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〖154〗運命
しおりを挟む千鳥足に廊下を駆ける。
しかし、いくら逃げ惑ったところで、ここは海に浮かぶ船の中。
逃げる場所なんてない。
それでも、一刻も早くジェイの元から離れなければいけないと思った。
シオンは走り続けた。
どこに逃げよう。
デッキへ飛び出し、船の裏側へまわる。
水平線の向こうが、うっすらと明るい。
もうすぐで朝がくる。
この恐ろしく清々しい景色が美しいことに、ジルを探すだけだった前までの自分なら、気付くことが出来なかった。
「お転婆さんなところも魅力的ですが」
不意に、頭上から声が聞こえてくる。
驚いて振り返る。背後に積まれた木箱の上から、影が飛び降りた。
「裸足じゃ、おみ足が傷ついてしまいますよ」
シャツをだらしなく着崩したバレンが欠伸を押し殺しながら言う。その様子にこちらの方が気を抜か決してまいそうだが、不信は見落とせない。
ふざけた容貌だが、気配を全く感じなかった。
いつから後をつけられていたのだろう。
もしかすると、ずっと見張られていたのかもしれない。
彼はシオンの目の前に跪き、ニコリと口角を上げた。
親しげな笑みが、今は自分を騙すための覆面にしか見えない。
後ずさると、木箱に背をぶつけた。
「ああ、ほら、少し赤くなってる」
「!」
くるぶしを掴まれ、彼の膝の上に脚を乗せられる。
シオンはバレンの肩口を蹴りあげた。
彼はビクともしなかったが、「おっと」とわざとらしく驚いた声を上げた。
「触らないで」
「こんな所にいらしたんですね」
柱の裏側から、もう一人が姿を現す。
「ボスがお呼びです」
テイラーはこちらを一瞥し、仕方なさそうにため息をついた。
「お部屋に·····」
「ぼくは、道具じゃない」
叫び声は、意思に反して掠れた。
ここに逃げられる場所はない。
だったら、全力で反抗するのみだ。
「僕は自分の運命を生きるんだ」
シオンは両手を握りしめた。
静寂。
波の音と、風の鳴き声。
バレンがぽかんとした顔でこちらを眺めている。
そして聞こえてきたのは、失笑だった。
「ああ、堪らずつい·····すみません」
テイラーが自身の口元をそっと覆う。
視線は侮蔑と、変な高揚を孕んでいた。
「エル·····弱者は、強者に利用されるものなんです。権利や選択肢なんて存在しない。それが自然のならわしですよ」
可笑しそうな声が言う。
当たり前で、どうしようもないほど残酷な言葉だ。
「ですがエル」
ピタリと笑みが止む。
彼は少し考えるように、顎へ手を添える。
恍惚とした瞳がこちらを見下ろした。
それがシオンには、狙いを定めた銃口のように見えた。
「あなたはとても愚かで惨めなのに、どうしようもなく興味をそそられる」
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