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《37》言わないで
しおりを挟む完璧な微笑みからは想像もつかないほど意地の悪い提案だ。ノワは縋るような視線を向けた。
「言わないでください·····」
小さな声で呟く。
ユージーンはわざとらしく眉を上げた。
「良いんだ?ロイドは君の事を心配しているみたいだけど·····」
「パトリックが故意に無礼を働くような奴だとは思えないからな」
ロイドが堂々と言ってのける。
ノワはもう一度、言わないでくださいとユージーンに願った。
ロイドは眉根を寄せた。
他には言えないようなことなのだろうか。或いは、何かを企んでいたのだろうか。
ロイドの頭の中には、数々の疑問が浮かんでいるのだろう。
ノワはロイドの方を見ることが出来なかった。
「····そういう事だから、残念だがロイドには言えないな」
「ああ」
ロイドは素っ気なく返事した。
彼の気遣いを無下にしてしまった。
「·····さっきの話に戻るが」
ロイドが、ノワとユージーンを交互に確認する。
「今日の反省会は、明日に先延ばしだ」
フィアンがどうしても外せない用事が出来たらしい。急用のため、生徒会の集まりに参加するのは厳しいという事だった。
「明日同刻、ここへ集まること」
今日は解散となった。
ノワは人知れず深いため息を着いた。
どんな顔をしてフィアンに会えば良いのか分からないし、これ以上人前にいる事も苦痛だった。
さて、解散後どうするかが問題だ。
「それと、パトリックには話があるから残れ」
「えっ」
ロイドはユージーンを振り返った。
「俺の話は長くなるから、他に何かあるなら先に済ませてくれ」
長くなる話とはなんだろう。思い当たる節がない。
「じゃあ、俺は先に失礼するよ」
ユージーンが微笑を最後に部屋を出ていく。
部屋は再び静かになった。
ノワはそっとため息を着く。
これからの事はさておき、とりあえず今は、ロイドのおかげで一時的に助かった。
(あぁ、本当に、どうしよう·····)
「ウォルター先輩、話って·····」
頭の中はぐちゃぐちゃだった。
公爵邸に忍び込んだ事がバレてしまった。
そして、ユージーンはこちらを弄ぶようにキスを奪った。
本来キスとは好意のある者にするものだ。
しかしあれは、明らかに──。
(なんで·····)
「以前受け取った菓子」
広い背中がこちらを振り返った。
ロイドが話し始めたのは、1ヶ月以上前の話題だった。
もしかして、クッキーに何か問題があったのだろうか。
少し不安になっていると、彼はふっと笑った。
「ありがとな」
ノワはぱちくりと瞬きをする。
「明日も遅れないように」
ロイドは颯爽と生徒会室を出ていった。
確か、話が長くなると言っていたはずだ。
(もしかして、僕のために·····?)
ユージーンと自分が一緒にならないよう、気を回してくれたのだろうか。
ノワはブンブンと首を振った。
(いやいや、思い上っちゃだめだ)
ユージーンは今のところ、自分に処分を下す気はないようだ。
許しを乞えば解決の余地はあるかもしれない。
2度目の人生だ。
チャンスがある限り足掻こうと思う。
ノワは部屋を飛び出した。
寮室へ向かいながら、あれこれと考えを巡らせた。
耽美な微笑が何を思ったのかは全くもって分からない。
高い鼻が近づいてきた瞬間を思い出す。
ノワは思わず、グウ、と、声を漏らした。
強制的だったキスに嫌悪感は一切なかった。
恐怖を感じるよりときめいたのが事実だ。
酷く官能的なキス。
頬の痛みさえ、ゾクゾクと変な疼き方をした。
未だ塞がれた唇が熱い。
ノワはぶんぶんと首を振った。
(ああ、僕の馬鹿·····)
キスなんかよりもっと問題なのは、侵入者が自分だとバレていたことだ。
(ダメだ、1回落ち着こう)
1人になれる所へ行きたい。
早足で寮の自室へと早足で向かう。
ノワは一心不乱に歩き進め、部屋の扉を開けた。
「あれ」と、明るい声がノワを呼んだ。
「奇遇だね」
甘いマスクの青年がこちらを振り返る。
「君も早くに戻ってきたんだ」
キースは手にしていた教材を机の上に置き、わざとらしく肩を竦めた。
「僕に会いたくてたまらなくなっちゃったのかい?」
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