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《38》キースの頼み事

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唯一の安寧の場を失いショックに打ちひしがれる。
表情はこれまでにないほど嫌悪感を顕にしたが、相手は満更でもなさそうだった。


「そんな顔をして·····僕に会えたことが余程嬉しかったんだね」

「どう捉えればそんな馬鹿げた解釈になるの?」


最早純粋な疑問だ。
このナルシスト野郎が攻略対象で自分が悪役令息だなんて、あんまりだ。


「酷い運命だ·····」


「うん?運命?」


キースは、くいっと形の良い眉を上げた。


「君には申し訳ないが、僕は今日帝都に用があっただけで、当たり前だが君と同じ動機では無いのさ」


勘違いしないでくれと困ったように笑う顔面には、何をめり込ませれば気が済むだろうか。


「こんなのあんまりだ」


「まあ、君は僕の事が大好きだから、運命と思ってしまっても仕方ないのかもしれないね」


これ以上戯けたことを聞いてしまう前に、別の場所へ行こう。
ノワはキースへくるりと背を向けた。


「どこに行くんだい?」

「キースのいないところ」

「年頃のレディーより恥ずかしがり屋さんだね、ノワくんは」


ヘラヘラと笑っているキースを置いて部屋を出る。
閉めた扉は程なくして開かれた。


「待ってくれよ」


後ろから追いかけてきた声に足を早める。

しかし、キースの歩幅はノワのそれよりもだいぶ長いようだ。
直ぐに隣に並ばれてしまった。


「怒ったのかい?」

「まだ何か用?」


今日はいつになく執拗い。

じろりと睨みつける。
「わお」と、わざとらしい声が帰ってきた。


「用がないと話しかけてはいけないのかな」


冗談めかした彼の言葉に、ノワは至って無表情でうんと返す。

一応攻略対象の彼にはもう少し優しくした方がいいのかもしれない。
頭ではわかっているが、今はできるだけ関わりたくないのだ。 


「参ったな」


キースは浅くため息を着く。
吐息の音まで無駄に男らしい色気を纏っているのが、ノワにとっては更に鬱陶しかった。


「話したい事があるんだ」


どこか歯切れが悪そうに切り出される。
ノワは眉をひそめた。


「何?」

「聞いてくれるなら、一度部屋に」


釣り気味な目が、チラリと部屋を振り返る。

わざわざ部屋へ戻って話すということは、他人に聞かれない方が良い話だろうか。

不安がよぎる。
ノワはぶんぶんと首を振った。

自分が転生者であることや、公爵邸での事件。

それが彼に漏れる可能性は無い。

一瞬躊躇った後、ノワはキースに促されるまま部屋へ戻った。


「パートナーとして舞踏会に参加してくれないかい?」


果たして話の内容は、ノワの予想をはるかに上回るものだった。

舞踏会に参加して欲しい、それもパートナーとして。
ノワは彼の言葉を噛み砕き、「は?」と、素っ頓狂な声を上げた。

数日後、戦争から戻ってきた第二皇太子の帰還式が行われる。

宮殿では、近隣著名人や高爵位の者たちが集うパーティーが開催されるのだ。


「·····キース、僕男だよ」

「だからこそ頼んでるんだろう?」


帰還式には隣国の侯爵令嬢マルコリーネも来るというのだが、なんでもそれが問題らしい。

マルコリーネは幼少期からキースを恋い慕っていた。今回の帰還式のパートナーとして参列して欲しいと、彼女からキースに手紙が届いたのだ。

社交の場に男女二人で参加するというのは、特別な間柄である事を示す。

それも、今回のパーティーは王族主催。

キースが女性をエスコートしたとなれば、2人が婚約者になるのは暗黙の了解となる。


「誘いを断る度に駄々をこねられるのも面倒だから、心に決めている女性がいると言ったんだ」


話が見えてきた。

ヒロインと出会う前のキースにそんな女性がいないことくらい、百も承知だ。


「架空の女性のフリをしろって?」

「ノワくんは飲み込みが早くて助かるよ」


ノワは深いため息をつく。


「バレたらどうするの?」

「君は華奢だし顔立ちも可愛らしいから、気付かれることはまずないだろ?ただ隣にいてくれればいいから」


この通りだと両手を合わせられる。

却下したい思いは山々だが、相手は攻略対象。
恩を売っておくに越したことはない。


「·····隣にいるだけでいいなら」


ノワは仕方なくそれを引き受けた。


「恩に着るよ」


にこりと微笑んだ口元はまさにこちらが望んでいた返答をする。


「明後日の昼過ぎから夜まで空けておいてくれ」


頼んできたにしては急な日時だ。


「まるで僕が引き受ける事を分かってたみたい」














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