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《30》遅めの夏季休暇
しおりを挟む違う。くだらないプライドと体裁を持つ、肥え太った社交界の豚共だ。
彼も、奴らと同じだ。
伯爵家の愛息子。愛され、甘やかされて育った人間だ。
例外はないと信じて疑わなかった。
『そうだよ!こっちは、命懸けなんだ!
彼はそう啖呵を切った。
唇は震え、拳は強く握りしめられていた。
ふと興味が湧いた。
それは珍しい玩具を見つけたような喜びに似ていた。
どうせ、権力と金に固執しているだけの、愚かな人間。どうなろうが知ったことではない。
ノワの絶望する顔でも見れば、憂さ晴らしくらいにはなると思っていた。
いつでも忙しなくて必死な青年だった。
涙を散らした表情が何かを訴えるようにこちらを見つめていた。
ある日から、リダルの中に、疑問が募った。
「変な奴·····」
切れ長の目はそっと伏せられた。
───────────────
7月某日、パトリック伯爵邸は朝から騒がしかった。
ノワが半年ぶりに帰省してくる。
厨房は食事の仕込みに忙しく、屋敷の手入れにはいつにも増して力が入っていた。
「ねえあなた、このドレスどう?それとももっと派手なのが良いかしら?」
「君はどれを着ても美しいよ」
夫妻のやり取りを聞きながら、アレクシスは窓の向こうを眺めた。
彼も例に漏れず浮き足立っていた。
「おや、ノワ宛の手紙だ」
アントニーが届いた手紙の中から一通を抜き取る。
「休暇が始まって直ぐに手紙をくれるなんて、余程仲のいい友達なんだろう」
顔をほころばせる父親。
しかし、差出人を見た彼は、たちまち驚きの声を上げた。
「これは·····」
「お父様」
アレクシスは父親の動揺を見逃さなかった。
「兄さんには、俺から渡しておきましょうか?」
準備で忙しいでしょう、と、均等に口角を上げるアレクシス。
アントニーは誤魔化すように笑った。
「ああ、じゃあ、頼んだぞ」
アレクシスへ手紙が渡る。
しかし、扉に手をかけたアレクシスは、再びアントニーに呼び止められた。
「くれぐれも無くさないようにな」
「···勿論です」
彼がアレクシスに注意をするのは酷く珍しい事だった。
廊下を進みながらさりげなく差出人を確認する。
流れるような達筆が記す名前は、キース・クリスティー・バーテンベルク。
バーテンベルク家といえば、帝国では知らない者がいない程名のある家紋だ。
頼りない兄だが、意外にも関わるべき相手を見極めているのだろうか。
「キャッ!」
廊下の角から、駆け足の召使いが飛び出してきた。
咄嗟に抱きとめる。胸元から冷たいものを被った。
「も、申し訳ありません!」
メイドが真っ青になって謝罪する。
腕には花瓶を抱えていた。
手にしていた手紙に水滴が飛び散っている。
不味い。
「本当に申し訳ありません!今すぐに拭くものを·····」
「必要ない」
アレクシスは早足に廊下を進みながら、一瞬迷った後、手紙の封を切る。
無礼極まりないが、不可抗力だ。
自室に駆け込み、窓際にテーブルを寄せる。
幸い日当たりは良い。この分なら直ぐに乾きそうだ。
折りたたまれた手紙を広げる。
外そうとした視線は、ピタリと止まった。
"親愛なるノワくんへ"
微かなコロンの香りがした。
目は、意に反して活字を追う。
全て読み終わる頃、浮き足立った気分は完全に冷えきっていた。
正午過ぎ、ノワは屋敷に降り立った。
久しぶりの伯爵邸だ。
ここ数日間の緊張が、やっとほぐれるようだった。
「お帰りなさいませ、ノワお坊ちゃま」
召使いたちが一斉に頭を下げる。
ノワは両親と交互に抱き合った。
「ああ、ノワ!久しぶりね、長旅で疲れたでしょう、体調はどう?あら、なんだかシュッとしたわね、ご飯はちゃんと食べてるの?顔つきが凛々しくなった気がするわ!若い頃のお母さんそっくりよ、相変わらず可愛らしいわ」
母親が、弾丸のように捲し立てる。
彼女は自画自賛とも取れる発言を最後に、一度言葉をくぎった。
「おかえりなさい」
涙脆い母親だ。
ノワはもう一度彼女を抱きしめた。
公爵邸での出来事から早一週間が経った。
屋敷が襲われたという話は流れていない。どうやら、事件を防ぐことが出来たようだった。
午後は両親と団欒の時間を過ごした。
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