1 / 5
1.凍える街
しおりを挟む鋼のような銀髪に、野生の狼を思わせる碧眼。
筋肉質な体躯、少し驚くほど長い腕脚をオーダーメイドの最高級スーツに通した紳士は、1種のゴシップ記事に目をとめた。
" 解体危機の穂村グループ、黎刀院が買収"
通りがかる人皆が思わず振り返るほど美形な紳士だ。
部下の耳打ちに、彼はそっとため息をつく。
期待外れと言うには、もう何度も経験をし、くたびれたようなそれだ。
「やっと、貴方の全てを手に入れたと思ったのに····」
男は誰にともなく呟いた。
「もぬけの殻か」
冬の寒さが厳しい真夜中、街頭の下を黒猫が駆け抜けた。
何か咥えている。巣には、きっと子猫や、或いは食わせる番がいたりするのだろう。
どこか自分に似ている。
"まかない"と称した消費期限切れ廃棄の弁当を抱え、光は地面を蹴った。
靴底が破けたらしく、雪解けが染み込んだ。
煉瓦造りの建物が建ち並ぶ路地。雪は止んだが、風は氷のように冷たい。
時折寝転ぶ浮浪者が息をしているのか、今では興味がない。
早く帰って、焜炉の調子が良かったら白湯でも飲もう。
適当な理由をつけつつ、待っているパートナーのため、一身に行先を進んだ。
街灯が減ってきた。
端に生ゴミの溜まった路地をくぐって、広い道路に出る。
道路を渡った向かいの古びた建物。その端に取り付けられた小さい煉瓦倉庫みたいなのが、いまの我が家だ。
高窓からいつもより明るい光を確認したら、気分はとたんに落ち込んだ。
それから微かな怒りが込み上げる。仕方がない、醜くて大人気ない思いだと分かっていても、どうしようもないのだ。
鍵は持ち歩くことを許可されていないから、半地下の入口に向かって煩く階段をおり、無言のまま扉を叩く。
10数秒後、扉が開いて、出てきたのは明るい茶髪の青年。
今朝ぶりの恋人だった。
「ヒカル、おかえり!いま愛斗が来てるんだ」
にこやかに言って、春陽が背後を見やる。
着古してよれたロングTシャツが傾くと、床に女座りをした男が見えた。
女性が男装しているような、線の細い少年だ。
彼が来ているのなんて、明かりが漏れた窓を見ればすぐに分かる。
普段は電気代が馬鹿にならないからと渋っているからだ。
「····それじゃあ、僕、帰るね」
不機嫌が顔を出ていたらしく、愛斗はそそくさと上着を羽織り出す。
寒いから気をつけて、またねと声をかける恋人に、苛立ちが募る。声をかけられた方も愛想の良い振りをしながら、こちらを見ることは1度もなかった。
少年が消えた扉に鍵をかけ、こちらを振り返った春陽は、どこか釈然としない顔だった。
「年下の、それも恩人に対して·····あの態度は無いだろ」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
89
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる