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《77》対峙
しおりを挟むツッコミ不在とはこのことらしい。
なんとしてでも自分が阻止しなければ。
ノワはさっさと部屋の中央へ進もうとするリダルの腕にしがみついた。
「ちょ、ちょっと待てよ!」
「あ?」
立ち止まった彼がノワを振り返る。
冷たい深紅は、こちらを見下ろし驚いたように見開かれた。
「なんだよ」
「ほ、本剣でやるなんて!もし怪我とかしたら·····」
ノワは既に彼の実力を目の当たりにしている。
もちろんフィアンが帝都一の実力者だということも知り得ているが、この死神は人を殺めることに躊躇いがないのだ。
フィアンが怪我をするかもしれない。
いや、最悪怪我どころでは済まされない。
真剣な眼差しで訴えたノワに、リダルは切れ長の目を二度ほど瞬かせた。
彼にしてはあどけない表情だ。
「こんな性格でなければさぞモテるのに」なんて思いながら、残念な男の返答を待つ。
「····しねえよ」
短い返答が来た。
彼は、言葉足らずなノワの発言に勘違いをしたらしい。
「違う」
ノワはブンブンと首を振り、リダルの腕を引っ張った。
「お前じゃなくて、フィアン様が!」
「······························。」
こちらを見下ろす赤が静かに凍てついてゆく。
ノワは身震いした。
「リダル」
「うるせえ」
再び紡ごうとした言葉は忌々し気に拒絶される。
彼を捕まえていた腕は一振で振り払われてしまった。
「でも、フィ·····」
「おい」
ローブを脱ぎ捨てたリダルが、視線の端だけでノワを捉える。
漆黒の髪の間からギラついた眼は氷山の一角みたいだ。
「これ以上要らない事言ってみろ」
低くなった声が警告する。
「お前の大好きな"フィアン様"は、一生剣が持てない身体にしてやるよ」
悪役も真っ青のセリフを吐き、彼は今度こそこちらへ背を向けた。
(や、やばい·····)
なんだか、自分の発言が彼の怒気に葉っぱをかけたようだ。
ノワはハラハラしながら中央で対峙する二人を見つめた。
止めるべきか?
否。出しゃばった分、リダルの機嫌が悪くなるのは実証済みだ。
「ノワ」
真っ直ぐな声がノワの名を呼ぶ。
「少し待っててくれ」
フィアンはすでに勝利を確信したように清々しく笑ってみせた。
彼なら、きっと大丈夫だ。
「──はい!」
ノワはめいっぱい大きな声で返事をする。
「·····」
リダルは、人知れず強く拳を握りしめた。
静まり返った広場の中央。
リダルが剣を構える。
フィアンは思わずに笑い声をこぼした。
「おっと」
口元を絹手袋に隠す。
ノワに聞かれてはいけない。
まるで動物が人間の真似事をしているような滑稽さだ。
正式な王の子供と妾の子供が、対等だとでも思っているのだろうか?
「今回の件は心から感謝してる」
静かな声は、離れた場所にいるノワには届いていない。
フィアンはそのままの声量で言葉を続けた。
「お前でも役立つ方法を、やっと理解したようだな?」
関わった者を皆不幸にすると言われた第二皇子は、ある分野において著しく国に貢献した。
死地での戦争で、勝ち目のない戦いに勝利し帰還した。
彼の企てた戦の計画は、結果的に歴史を震撼させるほど非人道的な大量虐殺となった。
今回ノワを助けた方法も例外ではない。
人を傷つけ殺めることしか能がない。卑しい悪魔の血を継ぐ化け物には相応しい役目だろう。
「これからもお前は、ただ俺のために動けば良い。それがお前の運命だ」
「黙れ!」
先手を打ったのはリダルだった。
瞬時に距離を詰めたリダルが、フィアンの目の前で身体を屈める。
(──速い·····!)
ノワは両手を握りしめた。
ついに始まってしまった。
背後ヘ回ったリダルの攻撃は、すんでのところでフィアンに食い止められる。
それぞれからの腕力に軋んだ剣同士が、空中で光を散らす。甲高く擦れぶつかり合う刃の動きは最早ノワの視線で追えぬほど素早い。
(互角·····?·····いや·····)
離れた場所で見守るノワにも、禍々しい熱が伝わってくる。
漆黒の髪の男から放たれる殺気と裏腹に、フィアンの表情は冷静だ。
「·····あれ?」
ふと、何かが宙を舞う。
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