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番外編

小さな魂の願い

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「神よ。本当に貴方が存在するなら…どうか次生まれ変わった時は…」

 ボロボロの服を身にまとい、痩せこけた小柄な女性は目の前にある神の像に跪きながら手を組んだ。

「自由になりたい。…神よ…。私はもう生きたくありません」

 彼女は組んだ手に額をくっつけ、そのまま地面に伏せた。そして、彼女は誰がいるわけでもない教会の礼拝堂で神に向かって自分の生い立ちを話し始めた。





 彼女の名はベッカ。生まれた時から両親を知らず教会の孤児院で育った。

 彼女は体毛全てが白く、目の色は真っ赤。肌は白い。色素がとても薄く異質な存在であった。

 周りの人とは違う容姿に孤児院で働く大人、暮らす子供含めて彼女を忌み嫌っていた。名前すら付けてもらえず、彼女は周りから【エビル】と呼ばれていた。

 異質な存在であり、直ぐにでも死んでしまうだろうと思われていた彼女であったが、周りの予想と反し健やかに育った。

 また自分の名前をエビルだと認識していた彼女は、その名前で呼ばれることに疑問すら湧かなかった。

 嫌われていても周りの愛を欲し、愛されようと必死だった。

 質素な食事しか出ない孤児院で、彼女だけが2日おきしか食べられなくても。

 いつもお腹がすいており、空腹に耐えきれず道端に生える雑草を食べて周りから馬鹿にされても。

 一緒に住む子供達がやりたくないことを押し付けてきても。

 大人達から汚物扱いされ、汚れた水を体にかけられても。

 彼女の世界はそこだけであり、彼女はそれしか知らなかった。

 そして彼女の心はどんどんと光を失っていった。何かに希望を持っても叶うことがないと自分で諦めたからだ。

 笑うこともなく、話すこともなく。

 ただ、自分の身に降りかかる全てを受け流しながら息をするだけの人形のようになっていった。

 しかし、彼女に転機が訪れたのは15歳の頃だった。

 見た目のこともあり、里親の引き取り手はない。だが、孤児院は異物を早く排除したがっていた。そんな頃にとある男が孤児院にやってきた。


「ここに真っ赤な目をした真っ白な少女がいると聞いた」

 その言葉を告げた男はドヴェインと名乗った。そして、大人達に金貨を数枚手渡すと抵抗すらする気力のない彼女の手を引いてその世界から連れ出した。

 15歳でありながらも栄養が足りず、10歳ぐらいの幼児にしか見えない彼女は下着が見えそうなくらい裾の短く汚れたワンピースのまま彼に連れられて初めて外の世界を見た。

 見たことがない光景、見たことがない人々。見たことがない食べ物。

 彼女は目的地に行くまでの間に一生分の何かを使ってしまったと感じるほど、今まで感じたことがない何かを感じていた。

 だが彼女の心はすでに光を失っており、感じた思いを理解することはできなかった。

 ドヴェインと名乗った男は平民であったが、芸を披露する劇団の長だった。

 彼は旅をしながら各地を周り、人から異形だと虐げられている人々を拾っては芸を仕込んで働かせていた。

 また健康体な人間だけでなく、獰猛な猛獣も数匹芸を仕込んで飼っていた。


 そんな場所で彼女はドヴェインからある事を命じられた。

「お前がやる芸は踊りだ。その真っ白な髪や肌、真っ赤な瞳を武器に人を魅了する踊りを習得しろ。それができるようになったら真っ白な虎を仕入れてやる。どこぞの国では神の御使みつかいだと言われてるらしい。そんな虎を従えて踊るお前はその虎と同じ色合いをしている。ならばお前も神の御使と同じだと言っても過言じゃない。だから、心を殺すな。周りの目がなんだ。自信を持て。ここはお前のように嫌われ者の集まりみたいなもんだ。でもよく見ろ。皆笑ってるだろ?」

 そう言ってドヴェインはポカンとしている彼女の頭を撫でると、その場にいた団員に彼女を任せて去っていった。

 彼の言葉をすぐには理解できなかったが、彼らと生活を共にする間に少しずつ彼女はその言葉の意味を理解し始めていった。

 またドヴェインは彼女自身が彼女に興味を持ち生きることに執着させるため、あるモノを贈った。

 それは【ベッカ】と言う名前だった。

 彼女には名前の由来は全くわからなかったが、周りの団員からはとても高評価であった。その様子を見て彼女はなんとなく良いものを貰ったのだと理解した。

 名前を貰ってからのベッカは少しずつ真っ赤な瞳に輝きを取り戻していった。

 他の団員達にも同じような境遇の人々がいたこともあり、とても優しく彼女を見守った。

 時には厳しく、時には優しく。まだまだ幼い彼女を彼らはとても可愛がった。特に団長であるドヴェインは自分の子供のように可愛がった。


 ベッカにとってこの時が一番幸せだった。


 彼女がそこにやってきて1年がたった頃。踊りを覚えてやっと観客の前で披露する事が決まった。

 この頃には自然と笑顔が出ており、もう誰も彼女を動くだけの人形だとは思わなかった。

 ある日、とある国のとある街で彼らは公演する事が決まった。

 だが、ある貴族によって彼女の安らぎの場所は奪われる事となった。


「ベッカ!!!逃げろ!逃げるんだ!!!」

 ドヴェインや他の男性団員達は襲って来る人々に立ち向かおうと応戦しながら、女や子供をその場から脱出させようと必死だった。

「嫌だ、団長!!」

「生きろ。諦めるな。生きろ、どんなに辛くても自分で自分を殺すんじゃないぞ!俺との約束だ!!」

 体格のいい女性団員に抱えられるように運ばれていくベッカを見送りながら、ドヴェインは優しく微笑んだ。そして剣を持って襲って来る人達に立ち向かっていった。

 ベッカは涙を流しながら、自分の故郷のような場所が燃えていくのを見つめることしかできなかった。


 結局、ドヴェインや他の男達と再会することはできなかった。

 女達だけ暮らしていくにも彼女達を雇ってくれる人は少なかったが、芸を披露してお金を稼ぎ、細々と暮らしながら住まいを転々とした。

 しかし、1人また1人と病に倒れて亡くなっていった。

 最後まで残ったのはベッカだけだった。

 酒場で踊りお金を稼ぎ、体つきが大人になっていた18歳の頃には体でもお金を稼ぐようになった。

 しかし、やっと息を吹き返した彼女の心は徐々に光を失っていった。

 25歳の頃。客から病気をうつされてしまった。

 それを彼女はとても喜んだ。

 ドヴェインとの約束で自ら命を断つことはできない。だが病に命を奪われるならば、死んでいった彼らに天国であってもきっと怒られはしないだろうと考えたからだ。

 医者にもかからず、じっと病が体を蝕んでいくのを待った。

 食べ物が底をついても、なかなか彼女は死ぬ事ができなかった。

 そして彼女は鉛のように重い体を引きずって教会へと向かった。

 そう。神に祈るために。




「いつになったら迎えにきてくれるの…皆…」

 彼女はシクシクと涙を流しながらその場にうずくまった。

 礼拝堂の床はとても冷たかったが、発熱し始めた彼女にとってはとても心地よい場所になっていた。

「神よ…」

 熱で徐々に朦朧とし始めた彼女は涙を流しながらそっと瞼を閉じた。

 閉じた向こう側には自分が求めていた人々が両手を広げて待っていてくれた。それに喜んだ彼女は重い体を引きずって彼らに向かって駆け寄った。

 進めば進むほど彼女の体は軽くなったが、どんどんどんどん彼らの姿は遠くなった。

『待って、私はここよ。行かないで。行かないでぇぇぇえ』

 声を上げて泣きじゃくりながら懸命に走るが、一向に追い付かない。最後には進む先に突然ぽっかり穴が開いて、彼女はその穴に落ちていった。



「行かないでぇええええ!!」



 涙を流しながら手を伸ばし目を覚ませば、目の前には見覚えのある天井が広がっていた。

「うっせーぞ、エビル。静かにしろ」

 彼女の声で起きてしまった男の子が苛立ちを隠しきれない声で怒りを向けた。

 たくさん並べられたベッドの中の一つに寝ているその場から動く気はないようで、怒鳴りつけてすぐに寝息を立てて寝始めたようだった。

「……え……」

 見た事がある光景、見た事がある子供達。

 だが彼女には大人になった記憶があった。

 大好きな人達に愛された記憶もあった。

「どういうこと…」

 大きな声を出せばまた怒鳴られてしまう。そう感じた彼女は小さな声で呟いてから毛布にくるまった。


 どう考えても子供の頃に戻ってきていた。

 誰も彼女のことを【ベッカ】とは呼ばないし、彼女に優しさを向けることはない。

 自分の心を殺して生きていた子供時代。

 優しさを知ってしまった彼女にとって、再び子供時代を過ごさなければならない事はとてつもない苦痛だった。

 孤児院から抜け出してドヴェイン達を探そうか。そんなことを考えたこともあった。

 だが彼らは旅をしており、ひと所にとどまることはない。

 字も読めず学のない彼女が彼らを探し出すのは容易なことではなかった。

 また栄養が足りていないこの身体では外に出て探し回るにも体力がなかった。

 彼らがくるまでじっと待つ。そんな選択肢もあったがそれすら許されなかった。

 なぜなら1度目と違う点があったからだ。それは彼女の体がとても弱くなった事だった。

 あんなに丈夫だった体は、今ではすぐに風邪をひいてしまう軟弱な体になっていた。

 そして、常に病を患っている彼女を孤児院の人々は放っておくようになった。


「うっうう。なぜ戻ってきたの?なぜ戻るなら幸せなあの頃じゃないの?なぜ…なぜ…。また同じ自分には生まれたくなかった。私はただ…自由が…欲しかっただけなの…」

 ベッカはポロポロと涙を流しながらベッドに寝ている日々を過ごした。

 薬を与えられているわけではないため病が治るわけもなく。かと言って異質な彼女を生かそうとする人たちもおらず。

 最後には外の物置小屋のような場所に押し込まれてしまった。

 薄い薄い毛布を渡したのは彼らの良心なのか。体を温めることもできない毛布でもベッカにとっては有難いものではあった。

 徐々に体を動かすことすらできなくなった頃。彼女は天井を見つめながら神に語りかけた。

「もう、生まれ変わり…たくない…。自由に…」

 か細い声でそれだけ呟くと彼女はゆっくり瞼を閉じた。そして、眠るように息を引き取った。

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