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妊婦には優しく

第1回妊婦なう③(アーサー視点)

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 思惑が外れた。苛々する。

 リチェ様に夢を続けさせたのも、あれだけ快楽に弱ければ夢の世界に影響されるかと思ったからだ。策通り、マイカは徐々に夢に影響されていた。

 しかし今ではそれもすっかり忘れてしまったようだ。

 マイカのことは愛している。もちろん妻達より。1人世界を渡ってきてくれた、か弱い存在だ。だからこそ愛すべき存在だ。

 エリオットに子供を産まなければ愛さないのかと言われたが、そもそも子供がいたら聖女は現れなかったのだ。

 子供を産むからこそ大事にしたい。俺の聖女なのだから。

 そして、自分の子供であると実感もしたかった。それにはやはりマイカを抱いたという経験がなければならないと思ったのだ。あの一度きりでは、思う存分楽しむこともできなかった。

 思惑が外れたのは、もう一つ。ルイスだ。

 あいつが狂ったままであれば…もう少し違った展開でマイカに近づけた。俺に頼って過ごしていたはずだ。

 ダリオンは別の意味で警戒していたようだが。俺はルイスの性格がマイカによって矯正されることを恐れていたのだ。

 どのような夢だったのか、わからないが…一晩ですっかり憑き物が落ちてしまった。あれでは利用価値が無くなってしまった。
 
 はぁ。子供がこの腕に抱けるだけ御の字だと思うしかないだろう。

 1人で瓶に子種を入れたが、本当にこれでいいのだろうか。別の男の子供を産まれても困る。

 明日一度、授かったかの確認はしておこう。

 産まれてくる子供が男児で俺に似ていて、俺と同じ色合いであれば尚いい。男児ならば、王家の存続もしやすい。




 初日。無事に子が宿ったと報告を受けた俺はマイカに会うために離宮に向かった。

 中に入れば、三人で仲良く話をしていた様子だった。

 その様子がまた俺を苛立たせる。

 実感がないまま毎日ご機嫌伺いでマイカの部屋を訪ねた。訪ねる度に笑顔で出迎えてくれるが、俺はマイカと一緒にいる時間が苦痛だった。そのため少し話をしてすぐに部屋を出ていた。

 子供が本当にいるのか、わからない。そんな気持ちがどうしてもある。それに、今だ自分の思惑通りに進まなかったことに苛立っていた。いや、それ以外にも何かに苛立っていた。

 イライラしながらも側室の人数を減らすために下賜させるか、離縁して生家に戻すか振り分けた。30人いたうち25人減らすことに決めた。子供が産まれる。ある意味〈妻〉は不要だ。

 マリアンヌにマイカを会わせるのは気が乗らなかった。特に必要も感じなかったためマリアンヌにも話さなかった。マイカも会わせろとは言わない、都合がいい。

 苦痛が減ったのは、腹が大きくなってからだった。苦痛が減り苛立ちもおさまったことで交流する時間も長くなった。

 その時点ではなぜ苛立ちが減ったかわからなかった。

 腹を撫でてみたくなったが、マイカに触ることに躊躇した。理由はわからない。

 しかし、俺が撫でたそうにしていることに気がついたマイカは俺の手を腹に当てて触らせてきたのだ。

 大きくなってきたマイカの腹。触れて初めて子供がいることを実感し、苦痛が完全に無くなった。何か満たされた気持ちにもなった。

 その後は、会う度に腹を撫でた。俺のことがわかっているのか、話しかけるとよく動くようになった時は感動した。

 マイカの胸は徐々に大きくなってきた。その様子をみて、やはり抱きたかったという思いが湧き上がってきた。

 しかし、マイカはもう子供の聖女なのだ。

 俺の聖女ではなくなった。

 今まで自分の思い通りにことを進めることが多かった。腹の探り合いをしていても、俺の考えた通りに動かしてきた。

 しかしマイカはそれを跳ね除けて、俺の計画をひっくり返してきた。

 ただのか弱い女性だと思っていたのに、マイカの心は強かった。
 
 彼女は俺と違う。いや、わかっていた。違う存在だと。しかし、俺は〈神〉をも自分の思い通りにできると驕っていたのだ。

 そう思ったら〈マイカ〉とは呼べなくなった。

 結局俺はマイカを〈マイカ〉として大事にしていたわけではなかった。彼女を通して神を見ていた。聖女としか見ていなかった。

 それでも、2人でお腹の子供に声をかける光景は夫婦のようだった。勘違いしそうになるくらい、穏やかな日々だった。

 そう思うと、イライラしていた気持ちもなんとなくわかる。思い通りならなかったこと含め、一瞬でもマイカに〈女〉を求めたのだろう。

 正直言って、前ように欲情はしない。むしろマイカが望む友情が芽生えている気がする。

 抱いてなくて良かったかもしれない。

 抱いていたら、この光景もきっと俺は違った意味合いで捉えていたかもそれない。いや、もうそれは終わった事だ。マイカの事は妻でも母親でも女でもなく、マイカであり聖女でしかない。

 そして、あの日がやってきた。

 そろそろ産まれそうだと聞いて、その日は朝からマイカのそばにいた。

 昼食後にマイカが痛がり出して、あれよあれよというまに…

 俺の子供は輝きながらマイカの腹から出てきた。

 神秘的だった。

 望んでいた男児だったこともあり、安堵と感動から顔が緩んでいたと思う。

 ポカポカと温まる気持ちでいたら、マイカが乳を飲ませるため胸元をはだけさせた。

 びっくりしたが、子供の栄養だと思えばイヤラシイ気持ちにはならなかった。

 ゴクゴクと懸命に飲む我が子。愛おしい。

 眠った子供を受けとって、素早く落とさないよう気をつけながら王城に移動した。

「マリアンヌ…産まれましたよ」

 後宮に入って、正室の部屋へ子供と共に訪ねた。

「まぁ!まぁまぁ!可愛い御子ですわ」

 マリアンヌは嬉しそうに微笑んで俺から手渡された赤子を抱きしめた。

「性別は…」

「男児ですよ」

「ああ、良かった…良かったですわ…」

 彼女も何か心中にしまっていた気持ちがあったようだ。寝顔を見ながらポロポロ涙を流す彼女を俺はそっと抱きしめた。俺の妻はこの女性だけだ。そう感じた。

「側室は必要なもの以外は離縁または下賜します」

「はいっ」

「苦労をかけました」

 泣き続けるマリアンヌを抱きしめながら我が子を見つめる。

「元気に育てよ」

 俺の声で起きたのか、ふえふえっと顔をしわくちゃにしながら泣き始めた我が子の瞳は俺と同じ青色だった。

「マリアンヌ。この子の名前はルークにしましょう。私たちの希望の光です」

「ルーク…フィレント王国を導く希望の光りですわね。ああ、ルーク…産まれてきてくれてありがとう」

 二人で泣いたルークをあやしながら、夫婦として、親子としての一歩を踏み出した。



 リーン神、感謝いたします。聖女の慈悲に感謝を。
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