った勇者の姿だろうか。
 僅かに後悔を滲ませ、黙祷を捧げる背中。それでも彼は、再び同じような場面に遭遇したならば、おそらくためらわず剣を振るうのだろう。何百、何千のアンデッドをなぎ倒し、その中心でおびえる、ただ一人を救うために。
 すとん、と納得出来た。
 そうだ、確かに自分は父の子だ。
 欲しい。
 この人が欲しい。
 フツフツと、渇望がわき上がってくる。
 自分の何を犠牲にしても、周りの何を犠牲にしても。誰にどんな後ろ指を指されようと、この人に近づきたい。
 今まで、何に対しても淡泊で、父に似ていると言われてもピンと来なかった。自分の中に、これほどまでのドロドロとした熱情が存在するとは思いもしなかった。
 激情と共に、冷静にソロバンを弾く自分も存在する。
 これは、茨の道だ。
 ほんの小娘に過ぎない私にも分かっていた。
 現勇者は、国の第一王子だ。庶民の小娘の手の届く相手ではない。不可能に近い。それでも欲しい。ならば。
 策を、練らなくては。
 体中が活性化する。
 私はこのとき、人生で最大最高速に脳が稼働していく音を聞いた。
 




猫小話・牛舎に居る三毛猫のモッチーは今年初産。段ボール箱の中に三匹の子猫を産み、内一匹は次の日死亡。そこにモッチーの母猫ミーミーが同居し、三匹の子猫を出産。さらにミーミーの弟猫チャー三代目が同居し、大人猫三匹で五匹の子猫を育てている……。(猫は普通、母親共同で子育てしないし、雄猫は子猫を殺すことが多いので母猫は物凄く警戒するはず)
しおりを挟む
感想 658

あなたにおすすめの小説

異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました

黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。 彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。 戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。 現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと! 「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」 ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。 絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。 伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進! 迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る! これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー! 美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。 人生、逆転できないことなんて何もない!

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜

あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」 貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。 しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった! 失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する! 辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。 これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

最安もふもふ三匹に名前をつける変な冒険者ですが、この子たちの力を引き出せるのは私だけです ~精霊偏愛録~

Lihito
ファンタジー
精霊に名前をつける冒険者は、たぶん私だけだ。 うさぎのノル、狐のルゥ、モモンガのピノ。三匹とも最安の契約で、手のひらに乗るサイズ。周りからは「手乗り精霊で何ができる」と笑われている。 でも、この子たちへの聞き方を変えるだけで、返ってくる答えはまるで違う。三匹の情報を重ねれば、上位の精霊一体では見えないものが見える。 上位パーティが三度失敗した大型討伐。私は戦わない。ノルに地中を、ピノに上空を、ルゥに地上を調べさせて、答えを組み上げる。 ——この世界の精霊の使い方、みんな間違ってませんか?

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。