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《51》不可解な真実
しおりを挟むノワが部屋を去ってゆくと、キースの口元から笑みが消えた。
昨夜、内密に調べさせていた事柄が報告された。
ノワに何かと絡む男──リダルについてだ。
小さな村にあるクワダムス男爵家の次男で、入学を機に帝都へ社交界デビューを果たしたばかりの青年。
彼は病により長年療養生活を送っていた。
しかし、学園でのリダルは、病弱さの欠けらも無い鍛えられた身体の持ち主だ。
青白い肌と、血のように赤く鋭い瞳。
流暢な標準語は、到底田舎育ちの令息のものとは思えない。
寧ろ完璧な帝都人のイントネーションだ。
矛盾と違和感。それだけなら、わざわざ調べる必要も無かった。
何よりノワと親しいのが気に食わない。
我ながらくだらない動機で彼について調べ、昨日新たに知ったのは、驚きの真実だった。
『リダル・ジルレイ・クワダムスで間違いないでしょうか?』
従者は、どこか困惑したように発言した。
『彼は1年前に亡くなっています。死亡の原因は栄養失調、クワダムス家の主人は半年前までそれを隠蔽していたらしく·····』
発覚後、クワダムス家の主人が罪に問われることは無かった。
更に、戸籍の上では、リダルは未だ存命していることとなっている。
死んだはずの人間、リダル・ジルレイ・クワダムス。
彼の名を持つ者は、紛いなくこの学園に在学する。
さてこれはどういうからくりだろうか。
キースはため息をついた。
何かを見落としているような気がするが、情報が少なすぎる。
捜査を続行させ、とりあえずは様子見だろう。
リダルについての思考を遮断する。そうすると、たちまちノワのことが頭に浮かんできた。
彼がマルコリーネに放った一言に、思わず笑みがこぼれる。
(それにしても·····)
キスをした理由くらい聞けばいいものを。
ノワは、あまりにも鈍感だ。
「さて、どうしようか」
プンスカと怒り部屋を出ていった高い声が、まだ耳に新しい。
キースはやれやれと首を振った。
まだまだ残暑の残る季節。
夏休み明け最初の剣術の授業中に顔を出した人物に、ノワはぴしりと固まった。
「今の季節は中だるみしがちなので、特別に上級生に監督をしてもらうことになった。挨拶!」
教師の横に経つ男のワイシャツが一際眩しい。
スカーレットの瞳が生徒を見渡す。
何を隠そう最推し。同時に、今1番会うのを躊躇う相手だった。
気ダルげだった生徒たちが、慌てたように背をのばす。
「ついにこの季節か」
隣の生徒が独りごちる。
「この季節って?」
ノワは小声で問いかけた。
「秋の剣大会に決まってるだろ」
彼が訝しげな顔をする。
確か、17から20の男子が、身分に関係なく参加可能な大会だ。
「でも、剣術だったらロイド先輩が監督をするので有名じゃ·····」
「普段はな」
そりゃ、皇太子が定期的に監督をするわけないだろ、と言った彼は、こちらを向いた顧問のせいで一度口を噤む。
教師の目を盗みながら、彼は早口で告げた。
「皇太子殿下は去年の剣大会優勝者で、ロイド先輩は皇太子殿下に剣術で勝ったことは一度もない。ロイド先輩が剣術の天才なら、殿下は化け物だよ」
「そうなんだ·····」
鋭い笛の音が鳴る。
ノワは持ち場に向かってからフィアンを盗み見た。
サラサラとなびく金髪に、胸の奥が締め付けられる。
生徒達の掛け声は、普段と比べ物にならないほど真剣だった。
「今年の1年生は真面目ですね」
「いや、はは·····いつもこれだけ真剣に取り組んでくれると良いんですが」
フィアンと教師が話しながらこちらへやってくる。
ノワは慌てて剣を握った。
「それで、彼が·····」
教師がこちらを指さし、フィアンへ耳打ちしている。
(何言ってるんだろ·····)
他の生徒と同じように素振りを始める。
先日、女装した自分へ、慣れた手つきで距離を縮めたフィアン。
太陽の元でかがくスカーレットの瞳が、あの日は別人のように妖しい色気を放っていた。
カラン、と、かわいた音がする。
木剣を落としてしまった。
「構えからだな」
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