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漆の抄 離愁
其の壱
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言霊の寄り来る足音がする。
今宵の夢は──佐藤尚弥。
これまでたいした交流はなく、環奈から話を聞くだけの人物。
そのなかでわずかに知っていることといえば、かなりのゲーム好きであることと、お嬢様の彼女をたいそう可愛がっている、ということくらい。
はてさて。
そんな彼の夢に寄ってきた言霊とはいったい──。
篁は、手鏡を取り出した。
────。
せまい檻のなかにいる。
檻の外となか、たった一メートルも距離のない場所にふたりは立っている。けれど、その距離は永久に埋まらないこともわかっていた。
手を伸ばせば届くのに。
けれど尚弥は足掻くことも声をかけることもせず、ただぼうっとそのうしろ姿を眺めるのみ。
しょうがない、と言い聞かせる。
諦めるしかないのだ。決して、決して、届かない。ここから一歩だって動けやしないのに。
格好わるいのはごめんだ。
と、尚弥はいう。
じゃあ聞くよ……。
だれの声でもない問いかけが、世界にひびいた。
──檻のなかにいるのは、どっちなの?
世界は暗転する。
闇のなか、
『いまはただ 想ひ絶えなむとばかりを
人づてならで いふよしもがな』
和歌が響く。
とたん、尚弥の意識が遠のいて──篁は夢路に戻された。
(…………)
おかしい。
いつもならばこのまま手鏡をつかって言霊を紙に戻すはずだったが、その前に夢から追い出されてしまった。夢に拒否された?
と、周囲を見回すなかに見慣れぬものを見た。
朽葉の襲が美しい狩衣をまとい、篁とそう変わらぬ背丈に加えて平安貴族にしてはめずらしく猛々しい雰囲気をもった男がひとり。
男は不思議そうにこの夢路の空間を仰ぎ見る。
「…………」
「これは驚いた」
「──……!」
男がゆっくりとこちらを向いた。
そのするどい眼光は、篁を視認するや威風をうしなった。動揺と困惑をその瞳に浮かべ、なにかをいいかけた唇はきゅっと固く結ばれる。
「冥土ぶり──ですな。道雅殿」
篁は、微笑した。
※ ※ ※
──いまはもう、この想いは諦めるよ。
この無念を、人づてでなく
貴女の目を見て伝うる方法が
あればよいのに。──
第六十三番 左京大夫道雅
当子内親王との忍ぶ恋、
通うこと許されず、
もはや届かぬ情を詠める。
※
聖天正女子大学前。
ゆるい坂下から登りくる女子大生を、小町は背の高い樹上から真剣な面差しで検分している。
当然、彼女は他からは見えぬ。
見えるのは人ではない高村と、鬼一の封を解く血を持った八郎、それと近い血をもつ環奈のみ。そのふたりに感化された柊介がたまに見えるくらいであろうか。
ほかの者に認識さるには『式』と呼ばれる、形ある姿になる必要がある。『式』とはつまり式神のことであり、和本に記された名前、絵姿、言霊が宿る言の葉に加え、それを宿す依代さえあれば式は完成される。──たとえば鬼一が遺した、木屑の式のように。
「道雅さま」
と小町は眉をしかめた。
「もっとしっかりお探しなさいな」
小町のとなりで、朽葉色の着物を着た男が、窮屈そうに隣に座って女子大生を眺めている。
「なにを。これほど目を凝らして見ておるのに」
「いま伸びをしたわね。見逃しませんでしたよ」
「伸びくらいよいでしょう、葉っぱがかぶるくらい窮屈なんだから!」
いかつい顔のこの男、名を藤原道雅という。
おなじく平安貴族であるこの男と、小町がなぜ女子大生を検分しているかというと、それは前日の夜のことであった──。
────。
「小町、ちと頼まれてくれるか」
と篁がいったのだ。
なにを、とはいわない。彼の手には手鏡があって、それを覗く表情は険しい。なにか良くないことが起こったのだ──と小町は黙ったまま指示を待つ。
やがて父は手鏡をこちらに向けてきた。そこに映るは、陰鬱な表情を浮かべるおなごがひとり。
鏡面を指さして篁がいったこととは、
「この娘を探して、友になってこい」
というものだった。
「…………は?」
「いや、言いたいことはわかる。まあ聞け」
多少威圧的な「は?」に、さすがの父も気まずそうにうなずいた。
「依代の力を借りて式となったお前が、現代の娘に成りすます。そしてこの娘と接触し、仲良くなってほしいのだ」
「それはなにゆえ……」
「佐藤尚弥は知っとるだろ、環奈の仲間だ」
「ええもちろん。佐藤の尚弥さまでしょう、知ってるわ」
「ヤツの女なんだよ」
「!」
小町はハッと口元を袖で隠した。
環奈のそばにくっついていると、いつも「佐藤はまたサボりかぁ!」と飛び交う声が聞こえてくる。なんでも彼女とよろしくしているため、いつも授業に出られないのだという。
……その彼女。
「もっとお顔をよく見せて」
と小町は手鏡を奪い取る。
「おっ、ノッたか」
「品のない言い方なさらないで。どれほどのものか見定めるだけよ」
よく彼女を覗いてみる。
あまり知性的ではないが、なるほど顔はタヌキのような可愛らしい顔をしている。小町はうなずいた。
「お名前はなんとおっしゃるの」
「柴山鞠花」
「シバヤママリカ──マリカというのね。それで、尚弥さまとの惚気を思う存分聞いてくればよいの?」
「ちがうよ」
といって手鏡を取り上げると、篁がちらりと後ろを向く。
「尚弥に言霊が寄ってきた」
「まあ」
「道雅どのだ」
「…………」
ふたたび小町は袖で口元を隠した。驚くあまりはしたなくあんぐりと口を開けてしまったからだ。
「道雅さまというと──あの悪三位」
といった自分に驚いた。
藤原道雅といえば、時代は小町のおよそ百年あとの人物である。それなのになぜか記憶に知っていたからだ。まるで自分は自分だけれど、己の記憶は己のものではないみたいに。
父はむかし、死んだらみなそうなるといっていた。
どういう意味だろうと思っていたが、こういうことかとようやく納得した。いまも、道雅の和歌に関する知識が溢れんばかりに出てくる。
「いまはただ──の言霊ということは」
「うん、尚弥にも近しいことが起きている。まったくかわいそうな話だよ」
と篁が手鏡を片手に首を振る。
どうやらその手鏡は、世の中の事象を偽りなく映すことができるものらしい。たしか名前を、浄玻璃鏡といったか。
それによれば、尚弥は昨日突然に鞠花からメールで別れを言い渡され、その後電話をすると彼女の父親につながるようになってしまったのだという。
父親がいうには、娘が二十歳になったので遊びの恋愛はやめさせて、ふさわしい家柄のものとお見合いをさせる──と。
尚弥は戸惑い、嘆き、いまも学校にも行かずに家で泣いているのだとか。
「…………」
小町は瞳を伏せた。
道雅にまつわる悲しい恋物語がある。
下級貴族であった藤原道雅が、天皇が娘である内親王と恋仲になった。
しかし彼女は、伊勢神宮の斎宮の任を終えて都へ戻ったばかりで、当時まだ十五歳ほど。
加えて道雅は荒くれ者の問題児として有名であった。
父、三条天皇は、道雅の日頃のおこないを知っていたこともあってかその恋に激怒し、娘との逢瀬を禁じてしまう。
携帯電話などなかった時代、お互いに想いを伝える術は手紙や人づてのみ──男は「恋を諦めます」ということすら、自身の口から内親王へ伝えることが叶わず、耐えきれぬ悲しみを乗せて歌を詠んだ。
それが、いまはただ──の和歌なのである。
相手の内親王も、まもなく出家したのち若くして病に倒れたというから、やるせない話である。
「それでマリカから事情を探れというのね」
「頼めるか」
「もちろん」
「さすがは小町。ついでにもひとつ頼めるかな」
と篁が上機嫌にいった。
つられて上機嫌に
「なあに」
と笑みを浮かべた小町の目が、ギョッと見開く。篁のうしろから、朽葉色の着物を着た男がすごすごと現れたではないか。
驚いたことに、と篁がつぶやく。
「道雅どのの言霊が、己の無念を晴らしたいというもんでよ。おとなしゅう和本に戻ってくれなんだ。ゆえに小町、悪いが彼もそばに憑けてやってくれるか。どうせ周りから姿は見えぬから」
「え、いや……そ、えェ──わ」
わかりました、と小町は心底嫌そうに顔を歪めた。
────。
ということで。
あれからふたりは一週間、こうして鞠花の行動を把握してどのようにアプローチをしようかと考えているのである。
まもなく高級外車が聖天正女子大学の正門前に停車した。
「例の鉄車です」
「──鞠花だわ」
ふたりは顔を見合わせてうなずいた。
小町が樹上から舞い降りて茂みに身を隠し、道雅はひとり鞠花のあとに憑く。
まもなく鞠花は門から近い建物のなか、喧騒のひどい教室に入り席につく。この一週間で道雅が分かったことは、どうやらここは授業をうける場所ではなく、授業がない時間の待ち教室だということだ。
まもなく、鞠花は机に顔を伏せて動きを止めた。わずかに震える肩が、彼女の悲しみをあらわしているようにも見える。
「…………」
道雅はきゅっと唇を結ぶ。
ここ数日、彼女はいつもこうだった。これを見る限りでは、彼女が恋人である佐藤尚弥と別れたのは明白だ。そしてそれをうまく受け入れていない彼女がいることもまた、事実らしい。
そうか──と道雅は空中で胡座をかく。
男の方はまだいい。
別れを告げられた方はいざとなれば女を恨むこともできよう。しかし、彼女はちがう。
いくら自分の父を責めたところでなにも変わらぬ。彼女がひたすら責めるのは、自分なのだ──と。
道雅が悲愴に満ちたときだった。
廊下からワッと歓声があがる。
なんだ?
と、教室の面々が顔をあげた。鞠花もまたしかり、ゆらりと顔をあげて廊下のほうへ目を向ける。
「芸能人?」
「肌めっちゃ白い」
「あんな子いた?」
というざわめきのなか、人波がモーゼのごとく割れていく。生まれた道から現れた女生徒は、見れば誰もがため息をつくほどの美女であった。
血色のよい唇に艶のある長い黒髪。
雪のような白い肌には、切れ長の瞳に映える長い睫毛の影がかかる。なんと魅惑的な女だろうか──と道雅すらみとれた。
すると、その女がちらりと道雅を見る。
そしてわずかに口角をあげた。
(あっ)
小町──!
と道雅が叫んだ。当然、その声は小町にしか聞こえてはいない。そしてこれまた当然『式』となって現代人に扮装した小町のことは、みな人間だと信じて疑わない。
「マリカさん」
「…………え、えっ。うぇ?」
突然声をかけられて、柴山鞠花は目を剥く。
「少しお話よろしくて?」
「えっわたし」
「うんそう。あなた」
駄目かしら、と美女が悲しげに瞳を伏せる。
「私ずっとあなたとお友だちになりたかったのだけれど──」
「ぜんぜん余裕です。お話ししましょ、場所変えて」
先ほどまでの悲しそうな瞳はどこへやら。
興奮したようすで、鞠花はがたりと立ち上がった。
今宵の夢は──佐藤尚弥。
これまでたいした交流はなく、環奈から話を聞くだけの人物。
そのなかでわずかに知っていることといえば、かなりのゲーム好きであることと、お嬢様の彼女をたいそう可愛がっている、ということくらい。
はてさて。
そんな彼の夢に寄ってきた言霊とはいったい──。
篁は、手鏡を取り出した。
────。
せまい檻のなかにいる。
檻の外となか、たった一メートルも距離のない場所にふたりは立っている。けれど、その距離は永久に埋まらないこともわかっていた。
手を伸ばせば届くのに。
けれど尚弥は足掻くことも声をかけることもせず、ただぼうっとそのうしろ姿を眺めるのみ。
しょうがない、と言い聞かせる。
諦めるしかないのだ。決して、決して、届かない。ここから一歩だって動けやしないのに。
格好わるいのはごめんだ。
と、尚弥はいう。
じゃあ聞くよ……。
だれの声でもない問いかけが、世界にひびいた。
──檻のなかにいるのは、どっちなの?
世界は暗転する。
闇のなか、
『いまはただ 想ひ絶えなむとばかりを
人づてならで いふよしもがな』
和歌が響く。
とたん、尚弥の意識が遠のいて──篁は夢路に戻された。
(…………)
おかしい。
いつもならばこのまま手鏡をつかって言霊を紙に戻すはずだったが、その前に夢から追い出されてしまった。夢に拒否された?
と、周囲を見回すなかに見慣れぬものを見た。
朽葉の襲が美しい狩衣をまとい、篁とそう変わらぬ背丈に加えて平安貴族にしてはめずらしく猛々しい雰囲気をもった男がひとり。
男は不思議そうにこの夢路の空間を仰ぎ見る。
「…………」
「これは驚いた」
「──……!」
男がゆっくりとこちらを向いた。
そのするどい眼光は、篁を視認するや威風をうしなった。動揺と困惑をその瞳に浮かべ、なにかをいいかけた唇はきゅっと固く結ばれる。
「冥土ぶり──ですな。道雅殿」
篁は、微笑した。
※ ※ ※
──いまはもう、この想いは諦めるよ。
この無念を、人づてでなく
貴女の目を見て伝うる方法が
あればよいのに。──
第六十三番 左京大夫道雅
当子内親王との忍ぶ恋、
通うこと許されず、
もはや届かぬ情を詠める。
※
聖天正女子大学前。
ゆるい坂下から登りくる女子大生を、小町は背の高い樹上から真剣な面差しで検分している。
当然、彼女は他からは見えぬ。
見えるのは人ではない高村と、鬼一の封を解く血を持った八郎、それと近い血をもつ環奈のみ。そのふたりに感化された柊介がたまに見えるくらいであろうか。
ほかの者に認識さるには『式』と呼ばれる、形ある姿になる必要がある。『式』とはつまり式神のことであり、和本に記された名前、絵姿、言霊が宿る言の葉に加え、それを宿す依代さえあれば式は完成される。──たとえば鬼一が遺した、木屑の式のように。
「道雅さま」
と小町は眉をしかめた。
「もっとしっかりお探しなさいな」
小町のとなりで、朽葉色の着物を着た男が、窮屈そうに隣に座って女子大生を眺めている。
「なにを。これほど目を凝らして見ておるのに」
「いま伸びをしたわね。見逃しませんでしたよ」
「伸びくらいよいでしょう、葉っぱがかぶるくらい窮屈なんだから!」
いかつい顔のこの男、名を藤原道雅という。
おなじく平安貴族であるこの男と、小町がなぜ女子大生を検分しているかというと、それは前日の夜のことであった──。
────。
「小町、ちと頼まれてくれるか」
と篁がいったのだ。
なにを、とはいわない。彼の手には手鏡があって、それを覗く表情は険しい。なにか良くないことが起こったのだ──と小町は黙ったまま指示を待つ。
やがて父は手鏡をこちらに向けてきた。そこに映るは、陰鬱な表情を浮かべるおなごがひとり。
鏡面を指さして篁がいったこととは、
「この娘を探して、友になってこい」
というものだった。
「…………は?」
「いや、言いたいことはわかる。まあ聞け」
多少威圧的な「は?」に、さすがの父も気まずそうにうなずいた。
「依代の力を借りて式となったお前が、現代の娘に成りすます。そしてこの娘と接触し、仲良くなってほしいのだ」
「それはなにゆえ……」
「佐藤尚弥は知っとるだろ、環奈の仲間だ」
「ええもちろん。佐藤の尚弥さまでしょう、知ってるわ」
「ヤツの女なんだよ」
「!」
小町はハッと口元を袖で隠した。
環奈のそばにくっついていると、いつも「佐藤はまたサボりかぁ!」と飛び交う声が聞こえてくる。なんでも彼女とよろしくしているため、いつも授業に出られないのだという。
……その彼女。
「もっとお顔をよく見せて」
と小町は手鏡を奪い取る。
「おっ、ノッたか」
「品のない言い方なさらないで。どれほどのものか見定めるだけよ」
よく彼女を覗いてみる。
あまり知性的ではないが、なるほど顔はタヌキのような可愛らしい顔をしている。小町はうなずいた。
「お名前はなんとおっしゃるの」
「柴山鞠花」
「シバヤママリカ──マリカというのね。それで、尚弥さまとの惚気を思う存分聞いてくればよいの?」
「ちがうよ」
といって手鏡を取り上げると、篁がちらりと後ろを向く。
「尚弥に言霊が寄ってきた」
「まあ」
「道雅どのだ」
「…………」
ふたたび小町は袖で口元を隠した。驚くあまりはしたなくあんぐりと口を開けてしまったからだ。
「道雅さまというと──あの悪三位」
といった自分に驚いた。
藤原道雅といえば、時代は小町のおよそ百年あとの人物である。それなのになぜか記憶に知っていたからだ。まるで自分は自分だけれど、己の記憶は己のものではないみたいに。
父はむかし、死んだらみなそうなるといっていた。
どういう意味だろうと思っていたが、こういうことかとようやく納得した。いまも、道雅の和歌に関する知識が溢れんばかりに出てくる。
「いまはただ──の言霊ということは」
「うん、尚弥にも近しいことが起きている。まったくかわいそうな話だよ」
と篁が手鏡を片手に首を振る。
どうやらその手鏡は、世の中の事象を偽りなく映すことができるものらしい。たしか名前を、浄玻璃鏡といったか。
それによれば、尚弥は昨日突然に鞠花からメールで別れを言い渡され、その後電話をすると彼女の父親につながるようになってしまったのだという。
父親がいうには、娘が二十歳になったので遊びの恋愛はやめさせて、ふさわしい家柄のものとお見合いをさせる──と。
尚弥は戸惑い、嘆き、いまも学校にも行かずに家で泣いているのだとか。
「…………」
小町は瞳を伏せた。
道雅にまつわる悲しい恋物語がある。
下級貴族であった藤原道雅が、天皇が娘である内親王と恋仲になった。
しかし彼女は、伊勢神宮の斎宮の任を終えて都へ戻ったばかりで、当時まだ十五歳ほど。
加えて道雅は荒くれ者の問題児として有名であった。
父、三条天皇は、道雅の日頃のおこないを知っていたこともあってかその恋に激怒し、娘との逢瀬を禁じてしまう。
携帯電話などなかった時代、お互いに想いを伝える術は手紙や人づてのみ──男は「恋を諦めます」ということすら、自身の口から内親王へ伝えることが叶わず、耐えきれぬ悲しみを乗せて歌を詠んだ。
それが、いまはただ──の和歌なのである。
相手の内親王も、まもなく出家したのち若くして病に倒れたというから、やるせない話である。
「それでマリカから事情を探れというのね」
「頼めるか」
「もちろん」
「さすがは小町。ついでにもひとつ頼めるかな」
と篁が上機嫌にいった。
つられて上機嫌に
「なあに」
と笑みを浮かべた小町の目が、ギョッと見開く。篁のうしろから、朽葉色の着物を着た男がすごすごと現れたではないか。
驚いたことに、と篁がつぶやく。
「道雅どのの言霊が、己の無念を晴らしたいというもんでよ。おとなしゅう和本に戻ってくれなんだ。ゆえに小町、悪いが彼もそばに憑けてやってくれるか。どうせ周りから姿は見えぬから」
「え、いや……そ、えェ──わ」
わかりました、と小町は心底嫌そうに顔を歪めた。
────。
ということで。
あれからふたりは一週間、こうして鞠花の行動を把握してどのようにアプローチをしようかと考えているのである。
まもなく高級外車が聖天正女子大学の正門前に停車した。
「例の鉄車です」
「──鞠花だわ」
ふたりは顔を見合わせてうなずいた。
小町が樹上から舞い降りて茂みに身を隠し、道雅はひとり鞠花のあとに憑く。
まもなく鞠花は門から近い建物のなか、喧騒のひどい教室に入り席につく。この一週間で道雅が分かったことは、どうやらここは授業をうける場所ではなく、授業がない時間の待ち教室だということだ。
まもなく、鞠花は机に顔を伏せて動きを止めた。わずかに震える肩が、彼女の悲しみをあらわしているようにも見える。
「…………」
道雅はきゅっと唇を結ぶ。
ここ数日、彼女はいつもこうだった。これを見る限りでは、彼女が恋人である佐藤尚弥と別れたのは明白だ。そしてそれをうまく受け入れていない彼女がいることもまた、事実らしい。
そうか──と道雅は空中で胡座をかく。
男の方はまだいい。
別れを告げられた方はいざとなれば女を恨むこともできよう。しかし、彼女はちがう。
いくら自分の父を責めたところでなにも変わらぬ。彼女がひたすら責めるのは、自分なのだ──と。
道雅が悲愴に満ちたときだった。
廊下からワッと歓声があがる。
なんだ?
と、教室の面々が顔をあげた。鞠花もまたしかり、ゆらりと顔をあげて廊下のほうへ目を向ける。
「芸能人?」
「肌めっちゃ白い」
「あんな子いた?」
というざわめきのなか、人波がモーゼのごとく割れていく。生まれた道から現れた女生徒は、見れば誰もがため息をつくほどの美女であった。
血色のよい唇に艶のある長い黒髪。
雪のような白い肌には、切れ長の瞳に映える長い睫毛の影がかかる。なんと魅惑的な女だろうか──と道雅すらみとれた。
すると、その女がちらりと道雅を見る。
そしてわずかに口角をあげた。
(あっ)
小町──!
と道雅が叫んだ。当然、その声は小町にしか聞こえてはいない。そしてこれまた当然『式』となって現代人に扮装した小町のことは、みな人間だと信じて疑わない。
「マリカさん」
「…………え、えっ。うぇ?」
突然声をかけられて、柴山鞠花は目を剥く。
「少しお話よろしくて?」
「えっわたし」
「うんそう。あなた」
駄目かしら、と美女が悲しげに瞳を伏せる。
「私ずっとあなたとお友だちになりたかったのだけれど──」
「ぜんぜん余裕です。お話ししましょ、場所変えて」
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