レベル596の鍛冶見習い

寺尾友希(田崎幻望)

文字の大きさ
76 / 133
4巻

4-2

しおりを挟む
「今日は元々訪れるつもりではあったが……予想だにせぬ僥倖ぎょうこうよな。これは見事じゃのぉ。ノアの『父ちゃん』に通ずるものがあるわ」

 ミミィの集中力が極限まで高まった鬼気きき迫る様は、確かに鍛冶の最中の父ちゃんに似ている。
 かつて力こそ全て、と言っていたエスティも、一流の職人の仕事ぶりには何やら価値を見いだしてくれたようだ。……と思ったけど、よく考えたら鍛冶も『増幅』も強さにつながるものだから興味があるだけだったりして……。
 エスティの横から身を乗り出したユーリが、熱に浮かされたように目を輝かせ、つばを飛ばしてしゃべり出した。

「凄い、凄い! 何この魔法回路! 知ってる、ノア? 補助魔法と魔道具の基礎きそはほとんど同じなんだ。むしろ、補助魔法使い以外にも補助魔法を使えるように落とし込んだのが魔道具っていうか。だから私も魔道具のことはちょっとだけ分かるんだけど、普通魔道具ってのは、ひとつかふたつの属性を組み合わせて作るんだ。二種を竹型、三種を松型、四種をうめ型と呼んでて、その上に五種を組み合わせたさくら型があるんだ。でも桜型が使われるのはたったひとつ、光の魔道具だけ。光の魔道具は最もよく使われてる魔道具でもあるんだけど、火でも風でも水でも木でも土でもない『光』を生じさせるのは、実は魔道具士の技術の集大成、すっごい難しいことなんだって。魔道具も単純なものは一重ひとえ咲き、複雑になればなるほど二重咲き、三重咲きと呼ばれてて、大抵の魔道具は三重咲きまで。その模様タングムを内から上段・中段・下段って呼んでて……」
「ちょ、いきなり何語り出してんの、ユーリ!?」

 目をキラキラさせたユーリが、興奮にダンダンと足を踏み鳴らす。

「ホントに凄いんだってば! この凄さが上手く伝えられないのがもどかしいぃ!」
「えぇ? どのへんが?」

 聞き返したオイラが悪かった。

「女将が今描いているのは、桜型の八重やえ咲き。この世に存在しないはずの『光』以外の五属性魔道具なんだよ! 何で五属性が『増幅』効果をもたらすか分かる? 魔力ってのは、属性関係なく、人によって少しずつ違うんだよ。そしてその違う魔力を混ぜ合わせると、二種類なら二乗、三種類なら三乗で魔力の量が増えていく。つまり十の魔力だったなら二種類で百、三種類で千。当然のデメリットとして魔力操作も二乗三乗で難しくなっていくから、そんじょそこらの魔法使いには出来っこないんだけど。だから魔力がいっぱいある竜の骨が魔法触媒しょくばいとして珍重ちんちょうされるわけ。魔法使いが自分の魔力と骨に残った竜の魔力を混ぜ合わせて、己の限界以上の魔力を使えるようになるからなんだよ。女将は元々ひとつであるはずの本人の魔力を属性の色を付けることで五種類に分け、それを再びひとつにより合わせることで五乗の魔力へと増幅させているんだよ。何でそんなこと思いつけたんだろう! それに五乗の魔力ってことは通常の五乗、制御が難しいんだよ!? こんなの爆弾と変わらないよ。そこを補うために、『増幅』効果の回路は二重咲き部分まで、残りの花弁は全て、魔力の波やうねりを抑え、魔力錬成をスムーズにし、魔力操作を補助するための模様タングム――これだけ膨大ぼうだいな種類の模様が、互いに反発せず機能するなんて、どれだけの計算と施行を繰り返したのか――」

 うん。何か、めっちゃ難しいことをやってるってのは分かった。
 怒濤どとうの勢いのユーリの言葉に、セバスチャンさんだけは同意するように何度も頷いていたけれど、エスティの目が途中から泳いでいたのをオイラは見逃さなかった。セバスチャンさんが熱心に見ているから言い出せないだけで、実はちょっと飽きてきてるでしょ。
 すると泳いでいたエスティの視線が、ふとジェルおじさんへと止まった。
 小首を傾げ、いまだに滔々とうとうと語っているユーリとジェルおじさんとの間で視線が行き来する。

「ところで、見ぬ顔じゃがおぬしらは何者じゃ?」

 必死で気配を消していたジェルおじさんが、ビクッと肩を震わせると、それからひとつ深呼吸して、何とか威厳いげんしぼり出した。

「……火竜女王、エスティローダ殿とお見受けします。私はジェラルド・カーネル・デントコーン。こっちは、私の息子でユーリティウス・リンカ・デントコーンです」

 普段のゆるいジェルおじさんからはかけ離れた固い挨拶あいさつに、エスティは鷹揚おうように頷き、微笑ほほえんだ。

「ふむ、いかにも我はエスティローダ。火竜の女王じゃ。デントコーンということは、おぬしがノアの言う『この国の王様をやっているジェルおじさん』か。なるほど」

 エスティの扇子せんすがひらりと舞い――それは瞬時にパルチザン『金烏ジンウ』、本来の形へと姿を変える。
 体ごと回すようにして斜め下から切り上げられた巨大な刀身がジェルおじさんを横薙よこなぎにする、と思った瞬間、それは頬の寸前でピタリと止まった。
 ジェルおじさんは避けるでも反撃するでもなく、ただエスティを見据えるとニッと笑った。

「お会い出来て光栄ですな」

 オイラの角度からだと、ジェルおじさんの首筋をものすっごい冷汗が流れていくのが見えたけれど、エスティは満足そうに笑うと『金烏ジンウ』を扇子へと戻した。

「くくっ、前代の勇者だったか。確かにノアの叔父おじというだけある。今後ともよろしゅうにな」

 竜の挨拶はまず攻撃から。いなすかかわすかして一撃を返すのが竜の礼儀だと思っていたけど、『あえてけない』という選択肢があるとは思わなかった。でも、オイラがやった場合、問答無用で吹っ飛ばされる未来しか見えない。

「凄い、凄いよ! 魔道具でこんなことまで出来るなんて! 女将天才!」

 ……自分の父親が女王竜に武器を向けられているというのに、全く気付かず『増幅』の魔道具しか見えていないユーリには、何だかオイラとの血のつながりを感じる……。
 そこから少し離れた縁側では、ルル婆とリリィが静かに話していた。

「『魔物の領域』から魔獣がいなくなったと聞いて、まず思い出すのは百五十年前の『悠久ゆうきゅう白峰しらみね』、たたり竜の件じゃね」
「デイリーれき一八二一年八月、現アルファルファ神聖国内『悠久の白峰』にて魔獣の約九割が減少した一件」

 リリィの言った具体的な年数に、オイラは驚いてルル婆に近づき、尋ねた。

「え、祟り竜って、理性を失った狂った竜が暴れ回って、竜と魔獣と人とが協力して倒したっていう昔話? あれ、本当にあった話だったの?」
「わしゃが研究したから確かじゃよ。けど今回のはちっと違う。『夕闇谷』には、祟り竜どころか音も気配もニオイもないんじゃわ。まるで生き物の消失した死の谷――」

 虚空こくうを見つめしばらくもくしていたルル婆が、魔法の杖をドンとついた。

「いや違う。ニオイがなかった。死はニオう。血も死体も長時間ニオイを発する。そして死は虫や鳥、死体の捕食者の生を呼ぶもの。死んでいないなら、魔獣たちはどこへ行った?」
「どこへ行ったって、ルル。それを確かめるためのリリの『風見』だろ?」

 ララ婆の言葉に頷きつつも、ララ婆は眉間にシワを寄せた。

「魔獣がいるから魔物の領域。魔獣がいなくなったならば、魔素がなくなっていても不思議はない――わしゃらは無意識にそう思い込んどった」
「うん? 何か違うってのかい、ルル?」

 ルル婆は中天ちゅうてんを過ぎた太陽にまぶしそうにシワだらけの手をかざし、ひとつ深呼吸をした。

「順番が逆じゃったんじゃよ。魔獣がいなくなるから魔素がなくなるのではなく……魔素がなくなったから、魔獣は暮らせなくなったんじゃ。魔物の領域の魔獣は、ダンジョンの魔獣とは違う。実体がある。魔素を得られなくなった魔獣は――他へ行くしかない。それが今まで目撃されてないってことは、いずれ、これから」

 聞いている内にみるみる顔色を失ったララ婆が、ポツリと零した。

「まさか」

 ルル婆と異なり全く思い当たる節のないオイラが首を傾げたとき、いつの間にやら隣に来ていたエスティが扇子でポンと手のひらを叩いた。

「なんじゃ、気付きおったのか」
「えっ、て、エスティ、ひょっとして『夕闇谷』から魔獣がいなくなったのが何でなのか、知ってたの!?」
「『夕闇谷』とやらは見てはおらぬが。人間が早々に忘れてしまったことでも、我ら竜種からすれば、一生のうち何度も目にする風物詩ふうぶつしのようなものであるからの。想像は付く」
「じゃあ教えてみてよ、なんで魔獣がいなくなったのさ?」

 それに対して、エスティは答えるでもなくニヤリと笑うと、リリィの腕をつかみ、オイラの背をミミィのほうへと押す。

「そんな些事さじより、大盗賊の娘が一仕事終えたようじゃぞ。我は、そこな風竜小娘を呼びに参ったのじゃ。王都一と豪語ごうごする魔道具職人の腕、我は早う確認してみたいのじゃ」

 不本意ながらもミミィのほうに目をやると、半径1メートルほどの範囲はんいにミスリルの板が五芒星の形に並んでいた。それをつなぐようにオイラが打ったミスリルの剣が伏せられ、その全面に白い花のような魔法回路が描かれている。
 ミミィはお盆の二倍くらいの大きさのミスリル板に、また違った形の魔法回路を描き終えたところだった。
 エスティって、大言壮語たいげんそうご……っていうとちょっとニュアンスが違うけど、実力を伴った上で大きいことを言う人のこと、結構好きだよね。ミミィと気が合うのも分かる気がする。

百聞ひゃくぶんは一見にしかずじゃ、のぉセバス」
「さようでございますな、お嬢様」

 うやうやしく同意する黒服の執事もまた、ミミィの描く魔法回路を興味深げに見つめている。
 話の腰をボッキリ折られた婆ちゃんたちも、複雑な顔をしつつもミミィの作り上げた魔道具? 魔装置? を取り囲んだ。

「さぁさぁ、遠からん者は音にも聞け! 近くば寄って目にも見よ! 他では決してお目にかかれない天才魔道具職人クヌギ屋ミミによる一世一代渾身こんしん大傑作だいけっさく、本日限りの興行だ!」

 集中しすぎて変なテンションになったらしく、そんなことを言っているミミィに、ユーリがやんややんやと拍手を送る。
 小首を傾げたリリィが、ミミィに促されて五芒星の中心に入る。


 ピューーーぃぃぃーーーピュアーー


 リリィの口元から発せられたか細い口笛が辺りに響いたとき。
 ぶわっとリリィの足下から、ほのかに白く輝く風が螺旋らせんを描いて吹き上がった。
 リリィの膝上丈ひざうえたけのスカートがふくれ、普段はスカートに紛れている白いしっぽとカボチャパンツがはっきり見えた。白い髪も大きく巻き上がる。


「なるほど、これが『増幅』……だがこれでは、戦いに持って行くわけにはいかぬな」
「据え置き型でございますから。ですが円形で固定すれば、多少は移動が可能かもしれませんな」
「これの中心を通してブレスを放ったら、風竜王くらい丸焼きに出来るのではないか?」

 不穏な会話を交わす火竜の主従に、オイラは思わず突っ込む。

「全部を全部、戦いに結びつけるとこはさすが戦闘狂エスティだよね」
「全部を全部、鍛冶に結びつける鍛冶バカに言われたくはないの」
「……の中にこれを作ってもらったら、今までとは違う剣が打てたりするかな?」

 そこまで聞いて、ミミィがひたいに青筋を浮かべてニッコリと笑った。

「この『増幅』の魔道具は、幼竜ようりゅう相当のリリ姉さんの力を成竜に近づけるので精一杯。成竜のブレスなんぞに耐えられるわけがないでしょうが! ノアちゃんも! ミスリルが溶ける炉の温度に、ミスリルで作った魔道具が耐えられるわけがないだろうよ!」

 ああ、そういえばミミィはエスティとジェルおじさんが自己紹介しあってたときに話を聞いてなかったから、エスティが女王竜だって知らないのかー、なんて思ったとき、ミミィの持つミスリル板がまばゆく輝いた。

「っ!?」

 白く波打ったように揺れるミスリル板の表面に、次第に何かの光景が映し出される。
 木の葉みたいなものが見えるけど、多分……これは、オーツ共和国『夕闇谷』の光景だ。
 リリィの白いこめかみに、つぅっと一筋の透明とうめいな汗が流れた。

「リリ、もっと下、もっと下だ。上から伝書鳩で見たんじゃ、木々が深すぎてよく分からなかった最奥さいおう……行けるかい?」

 まるで鳥にでもなったかのように、重なった木の葉をすり抜け、枝をくぐり抜けて視界が開ける。
 ぐんぐん流れていく景色の中、木のこずえや岩、草花は映っても、魔獣はおろか鳥も虫さえも映り込まない。リリィが運ぶのは景色だけで、ニオイも音も温度も感触も伝わってはこない。
 それが一層、『夕闇谷』を作り物めいて見せていた。


 ピューーーぃぃぃーーー


 かすれがちな口笛。白く揺れるミスリル板に、一瞬、大きな木とそれを囲む大勢の生き物が見えて――……
 ハッ、ハッ、という短い呼吸の音と共に、ミスリル板の景色が大きく乱れる。

「リリィ、大丈夫!?」

 オイラの声に、ミスリル板を凝視ぎょうししていたララ婆がギョッとリリィを振り返り、顔色を変えた。

「リリ!? こりゃ魔力欠乏症だ! もういい、止めるんだよリリ! 無理をさせちまった。ルル、頼めるかい!?」

 リリィは細いまゆを寄せ、白い指先が苦しそうに胸元を握りしめる。早く浅い呼吸を繰り返し、滝のような汗が流れていた。
 それでも口笛を続けようと口をとがらせかけたリリィを、ララ婆が力ずくで五芒星の中から引きずり出した。
 リリィの背にルル婆が手のてらを当てると、ルル婆の手が淡い紫に輝いた。輝きは、リリィの中に吸い込まれていき……リリィの呼吸が、少しずつ落ち着いていく。

「もうちょっとで、見えた」
「何を言ってるんだい! あとちょっとでも続けてたらアンタが危なかったよ!」

 震える指先を『増幅』の魔道具に伸ばすリリィを、ララ婆がしかり飛ばす。
 魔法を使えないオイラは知らなかったんだけど、ララ婆によると、魔法を使いすぎて魔力が空っぽになってもまだ魔法を使い続けると、体が『魔力を生み出すこと』だけに集中してしまう。つまり、消化や呼吸、鼓動などの、普段無意識に体が行っている機能が段々と止まっていってしまうんだそうだ。
 リリィに魔力を分け与えているらしいルル婆が、難しい顔で口を曲げた。

「それにしても、これほど急激な魔力欠乏症は聞いたこともないよ。たったこれっぽっちの時間でリリの魔力が底をつくとはねぇ。前回は、四半時やっても平然としてたってのに……『夕闇谷』のせいかい?」

 リリィがコクリと頷く。

「風に魔力を送っても送っても、まるでどこかに吸われていってるみたいで……奥に行けば行くほど、風に力が入らなくなった。ごめん、母さんたち。リリ、役に立たなかった」

 そんなことあるもんかい、と言いかけたララ婆の言葉を、パサリと広げられたエスティの扇子が遮った。

「そう悲観することはないぞ、小娘。一瞬ではあったが、肝心かんじんな場所は見えたからのぉ」
「えっ?」

 目を丸くして見上げるリリィに、エスティは口元を吊り上げた。

「まずは見事とめてやろう。風竜が風を用いて遥か遠くの事象を『視る』ことは知っておったが、まさかそのさまをこの目で見られようとは思っておらなんだ。風竜独自の技を、万人に知れる型に落とし込んだは天晴あっぱれ。姉妹の妙技みょうぎ、人にしか考えつかぬ技術よな。その褒美ほうびに、我もひとつ、人が知るはずもない知識を披露ひろうしてやろう」

 フフン、と自慢げに笑うと、エスティはツカツカと縁側へと近づいた。
 そこに出しっぱなしになっていた父ちゃんの褞袍どてらを地面へ広げると、そこにバシャバシャと婆ちゃんたちの飲み残しの玄米茶、さらには鉄瓶てつびんに残っていたお茶も残さずかける。

「ちょっ、いきなり何するのエスティ!?」

 父ちゃんの褞袍どてらは赤茶色でゴミゴミした柄だし、お茶の染みくらいそんなに目立たないけど……。

「まあ、黙って見ておるがいい」

 そう言いながらエスティは、懐から落花生らっかせいったクッキーをごそごそと取り出し、褞袍どてらの上にひとつ置いた。
 っていうかエスティ、お菓子常備してんの? 竜形態のときにはどうなってんの、それ?
 玄米茶を吸い込んだ褞袍どてらの上には、クッキーの甘い匂いにられて、何匹ものありが登ってきていた。
 婆ちゃんたちも、いぶかしげにしながらもエスティと褞袍どてらとを見比べていた。



 03 魔物の領域とは


「良いか、小娘。我は女王ゆえ寛容かんようじゃ。おぬしらにも分かりやすいよう説明してやる。まずは、この褞袍どてらはおぬしらの暮らす大地じゃと思え」
「はい?」

 なんだか突拍子もないことを言い出した……そう懐疑的に眉を寄せた全員の顔が、次のエスティの言葉で激変した。

「そして、この褞袍どてらに染みた茶が、人が魔素と呼ぶもの」

 人が知るはずもない知識――エスティの先ほどの言葉が頭をよぎる。

「この褞袍どてらの上を歩く蟻が、おぬしたち人間じゃ。蟻は軽すぎるゆえ、れた褞袍どてらの上を歩いても褞袍どてら自体には何の変化もない。しかし、ここに――……」

 エスティがクッキーのすぐ脇に、襟首えりくびを掴んだタヌキ――うちの飼い猫をひょいと置く。
 突然竜に掴まれたタヌキは、置物のようにカチンと固まっていた。

「竜という重しを置く。すると」

 ひたひたに濡れた褞袍どてらはタヌキの重さの分だけ沈み、脚の周りにじわりとお茶が染み出してくる。
 またたく間に、脚の周りは小さなお茶の水たまりのようになった。

「これが、魔物の領域の成り立ちじゃ」
「「……なっ!!!」」

 絶句する婆ちゃんたちに代わって、オイラが頭の中を整理しつつ確認する。

「ってことは、つまり、竜の住処が、魔物の領域になっていくってこと?」
「そうじゃ。竜の周りに魔素は染み出す」
「それじゃあ、魔物の領域は魔素の吹きだまり、っていうのは間違いなんだ」

 なぜかエスティはチラッチラッとセバスチャンさんのほうを見つつ、軽く首を傾げた。
 セバスチャンさんは無言での何かのハンドサインをパパパッと送ってきた。エスティが小さく頷く。

「ふむ、あながち間違いとも言い切れぬ。今は茶で説明したが、本来魔素は風にも流れるし、水にも溶ける。単に染み出しただけでは、竜の周りに留まり続けることはない。それを、魔物の領域と呼ばれる特定の地域に定着させているのは、そこにある、その菓子よ」
「クッキー?」

 タヌキが生み出したお茶だまりに半分浸かったクッキーは、元々かなりやわらかかったのか、少しずつ溶け出して玄米茶にとろみを加えている。

「魔素を、定着させる存在……じゃと!?」

 驚愕きょうがくに顔を引きつらせるルル婆に、エスティはニマニマと得意げな笑みを向ける。

「知りたいか? 知りたいかの、大賢者?」

 苦虫をみ潰したような顔をしたルル婆に、エスティは楽しそうに、胸元から何やら小さなものを取り出すと、手首を返して軽くヒュッと投げつけた。
 ルル婆の顔の前で、ララ婆の右手がパシッとそれを受け止める。開いた手のひらの上にあったのは、茶色い半円形の――……

「種? これって……回復のかきの!?」

 回復の柿というのは、魔物の領域で魔獣がたまに落とす回復アイテムだ。回復薬より効果は高いが、いたみやすく魔物の領域の外に持ち出せないデメリットがある。
 見慣れた種に思わず声をあげると、エスティは満足そうに頷いた。

「さよう。おぬしらが回復の柿と呼ぶものは、トレントの実なのじゃ」
「トレントでしゅと!?」

 婆ちゃんたちはビックリしているけど、オイラはいまいちピンとこない。なんかどっかで聞いたことがある気もするけど……?

「トレントって、魔獣?」
「トレントってのは、まぁ植物系の魔物の一種じゃわ。そこの『無限の荒野』によくいるおにアザミや鬼栗おにぐりなんかも植物系の魔物じゃね。ただ、トレントが他とは決定的に異なるのは、自ら動けるってことじゃと言われておる」

 ルル婆の解説に、オイラの頭にうにょうにょとつるを動かす鬼アザミと、根っこで獲物を捕まえる鬼栗が浮かぶ。

「って、鬼アザミも鬼栗も動くよね? それに、言われている……ってルル婆でも見たことないの?」
「普通の植物系の魔物は、枝葉や蔓、根を動かすことはあっても、一度根ざした場所から動くことはないし、距離をとれば襲われることも追いかけてくることもないじゃろ? しかしトレントは、『歩く』と言われておるんじゃ。ただ、ほとんどの魔物図鑑に載っているほど有名な魔物であるにもかかわらず、目撃例は極端に少ないんじゃよ。下手をしたら、そこのチギラモグラよりも生息数が少ないのかもしれないね」

 言われて、オイラは首元の黒モフへと視線を落とす。オイラからだと顔はよく見えない。今までクースーピーと寝息が聞こえていたけれど、自分の話題になったと分かって起きたのか、くあっ、とあくびの音がした。
 そこに、エスティの不思議そうな声がした。


しおりを挟む
感想 658

あなたにおすすめの小説

異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました

黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。 彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。 戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。 現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと! 「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」 ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。 絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。 伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進! 迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る! これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー! 美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。 人生、逆転できないことなんて何もない!

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜

あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」 貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。 しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった! 失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する! 辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。 これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

拾った子犬がケルベロスでした~実は古代魔法の使い手だった少年、本気出すとコワい(?)愛犬と楽しく暮らします~

荒井竜馬@書籍発売中
ファンタジー
旧題: ケルベロスを拾った少年、パーティ追放されたけど実は絶滅した古代魔法の使い手だったので、愛犬と共に成り上がります。 ========================= <<<<第4回次世代ファンタジーカップ参加中>>>> 参加時325位 → 現在5位! 応援よろしくお願いします!(´▽`) =========================  S級パーティに所属していたソータは、ある日依頼最中に仲間に崖から突き落とされる。  ソータは基礎的な魔法しか使えないことを理由に、仲間に裏切られたのだった。  崖から落とされたソータが死を覚悟したとき、ソータは地獄を追放されたというケルベロスに偶然命を助けられる。  そして、どう見ても可愛らしい子犬しか見えない自称ケルベロスは、ソータの従魔になりたいと言い出すだけでなく、ソータが使っている魔法が古代魔であることに気づく。  今まで自分が規格外の古代魔法でパーティを守っていたことを知ったソータは、古代魔法を扱って冒険者として成長していく。  そして、ソータを崖から突き落とした本当の理由も徐々に判明していくのだった。  それと同時に、ソータを追放したパーティは、本当の力が明るみになっていってしまう。  ソータの支援魔法に頼り切っていたパーティは、C級ダンジョンにも苦戦するのだった……。  他サイトでも掲載しています。

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。