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4巻
4-1
しおりを挟むオイラはノア。鍛冶見習いの十四歳。
オイラの父ちゃんは、「神の鍛冶士」とまで言われた凄腕の鍛冶士だったんだけど……母ちゃんが死んで以来、酒浸りのダメダメ親父になってしまった。
そんな父ちゃんにやる気を出してもらうべく、近所にある魔物の領域『無限の荒野』や『竜の棲む山脈』に行っては珍しい鉱石や鍛冶素材を集めていたオイラは、気が付けば英雄王をも超えるレベル596とかになっていた。
火竜女王にヒヒイロカネを預けられた父ちゃんとオイラは、全身全霊を傾けて攻撃補整二万超えの武具、【神話級】のパルチザン『金烏』を打ち上げる。その腕を認められた父ちゃんは、「竜王の鍛冶士」の称号を授けられる託宣を受けた。
それからオイラはエスティに、冒険も鍛冶も出来る「最強の鍛冶見習い」を目指すことを宣言し……それからはまぁ、火竜のリムダさんが弟子入りしてきたり、風竜の獣人であるリリィがうちに住んで鍛冶を手伝ってくれることになったりと、それはもういろいろとあった。
しかも、母ちゃんの弟であるジェルおじさん――オイラたちが住む国の王様に、会いに王城に行ったとき、王子と王女、つまりオイラのイトコのユーリとカウラと、初めて顔を合わせることになる。
そして王城で【神話級】の武器を見せてもらって、ヒヒイロカネが合金であることを知ったオイラは、『誰も知らない鉱石と誰も見たことのない素材で今までなかった武具を打つ』という夢に向かって、気合いを入れ直すのだった。
01 ルルララの依頼
「ねぇノア、この枯れた葉っぱって何に使うの?」
「それはね、餅米の藁で、それを灰にして鍛冶のときに素材の粉と混ぜて金属にまぶすんだよ」
藁を見たことがないらしいユーリの質問に、オイラは笑って答えた。
餅藁は、鍛冶に使う藁灰を作るための原材料で、鉱石でも鍛冶素材でもないけれど、鍛冶をするには欠かせない重要なアイテムだ。毎年、隣のテリテおばさんの家の稲刈りの手伝い賃に大量に確保している。
リリィ、お隣のマリル兄ちゃん、遊びに来たジェルおじさんとユーリにまで手伝ってもらいながら庭で餅米の稲藁を干していると、空から婆ちゃんたちが降ってきた。
……何を言っているのか分からない?
いや文字通り、空から仁王立ちのルル婆ララ婆が、ぶんっと。
地面にぶつかるっ!と思った瞬間、地面スレスレでふわっと止まり、次いでぶわっと砂埃混じりの風が吹き抜けていった。
見上げた空には、遠く、大きな鳥(?)のシルエット。
つまりは、ララ婆が言うところの「伝書鳩」――飛行系の魔獣から飛び降りてきた、と。
普通なら高所から飛び降りる際には、全身を曲げてクッションにし、場合によっては転がるようにして衝撃をやり過ごす。
それなのに二人は、せっかくのパラシュート代わりになるリスしっぽも使わず、仁王立ちのまま降ってきて重力魔法だか風魔法だかで急停止してるみたいだけど……なんという力業。間違ってもオイラには真似出来ない。
咄嗟に顔をかばったユーリは、「何事!? ってルル師匠!?」と取り乱していたけれど、ルル婆ララ婆はそちらに一瞥すらすることなくリリィに駆け寄った。
「ああ、良かったリリ、無事じゃったか」
「リリに力を借りたいことが出来てね、緊急なんだ、協力してくれるかい?」
突然の婆ちゃんたちの出現にあわあわしていたリリィが、逃げるためにだろう広げていた白い羽を、パサリと下げた。
リリィは、ララ婆の娘で、ソイ王国で婆ちゃんたちと一緒に暮らしていたのに、何も言わずに家出したと言っていた。婆ちゃんたちが心配していなかったはずがない。
怒ってリリィを連れ戻しに来たのかと思ったけど、何だか風向きが違うようだ。
「リリィの協力って、風の力? オイラも何か手伝える?」
一歩前に出たオイラに、ルル婆が軽く手を叩いた。
「ノアしゃんの手伝い……ああ、そうそう。確かに頼みたいことがあった。好都合なことにジェル坊もいる、大抵の用はここで済みそうじゃね」
「俺?」
自分を指差すジェルおじさんに説明することもなく、ルル婆は巨大な魔水晶が付いた杖をつきながらカツカツとオイラたちの間を進むと、そのまま縁側へと腰をかけた。
その横にララ婆も並んだとき、タイミングよくお盆を手に持ったリムダさんが現れ、婆ちゃんたちに玄米茶の入った湯呑みを手渡した。
どうやらリムダさんには、ルル婆ララ婆が近づいてくるのが分かっていたらしい。
ちなみに父ちゃんは、餅藁を運ぶ途中で腰を痛め、リムダさんに治癒魔法をかけられて奥で爆睡している。リムダさんの治癒魔法はよく効くけど、その分体力の消耗が激しくて眠くなることも多い。
「リリィにオイラにジェルおじさん……って何やるの?」
ルル婆の言葉に、オイラはそう尋ねた。
リリィは風を操る。オイラが得意なのは鍛冶と素材集め。ジェルおじさんは勇者で王様。共通点はあまりない。
ルル婆はふぅふぅと玄米茶を冷ましつつ首を横に振った。
「まったく、竜に茶を淹れてもらえるなんざ贅沢の極みじゃね。……今回頼みたいことは、三人それぞれ別々のもんじゃよ。一番重要なのはリリ。リリは確かに風を操るが、風竜の能力はそれだけじゃない。風の知るところは風竜も知る――『風見』というのが、風竜の本質なんじゃ」
オイラは驚いてリリィを見つめた。
昔話に出てくる『遠めがね』や『千里眼』のような、遠くのものを見通す力。リリィにそんな力があるなんて聞いたこともなかった。
「ああ、ちょっと待った。ちょうど今着いたようじゃから、一緒に説明しちまおう」
ルル婆が淡く紫に輝く魔水晶の杖を軽く振ると、空の向こうからなんだか聞き覚えのある声が近づいてきた。
「うぁああああぁぁぁぁ……」
なびく一反木綿の妖怪。そんな感じでふわりと上空から舞い降りてきたのは、ルル婆お馴染みの長座布団だった。
「ミミィ!?」
その上には、見たことのない顔色の悪いネズミ系獣人の男の人と、王都一の魔道具屋、クヌギ屋女将ミミ――ミミィがしがみついていた。
「ああ、数時間ぶりだね、会いたかったよ……我が愛しの地面……揺れてない……揺れてないよ……」
転がり落ちるように魔法の長座布団から降りたミミィが、そのまま地面に抱きつくように頬ずりする。ネズミの男の人は、長座布団から降りることすらなくカチカチに固まっていた。
「す、すみま、せん……手が……固まっちゃって……」
声までカタカタと震えている男の人に、マリル兄ちゃんが気の毒そうな顔をして長座布団へと跳び上がる。そして男の人の指を一本ずつ外して小脇に抱えると、ひょいと飛び降りて縁側に座らせてあげた。
「ちょいとおっかさん! いきなりコットンシードまで来たと思ったら、事情も説明しないでいきなりかっさらうような真似してくれて! 今度こそしっぽが千切れるかと思ったよ! 空の上じゃあ問いただす余裕はなかったが、さぁ今こそキリキリ白状してもらおうじゃないかっ」
ほっぺたに土と枯れ草をくっつけたミミィがむくっと起き上がり、まなじりを吊り上げてララ婆へと詰め寄った。
なんでもミミィは今日、愛弟子のヤイチさんの尽力でようやく完成させた魔道義肢を持ってコットンシードへ出向き、元旦那さんのヨヘイさんに合わせて調節していたんだとか。
しかしそこへ急に婆ちゃんたちがやってきて、有無を言わせずに長座布団へと乗せられると、婆ちゃんたちの乗った「伝書鳩」の後を追尾させられたらしい。
「伝書鳩にゃあ二人までしか乗れないからねぇ」とカラカラと笑うララ婆に、ミミィが「そういう問題じゃないんだよ」と食ってかかっていた。
まあ、馬車で二週間かかる道のりを四時間程度でかっ飛ばされたとしたら、確かに文句のひとつも言いたくなるかもしれない。
「そういきり立たなくても、これから一通り説明するしゃね。まずは……一週間ほど前、わしゃのところにオーツ共和国から調査依頼が来た。内容は、魔物の領域である『夕闇谷』から、魔獣がいなくなった、と」
「魔獣が!?」
ジェルおじさんが険しい顔をしてルル婆を見つめた。
魔獣がいるから魔物の領域。魔獣がいなくなるなんて聞いたこともない。
「わしゃとララはね、つい今朝までその『夕闇谷』にいたんじゃわ……」
ルル婆によると、ミミィと一緒にやってきたネズミ系獣人の男の人は、レミングの獣人でオーツ共和国の『夕闇谷』地方担当官、ラッドさんというらしい。本人いわく、上司から無茶ぶりされた下っ端小役人だそうだ。
彼の知り合いの羊飼いがたまたま群れからはぐれた子羊を探しに行き、『夕闇谷』の異変に気付いてラッドさんに相談。そこから国の上層部に報告されて、ルル婆ララ婆に話がいったという。
オイラはあんまり詳しくないんだけど、オーツ共和国というのは、オイラたちが住んでいるデントコーン王国から見て『竜の棲む山脈』を挟んでちょうど反対側、北方に位置する国だ。
ルル婆の説明によると、『夕闇谷』の辺りは『竜の棲む山脈』に遮られて日照量が少なく、人口の少ない貧しい地域だという。
ところがこの『夕闇谷』には、ひとつのお宝があるそうだ。
百年ほど前に、『夕闇谷』に棲みついていたハグレ竜が討伐されたが、その住処には多くの魔水晶があったというのだ。
以来、『夕闇谷』には魔水晶の鉱脈があるのでは、と噂されるようになったが、魔獣の強さに阻まれ、国としての調査・開発は二の足を踏んでいた。
「そんな場所があるんだ……てか魔水晶って、ルル婆の杖に付いてるやつとか魔道具に使うやつだよね?」
ジェルおじさんが前に説明してくれた話だと、普通の魔道具を動かすには人の魔力で充分だけれど、大型のものや、ずっと動かしておきたいものには魔水晶を使うんだったか。
「そう、日常生活に使うような魔道具には必要ないが、国防なんかの重要な魔道具には必須でね。希少な上に需要もある、ってなると高値が付くのは当然。ほら、コットンシードより向こうにソイ王国ってのがあるだろ? あそこは砂漠の国で作物なんざほとんど採れないが、魔水晶の鉱脈があってね。その資金力で、デントコーン王国に並ぶ大国でいられてるんだよ」
ミミィの説明に「へー」と頷きながら、オイラは全く別のことを考えていた。
ってか魔水晶、鉱脈って言ってたよね? ってことは鉱石? 剣に鍛えられたりする? 魔素を含む鉱物なら……ひょっとして、魔剣なんて打てたり?
魔剣ていうのは、製法も制作者も不明だけれど、大陸に数本だけ存在する不可思議な剣だ。形が変わったり、持ち手が使えないはずの魔法が使えるようになったり、持ち主を呪ったりするらしい。剣の最高位とされる【神話級】とは別のベクトルで、鍛冶士の夢がパンパンに詰まっている。
ただ、魔水晶はメチャクチャ高いらしいから、買って試してみるのは絶対に無理。でも『夕闇谷』とかで偶然拾っちゃったりしたら、それはもうオイラのものってことでいいよね?
しっぽをわさわさ振り出したオイラに、何かを察したのだろう。リムダさんがちょっと引き気味にこちらを眺めている。ここ半年で、リムダさんもずいぶんオイラの思考回路を理解してきたようだ。
「その魔水晶の鉱脈があるかもしれない場所に巣くっていた魔獣が、いなくなった。上手くすればオーツ共和国もソイ王国に比肩する大国になれるかもしれない……上層部はそう考えたようです。まぁそのシワ寄せは、木っ端役人にくるわけですが」
ミミィの説明を引き継いで、黒々とした隈の浮いた顔で、ラッドさんが自嘲気味に肩をすくめる。ボサボサの髪にガサガサの唇、顔色も悪いし……ルル婆の長座布団のせいかと思ってたけど、それだけじゃなくて相当無理を重ねていたりするのかもしれない。
「調査団の編成、人員の確保、予算の算出、予定外の支出の調整……確かに最初に『夕闇谷』の話を聞きつけたのは僕ですが、無茶ぶりにもほどがあります……」
ラッドさんによると、『夕闇谷』から魔獣がいなくなっているかもしれない、そう聞いた国は、まずラッドさんたち地方行政官に調査するよう指示を出した。
だが、魔獣がいなくなっているかもしれない、でもまだいるかもしれないという状況。数匹でも残っていたとしたら戦闘能力のない役人だけでは死にに行くようなものだ。
そこで予算をなんとかひねり出して、それなりにベテランの冒険者パーティに護衛を依頼して、数人が出発したそうだ。
「僕は、無理やり予算を捻出した後始末に残されて、第一次調査団には参加しなかったんですが……僕たちレミングというのは、集団で大移動するほど種族のつながりが深くて、お互いに離れた場所でも多少の情報を共有することが出来るんです。調査団に参加した同僚から伝わってきたのは、文章にすらならないパニックと恐怖。そして、調査団が戻ってくることはありませんでした」
「えっ!?」
「それからさらに、国のほうでより高ランクの冒険者パーティを起用して第二次、第三次と調査団が組まれましたが……誰も戻っては来ませんでした。魔獣がいた頃の『夕闇谷』で普通に活動出来るはずの実力者たちが、です。ついに国は、大陸でも最高峰の研究者――大賢者ルル様にご足労願うことにしたわけです」
ラッドさんの言葉を受けて、ルル婆は手にしていた湯呑みを傍らに置き、片足だけ草履を脱ぐと片あぐらをかいた。小柄なルル婆は踏み石にさえ足が届かず、片足にまだ引っかかったままの草履がプラプラと揺れている。
「行ってみて驚いたのなんの。『夕闇谷』には……魔素がなかったんじゃわ」
「え? 『夕闇谷』って、魔物の領域だよね?」
「そう、他の場所より魔素が濃い、魔素の吹きだまりを魔物の領域と呼ぶ。『夕闇谷』は魔物の領域で、それも『竜の棲む山脈』にはとても及ばないが『無限の荒野』に次ぐ高レベルの魔獣が棲む、この辺りでも有数の魔物の領域じゃ。それがスッカラカン。魔法使い的には乾ききった砂漠のようなものじゃった」
その説明の後半部分がよく分からなかったオイラに、リリィがこっそり教えてくれる。
魔法使いは、自分の魔力を呼び水に自然界の魔素を取り込んで魔法を使う。つまり周囲に全く魔素のない場所で魔法は使えない。また、自分のものではない魔素を使うので、魔法を使うのはスキルを使うのよりも難しい。スキルは自分の魔力だけを使うので簡単だが、魔法ほど大きな現象は引き起こせない。
「へぇ、魔法とスキルってそうなってたんだ」
「そうなってたんじゃよ。魔法が使えないとなったら、大賢者とてタダの人じゃわ。まぁ、ララに頼んで様子を見てきてもらおうかとも思ったんじゃけどね……」
そこで、ルル婆はララ婆のほうをチラッと見た。
「あれは、ダメだよ。いくらあたしゃとはいえ、踏み入ったら命取りになる。何度も修羅場をくぐり抜けた大盗賊の勘だ。信用ならないかい、ルル?」
「いやいや、とんでもない。大盗賊様の勘で拾った命の数は片手じゃ足りないくらいじゃからね、ララ。だからわしゃらは、リリの力を頼って、わざわざ『竜の棲む山脈』の反対側までやってきたってわけなんじゃよ、ノアしゃん」
「それって、さっき言ってた『風見』とかいう?」
ルル婆とリリィの顔を見比べるオイラに、ララ婆がニヤリと笑った。
「実際に踏み込めない場所を見たい。情報を知りたい。そんなときこそ風竜の能力なんじゃよ。風竜は情報の竜。風の知るものを風竜もまた知ることが出来る。まだ成長しきっていないリリは、通常その力を使いこなすことは出来ないが……ある特定の条件の下では、ほんの少しだけその力を前借りすることが出来るのしゃ」
オイラの中で、ピンと何かがつながった。
一見この件には関係なさそうなのに、無理やりここに連れてこられた……
「ミミィ!? ミミィがいると、リリィがパワーアップするとかそういうこと!?」
02 増幅
「うーん、半分正解で半分ハズレじゃね。ミミィの中にリリィに継がれなかった風竜の力があるとか、ミミィと手をつなぐと封じられた力が解放されるとか、そういう浪漫溢れる話じゃあないんじゃわ」
勢い込んで聞いたオイラに、ルル婆が微妙な顔をする。
黄表紙――いわゆる大衆向けの小説のような展開を期待していたオイラは、スコーンッと出鼻をくじかれた。リリィとミミィが手を取り合って、ポーズを決めて「変身ッ!」とかやって欲しかったなぁ……
「ミミはね、この大陸でも唯一の、『増幅』の魔道具の作り手なんじゃ」
「……増幅?」
よく分かっていないオイラとは対照的に、リムダさんやマリル兄ちゃん、ラッドさんがビックリした顔でミミィを見つめた。一方で、ジェルおじさんは既知の情報なのか驚いた様子はない。
「ああ、まだ紹介してなかったね、リムダしゃん、ラッドしゃん、マリルしゃん、これはミミ。リリの妹で、ララの三女じゃ。王都で魔道具屋をやっとる」
ミミィが、少しふてくされた表情のまま会釈した。
「ノアしゃんに分かりやすく説明しゅると、例えばこの『鑑定』のメガネ。ノマドは魔法のメガネ、とか呼んでいたけどね、これは正確には『増幅』の魔道具なんじゃよ。『鑑定』は本来種族名とレベルしか読み取れない使い勝手の悪い魔法なんじゃ。それが、このメガネを通すだけで、ステータスからスキルポイントまで見通せる、極めて有用な魔法に昇華しゃれる。大陸広しとはいえ、このメガネを作れるのはクヌギ屋ミミだけなんじゃ」
「へぇーっ、ミミィって凄かったんだね!」
「凄いんだよ」
ララ婆に自慢げに肩を叩かれたミミィは照れ臭そうにしていたが、はっと我に返ったように目を見開いた。
「ちょっと待っておくんなさいおっかさん。突然引っ抱えられて連れてこられたから、魔道具作りの材料なんてほとんど置いてきちまったよ! 今あるのは、ちょうど持ってた火炎鼬の絵筆だけだ。これからクヌギ屋にひとっ走りするとして……リリ姉さんの『風見』の増幅に使う量ってなると……」
眉間にシワを寄せて算段を始めたミミィの肩を、ララ婆が笑いながら軽く叩く。
「心配はいらないよ。ここをどこだと思ってるんだい?」
ララ婆の言葉に、ミミィは怪訝そうに辺りを見回して……オイラの顔に視線が止まると、「あっ」という顔になる。
「そうだ、ノアちゃんちなら竜の骨使い放題じゃないか! ケチケチしないで、なるべくいいヤツ出しとくれ! それとミスリル、十キログラムずつの板が最低五個、もっとあるなら剣になってたとこで構わないよ、全部持ってきな!」
これが、婆ちゃんたちが言ってた『オイラに協力出来ること』か。
「ひえ~」
ミミィの人使いの荒さには定評がある。
追いまくられるままに走り回って材料を確保していると、背筋がじわっと熱くなった。この感覚は、とても覚えがある。
「なんじゃ、覚えのある気配が『竜の棲む山脈』の麓を突っ切って行ったから何事かと見に来れば、ずいぶんと忙しそうじゃのぉ」
振り返ったそこにいたのは、執事竜のセバスチャンさんを従えて立つ赤い長身の美女――いわずもがなの火竜女王、エスティだった。
顎に手を当てて小首を傾げる彼女を見たミミィが、腰を抜かしそうになりながらガタガタと震え出した。縁側でお茶を飲んでいたラッドさんも真っ青になって震え、ジェルおじさんも拳を握りしめている。
「あ……あ……」
震えながら跪きそうになったミミィの前に、スッとララ婆が割って入った。
「その威圧を引っ込めてもらえましぇんかね。この子はあたしゃの娘だ。リムダしゃんの敵でも、ましてやノアしゃんの敵でもない」
なに、どういうこと? 威圧?
オイラが理解しきれない内にも、エスティはいらついたようにしっぽで地面を一打ちすると、片目をすがめ、自分より遥かに小さなリスの獣人親子を睥睨した。
「なに、少しばかり聞こえたものでな。たとえ大盗賊、おぬしの娘であったとしても……己が欲のためにノアを利用しようとするならば、灸を据えねばならぬ」
「ちょ、ちょっとエスティ、誤解誤解!」
そこでオイラは、ことのあらましをエスティにも説明する。
「ふむ?」
不承不承ながらも威圧とかいうのを緩めたのか、固まっていたミミィがストンとへたり込んだ。
倒れそうになったラッドさんは、ルル婆が支えている。ただでさえ、寝不足のハードワークだったところに、竜の気を浴びるとかとんだ災難だ。
「つまりは、大盗賊の娘とやらは風竜の力の増幅装置を作っているというわけか。なるほど、面白い。実に面白い」
エスティが納得してくれたところで、作業に戻る。
材料はあらかた運び終わっていたので、オイラが『素材錬成』のスキルで二頭分の竜のしっぽの骨を粉にしていく。『素材錬成』スキルで錬成できる対象は鍛冶素材に限るのかと思っていたけど、なんでか本来なら鍛冶素材にはならない竜の骨にもいける。
さらにオイラは父ちゃんの鍛冶場から、一番大きな薬研を引っ張り出した。
ミミィに指示されて、マリル兄ちゃんが黙々と薬研で擦り始める。
二人は初対面なんだけど、普段からテリテおばさんと暮らしてるマリル兄ちゃんは、「逆らっちゃマズイ人」の気配に聡いので素直に作業している。
分かるよ、マリル兄ちゃん。そういう人、周りに多すぎだよね。
大きな五芒星の形にミスリルを配置し、魔力で溶いた(このへんどうなっているのかよく分からない)竜の骨の粉に絵筆を浸して、ミミィが繊細な魔法回路を描き出していく。
それを見て、エスティが感心したように頷いた。
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