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肆の抄 体育祭後編
其の壱
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待ちに待った体育祭当日。
空は眩しいほどの快晴にめぐまれ、穏やかな風がグラウンドの土を撫でていく。
そんななか──。
高村学級陣地である。
「よォーしハハハハッハハ! 見とれよ松田。俺と仲宗根の二人三脚で学年優勝待ったなしやさかいなァ! ッホホーウ!」
「ゴリラか」
柊介は冷静につぶやいた。
根っからの躁病気質、尾白武晴は開会式前であるにも関わらずすでにテンションマックスのようだが、低血圧の柊介はいまだにローテンションを保っている。
「それしくじって選抜リレー出られんくなったら、マジでミンチやで」
「まかしときィ、いざとなったら明夫がおる!」
と武晴が胸を張る。
空気のようにとなりで佇んでいた明夫は、ビクッと肩を揺らした。おい、と震える声で武晴のハチマキを引っ張っている。
「ふうん、千堂って足速いん」
「俺の次にな!」
「四百あんねんね」
恵子が明夫を見据えた。
「期待してんで」
「…………ハイ」
こっくりとうなずく明夫の背中を、武晴は無言でたたいた。その顔はこの上なくにやけている。
立ち去る恵子をぼうと眺めて、明夫は意味もなく眼鏡をおしあげた。
『第六十一回、白泉高等部体育祭を開催いたします。全員、起立!』
放送委員の合図──体育祭のはじまりだ。
生徒、教員一同が一斉に立ち上がる。
闘志を燃す者、気だるそうに空を見上げる者と様々のなか、各カラーの団長をつとめる三年生が前に出た。
彼らは長ハチマキに長ランという出で立ちで、各組旗を掲げる。白泉高等部体育祭では、団長のみこのユニフォームが正装と決められているのだ。
揃いの長ランに色別のTシャツを着た彼らは、さすがは上級生という威風を放っていた。
「懐かしいなぁ。俺とタクミと清武もああして旗を持ったっけ」
と、潮江が感慨深げにつぶやく。
赤組陣地のそばにブルーシートを敷いて、環奈、廿楽、仙石の四人がまったりとお茶を飲んでいる。
仙石は冴子から、高校で暴れたら困るからとふたりの子守りを任されたのだ。
「えーっ、タクミくんも潮江センパイも、きよセンパイもあれ着たの?」
環奈はケタケタわらった。
廿楽とは初対面だが、ふたりの性格もあってか会話二言目にはすでにうちとけている。
「俺が赤で、タクミが緑やった。優勝候補と言われとったがけっきょく──清武の白に負けたんやったか」
「そうそう。お前ってそういうところあるよな」
「松田くんがいうには、今年の優勝候補は青と赤らしいが──ま、勝負は最後までわからへんちゅうことやな」
仙石はほくそ笑んだ。
開会の言葉と準備運動がおわり、生徒は自席へ。
「わーい、はっちゃんシュウくんがんばれェ」
と、環奈は自作のちいさな赤い旗をパタパタと振った。
プログラムの最初は、女子の百メートル走。高村学級の走者は四人のうちふたりが四宮松子と滝沢京子である。
赤組陣地から飛び出していく女子たちに、高村学級および応援席は総立ちになった。
環奈は瞳を輝かせた。
「キョーコちゃんとマツコちゃんだッ。がんばれェ!」
「フゥーー!!」
「周りみんなぶちこかせーッ」
と、廿楽と潮江は興奮して前のめりになる。
赤組一年生走者がひとり、ふたりとゴールをするたび、大学生ふたりの足先はじりじりと前に出る。
二年生に番が回るころには、応援席からコースまではみ出す始末。
一度は監督教員から注意を受けてブルーシートに腰を下ろすも、見知った顔である松子の出番となるや、
「キタキタキターッ!!」
と、潮江はふたたび立ち上がった。
手にはカメラを持っているが、ぶんぶんと振り回す様はもはや撮影者のそれではない。
位置について、と担当者がピストルを掲げる。
廿楽も腰をあげた。
「俺も走ろっかな!」
「たのむからやめろ」
仙石は廿楽の服の裾を掴む。
「よーい」
パンッ。
空砲とともに女子は一斉にスタートした。
「松子ォーーッ」
「四宮姐さーーーん!!」
「いてこませェエーーーッ」
武晴と八郎、恵子は椅子の上に立っている。
「マツコちゃんはやーいっ!」
「うおおおおおおおおお!」
「おい道士郎、おまえ、そんな興奮したら手ぶれが」
「よしいったな!」
廿楽は弾けたような声をあげた。彼の所見どおり、
一位、赤組!
二位、青組!
三位──。
とアナウンスが流れる。
松子はくいと顎をあげてこちらにピースサインを送ってきた。
「きゃーーーッすごいすごい!」
「さすが松子ォ!!」
春菜と恵子は飛び上がる。
廿楽は興奮のあまり、応援席との仕切りロープに足を引っかけて転んでいる。
「流血した!」
「お前なにしにきたんや!」
仙石は怒鳴った。
膝からだらだらと血を流しながら、廿楽は元気よく救護スペースへと向かった。
一方、つぎの走者は滝沢京子。知った顔に潮江はふたたび雄叫びをあげる。
しかし赤組応援席はさっそく疲れてきたのか、真顔で席に座る者たちが増えた。いまだ椅子の上に立って旗を振り回すのは恵子と武晴くらいのものだ。
柊介はもちろん、八郎も疲れたのか椅子に深く腰かける。まして京子はお世辞にも足が速いとはいえない。
それもあっての弱々しい声援に、
「お前たち、ダメやそんなもん!」
いきなりダメ出しをはじめた潮江。
「その旗貸してみィ」
と旗を受け取ると、かまわず応援席に入り込み大きく振りまわしはじめた。
「いっけーいけいけいけいけあーか!」
潮江の声に反応したか、グラウンドを挟んだ反対側の救護スペースから、廿楽がでかい声で「いっけーいけいけいけいけあーか!!」と叫び返す。
「おっせーおせおせおせおせあーか!」
「おっせーおせおせおせおせあーか!」
「こら動くな、治療できひんやろ」
「あすんませ」
「いーけ! おーせ! あーかーぐーみ!!」
Fooooooo!!
と救護スペースで奇声をあげる廿楽と応援席の潮江。
京子は大健闘の三着でその走りを終える。
もはや他人のフリをしよう、と心に決めた仙石だった。
空は眩しいほどの快晴にめぐまれ、穏やかな風がグラウンドの土を撫でていく。
そんななか──。
高村学級陣地である。
「よォーしハハハハッハハ! 見とれよ松田。俺と仲宗根の二人三脚で学年優勝待ったなしやさかいなァ! ッホホーウ!」
「ゴリラか」
柊介は冷静につぶやいた。
根っからの躁病気質、尾白武晴は開会式前であるにも関わらずすでにテンションマックスのようだが、低血圧の柊介はいまだにローテンションを保っている。
「それしくじって選抜リレー出られんくなったら、マジでミンチやで」
「まかしときィ、いざとなったら明夫がおる!」
と武晴が胸を張る。
空気のようにとなりで佇んでいた明夫は、ビクッと肩を揺らした。おい、と震える声で武晴のハチマキを引っ張っている。
「ふうん、千堂って足速いん」
「俺の次にな!」
「四百あんねんね」
恵子が明夫を見据えた。
「期待してんで」
「…………ハイ」
こっくりとうなずく明夫の背中を、武晴は無言でたたいた。その顔はこの上なくにやけている。
立ち去る恵子をぼうと眺めて、明夫は意味もなく眼鏡をおしあげた。
『第六十一回、白泉高等部体育祭を開催いたします。全員、起立!』
放送委員の合図──体育祭のはじまりだ。
生徒、教員一同が一斉に立ち上がる。
闘志を燃す者、気だるそうに空を見上げる者と様々のなか、各カラーの団長をつとめる三年生が前に出た。
彼らは長ハチマキに長ランという出で立ちで、各組旗を掲げる。白泉高等部体育祭では、団長のみこのユニフォームが正装と決められているのだ。
揃いの長ランに色別のTシャツを着た彼らは、さすがは上級生という威風を放っていた。
「懐かしいなぁ。俺とタクミと清武もああして旗を持ったっけ」
と、潮江が感慨深げにつぶやく。
赤組陣地のそばにブルーシートを敷いて、環奈、廿楽、仙石の四人がまったりとお茶を飲んでいる。
仙石は冴子から、高校で暴れたら困るからとふたりの子守りを任されたのだ。
「えーっ、タクミくんも潮江センパイも、きよセンパイもあれ着たの?」
環奈はケタケタわらった。
廿楽とは初対面だが、ふたりの性格もあってか会話二言目にはすでにうちとけている。
「俺が赤で、タクミが緑やった。優勝候補と言われとったがけっきょく──清武の白に負けたんやったか」
「そうそう。お前ってそういうところあるよな」
「松田くんがいうには、今年の優勝候補は青と赤らしいが──ま、勝負は最後までわからへんちゅうことやな」
仙石はほくそ笑んだ。
開会の言葉と準備運動がおわり、生徒は自席へ。
「わーい、はっちゃんシュウくんがんばれェ」
と、環奈は自作のちいさな赤い旗をパタパタと振った。
プログラムの最初は、女子の百メートル走。高村学級の走者は四人のうちふたりが四宮松子と滝沢京子である。
赤組陣地から飛び出していく女子たちに、高村学級および応援席は総立ちになった。
環奈は瞳を輝かせた。
「キョーコちゃんとマツコちゃんだッ。がんばれェ!」
「フゥーー!!」
「周りみんなぶちこかせーッ」
と、廿楽と潮江は興奮して前のめりになる。
赤組一年生走者がひとり、ふたりとゴールをするたび、大学生ふたりの足先はじりじりと前に出る。
二年生に番が回るころには、応援席からコースまではみ出す始末。
一度は監督教員から注意を受けてブルーシートに腰を下ろすも、見知った顔である松子の出番となるや、
「キタキタキターッ!!」
と、潮江はふたたび立ち上がった。
手にはカメラを持っているが、ぶんぶんと振り回す様はもはや撮影者のそれではない。
位置について、と担当者がピストルを掲げる。
廿楽も腰をあげた。
「俺も走ろっかな!」
「たのむからやめろ」
仙石は廿楽の服の裾を掴む。
「よーい」
パンッ。
空砲とともに女子は一斉にスタートした。
「松子ォーーッ」
「四宮姐さーーーん!!」
「いてこませェエーーーッ」
武晴と八郎、恵子は椅子の上に立っている。
「マツコちゃんはやーいっ!」
「うおおおおおおおおお!」
「おい道士郎、おまえ、そんな興奮したら手ぶれが」
「よしいったな!」
廿楽は弾けたような声をあげた。彼の所見どおり、
一位、赤組!
二位、青組!
三位──。
とアナウンスが流れる。
松子はくいと顎をあげてこちらにピースサインを送ってきた。
「きゃーーーッすごいすごい!」
「さすが松子ォ!!」
春菜と恵子は飛び上がる。
廿楽は興奮のあまり、応援席との仕切りロープに足を引っかけて転んでいる。
「流血した!」
「お前なにしにきたんや!」
仙石は怒鳴った。
膝からだらだらと血を流しながら、廿楽は元気よく救護スペースへと向かった。
一方、つぎの走者は滝沢京子。知った顔に潮江はふたたび雄叫びをあげる。
しかし赤組応援席はさっそく疲れてきたのか、真顔で席に座る者たちが増えた。いまだ椅子の上に立って旗を振り回すのは恵子と武晴くらいのものだ。
柊介はもちろん、八郎も疲れたのか椅子に深く腰かける。まして京子はお世辞にも足が速いとはいえない。
それもあっての弱々しい声援に、
「お前たち、ダメやそんなもん!」
いきなりダメ出しをはじめた潮江。
「その旗貸してみィ」
と旗を受け取ると、かまわず応援席に入り込み大きく振りまわしはじめた。
「いっけーいけいけいけいけあーか!」
潮江の声に反応したか、グラウンドを挟んだ反対側の救護スペースから、廿楽がでかい声で「いっけーいけいけいけいけあーか!!」と叫び返す。
「おっせーおせおせおせおせあーか!」
「おっせーおせおせおせおせあーか!」
「こら動くな、治療できひんやろ」
「あすんませ」
「いーけ! おーせ! あーかーぐーみ!!」
Fooooooo!!
と救護スペースで奇声をあげる廿楽と応援席の潮江。
京子は大健闘の三着でその走りを終える。
もはや他人のフリをしよう、と心に決めた仙石だった。
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