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3章

第2話

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《FRside》

 アルからアーディ・エウデラード家について詳しく聞いた数日後のこと。俺は気分転換に本を持って、庭園へとやって来ていた。本来はお茶を楽しむ場所に、腰掛けて本を開く。今日読む本は、巷で有名な恋愛作家の新作だ。登場人物の感情が繊細に表現されており、出版されて間もないが既に多く売れているらしい。お爺さんにそう聞いた。

「わ~、きれい~」

 前から聞こえた声に、俺はゆっくりと顔を上げる。エウデラード一族の一員という証の黒髪を、耳上で丸く纏め上げている。多くの睫毛に縁取られた青紫の瞳は、まるでエウデラード城から見える美しい星々のように輝いていた。
 全く、気配がしなかった。本に集中していたから?まだ目の前の子が子供だから?いいや、そんなことはない。アルのような、気配の無さだ。
 動揺を顔に表すことなく、俺はそう思った。
 目の前の女の子は、あの日見た子だ。間違いなくエルダ様の、妹君。

「何が綺麗なの?」
「おにいちゃんだよ!おなまえはなに?」
「フィリアラール。君は?」
「アイダ!フィリおにいちゃん!すっごくきれいだね!」

 嬉しそうに笑う女の子は、アイダ様。アイダ・アーディ・エウデラード様。子供の純粋無垢な可愛らしさと、暗殺者としての才能を持ち合わせたエルダ様の妹君だ。気配を全く感じなかった時点で、アイダ様には間違いなく暗殺の才能があるんだろう。それも、将来はユリアナやリンヤ様に負けないほどの…。
 数日前に聞いたアルの話。アーディ・エウデラード家に代々伝わる仕来りを思い出して、俺は恐怖を感じる。この子が成長したら、エルダ様は…。

「アイダ!!!」
「あっ!エルダおにいちゃん!」
「勝手に行っちゃダメって言ったじゃないか…!」

 遠くから大声を出しながら駆け寄って来たのはエルダ様。椅子に登るアイダ様を抱き上げて、叱る。エルダ様は俺の顔を見るなり、驚いた表情を浮かべて物凄い勢いで頭を下げた。

「僕の妹が大変申し訳ありませんでした!」
「え、え?」
「御無礼をどうかお許しください…!フィリアラール様!」

 さ、様!?エルダ様に様付けされるような者ではないんですが、と思いながら必死に頭を上げるように促した。恐る恐る顔を上げるエルダ様。それを心配そうに見つめるアイダ様。

「エルダ様、無礼なことなどありませんよ。それと、俺のことはフィリアラールと呼んでくださいね」

 そう言ってできる限り優しく微笑む。俺の顔を見て、アイダ様が再びキラキラとした瞳で見つめてくる。と、そこでエルダ様の足元に引っ付いているもう一人の子供の存在に気が付いた。この子の気配もしなかったな…と思いながら。

「そちらの子は、もしかして…」
「お、弟のイヴダです。アイダとは双子なんです」
「あのね~!アイダがおねえちゃんなんだよ!」
「ふふ、アイダ様がお姉様なんだね」

 俺は椅子から立ち上がる。エルダ様に抱かれたままのアイダ様の頭を撫でると嬉しそうに笑った。その状況にエルダ様の頬が少しだけ赤くなっているのに気づく。暑いのかな…と思いつつ、足元にいる弟君のイヴダ様と目線を合わせるように屈み込む。ビクッと震える小さな体。アイダ様に比べてイヴダ様は人見知りなんだな。エルダ様と似ている気もする。
 
「初めまして、イヴダ様。よろしくね」
「よ、よろしく…おねがい、します…」

 段々とか細くなっていく声。あまりの可愛さに悶えているとイヴダ様は恥ずかしくなったのか、ピャっと凄い勢いでエルダ様の太腿辺りに顔を隠してしまった。

「とても可愛い子たちですね」
「は、はい!自慢の妹たちです」
「ここでお別れもなんですし、よければ一緒にお茶でもいかがですか?」

 誘いをすると、エルダ様の目が大きく見開かれる。庭園に咲き誇る枯れることを知らない青紫の薔薇のように美しい瞳が左右に揺れる。
 もしかして、誘ってはいけなかったかな。結構動揺してるし、余所者の俺に対しても恐れているみたいだし…。間違ったかも。

「む、無理にとは」
「ぜひご一緒させてください!」

 食い気味にそう言われて、戸惑いながら頷く。するとエルダ様は距離感に気づいたのか、思いっきり後退って再び頭を垂れた。それを無理矢理止める。
 近くの使用人を呼びに行き、お茶と菓子の準備のお願いをする。頼んで間もないというのに次々と運ばれてくるお茶と菓子に、アイダ様とイヴダ様は目を輝かせていた。エウデラード一族の人たちは、普段あまりこういうことはしないみたい。ユリアナもお茶会には全く縁がない、と言っていたし。馴れ合いのようなことはしない主義なのだろうか…。

「二人共、好きなだけ食べてね」
「やったー!!!」
「お、おいしそう…!」

 年相応に喜ぶ顔を見せてくれるアイダ様とイヴダ様。顔も整っているためか、余計可愛く見えてしまう。パクパク、と口に菓子を詰め込んでは、エルダ様に叱られている。エウデラード一族では珍しいその光景に、微笑ましく思った。アルとの子ができれば、こんな風景が毎日のように見られるのかな。そろそろ、俺たちの元へやって来てくれてもいいんじゃない?未来の我が子にそんなことを思いながら、可愛い子供たちをただただ見つめていた。





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