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《78》勝敗
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一滴、二滴。大理石の床に、鮮やかな赤色が滴った。
「·····!」
足元を見下ろす。
談話室から続いた血痕はだんだんと間隔が短くなり、いまでは駆け足に散っている。
ノワはここに来るまでにリダルが怪我をしていたことを知った。
気が動転していて、全く気がつかなかった。
激しく身体を動かしたせいで、傷が開いたのだ。
(いつの間に怪我を····?)
「ま───まって!」
ノワは広場の中央めがけて駆け出した。
本剣を使った勝負の間に割って入ることは、とんでもない危険行為だ。
しかし、自分でも無意識のうちに広場へと飛び出していた。
ノワを捉えたリダルが目を見開く。
血よりも鮮やかな紅色だ。
「来るな!」
叫んだリダルの身体は、次の瞬間数メートル後ろへ弾き飛ばされた。
「·····っ·····」
「勝敗は決まったな」
床に膝をついたリダルの額へ、フィアンの剣先が突き付けられる。
一瞬の出来事だった。
立ち止まったノワは安堵しながら、しかし若干の罪悪感を覚えた。
いや、これで良かったのだ。邪魔をしてしまったかもしれないが、フィアンの勝利は確定だ。
「今回の件を考慮して、賭けは白紙にしてやる」
リダルがフィアンを憎々しげに見上げる。
眉間には険しい皺が刻まれた。
「だが、こうして漆黒の髪を見下ろしていると·····」
朱赤の瞳は、こちらを見つめているノワへ流され、そしてすぐにリダルへと戻される。
声を潜めたフィアンが嘲笑混じりに口にしたのは、誰もが口にすることを禁じられた人物の事だった。
「縋り付いてきた卑しい女を思い出す」
リダルは言葉を失う。
次の瞬間、深紅の瞳は激しく燃え上がった。
「この·····!」
立ち上がったリダルの拳が、フィアンめがけて振り上げられる。
フィアンはそれを避けようとはしなかった。
殴る瞬間、歪んだ口元は笑っていた。彼は衝撃に任せ倒れ込んだ。
「──フィアン様!」
ノワは派手に倒れ込んだフィアンへ駆け寄る。
殴られた頬はみるみるうちに腫れてゆく。
「なんてことするんだよ!」
恐ろしい表情でこちらを睨みつけるリダルの左手を、鮮血がつたう。
一瞬たじろぐが、今は興奮した彼からフィアンを守るのが第一だ。今にも剣を突きつけそうな殺気を放つリダルに背を向け、ノワはフィアンに抱きついた。
「負けたからって殴るなんて、最低だ!やるなら、ぼ···僕を殺してからにしろ!」
男にしては華奢すぎる背が、小刻みに震えていた。
身体中の熱が冷めてゆくようだった。
生きる事に貪欲なはずのノワは、フィアンのためにいとも簡単に自分を犠牲にするという。
それ程、この男のことが大事なのだろうか。
考えただけで気がおかしくなってしまいそうだ。
残ったのは虚しさ。一瞬で胸の中がカラになる気分だった。
フィアンがノワの背に手を回し、暖かな体温を、これみよがしに抱き寄せる。
「お前がいくら足掻いたところで、何一つとして·····」
ノワの体は腕の形にそっと歪んだ。
「俺に敵うことはない」
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