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《214》ノワ
しおりを挟む「男の嫉妬は見苦しいですよ·····」
「デミリオンが動いた」
イアードが呟く。
「·····!」
窓の向こうで、赤紫色の蔓が天へ伸びてゆく。それは異常な急成長を続け、城を覆っていった。
木の幹のように太い茨だ。
通常の剣で切り裂くことは到底不可能だろう。
「殿下に負けないくらいの独占欲ですね」
イアードは無反応で先を進んだ。
とりあえず、この従者の減らず口をどうにかしたい。
「地下に行け」
イアードはレハルトに命令した。
地下の牢獄には、反逆者の疑いをかけられた貴族達が収容されている。
救助部隊に割り当てた騎士が向かったが、如何せん人数不足だ。
その中にはノワが大切に思っている者達もいるだろう。
憎らしい義兄も、ノワにとっては愛する男だ。
1人残らず救わなければいけない。
「早く行け」
「しかし·····」
レハルトは何か言いたげな顔をし、決意したように頷いた。
「殿下、どうかご無事で」
イアードは城の最上階に向かった。
目的地は、フィアンと剣を交えたことのある謁見の間。
こんな時でさえ頭の中の大半をしめているのは、泣き虫のクラスメイトだった。
まさかまだ泣いていたりしないだろうか。
泣き顔も結構好きだが、笑った顔はもっと気に入っている。こんな雑務はさっさと終わらせて、拭いに行ってやらなければいけない。
イアードの予想通り、フィアンの聖剣は玉座のソードスタンドにあった。
この城には、それを"扱える者"がいなかったためだ。
スタンドに伸びた手は、ピタリと止まった。
一瞬───様々な感情が蘇った。
強くなれば、大切なものを守れると思っていた。
死んだ母親や戦友の面影を抱いては、強くなりたいと願った。
復讐に囚われているうち、彼らの記憶は血に染っていった。
そんな自分を、人々は"戦闘狂"と恐れた。
与えられたのは、憎しみと、痛みと、孤独。
赤黒い道と、深い闇。
それは己の未来を示していた。
この剣が欲しかった。
揺るぎない権力で、自分を見下した奴らを跪かせ、屈服させてやろう。深く後悔させ、死よりも恐ろしい目に遭わせてやろうと、そう決意していた。
────ノワに出逢うまでは。
彼のせいで正しい選択が出来なくなった。
判断を誤り怪我を負った。痛みを知り、弱くなり、完璧ではなくなった。
怪我を負わなくたって、胸が痛む。
これは、長らく失くしていた感情だ。
"強くならないと"
"守れるように"
いつかの、日の出前の涼しい朝。
ノワは少しバツが悪そうに言った。
"僕が強くなったら、リダルだって守れるし"
細い腕に、すぐに濡れる大きな瞳。
彼は固く拳を握っていた。
強くなりたかった本当のわけを思い出した。
ノワは自分を、冷酷な戦闘狂から、1人の人間に戻したのだ。
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