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第四章 ファーストプレイ:デットエンド
おかしな事言ってます?僕
しおりを挟む……俺は少女に訪ねてみる。ボーイミーツガールの第一歩、一緒に世界を救って欲しいだとか、命を狙う悪の組織をコテンパンにして欲しいとか、そんな事を言われるであろう事を想像して俺は答えを待つ。
少女が被ったフードから覗かせる、短い空色の髪が揺れる。少女は首を傾げながら、その問いの答えを言い放つ。
「……いや、特に理由は無いですが」
「……え?」
……俺の予想は大きく外れた。大冒険もバトル展開もあったもんじゃない。少女は本当に愚の骨頂、世迷い事をしでかしていたのだ。
何処ぞの馬の骨かも分からない浮浪者に美少女が話しかける。逆事案がこの場で、現行犯で発生していた。
「……強いていうなら釣れた魚を私にくれたら嬉しいなーなんて」
愚行少女はばつが悪そうに頬を掻きながらそう言う。
「まあ、良いですけど……」
「本当ですか!?」
「……ええ」
「ありがとうございます!!」
少女は目を輝かせて喜ぶ。……何を考えているのか、一切検討がつかない。ただ少女が放つ明朗快活な雰囲気のせいか怪しい気配は一切感じない。
はだけかけたフードから、にへらと笑った少女の笑顔が溢れる。
「実はここ2日何も食べてないんですよー」
「へ?」
意図せず、俺は間抜けな声を出す。
「どういう事ですか?」
2日も何も食べてないとは、一体全体どういう事であろう。……いや、もしかすると……
「……貴女の住所とかは…?」
「女性に住所を聞くというのは失礼極まりない行為ですが……、特別に教えてあげます。言うならばこの世界全体です」
「……やっぱり」
……母なる大地が俺の住みかだ、等と言うのはあまりにベタなホームレスの常套句であろう。つまりはこの少女はホームレスと言う事で間違いない。
「……つまりはお互い浮浪者同士という訳ですね」
「聞こえの悪い言い方では、そういう風になりますね」
自らの事を頑なにホームレスだとは認めない少女は不服そうに言った。
「……とは言っても、私は元々は結構裕福な家庭で育ち、生きてきたんですけどね。色々とあって、その家は捨てたんですけど」
「それはまたどうして?」
「禁即事項です。て言うか貴女は他人のプライベートにズケズケと踏み込みすぎです!もっとデリカシーを持ってください!」
「はいはい」
思わせ振りな事を言ってきたそちらにも非はあるのでは?自分は空気なんて読めないので。そんな事を心の中で思っていると……
「おっ、釣れた」
小さいながらも、初めての魚が釣れた。それでも棒に糸をただくっ付けただけの釣竿で不漁の海の中魚が釣れるとは……
「おお、流石です」
「ありがとうございます。……まあ、とりあえずどうぞ」
俺は釣れた魚を少女に差し出す。そして俺の分、二匹目の魚を釣るべく直ぐ様棹を振る。
「え?良いんですか?」
「……何がですか?」
何故か少女は驚き目を丸くしている。え?おかしな事言ってます?僕。
「だって、そんな、……私はいきなり現れた怪しいヤツですし、そんなヤツなんかにせっかく釣れた魚を与えて良いんですか?」
「いや、貴女が魚欲しいって言ったんでしょ……」
「で、ですが私はおこぼれを貰うだけでいいので……」
全く食い下がる様子の無い少女。以外と強情なんだな、この娘。
「まあ、とりあえず持っておいて下さい。二匹目釣っちゃうんで」
「……分かりました」
“とりあえず”、その言葉で俺は彼女を説得させる。躊躇している相手にこの言葉は案外効果的だ。保証はしないけれど。
そんなこんなで、俺は波の無い海に竿を投げ、釣りを再開するのだった。
※
「……結局釣れませんでしたね」
「……そっすね」
辺りはすっかり暗くなった。結局釣れたのは最初の一匹のみで、人数分の魚は釣ることが出来なかった。
と、なるとこの魚をどの様に分けるかだが……
「……申し訳ないけど半分貰っていいですか?」
俺は遜って少女に懇願する。男に二言は無いと言うが、背に腹は代えられない。本当に文字通りの意味で、マジで腹が減った。しにそう。
「もちろんですよ。むしろ全部上げるとか言い出したらどうしようかと思いましたよ」
少女はそう言って笑った。……気付いたら被っていたフードを脱いで、綺麗な空色の髪と整った顔を露にしていた。
……見る者を虜にするその美貌、俺自身も彼女が放つオーラに例外無く当てられた。
「……やっぱり全部食べます?」
「いやいやいや!良いですよ!半分貰えれば。全部貰ってしまったら罪悪感が凄いので!」
「……さいですか」
魚を譲って器の大きい男アピールをしようとしたが呆気なく断られる。まあ、仕方がない、切り替えていこう。
……そんなこんなで、ちっこい魚を二人で分け合う事になった訳だが……
「まず火を起こしますか……」
「あ、私ライター持ってます」
「おお!流石です!」
えへへー、と笑う空色少女。いや、マジで可愛い。
少女は適当に集めて来た枯れ草やその他諸々に火を付ける。その時不意に此方を見て、彼女は口を開いた。
「……私ってあまり褒められた事とか無いんですよね。だから今も笑顔が止まりません」
少女は笑顔を絶やさず語る。彼女は笑顔がとてつもなく似合う。何故だか、俺は心臓がドクドクと鳴り響いて止まない。
しかし刹那、彼女は満面の笑みを僅かばかり曇らせた。
「……先程、私は裕福な家庭で育ったと言ったと思うんですけど、私は只の、いわゆる奴隷でした。……私は売女の家系として生まれ、先述した金持ちの家に買われたんです。その後は愛も何も与えられず、私はただ性欲をもて余す為だけの存在、玩具として生きてきたのです。ですがつい最近、先代の主がお亡くなりになって、代替わりの際に私は解放されました。身寄りも何も無かったんですけど、売女として生きるよりかはマシかなーって思って、無事浮浪者に転身したって訳です」
「……そうだったんですか」
少女の口から語られたのは、あまりに不憫な過去であった。しかし彼女が重苦しくなった空気を察してか、少しばかりお茶らけて話すので、俺も深くは掘り下げなかった。
「……すいません、僕にもっと甲斐性があれば良かったんですけど」
「ふふっ、大丈夫ですよ。寧ろあなたが海辺で釣りをしてたから、私達は出会えたんです。……随分と甲斐性の無さそうな背中だったので、寧ろ話し掛けやすかったですよ」
少女は悪戯っぽく笑って見せる。
まあ、確かに、自分より下の存在を見て安堵を覚えるというのは、あまり宜しく無い行為だが、納得のいく部分はある。
「私達って意外と似た者同士ですね」
「……共感する部分が最低ですけどね」
少女は再度笑う。
それから俺達は焼けた魚を二人で分け合い、談笑し、どうでもいい事で笑いあって、……そんな楽しい夜を過ごした。
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