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《259》深緑の青年
しおりを挟むデリックと再会した日、ノワは、彼を批難することが出来なかった。
憎むことも、嫌うことも出来なくなってしまった。この部屋には、窶れ果てたデリックがいた。
その頃の彼は自傷行為と幻覚症状が酷く、身体はベットに縛りつけられていた。
口内の肉は自らによって千切り尽くされ、瞳は虚ろに宙を眺めている。目が合った時、くぼんだ目元は限界まで見開かれ、しかとノワを見つめていた。
その後、ノワは毎日のように教会に通った。
世話をし、話しかけ、時には付ききりで看病した。
そして、デリックを赦した。
デリックの犯した罪は消えない。彼は生涯、それを悔やみ、抱えて生きるだろう。
だから、自分だけは、彼を赦すことにした。
デリックは脅威の速さで回復していった。
口が聞けるようになると、彼はポツポツと話し始めた。
故郷のことや、研究所のこと、そこで被検体として非人道的な扱いを受けたことや、亡くなった家族のこと。
どれも耳を疑うような内容だった。
彼を殺そうとした時にサンドラが効かなかったわけを知った時、ノワはとうとう顔を覆った。
「デリックを誰よりも傷つけてたのは、僕だった」
絶対に裏切ってはいけなかった。
生きようと言って、意地でも説得するべきだった。彼を本当の絶望に突き落としたのは自分だ。
デリックはこちらを不思議そうに眺めていた。
やがて、まだ少し骨のとび出た手が、ノワの背中を撫でた。
「どうか自分を責めないでください。俺は全て赦します」
彼はこちらの台詞を真似るように言った。
「ノワくんは、俺を赦してくれたではありませんか」
微笑む瞳は、泣きそうなあの頃とは違っていた。
ノワはデリックを抱きしめた。
本当は彼を憎みたくなかった。
ずっと本当の笑顔が見たかった。間違いを犯してからやっと分かり合えるなんて、馬鹿みたいだ。
しかし、その時は、とても安らかな気分だった。
思い出をたどっていると、暗闇から伸びてきた手がノワの手を握った。
驚いて立ち上がりかけた腕は、既に力の入った手に捕まえられていた。
「行かないでください」
眠たげな声とは裏腹に、開かれた目元は、まるでずっと前から起きていたかのように冴えていた。
「ここにいて」
デリックが呟く。
勝手にここに来ていたことが知られたら、またロイドとレイゲルを心配させてしまう。
「明日、また来るから」
「朝までここにいてくれませんか?」
真上を見つめていた新緑がノワに流された。
力強い瞳が視線で懇願する。
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