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《181》仮面の男

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首筋にあてられているのは剣の背だ。
どうやら、殺意はない。


「は·····離せ!お前、誰·····むぐっ」


口元に布を押し込まれる。

扉の向こうの騒音は、嘘のように静まり返っていた。

会場で何が起こっている?
この男は、何者だ?

ノワはじっと耳を澄ませた。


「申し遅れましたが、私、大祭司ルイセ・トーハ・バレンティンです」


彼の腕から、ほんの少し力が抜ける。

ノワは首だけをひねり、後ろの男を振り返った。

ライラック色の髪に、縁の無いモノクルをかけた紳士。
特徴の薄い顔つきだが、見覚えがある。


「嗚呼····こんな風に再会せざるを得なかったこと、どうかお許しください····」


一筆に書いたような目元が、ノワを恍惚と見下ろす。

間違いない。夏期パーティーで会った男だ。


「あとで、いくらでも罰を受けますので·····今は私に身を任せてください」


(こいつ·····何言ってるんだ?)


熱に浮かされたような目付き。不気味な微笑からは、狂気的ななにかを感じた。


「行きましょう」


拘束されたまま背中を押される。

抵抗したところで逃げられる可能性は低い。ノワは止むを得ず、彼に従うことにした。

華やかなパーティー会場は、悲惨な光景へと姿を変えていた。

振動の原因は床に散らばったシャンデリアだ。黒マントに身を包んだ男たちが、貴賓たちを取り囲んでいる。

フィアンはホールの中央にいた。


「·····!」


玉座から、頭と分裂した皇帝の身体が崩れ落ちる。

赤黒い血が階段を滴り落ちた。
嘘のような光景と血の臭い。ノワの鼓動は、沈黙に反して激しくなっていった。

厳重に警備された城が、一瞬にして会場まで攻め込まれた理由は、ただ一つ。

内部に、反逆者が潜り込んでいた。それも、ひとりやふたりでは無い。

フィアンはじっと一点を見つめていた。

視線の先──玉座の後ろから、背の高い男が姿を現す。

鉛の仮面を被った男だった。


「剣を捨てろ」


くぐもった声がフィアンに支持する。


「·····わかった。貴賓には手を出すな」


フィアンは持っていた剣を床に置き、それを足先ではじいた。

剣は大理石の床を滑って、段差にぶつかる。
ノワは口に押し込まれた布を噛み締めた。


(目の前の状況は、一体なんだ?)


悪夢を見ているのだろうか。
夢にしては、あまりにも生々しい感覚だ。

皇帝殺し?
反逆?
そんなもの、ゲーム中にこんな展開はなかった。

二人がかりに拘束されたフィアンは、反抗を企まないようにと目隠しをされ、拘束される。

玉座の前の男が、ふとこちらを眺める。
仮面の向こうの瞳と、視線が絡まり合った。










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