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《285》予想外
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イアードが向かったのはノワのいる賓客室だった。
レハルトの言う通り、確かに表面上だけでも円滑な関係を築いた方が良い。
(───厳しいか)
我ながら笑える。
あんな事を言った後に許しを乞うなんて、不可能に等しい。
故意に傷つけた。
いくら彼が、皇帝をたぶらかし大公国を侮っているとしても、不適切な発言だった。
何故か、自制することが出来なかったのだ。
こんなにも感情を揺り動かされたのは久々だった。
頼み事をする側としても己の首を絞める結果となってしまった。
靴の裏でも舐めてみせれば、少しは怒りも治まるだろうか。
重い足を引きずりながら部屋の前にたどり着く。
イアードはため息を殺し、扉を2度ノックした。
全く腹立たしいが、とことん下手に出るほか無さそうだ。
しばらくとせず扉が開き、顔を出したのは世話係のジョセフだった。
「殿下」
浅緑の髪が俯く。
「ジョセフ?」
部屋の奥から高い少年声が聞こえた。
「どうし·····」
たの、と続いた言葉は、しりすぼみに消えてゆく。
こちらを捉えたノワの瞳孔は僅かに縮んだ。
「聖下にお話があるのですが、お時間宜しいでしょうか?」
この顔はそんなに怖いだろうか。
まあどうでも良い。ノワが頷いたのを確認し、イアードはジョセフへ部屋を出ているよう指示した。
「ジョセフ、行かないで···」
ノワの小声はしっかり聞こえた。
ジョセフは一瞬立ち止まってから、しかし直ぐにノワへ一礼する。
「外で待機しております」
ジョセフの報告内容の意味をやっと理解できた。
人懐こく、階級や人種差別的な姿勢がない。
しかし不安げにジョセフの背中を見送るノワに、感じたのは不満感だった。
まただ。
謎にイライラする。これは一体なんなんだ。
まるで自分の感情ではないみたいだ。
二人きりになると、ノワは少し気まずそうにそっぽをむいた。
無理もない。
話す機会を許されただけでもまだ良い方だ。
イアードは、渋々形式的な謝罪の言葉を述べた。
数十秒待っても返答は来ない。
(口さえ聞かないつもりか?)
待ちきれず顔を上げた先で、ノワは驚いたように目を見開いていた。
「·····聖下?」
大きな黒目がこぼれ落ちてしまいそうだ。
長いまつ毛と一緒に、眉が弱々しく下げられる。
「あ·····」
「は?」
予想していた反応と違う。
やがて、ノワは小さく頷いた。
イアードは面食らった。
これは、許すという解釈で良いのか?
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