解錠令嬢と魔法の箱

アシコシツヨシ

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87.約束

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 封印の機能を失った亀裂の入った箱から、黒いモヤが大量に排出されて、空中の一箇所に集まると、ヒト型へと変わって行きます。

 その変化が怖いけれど、物珍しくて、上蓋の開いた箱を手に持ったまま、じっと眺めていました。

 首から上の頭部は、モヤモヤと黒くあやふやなのに、それ以外は密度が濃いのか、彫刻のような筋肉隆々の裸体をハッキリと形作っています。

 ただ、排泄機能が必要ないせいか、臀部には何も無く、ツルリとして、お人形のようです。
 身長は三メートル位とかなり大柄です。

 もっと尻尾があったり、角が生えていたり、人ではない部分もあるのかと思いましたが、目の前の魔王は、裸のヒト型男性でした。

 そう、裸なのです。
 今まで散々凝視していながら、急に恥ずかしくなって、思わず回れ右をしてしまいました。

「セシル?怖いのか?」

 隣に立っていたレリック様に、心配されてしまいました。

「その、怖くはありますが、目のやり場にも困ります。その……服は、着ないのでしょうか。」

 しどろもどろに答えると、ブフッとレリック様に吹かれてしまいました。

「あのままじゃないか?私の知る筋肉自慢の奴は、大抵脱ぎたがる傾向にある。魔王もそのタイプと見た。男性としての機能は無いようだが、無くて良かった。」

 レリック様が、何か納得しています。

「さて、真面目な話になるが、そろそろ魔王も完全体になる。緊急措置として、この部屋に魔王を留め、魔王の影響力を無効化する作業に入る。私もやることがあるから、そろそろ行かねばならない。」

 レリック様が魔王を指差して、そちらに向かおうとした時、袖を摘まんで思わず引き止めていました。

「あの、頑張ったご褒美は何が宜しいですか?」
「ご褒美?」

「だって、魔王に対峙するおつもりなのでしょう?そんな命懸けの大変な任務を成し遂げたなら、ご褒美があっても良いですよね?」

「セシルがくれるのか?」
「はい、何でも言って下さい。」

 報償金も頂きましたから、レリック様の欲しい物もプレゼント出来るでしょう。

「何でもって……いやいや。」

 レリック様が片手で顔を覆って呟きながら、上を向いています。
 凄くお高い物が浮かんでいたら、どうしましょう。

 欲しい物が決まったのか、顔から手を離したレリック様が、真剣な表情になりました。

「結婚式までしないつもりだったが、褒美に口付けしても良いだろうか?唇に。」
「そんなので良いのですか?別にご褒美じゃなくても、いつして頂いても……」

 言いかけて、気付きました。
 これでは、いつでも口付けを待っていると言っているようなものです。
 不用意な発言に、思わず赤面してしまいました。

「そうか、いつしても良いなら、今すぐしたい所だが、やはり頑張ったご褒美に取っておくとしよう。」

 レリック様がクスリと微笑みながら、赤くなっている私の頬に、指の背でそっと触れると、親指の腹で唇の輪郭をツ――ッとなぞりました。

「っ!」

 何でしょう、指で触れられただけなのに、凄く恥ずかしいです。
 さっきよりも更に体温が上昇している気がしますし、心臓がバクバクしています。

 指でこんなに恥ずかしいのに、口付けだなんて。
 美しいレリック様のご尊顔が、今までに無い程近付いて、レリック様の唇が私の唇に触れる訳で……。

 いつでも、とか、そんなの、なんてよく言えましたね、私の口よ。
 おでことか、頬にするのとは訳が違います。
 でも、レリック様が望んで下さるなら、嬉しくもあります。

 ああ、でも、今は非常事態です。
 舞い上がっている場合ではありません。

 いよいよレリック様が、エド団長やアレク団長と魔王に対峙する時がやって来ました。

「セシル、少し離れる。護衛はシアーノに任せているから、終わるまで待っていてくれ。」
「はい。くれぐれもお気をつけくださいませ。」

 きっと不安そうな顔をしていたのでしょう。
 レリック様は安心させるように私の頭を優しく撫でてから、魔王へ向かって歩き出しました。

「では、セシル嬢と丸腰クリス副団、いえ、足手まといのクリス副団はこちらへ。」

 明らかに悪意のあるシアーノの発言に対して、クリス副団は顔をしかめました。が、何も言いませんでした。

 シアーノに連れられて、青騎士団が待機している部屋の隅へと向かいました。
 途中、手離してしまった鈴が落ちていないか、足下を見ながら歩きましたが、見付かりません。

 レリック様とお揃いの大切な鈴ですのに……。
 とても小さいので踏まれて壊れたらと思うと、気が気ではありません。

「陣が描いてあるなら、誰かしら気付く筈です。きっと見付かりますから、今は魔王に狙われないように、警戒しておきましょう。」

「シアーノの言う通りね。レリック様達の足を引っ張る訳にはいかないものね。」

 気持ちを切り替えました。
 青騎士団が待機している部屋の隅へ着くと、シアーノは床に陣を描き始めました。

「これは姿消しの陣です。魔王限定にしたので、この中にいれば魔王に居場所を悟られません。絶対に陣から出ないで下さいね。」

「分かったわ。」

 クリス副団と陣の中に入りました。
 上蓋が開いたままの箱を持って、魔王の周りに集まっている騎士達を眺めていました。

 エド団長は、宙に浮いている魔王の真下に陣を展開しています。
 青騎士団の騎士達が数名、紙の束を持っていて、エド団長の指示に従って、紙を手渡しています。

 紙には陣が描かれているようで、床に置くと、陣が床に展開されました。
 一つの陣では直ぐに消えてしまうようで、何重にも陣を重ねて展開しているようです。

 私と待機している青騎士団の騎士達は、床に紙を置いて、ひたすらに黙々と陣を描き続けています。
 シアーノも陣を描いていましたが、私の視線に気づいたのか、顔を上げました。

「自分達の任務は、必要な陣を絶やさないよう描く事なんです。魔王は簡単に陣を消し去ってしまうので、消されるよりも多くの陣を幾重いくえにも展開する必要があるんです。」

「だから、エド団長の側にいる騎士は、大量の紙を持っているのね。」
「彼らはここから転送した陣を、エド団長に渡す助手役です。」

 シアーノは話ながらも、陣を描き続けています。

「忙しいのに邪魔をしてしまって、ごめんなさい。」

「いえいえ、話している方が精神的に楽なんです。描く陣の種類は決まっていて、各々分担して同じ陣を描き続けているので、もう、自動で手を動かしているのと同じですから、色々聞いて貰って良いですよ。」

 確かに、シアーノは手元を全く見ていないのに、美しい陣を描き上げています。

「因みに、黒騎士団の持っている杭は、何百年も前から王家に受け継がれている対魔王用の杭です。魔王を陣に固定する時に使用されるらしくて、四肢と頭部に突き刺すそうです。」

 シアーノに言われて、アレク団長に目を向けました。
 金属製と思われる杭の長さは、一メートル程です。

 太くて、重そうですが、アレク団長やグレン副団を始め、黒騎士団の面々は軽々と肩に担いでいます。

 レリック様が剣を抜いて、空中に浮いている魔王の左足を斬りつけました。
 足は切断されたように見えましたが、直ぐにモヤが発生して再生しています。

「レリック団長の持っている王族専用の剣は、魔王の核までは切れませんが、魔を切れる剣なんです。完全体ならば切断まではいかなくても、傷くらいはつけられたでしょうが、不完全だと、ただの煙を切っているのと同じで、意味が無いようですね。」

 完全体になると、モヤが完全に体を形作って、重量が増し、地に足が着くそうです。
 少しずつ下りて来ていますが、まだ宙に浮いていますから、完全体では無いようです。
 完全体になる前に手を打てないなんて、もどかしいです。

「魔王が、もの凄く弱かったら良いのに。」

 思わず呟いてしまいました。
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