跪いて手をとって

宵待(よいまち)

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15 ご褒美を頂戴

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 強敵の討伐も無事に終わり、怪我人の救護や被害の確認を報告する衛兵の声が飛び交う野営地。異邦人も手伝いながらそれぞれが撤退の準備をしてる現在、なぜか俺はまたヴァイスに抱えられています。いやなんで?



「ヴァイス、そろそろ下ろして欲しいんだけど」

 フードで隠れた頭を見下ろしながらお願いしても、答えは返ってこない。魔物を討伐したから繋いでた手を離そうとしたら抱えられちゃったんだよね。偵察隊の人たちも俺を抱えたままのヴァイスに初めは戸惑っていたものの、気にしないことにしたのか輪になって今後の相談をしている。これ俺が聞いてて大丈夫なやつかな。まあ大丈夫な会話だから俺がいても話してるんだろうけど、流石にこの状態のままは手持ち無沙汰すぎる。
 というか、ずっと俺を抱えてるけど疲れないのかな。ヴァイスが鍛えてるのは知ってるけど、170cm近い男を抱えるのって絶対重いよね?最近会えなかったのってここで魔物と睨み合ってたからだろうし、これがヴァイス本人の意思でしてる行動でもあまり疲れるようなことはしないでほしい。

 そっと呪文を唱えて重量軽減の魔法を自分にかける。すぐに抱き留める腕に力が増したのを感じて、もしや魔法が失敗したのかと不安になった。呪文はあってたはずなんだけど。俺を見上げたヴァイスの顔を覗き込んで反応を見れば、フードで隠れて分かりづらいけど怪訝な顔をしてる気がする。

「ベル?どうかしたの」
「ごめん、重いだろうから軽くしたつもりだったんだけど、失敗した?」
「急で驚きはしたかな。消えちゃいそうで心配だから元の重さに戻してよ」

 離さないと言わんばかりにぎゅっと抱きしめられる。軽くしただけで消えちゃいそうって、そんな儚い生き物じゃないんだけど。ヴァイスは俺をなんだと思ってるんだろう。俺があなたから離れるわけないのに。
 言われた通りに魔法を解除すると、ほっとしたようにヴァイスが表情を和らげた。抱え直すように抱き寄せられて、すり寄るようにお腹あたりにヴァイスの頭が埋まるとソワソワする。かわいいけど、なんとなくむず痒い。

 ふと視線を感じて顔を上げると、その先には口元を覆うノクスさんがいた。目が合うと無言でサムズアップされる。なんでだろう。心なしか隣に立っている白刃さんと本田さんが距離を置いているように見える。

 首を傾げているといつの間にか話がまとまったのか、偵察隊は解散の流れになったらしい。ヴァイスが俺を見上げて口を開く。

「ベルはこのあと予定ある?まだしないといけないことがあれば連れてくよ」
「その前に下ろしてもらえると嬉しいんだけど」
「俺が離したくないから駄目、って言ったら困らせちゃうかな」

 だめ?と眉を下げて聞くのはずるいと思う。視線が合うように覗き込んでた俺は、真正面からヴァイスの困り顔を浴びる羽目になって即座に白旗を上げた。ずるい。顔が好きすぎる。
 途端に集まる顔の熱を隠すようにヴァイスのフードに顔を埋めて、テントの片隅を指差し小さく呟く。

「俺の調薬キットが置いたままだから、それだけ回収させて」
「わかった」

 顔を埋めたままの俺に気にすることなくヴァイスが歩き出したのが振動で伝わる。あとで集合なって後ろから声をかけた人、よくヴァイスと一緒に巡回してる人だ。聞き覚えのある声だから多分そう。というか集合ってことはこの人まだ仕事あるんじゃないの?

 のそりと顔を上げて肩を叩けば、機嫌良さそうな声で返事が返ってくる。なぁに、って柔らかい声色。抱きしめられて密着してる部分から伝わる体温も、歩く振動も、全部が心地よくて困る。
 離れ難いなあとか、ヴァイスがいいって言うならまだ一緒にいても大丈夫なんだろうとか、色々考えて結局言葉にせずに肩に身を寄せて流れに任せることにした。藪を突くようなことはしないほうが長くいられるだろうから。

「ついたよ、ベル。調薬キットってこれだよね」

 ぽんぽんと背中を軽く叩かれて身体を起こす。オレンジの布にガラスのポット。俺の調薬キットは行儀良くそこに鎮座していた。

 流石に片付ける時は危ないからか、ヴァイスの腕から下ろされた俺は金木犀色の布にそっと手を触れる。オレンジに金の刺繍で刻まれた紋様。まだ俺が読めない古代言語で書かれた術式を、いつかすべて読み解けるようになる日が来るんだろうか。「増加」とか「上昇」を意味する単語があるのはわかるから、何かしらのバフが付いているのは確実なんだけど。

 ガラスのポットを布で包んでインベントリに仕舞えば、すぐに横から手が伸びてきて腰に回る。今日はとことん俺を抱えたいらしい。

「俺はあとはいつもの時間までのんびりするけど、ヴァイスは予定ないの?仕事まだあるんじゃない?」
「仕事は急ぎじゃないから、ベルを送っていくぐらいの時間はあるよ」
「それヴァイスの睡眠を削って、とかだったら怒るけど」

 一緒にいてくれるのは嬉しいけど、そのせいでヴァイスが後からつらい思いをするのは嫌だ。聞かれなかったから言わなかったということで、ヴァイスは俺が知らないのをいいことに自分の休憩時間を裏庭に来る時間にしてた前科がある。そのあたりはちゃんと確認しないといけない。

「ベルが討伐してくれたお陰で明日は休みだし、君を送ってからここの撤去作業に加わるのは報告済みだよ」

 寧ろ魔導士様をしっかり家まで送れって言われてきたから、とテントの外へ足を向けてヴァイスが歩き出す。送るなら女の子のリザをと思ったけど、彼女はノクスさん達と一緒に談笑していた。目があって小さく手を振られたので、こちらも軽く手を上げて返す。白刃さんの「このポーション美味いね」という声には心の中で大きく頷いておいた。やっぱり美味しさって大事だよね。

 他の異邦人や衛兵さんからもポーションの味を誉める言葉がちらほら聞こえてきて嬉しい。その声に紛れて「聖魔導士ってもしかして」とか聞こえた気がするけど知らないフリをしておく。今日の俺は得意な属性魔法でちょっと手伝っただけの薬師です。あ、でもそれだとヴァイスに送ってもらえなくなっちゃうのかな。
 むむ、と唸った俺にヴァイスがどうしたのと声をかける。少し悩んで俺は考えることを放棄した。だってヴァイスの声が優しくて、大事にされているのは明白で。どっちの俺でもきっとあなたは家まで送ってくれるだろうから。

 それにヴァイスに抱えられているからか、俺に注目した異邦人はみんな抱えられていることに首を傾げている。そっちに意識がいってくれればいいな。抱えられてて情けないのは気になるけど。

 野営地を抜けて周りに人が居なくなってから腕の中の邪魔なフードを取る。晒された顔を覗き込めば、柔らかく微笑まれて俺の口元も緩く弧を描いた。ヴァイスの笑った顔が好き。冷たいアイスグレーの色をしたあなたの瞳が、俺を見て優しく細められるとあたたかい春の空の色に感じられるから。普段は隠れているフードの下を、偵察隊の人は知ってるんだろうけど。この優しい色だけはもう少し俺ひとりの秘密にさせてほしい。

「ベル、明かり出せる?」
「もちろん……『光よここへルクスマイス』」

 曇り空の今夜は星も見えないから。夜を閉じ込めたような髪のあなたと、俺の出した小さい満月の光を浴びながらのんびり帰ろう。頑張ったんだからご褒美にそれぐらいは許されていいよね。
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