R.I.P Ⅲ ~沈黙の呪詛者~

乃南羽緒

文字の大きさ
13 / 54
第二夜

第13話 想定外の自白

しおりを挟む
 時刻は午後七時。
 勤め先とされる某工場にたどり着いたころにはすでに工務は終わり、工場はシャッターで閉ざされていた。代わりに、事務所とおぼしき併設のプレハブ小屋からは、ぼんやり明かりが漏れている。
「森谷さん」
「ああ、まだいてるとええがな」
 唸るようにつぶやき、アルミ扉を三度ノックした。
 しばしの沈黙。そののち、物音とともに扉がゆっくりと開かれる。顔を覗かせたのは小太りの壮年男性だった。彼は目をぱちくりと見開いてこちらを見つめている。スーツの来客者は慣れていないのか、あるいはこの時間帯の訪問がめずらしいのか。男は森谷と三國を交互に見てからようやくひと言
「どちらさま──?」
 とつぶやいた。
 三國がすかさず警察手帳を見せると、男は顔を引きつらせてふたりの刑事を凝視する。
「け、警察の方」
「警視庁の者です。失礼ですがあなたは」
「こ、ここの工場長をしとります。児玉三郎です」
「工場長さんですか。どうも、捜査一課の森谷と三國です。あー、お宅の萩原哲夫さんにお話をお伺いしたかったんですが、まだいらっしゃいます?」
「萩原? ああ、いや。萩原ならもう帰りましたよ。──あの、それで萩原がなにかしたんですか」
「いやいや! 先日起きた殺人事件で、被害者とお知り合いやと聞いたもンですから。しかし帰られはった。どちらに行かれたかご存じでらっしゃいます?」
「はあ──そっちの飲み屋街のどこかにいるか、あるいは金欠って言ってたんで家に帰ったかも。ええっと、家の場所教えましょうか」
「助かります!」
 と、森谷はにこにこわらって三國に肩を寄せた。代わりにメモをとれ、という意味だろう。聞けばここから十分ほどいったところにあるアパートらしい。工場長が提示してきた履歴書を頼りに三國がメモをとるあいだ、森谷は萩原について工場長に聞き込みをはじめた。万が一仲間割れによる犯行だった場合、ここで得る情報も重要になる。
「ははあ。っとなると、もう五年くらいここで」
「ええ。まあ、勤務態度はわるかないですよ。無断欠勤とかもとくにないし──動作も早いしね。ただ口数はちょっと少ないかな。ま、俺らがうるせえんだけどさ! がはははは」
 自身への嫌疑による警察訪問でなかったと知り、すっかり心をゆるしたのか、彼はリラックスした顔で答えた。
「ちなみに──なんや金の話とか聞いたことあります? 大金もらえそう、とかそういう」
「えっ、ああ──借金してるなんて話は聞いたけどね。それは俺が立て替えてやってさ、いまそれを返済してもらってるとこ。ホント、真面目に働いてくれてるんだよ。もしそんなうまい話があるなら俺に話してるとおもうよ。──なに、カネ絡み?」
「いえ。たとえばの話です」
 と、森谷は終始貼りつけた笑顔で応対し、三國がメモを取り終えたのを確認するや、頭をぺこりと下げた。
「いやあどうも、助かりました。また何かありましたらお伺いするかもしれませんが。そのときはどうぞよろしゅう」
「ああはい、ご苦労さんです」
 なおも好奇心を隠し切れない様子だったが、森谷がさっさと踵を返したので口は開かず、警察車両が駐車場から出てゆくのをしばらく見送っていた。
「あの人、下手したらホントにずっと喋ってそうっすね」
「おん。どこかに重要な証言があればええけどよ、オレがむかし聞き込みで当たった人で二時間半喋りどおしのオバはんがおってんけど、どう頑張って聞いても一言一句無駄な話しかのうてよ」
「うわサイアク」
「泣きそうなったわ。ホンマ」
「今回は無駄足じゃねえといいんですがねィ」
 と、三國の運転で向かった該当アパート。
 せせらぎ荘。見るからにオンボロである。通路のライトは切れかけており、ところどころの部屋に外付け洗濯機が置かれている。萩原哲夫の部屋は二階の二〇三号室とのこと、ふたりは慎重に階段をあがって部屋前へとたどりついた。
 森谷とのアイコンタクトののち、三國がベルを押す。
 ベエエエ、と独特な音が部屋内に響くのが聞こえた。玄関扉の横の摺りガラス窓から中をさぐるかぎりでは、電気はついておらず薄暗い。しかし刑事の勘というべきか──人の気配は、ある。
 音沙汰はない。ふたたびベルを押した。
 ベエエエ。
 森谷が薄いドアを軽くノックする。
「萩原さーん。警察ですが」
 ガタタッ。
 音が聞こえた。やはり、中に人がいる。
 まもなく足音が迫ってきて、開錠ののち、ドアが開いた。
「────え?」
 顎に蓄えた無精ひげと、二本の反っ歯が特徴的なひとりの男が顔を覗かせた。彼はひじょうに不機嫌な顔で三國と森谷を見比べる。どうやら仕事が終わって早々に帰宅するなり、寝ていたらしい。寝ついたころだったのに──とぼやく萩原を前に、三國が警察手帳を見せた。
「お疲れのところすみません。ちょっと、ご友人のことでお話をうかがいたく」
「友人?」
「藤井隆文さん。ご存じですよね?」
「藤井──いや、」
 と、萩原はがしがしと頭を掻く。
 困惑した顔を見て、三國は(あれっ)と思った。この顔は、嘘をついているようには見えない。森谷は懐に手を突っ込むと、一枚の写真を取り出した。一人目の被害者藤井隆文の免許証写真をすこし引き延ばしたものである。
「この人です」
「──あ、」
 沈黙。
 萩原の顔はみるみる青ざめ、わずかに後ずさった。瞬間、森谷はぎらりと目を光らせて一歩踏み込む。
「ご存知──の、ようですね」
「いや。た、たいした知り合いじゃないです。ホントに」
「でも知っていらっしゃる。どこでお知りに?」
「…………」
 男は沈黙する。
 胡乱な目をさ迷わせ、直後身を反転すると部屋のなかへと駆けこんだ。しかし一瞬の隙を逃さない。とっさに伸ばした三國の手が萩原の腕をつかみ、そのまま廊下に抑えつけた。
「公務執行妨害。十九時三十二分、確保」
「逃げたらあかんわお兄さん。──サツの思うつぼでっせ」
 といって、森谷は下卑た笑みを浮かべた。

 半ばむりやりではあるが。
 所轄署へと連行した萩原哲夫は、取調室へ入るなり全身をふるわせて額をデスクにこすりつけた。突然の奇行におどろいたが、森谷は三國を書記席へ座らせるや大儀そうに彼の対面へと腰を下ろす。
 萩原は顔を伏せたままさけんだ。
「す──すみません。すみませんっ」
「なんや。なにに謝っとん」
「でも、違うんです。ホントに金がなくて──」
「自分が金欲しかったらなにしてもええんか」
「してません。応募しただけで、でも結局やりませんでした。本当です!」
 応募?
 予想外のことばが出た。それはそうだ。そもそも、我々は萩原に対して嫌疑があったわけではなく、単純に前科歴のある藤井隆文についての話を聞こうとおもっただけなのである。しかしこのようすでは、どうやら彼自身にも表に出ていない罪があると見える。この分だと、空き巣か。強盗か。
 森谷は平然とした顔で萩原を見下ろしている。
 このまま、知ったような顔で萩原から引き出すつもりなのだ。彼の自白を。
「応募についてもう少し詳しく」
「や、闇バイトのサイト。──高単価な仕事はいくらでもあるから」
「そおやなァ。で、仕事内容は。いくらで?」
「お──女を犯して二百万」
「────」
 キーボードを打つ三國の手が止まる。
 森谷の眉根が一気にひそまる。
 思った以上に、きな臭い内容となりそうだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

処理中です...